ネガティブとうざったさ全開! な一話です。
ちらほら見え出した人達の中に花組の一人を見掛け一念発起して御輿を上げ、成る丈相手側から見えるよう近付き、声が震える事は仕方無いとして言葉を掛けた。花組の内の残る二人の姿は見られないが、常時南瓜頭の獰悪な人形を従えた明るい頭髪の少女が居るので好機と判じて歩み寄り、緩慢に振り返る彼女の頭上で二つに束ねた髪が重力に逆らい上向きになって風に靡いた。南瓜色の頭髪が黄色い陽光に焼かれて焦げ目が付きそうに思われて、何気無く細い肩に攀じ登った生の南瓜の頭の人形の眼窩と思しき黒い空洞を見遣った。人形は主人の厭悪の対象の私を認識するなり外套の下にある得物を一本引き抜いて、尖端をこちらに据えて微動だにしない。人形の主人の少女も振り向き私を睨むだけで言葉を返す気も無いらしく、日本人離れした虹彩の目で黄色い肌に黒髪黒目の平均的日本人を映し、口を真一文字に引き結んでうんともすんとも言わず突っ立っている。極力私と口を利きたくない、彼女の心中が手に取るように解るので二の句も継げず、人様の顎を引っ掻き又伸びて来た髪の先を指に引っ掛け遊ぶ嬰児の元気を励みに再度言葉を掛ける。不思議な色の目を見開きも閉ざしもしない彼女は平素肌身離さず携える箒を握り直し、それきり身じろぎ一つしないで私を睨み、双方の間を少しく粒の大きな砂埃を孕んだ風が吹き抜け素肌を傷付けて行った。
しかしこれではいけない。自身の決意を反故にしては短い余生を満喫する事も出来ない。一呼吸置いて覚悟を決め、ともすると俯く顔を無理矢理上げて、緊張の色が有り有りと見られるだろう顔で真っ直ぐ見詰め、件の晩に座り込んだ植物の更に向こうを指差して一寸お話がしたいですと言い切った。情けなく震える呼気の直撃を受ける羽目になった腕の中の嬰児は、生来の、或いは幼いであるが故に未だ鋭敏なだけの感覚で人の感情を察知し、振り回していた手を引っ込め、今に号泣し兼ねない姉貴分を見上げる。健気な嬰児の視線を真面に感じつつ、私は正面の少女を見詰め、軈て少女は私の横を擦り抜けて、態々指差した方向へ歩き出し植物を踏み越え不恰好な樹木の疎林に入って行った。
疎林を抜ければ草木は無く、見渡す限りの荒野が展開し、黄色い砂に白い砂を巻き上げる風の吹き荒ぶ其処に人影が無ければ、後方から遣って来る気配も無くて都合が良い。今、羊のママは居ない。居るのは自身の腕が定位置になった嬰児だけで、だから彼女も付いて来てくれたのだろう。
「で、何、こんな所で。殴り合いでもするって?」と少女は荒野に踏み入り暫く行った所で振り向き様に言った。細い肩に掴まる人形が器用に乗っかる様子が場違いなくらい面白く、山田さんや日本人の二人組、或いはハオが連れて居たなら腹を抱えて笑っただろう。
少女の後を歩き、立ち止まって目が合うと私も立ち止まる。二人の間は一メートルあるか無いかで、嫌いな人間を相手に取る距離でない事は確かだった。
「しません。只、少しお話がしたい事と、その前に先日の私の態度について謝ろうと思ったのです」
「はあああぁ?」
と少女は両手を腰に当てて苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「はああ、日本人って本当にうざったい」と人種差別なのか例え話なのか知らない話を続ける。「なあに、自分が悪くないのに謝って、それでご機嫌取り? 言っとくけれど、あんたのあの態度は当たり前って、それは私も思っている。自分に友好的でない奴を前に、殺すだのむかつくだの言う奴を前に、無力なあんたがあれ以外のどんな対応をしろって言うの? 碌な抵抗も出来ないなんて、そんなの見れば解るわ。あんたが嫌がる、死ぬかもって怖がる、それ以降私達を怖がって近寄らない、あのさ、そんなの全部解っていてやってんの」
彼女の肩に居た人形は地面に降りて得物を仕舞い、主人の彼女も箒の柄の先端を地面に叩き付けて言う。
「嫌いなの、あんたの存在も、何もかも。あんたが私達との関係を変えよう、上辺だけでも何でも、友好的に、若しかしたら聖人君子みたいに恨みも憎しみも持たずに理解しよう、そんな風に思っているのかもしれないけれど、要らないわ。必要無い」
彼女は続ける。
「理由はって聞かれる前に言ってあげる。理由は、あんたの、今、正にしている、その正義面! 私達を利用するだけして、面倒臭くなったら魔女だと言って追い回して! 連中と何も変わらない、都合好いその態度よ。自分の立場が危ぶまれたら媚を売って、誰にでも尻尾振って、誰にも嫌われないようにして、馬鹿じゃないの、丸解りだし、出来る訳ないじゃない。あのね、私達、そして今一緒に旅している奴ら、全員、赤ん坊は知らないけれど、皆あんたを受け入れない、あんたは連中と全く同じ、私達を差別し迫害し、世界の悲鳴を聞いてへらへら笑う暴力を振り翳すしか取り柄のない破壊者よ!」
彼女は、今度は顔色一つ変えずに言う。
「それが今あんたに対する差別だ、迫害だって言うなら、最初にやり出したのはあんた達よ。だからハオ様はそれを変えてくれる。新しい世界を造ってくれるのよ! あんたらが消えて、差別され迫害された者達が幸せになれる世界を」
彼女は言って、私の横を駆けて行く。
「解り合うとか、そんなの無いわ。無理。あんたは只の都合の好い連中と何も変わらない、真実の見えない愚か者だから」
そう言い残して疎林の向こうの幕屋の方へ行ってしまった。口を挟む隙すら無く、彼女の言葉を聞いて呑み込む事に精一杯で、私は「連中」とか「達」と一緒くたにされた事や個人として付き合いたいと言う自身の決意、その身勝手な憤りや馬鹿馬鹿しい意気込みを披瀝する事無くいつ迄も立ち尽くして居た。
暫し立ち尽くしてふと顔を上げ、薄汚れた青空を流れる黄色い雲の群れを見送り、蹌踉とした足取りで一番手前の荒野に近い樹木の根元に座り込んだ。足首から膝にかけて力が抜け、腰が曲がって後頭部を太い幹に強か打ち付けるが激痛に悶える気力体力共に失い、恐らく自分を嫌ってはいないだろう乙破千代を抱き締めて歔欷した。原作の彼女達の登場場面を髣髴させる言葉だったが、別段その言葉に衝撃を受けた訳でも傷付いて意気阻喪した訳でも無い、誰だって嫌われる事は嫌だし嫌だから好かれようとしたって、人には得手不得手があって、間違いなく私は好かれる事に不得手である。現代の対人関係は貧しい自覚があるし、この世界の成り立ちを事前に知っている為彼女達に馴れ馴れしく接している自覚もあると言われたら、多分あると断言出来る。でもそうするのは私の知る彼女達の原作の姿で自身が殺されるのでなく、知らぬ彼女達の一個人としての姿で殺されたい、そう言う自己本位の理念に基づき、正直に言って一方的に彼女達を解ろうとする為に行動したのであって好かれる為ではない。彼女達の感情なぞ何処吹く風で、飽く迄自己満足、自分の為だけの行動だった。
一個人として付き合いたい、と言う願望も自己満足の内で、これを受け止めてもらえると自信を持って断ずる事は愚行の極みと諒解しているから無理強いはしない。今拒絶されたから、もう試す事も無い。彼女は私が嫌い、私は彼女を知って、殺されるに足る程彼女と言う存在を解っておきたい、それはやろうと言う意志さえあれば一方的に完遂出来る事である。だから可能ならば一個人的なお付き合いをしたかったと言うだけで、無理なら無理、相手の退っ引きならぬ事情─この場合感情だろう─で以て関係を築けぬのなら止むを得ない。
では、何を泣く必要があるか。何故泣くか。喧しい上煩わしいから止めてしまえば宜しい。一事が万事、上手く行くに違いない。
ベエ、と羊のママの鳴き声を聞いて目線を声の見当に遣ると、案の定一頭の見慣れた羊が粛々と歩み寄り、人の尻の傍に寝転がって直に寝入ってしまった。腕の乙破千代も人様の気持を読み取れる筈なのにちっとも知らないと言う顔で健やかな寝息を立て、まるで私の腕の中が安全地帯のように全身の力を抜いて熟睡して居る。寝顔を見詰めてこの子は本当に素直な子だな、と思い、不意に強まる風に目を細めて得心する。原作のハオはこんな気持だったんだな。
打算も何も無く、只一途に慕うこの子が可愛かったのだろう。自身に恐怖を抱かぬこの子に、今の私同様に屈託の無い態度に寄る辺の無い心の唯一の拠り所を見出しのかもしれない。そうして考えて、私は自身の涙の訳を悟った気になった。真実を知らぬ愚か者、そう言われるのは一向構わない、幽霊の見える人々の感覚なぞ死んで体験する迄真に理解を得る事は無い、そんないつか必ず生ける物全てが体験する事で容易に理解される事物を気にする余裕は無い、そして罵声如きが堪える筈も無い、只々己の抱える不信の最強の言い訳を叫べなかった事だけが悔やまれた。じゃあ、君は、自分ですら気違いになったで済むような、異世界から来た、異世界に居る、そんな現実に置かれて正気で居られるのか。
幽霊が見えるから魔女と呼ばれ擯斥され、殺されかけた。それは大変お気の毒な話だが、実体験した仲間が居るだけ幸せではないか。失ったものは数えるのも嫌だろう。憎かろう、恨めしかろう。良いではないか、憎み恨む相手が居るのならまだ発散のしようがある。泣き寝入りしない未来が開けたのなら、上辺だけでも最期の近い人間に偽りの優しさを恵んでくれても良いではないか。
「ちくしょう。ママ、何で私は此処に居るの」
何故私は前世の記憶と言う精神病染みた思い込みをするのか。もう「病気」と言う言葉で済ませたい。
「お母さん、…母さん…、何で? 死んだら帰れるの? どうしたら、帰れるの?」
異世界から来た、異世界の前世の記憶がある、その記憶はこの世界の原案だ。自分が超能力者でない限り、予知能力と言われるには穴だらけで役立たずな取り柄でないか。
「乙破千代、……オパチョ、もう嫌いになって良いよ。そうしたら、死んでこの世とおさらばだ」
でも前世の死に方は疾うの昔に忘れてしまった。
痛い死に方は嫌だ。ハオの遣り方だと、私の死に様は炎に巻かれ呼吸困難に陥り、もがいた末の焼死になるだろう。
「嗚呼、嫌だ。怖い、怖い。死ぬのは怖い。でも、帰りたい。言っても、どうせ信じないくせに、自分の事は信じないって言って、人を差別して…」
じゃあ、君は信じるのか、異世界の存在を、異世界の人間を、寄る辺無き魂の存在を、この世に魂の故郷を持たない魂(わたし)と言う存在を疑わず信じられるのか。
「幽霊が本当として……、何で異世界を信じられるんだ。……私だって、信じない」
ママ、と羊に声を掛ければそれは薄目を開け真っ黒の目に不細工な泣きっ面の私を映し、仕様がない子だね、と言う風に首を伸ばして狭い額で、水気を拭い切れず濡れるが儘の頬をごしごし撫ぜてくれた。
「嗚呼、嫌だ。こうやって、人様を罵るしか自分を奮い立たせられない、こんな自分が大嫌い。何て貧しい奴。……ハオ、君は正しい、貧しい私は死ぬ可きだ」
嗚呼、死ぬのは恐ろしい。
乙破千代を膝に置いてママの白い毛に覆われた頭に抱き付いて、暫く啜り泣き、毛に埋もれていつ迄も愚図愚図していた。乙破千代は変わらず眠るし、ママは煩わしい人間の小娘の子守で忙しい。
「どうすれば良いかな、……一人で勝手に、相手の傷口を広げて中身を覗く、そんな蛮行、祖父ちゃんに知られたら殺される」
寂しい。此処に祖父はない。怪しからんと怒鳴る人は、恐らく二度と逢えない。
何かしなければ、本物の気違いになる。だからと言って人様の傷口を抉るように、勝手に相手の事を解らんとするのは、やはり赦され難き所行だろう。
「でもね、やっぱり、どうしよう……、じゃあ、もう、私は……どうすれば良い?」
殺される明確な理由が欲しい。相手が私に強いる凶行を、実行する相手の事を知り尽くし、安心しておきたい。解らない事が辛い。相手を解らないで居る現実が辛い。
信じてもらえない現実が辛い。解ってもらえない現実が辛い。
「辛いよ、辛いんだ、苦しいよ、苦しいんだ」
私はママの分厚い毛に埋もれて叫んだ。
「寂しいよ、寂しいんだ。怖いよ、怖いんだ。何で私はいつも通りに生きて居られるの、何で目を覚ましても起きないの、いい加減起きなきゃ、学校に遅刻する、母さんが蒲団を引っ剥がす、……何で、そうならないの」
解ってもらえない事が苦しい。
気息奄々と肩を上下さして私はママの首元から顔を引き離し、奥の痛む鼻をずるずる啜って汚い手で顔面を拭った。洟を啜りすぎて目の奥まで痛み出し、段々蟀谷から後頭部に迄波及して酷い頭痛になった。ママが又額で頬を撫で回して、私は大人しく撫で回され、膝の上の乙破千代は相変わらずで、何だか現代の家の一家団欒を髣髴とさせる遣り取りに涙が収まり始める。それでもママの慰撫は止まない。
解ってもらえない事の何と辛い、苦しい、掻き毟っても治まらぬ遣り場の無い、筆舌に尽くし難いこの想い。誰も理解し得ぬ酸鼻を極めた想い。誰が理解出来ようか、魂の還る場所すら無い人間の暗澹とした未来と世界のほんの少し先を知っている異世界から来たと言う非現実的な事実を、果たして誰が理解してくれると言うのか。
ふと頬を撫でる額を撫で返し、私は朦朧とした視界の中央に蠢く白い塊に言った。
「ママ、傷口を抉られても、私は信じてもらえたら嬉しい。それだけで生きて行けそう。死んでも良い」
目を瞬き明瞭になった視界を占領するママに私は続ける。
「良いよ。私が解ってもらえなくても、仕様がない。でも、仕様がないから何もしないで居るのは、気が狂いそう。だから、嫌われて良いよ、その方が楽でもあるし」
ママは小さく一鳴きして目顔で続きを促すらしかった。
「止めない、もっと、そうする。この世界は知っている世界だから、もっと知って、皆……生きる人達を解っていこうと思う。勝手にね」
改めて、今度こそ、大切な前世と現代の家族に誓って、彼らを解ろうとする蛮行を止めない。未来永劫止める事をしないと誓おう。
良いよね、と言うとママは野太い鳴き声で返事をした。多分ママなりの賛同だろう。
それから又少しの間を樹木の根元に座って目元を乾かし、乙破千代にお乳を飲まして後始末も済ませ、太い幹に凭れて薄暮の迫る汚らしい空を眺めて過ごした。東西南北を星の位置で把握する真似は不可能だが太陽の沈むらしい方角が西であろう事は想像出来るので、西と思われる方角を向いて夜の気配の色濃くなる世界を、ママに促される迄見詰めて居た。ママに促されたのは地平線の空の色がすっかり闇色に変わって星が瞬き出した頃、根の張りかけた尻を木の根っこから剥がして不恰好な樹木の疎林を抜けて幕屋周辺を照らす焚き火の明かりを認めて立ち止まる。件の植物の陰に座り、明かりに背中を向けて溜息を吐いた。
ママが傍らに寝そべり、その脇腹を撫でていると遠くに異音を聞いてその方向に目線を遣った。焚き火の明かりの圏外が異音の発信源らしいが、本日は昼間の汚い光が嘘のように月明かりが美しく、眉間が痛む程目を凝らせばどうにか見える気がした。
すると、後方で山田さんが気さく話し掛けて来られ、顔を上げて返事をすると苦笑いして人様の頭を撫ぜ回した。与えられる人肌が有難く、私は滲み出かけた涙を手掌で拭い、異音の響く方向を指差して何事か尋ねた。私の指の示す先を追った山田さんは薄闇に蠕動する影を認めて渋面を作ると、修業だ、と一言言って晩御飯らしき肉料理と少しの乾物を私に手渡して焚き火の方に戻って行った。彼が泣き顔の私を気遣ったのか、将又焚き火の傍の方が誰かの修業風景を見ずに済むのか、どちらか知らないけれど山田さんは誰かの必死の修業風景を快く思ってはいないように見えた。
主人公、ぶれてぶれて、漸く意志が固まる…の巻。
ネガティブが基本の主人公の、今出来る精一杯のポジティブ。
誰よりも理解されない立場にある主人公の爆発でした。