生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第十八話:

 宣誓の日から又数日、少し距離を置いた先で踏ん張ったり唸ったり、すると風が巻き起こって塵埃舞う中を人々が向い合い一層風の勢いを増して周辺が薄暗くなる。南瓜色の頭髪の少女が箒の藁の方で黒い眼窩の南瓜頭の人形を引っ叩き、金髪の少女が薄汚い人形の髪を持って何やら呟き、双方睨み合って動かない。以上のような修業風景を遠巻きに眺めて時折山田さんの手元を見遣り、時に二人組の新曲を聴いたりと特段変わらぬ日々を送っていた。

 あの日ハオに宣誓を終えると透明の飛行機に乗って幕屋に戻り、大層心配した風の日本人の二人組から有難い拳骨を頂戴し、その余りの痛みに涙を催すが当然の如く他者を案じ本気で叱り飛ばす人の存在に泣きたくなって、痛いと言って誤魔化した。二人は殴った箇所を撫で回し良かったと頻りに言い、まだ帰らぬ山田さんの帰還の際に言い付けるやら何やら喚き、私が三度目の拳骨を嫌がって平身低頭、涙ながらに謝罪する迄お許し下さらなかった。人様の不幸の説教場面を後ろで腹を抱えて笑うハンさんと、乙破千代が無事で良かった旨をハオに語り掛けるマイヤーさんと、何故か二人組の背後に仁王立ちになって鬼の形相で私を見下ろすラキストさん、三者三様の反応の賑々しいその場に居心地の好さを感じた。家族団欒の雰囲気には程遠いが周囲の人が─嬰児の為かは定かでないが─決して自身に無関心でなく、又憎悪や嫌悪の目で見る程でもなく、適度な距離感で行方不明だった無力な小娘の帰宅を迎えてくれた事に内心胸を撫で下ろした。同時に散々捜した花組の姿がない事に肩の力を抜いて吐息を漏らす自分を憎らしく思った。

 山田さんが帰還した日は惨めな説教の時間が再来し、幕屋の出入り口の反対側で彼と膝を突き合わせて長々説教を食らい、最後に有難くもない拳骨を脳天に頂戴した。そんなぽかぽか殴られたら頭蓋骨の縫合部分が砕けてしまうと思うが、情け容赦無く殴る日本人の三人に、山田さんに殴られた後でラキストさんが遣って来て当時の愚行について学校の先生宜しく理路整然と叱られ、私の言い訳の片言隻句も許すまじと眦を吊り上げて滔々とお叱りのお言葉を下さった。最後は両の蟀谷に彼の両の拳を当ててぐりぐり抉られ、透視と言うのか千里眼と言うのか違いは判然しないが、お家芸で以て一部始終を観覧していたらしいハオは焚き火の方で笑い転げていた。

 上記の事もあって私は単独の遠出の代償の説教を複数人より受け、他者の笑い物になり、一生分の恥をかいた気になって昨日まで幕屋の隅に不貞寝し、本日漸く薄暗い屋根の下を這い出した。直後に御天道様の厳しい洗礼に目を射られ両手で顔を覆って呻いた。暫く待って視界が戻り、乙破千代のお乳の時間に駆け付けた羊のママと一緒にカメラの手入れに勤しむ山田さんの背中に凭れ掛かった。手元が狂うとか暑いとか大分初めの頃に苦情を言っていたが、今は慣れた様子で仕返しと許りにこちらに凭れる始末で、私は楽しくなって押し返し押し返されたり、季節外れの押し競饅頭をやって暇潰しのお相手をして頂いた。

 そうして冒頭に戻る。二人の他に染毛か地毛か知らないが藍色に近い黒髪を掻き上げる女性が咥え煙草を吹かし、大きな立ち襟の真っ黒の衣装の男性と褐色の肌の男性、更にギターを抱えた性別不詳の人の三人を前に突っ立っている。平和惚けの花畑の広がる頭はすわ修羅場かと思い、強ち間違ってもいない光景に山田さんの着物の袖を引っ張った。山田さんが振り向き様に関わらんで宜しいと言い、保護者代わりを名乗った覚えは無くとも自発的に保護者の立場に収まった彼は、じゃじゃ馬娘が災厄を持ち込む前に芽を摘んだ。指呼の間に立つ二人組も同意と片手を振って、今日は早寝遅起きをしなさい、と助言か予言染みた事を言って新曲の特訓を再開した。尻の隣に寝転ぶママは一寸頭を上げ、山田さんと二人組の気色を窺うように地面から横面を浮かし、カメラの手入れに忙しい両手を止めた山田さんに頭を撫でられ地面に突っ伏した。低い濁声の震動が地面を通って私の尻に伝わった。

 その晩、助言を胸に疎林の向うの荒野との境目に座り、多分追い掛けて来たのだろハオも隣に座り、二人で暮色の滲む地平線上の空の色を眺め、乙破千代のお乳をやりながら取り留めの無い話をして、ママの毛並みを褒め、ふと昼に近い時間に聞いた三人の助言を零した。つい言ってしまい、それからしまったと焦ったけれど、射干玉の長髪を手櫛で梳く彼は感情の籠もらぬ顔で乙破千代の為にそうしなさいと三人の言葉を支持する内容を言って鼻歌を歌った。

 何故、と尋ねる前に彼は答えた。鼻歌を中断し後ろ手に地面に手を突いて、お世辞にも綺麗と言い難い赤紫色の全天を仰ぎ見て微かに鼻を鳴らした。

 乙破千代が僕と同じ力を持っていたら、とハオは言って先程とは若干旋律の異なる鼻歌を歌う。最初の曲を忘れたか新しい曲を思い付いたのか、音楽の教養は一般人の私は最初の曲の続きを気にしつつ、ハオの新曲に耳を傾けた。

 乙破千代がハオと同じ力を持つ事は前世の記憶を掘り返した時点で判明していた為、だからこそ自身に身を委ね腕の中で寝入る子が可愛かったのだ。誰だって慕い甘えてくれる目下の者は愛しいだろう。御多分に洩れず甘える乙破千代を愛しいと思う私は、彼が決死の覚悟で以て告げただろう事実を聞いても、毫も心は動かない。動揺とは何ぞやと言う体で聞き、人の毛程も動かぬ心に動揺したらしいハオが目を剥いてこちらを見た。

 何故、と尋ねた相手は私だった。読心術を以てしても読み切れぬ真実があり、彼の霊視の圏外にある私の前世と現代は勿論、それに付随する思考が範疇であるらしく、乙破千代の力が既知である事も読み取れなかったと思われる。しかしこれを説明するのは困難だった。異世界云々を信じぬ彼に如何に説明せよと言うのか。止むを得ず口の動く儘に答えた。

 乙破千代を信じているから、可愛い子でしょう、と言って内心自身の言葉に納得した。そうだ、事前に知っていようが知るまいが構いやしない、私が乙破千代を好きで、だから傍に居たいと思うのだ。仮令乙破千代に心を読まれても、この子が自身に危害を加える筈が無いし、若し加えられたら何がいけなかったと考え改善し、又宜しくと言って接すれば万事宜しい。心を読まれたから何が困る訳でもない、敢えて困ると言うなら、乙破千代にどんな服が似合うかしらと想像した時に恥をかく程度だろう。疾しい気持が一切無いと断言出来ないところはあるが、愛しい子を厭う気持は無いと断言出来る、この子を想う気持はハオに負けない自信があった。

 だったら、とハオは言う。尚更今日は早寝遅起きをしなよ、と言い鼻歌を歌い終えると人の肘を掴んで無理矢理立たせ、自分は先頭を歩いて、後続の私を引き摺るように幕屋へ連行した。出入り口の布を跳ね上げ押し入り、遅れて駆け込んだママの頭を一撫で、彼は表の山田さんに何か言い置き疾風を起こして消えてしまった。中に放られ茫然自失の私は跳ね上げ何処か引っ掛かって戻らない出入り口の垂れ布を直して入って来た山田さんに促され、隅の方に乙破千代を抱き締めて横になった。頭が地面に着く寸前、ママが間に滑り込み枕代わりになって目を瞑る。その間際、出入り口の垂れ布の間隙を縫って差し込む灯火に背筋が寒くなるようだった。瞑目すれば身辺の様子が気にならなくなるが体のあちこちが引き攣るようで落ち着かない、只深く溜息を吐いたら頭が朦朧とし出して心地好くなった。後は真っ黒の地下に引っ張られる感覚に身を任せ、何処へ向かうか知れぬ夢の闇に沈んで行った。其処で見た夢は前世か現代か、或いは両方が混じった世界で二人の母が立ち尽くす私を笑って迎え、二家族で私を中心に食事を認めるものだった。前世の家族か現代の家族か、両方の家族が揃ったかは、翌朝目が覚めると同時に曖昧になってしまった。どちらでも良い、どちらも会いたい。

 でも、前世の家族は現代の私を見ても誰か解らないだろう。

 朝に目覚め上体を起こすと山田さんの鼾が聞こえ、垂れ布の近くに法衣姿の二人組が音の違う鼾をかいて蹲って居た。鼾以外の音響の無い幕屋を乙破千代のむずかる声に驚いて抜け出し、付いて来ないママを振り返り、そのまま放って置いて焚き火の跡を囲む椅子らしき木材や石の輪の外に立ち、深呼吸した後二度寝しようと幕屋に取って返した。




 日本人の三人が主人公のお目付役に……。

 少なくとも主人公にとってオパチョの霊視はどうでも良いです。
 其処に愛が在れば、より一層強く愛を感じてもらえるでしょうから。
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