生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第十七話:

 月明かりが頼りの夜陰に紛れ白い輪郭と身辺の闇の分別が曖昧で何処に相手が居るか判然しないが、幸い荒野は月光を照り返す地面の御蔭で白面の少年の目元を浮かび上がらせ、目線の遣り場に困る事は無かった。真面に相手を見据える気概を持ち合わせてはいないが、しかし相手の不可抗力の十八番、読心術とその心情を考慮に入れて目線を逸らすと言う選択肢は言葉を掛けた時点でかなぐり捨てた。何処まで見透かし何を思うか知らないが、顔を背け心中を糊塗しても無意味なら初めから腹蔵無く言い尽くしてしまった方が、後の雰囲気なぞ関知しないが双方心気安くてさっぱりして良いと思われた。無論独断であるが相手が気に入らないなら、彼の方で無視を決め込むだろう。

 幽霊を見る機会も才能も全く無い人間が数ヶ月の間行動を共にしたからといって、目に見えぬ、耳に聞こえぬ、一切五感に感じる事の出来ない存在を信じる事は難しい。未曾有の異世界派遣の経験者だからこそ信じたのだけれど、やはり他者の目線で見れば何故私が信じるのか不思議に思うだろう、それを言われたら本心を述べる他無い、現代や前世で出会したと仮定した本音を語らせて頂こう。

 果たしてハオは真っ黒の目で私を見据え、たっぷり間を置いて鼻で笑って言った。

「だろうね。今迄、突っ込みも否定もしない方が可笑しい」とハオは羊のママの背中を撫ぜ、潰さぬ程度に凭れ掛かって僅かに目線の高い私を見上げた。

「だって、見えないもの。其処に居ると言われても、どうしたって見えない。産まれた時から見えないし、生きている途中に見えるようになっても、それはきっかけがあってでしょう。きっかけがあるなら、それは自分の頭が狂ったと考えた方が正常だと思う」と私は言って乙破千代を膝の上に寝かし、第三の母たる白い塊を卓代わりに傍らに端座する。

「成る程、見えない側からすれば、そうして狂人扱いすれば万事解決だね」

「解り合えないとかじゃない、幽霊の存在を否定する事に他ならなくとも、見えない人にとって其処に居ない事が常識だから」

「でも事実そこに居て、居るのに居ない扱いをされる者達が居る。生きている物でも、真実の見えぬお前達は見えぬ振りをして生きている物達を無視する」

「……私は、幽霊の存在の有無について言いたいのだけれど。確かに環境破壊とか自然保護とか、それはそう言う話だね」

「自然もそうだけれど、お前達は、同じ人間同士でもするだろう。思想が異なる、それで戦争迄する」

 何だか七面倒臭い話に突入したらしく、頭の中の色々の言葉が縺れ合って私見を纏める事に難渋する。幽霊の話から環境破壊の話に移り、私から見た超自然的な存在の話か、世界中に勃発、未だ終わる気配が見られない人間の大規模な喧嘩の話か、何の話に移るか知らないが学校の道徳の授業を受けるようで頭が熱くなって来た。私は幽霊を信じられないと言ったのに何をどう考え、どう言った経路を辿れば戦争の話に到達するのか、千年間たった一つの頭を働かし続ける人の考え方と言うか学者根性と言うか全く予想のつかない頭だと内心呆れ果て、もう何を言い返せば良いか解らなかった。

 顔面の引き攣るのを堪え私は戦争、戦争、と言葉の連想で引っ張り出せる知識か考えを漁り、結局適当なものを思い付けず口が動く儘に言った。

「学校に居る生徒だね。何か気に入らないから虐めるとか、虐められて登校拒否するとか。それで気の強い親も騒いだり、学校や全校生徒を対象としたアンケートを取ったりとか。学校を飛び出してお国の問題になって、お国同士の問題に発展してこんがらがって、どうしようもなくなって戦争だ、って……?」と私は小学校の道徳の授業の儘の言葉を言って、何と平和惚けた譬え話だと自分自身に落胆し、無い頭を千切れんばかりに搾って漸く捻り出した為に噴き出した脂汗を汚い手で拭き取った。

「こんがらがっているのは君の頭だけれどね」とハオは笑ったのか声を震わせて続ける。「相手を理解出来ない、足並みを揃えられない、考え方が違ってついて行けない、とか。君の言う学校と言う閉鎖空間ならそうだろう。僕の言う問題は、もっと根本、霊が見えると誰かが言い、自分やその他大勢が見えないから見える者の言い分を否定し、見える者がその存在と心を通わす様を見掛けては不気味がる」

 幽霊の存在の有無に話題は戻ったが戦争の話が彼方に吹き飛び、いよいよ話が縺れて頭が回らなくなって来た。又垂れて来た脂汗を拭いて耳を攲てる。

 ハオは目前の身元不明の少女が混乱の極みにある事を察しているだろうに、一向に話を纏める気が無く、彼の話は又何処かに飛ぶらしかった。

「権力を持つ者が同じ者を蹴落とそうとする、その下の者に及ぶ被害も考えず、己の欲望の儘にして、下の者も諦めて、踏み躙られ苦しんで死んで行く。なあ、何故それが許されようか。許されて良いものか」とハオが言って口を閉ざす。

 一拍置いてその沈黙が私への問い掛けであると気付くが、正直彼の言った事に理解が及ばず返答に窮した。千年かけて彼の見付けた彼の為の答えを、思い出程度の前世の記憶を含めても数十年許りの小娘に出せと言うのは、少なくとも授業扱い出来るものではない。抑も授業を受ける気も、又相手だってする気も無いだろうけれど理解に乏しい可哀想な小娘の知恵熱の起こりそうな頭を慮っても良いではないか。

 唸りそうな喉を押さえてやっと私は言う。

「権力は、…君の言うなら弱者と呼べる人達の為に使うもの、と」

 彼は言下に否定した。

「違う。頭の足りない馬鹿共の私利私欲の為に、何故、何故、只そこに在るものを見て、心を通わす、人間同士が何のかんの言いながらも当たり前に遣る事を、只お前達に見えないものに対しやっただけの人間を、何で……」

 何やら彼の心境は一層複雑らしく、最初から話を纏める気が無かったのだと断じた。兎にも角にも何か返答せねばと考え倦み、そうして想到した言葉を、彼に伝わるか否かは余所に言い切った。

「個人が持ち得る常識の範疇で物事を考えるからだろう。結局大多数の人の共通する常識が世間で運用されるんだ。頭が足りないとか偏屈偏狭とか言うより、何だかかんだ、暗示のようなものでしょう」

 と言って、それじゃあ幽霊の存在の理非を弁ずる自分は御先祖様から代々伝わる暗示にかかっていると言う料簡で、それならそれで存在の議論を上下する必要性も無くなる、何故なら暗示と言う答えで完結しているからだ。

「違うね、御免。ええと」と私は前言撤回、唸って考え出す。「そうね、そうだね、偏屈偏狭を絵に描いたような人は居るね。何で見える人をそっとして置かないか? それは、それはね、言っちゃあ難だけれど、極少数の人の奇行が怖いのだと思う。人間だって動物だし、退化しても本能だってあるだろう、その本能が働いて極少数の人を弾いてしまうのだと思う」

 言って、奇行と表現する他無かったが、当人を前に言い切った事は失敗だったと、以前から自身の反省す可き性格の難点の一つと認める部分が前面に押し出され、言った言葉を拾って飲み込めるものではないが酷い罪悪感を覚えて冷汗が滲む。額や生え際に浮かぶ汗を拭いて、私は暴言を真面に受けたハオの恐ろしい顔を盗み見る。

「結局、お前もそうか。相手の行動を解らない、相手の見るもの聞くものが解らない、それで相手がどれ程傷付くかも考えず、周囲の大勢に混じって少数派を指弾するのか」とハオは一切の感情を排した顔で抑揚無く言った。

「解らないけれど、私は解ろうとしようと思う。でも、ハオだって、私の真実を聞いたら鼻で笑うだろう」と私は震える自身を叱咤し、膝の上の乙破千代の安堵に全身を弛緩させる様を励みに言い返した。

 ハオは今度こそ鼻で笑い、大分前に話題にした事に触れた。

「お前の真実? 何故南アフリカに居るのか問われ、あの村に来る以前の記憶が空白になっている事か?」

「君は人の考えが読めるのだね。でなきゃ、記憶の空白とか言わないでしょう。そうだよ、その事だ」

 ママの上に乗り出し、顔をこちらに突き出してハオは私を睨み上げた。夜陰に浮かぶ強膜の白色が面積を増した気がしたが、四辺が暗くて其処に浮かび上がった白が際立って見えたのだと思われる。

 彼は鼻面がくっ付きそう程近付いて眼光鋭く睨み、そうして唾棄するように言った。

「へえ、それは面白い、聞かせてもらおうか! その空白部分で何を考えているのか知らないが、こう迄この僕を相手に言うんだ、今更おべっかを言う気も無いだろう。聞かせてよ、お前の碌でもない真実を!」

「私はね、君の言った魂の故郷を、この世界の何処にも持たない者さ!」

 と言った後、ハオは見開いた目で暫く私を見詰め、その時間が心を読む事に費やしていると思われ、好きに覗き見れば良いと居直った私は彼の大きな目を睨み返した。こうした機会に間近で彼の顔を見ると、ますますその顔立ちが少女然として見られ、原因の最たる烏の濡れ羽色の長髪が繊細な輪郭を覆って十歳前後の少年の放つ苛烈さを隠していた。黄色人種にしては色白で、激しい日光に焼かれても白色人種の人達程白い顔が赤くならず、彫りの深くはない顔でも十二分に整っているように見られるのだから整った顔なのだろう。場違いにもこの顔の中央に鎮座在す小さな鼻に自身の硬く握り締めた拳を、渾身の力を込めて叩き付けられたならと思い、はっと目を見張る。

「…………絶対お断りだ」と呆れ顔のハオは言う。

「……心が読めるなら、君が眠っている時にでもやってみせるさ。で、どうだい、私の真実は」

「馬鹿馬鹿しい」

 と鰾膠も無く言い捨てハオは立ち上がり、乙破千代を返すか早く立て、と選択肢を提示し見下ろして来た。その言に乙破千代を抱いて御輿を上げようと膝を突いた時、深く眠っていた筈の嬰児はむずかって唸り出し、次の瞬間に凄絶な泣き声を轟かして全身を震わせた。両腕の塞がった私は悲鳴を遮る事が出来ず、甲走った声を耳元で聞いて奥の方が痛んで蹲った。腹部で乙破千代の顔が、呼吸に支障の無い程度に当たるよう覆い、酷く痛む耳の回復を待った。そうやって悲鳴を遣り過ごしているとママが起き出して人様の脳天に額を擦り付け、悲鳴に殆ど掻き消されて聞こえないが、蹲る二人の子供をあやそうと鳴いているらしかった。ママに答えたいが、私は耳が痛い。今暫くお待ちよ。

 するとハオがママの尻の方を回ってこちらに遣って来た。未だ止まぬ悲鳴に蹲る世話係の傍に座り込み、乙破千代を抱き上げるでもなく只見詰め、少し悲鳴が治まった頃に空を仰いで鼻歌を歌い出した。子守唄のつもりだろうが、私は耳鳴りがして聞こえない。

 乙破千代に届くか不安だが、しかし不安は杞憂であってどんどん声が小さくなる。

 徐に上体を起こした私はハオを見遣り、中天を越した月の明かりの照り返しに映える黒髪を垂らす横顔を凝視した。別段高くも低くもない鼻は真上を向いて、長い睫毛に縁取られた両目は眩しいのも構わず明るい月を見ている。

 切って捨てられた私の真実は、やはり私が幽霊を信じられぬ事実と同じく、この世界に千年間「麻倉葉王」と言う人物の意識を持って居座る規格外の彼にとっても信じ難い事実で、馬鹿馬鹿しいと一刀両断に言われた。仕方が無い、何故なら私自身も気違いと思い込みたい現実だもの。けれども、言い切られ鼻で笑われる事は辛い。私は彼の解ってほしい霊魂や他諸々を解らない、彼は私の真実を解らず嘲笑する。

 うん、と私は声に出して頷き、ハオに宣言しておこうと彼の肩を叩いて意識を向けさした。心中を読み取ったハオの顔が一層不快げに顰蹙するも無視し、笑うか渋い顔か判然しないが顔面が引き攣っているから何か変な顔でもしているのだろう。

 私は変な顔で言った。

「ハオ、私は君を解らないけれど、解りたいという思いに嘘は無い。解ってもらえない辛さは、私にだって解るけれど」

 だから、と私は無言の千年来の解ってもらえぬ辛さを抱える相手に言った。

「君を解るかはわからない、でも、君を解ろうとする事は止めないと、私の真実に誓おう」

 それを止める事は自身の真実を否定する事だ。

「君を信じよう。幽霊とかでなく、君の見るもの聞くものとも違うけれど、ハオと言う君を信じて解って行こうと思う」

 遣る事に衝突は付き物だろうけれど、君を疑う事無く解らない所を解って行こう。

「乙破千代の世話が終わっても、止めないよ。誓おう、私の解ってほしい真実に」

 私の真実が彼にとって如何程の価値か知らないが、私自身の中で当の決意は死活問題と言っても過言ではない。文字通り自身の存在を賭け、彼を解って行こう。だって辛いもの。

 自分の辛さを紛らわす為かもしれないが、やって行こうと思う。

 直に鼻歌も終わって悲鳴の止んだ荒野に乾いた風が吹き重たげな黒髪を巻き上げ、髪の擦れる音の合間にハオは言った。

「勝手にすれば」とその声に諦観が混じっていないとは言い切れない。曖昧な調子だった。

「勝手にするさ。だって、これが乙破千代の世話以外にやりたい事だもの」と私は淡々と言った。




 ハオ様が情緒不安定なのか、主人公が空気読めない子なのか(敢えて読まないか)、でも多分きっと恐らく両方。
 段々主人公が情緒不安定になって来ました。
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