生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第二十二話:

 朝食の為に幕屋を出て悄然として項垂れる二人組の法衣を着込んだ後ろ姿に挨拶し、打てば響くような振り向き様の返事に私でなく後から垂れ幕を下ろして遣って来たハオが笑い、私は会釈の後、人様の罪悪感に乗じて笑い物扱いする野郎を顧みて睨み付けた。既に焚き火を囲む木材や石の椅子に腰掛ける人々は、大体ハオに朝の挨拶を済ませ、赤々と燃える焚き火の方を向き、銘々手元の朝食に手を付け始め、私達が輪の隙間に割り込み座るとハンさんが大皿に盛った朝食を手渡して下さった。特段会話も無く、現代の日本の家庭なら登校時間の差し迫った学生が御近所様への迷惑を失念し、湯気の立つ朝食は掻き込み、顔を洗って歯磨きを等閑に、時間に追われ周章狼狽、玄関の扉は蹴破るようにして開け放って飛び出すところだ。一行は静寂の朝食を済ませると、又銘々好きに行動を始めた。

 特別す可き事の無い私と健康的な毎日を送る事が義務の乙破千代は、近頃家畜の柵の中に帰らぬ羊のママを伴い、一昨日の晩─ハオが約一日と言っていたが正確な時間が不明なので丸一日と計算する─救出されたばかりの小娘達は性懲りも無く不細工な樹木の疎林の向うの荒野を目指し歩いていた。あの場に留まれば何やら気にした風の二人組の気配が鬱陶しく、宥める側も逐次言葉を連ね、空疎な言葉を投げ掛けるのも気疲れしてならないから場を辞す以外に安穏を取り戻す術は無いと判じ、山田さんに断りを入れて荒野に続く疎林の中を闊歩する。少々渋い面で許可を下さった山田さんの半眼は焚き火に背を向けラキストさんと花組の年長の少女を交えて内緒話染みた事をするハオの後頭部に据えられ、鼎談の終わりの見えぬ様子に後で伝えておくと言って手を振った。もう伝え終えた頃だろう。

 疎林の終わりの樹木の根元に腰を落ち着け広大な荒野に日本の遊園地を見て、記憶の中の原作の乙破千代事オパチョと手を繋いで遊び回る所を思い描き、胸元の毛髪の生え始めた頭部を見下ろし、本当にそんな日が来れば良いと一寸思う。乙破千代の身長を鑑みてジェットコースター等の絶叫系マシンは無理だろう、定番のメリーゴーランドや観覧車が精々で、コーヒーカップは私が目を回す事必至だから初めに除外する。すると遊べる物が何も無い。折角の遊園地も、遊べる園なのに遊べなければ只の繁華なだだっ広い土地に他ならない。その土地を畑か田圃にして自給自足の足しにすると宜しい、娯楽物より建設的で生活の為になる。

 畑なら芋が良い、良いと言うのは私の思い出の中で幼稚園か小学校低学年だったか、前世か現代か、意識が朦朧としていたらしく余り明瞭な記憶でないが、いつだったか行事で芋掘りに行った事がある。あれが楽しくて堪らなかった。何故、其処まで芋掘りを楽しんだか知らないが、兎に角楽しかった。是非乙破千代も体験し、大きな芋を掘り当てて自慢げに持ち上げるところを見てみたい。必ず可愛い顔で騒ぐに決まっている。

 妄想甚だしく漫然と荒涼たる大地を眺め、間遠に響く獣の鳴き声を聞いた瞬間身を硬くしたが、暫くして首を絞められたような絶叫に変わり途絶え絶命した事を察した。獣同士、不和が生じ、修復不可能な程仲違いして殺し合いになったと思われる。惨い死に様は嫌ねと呟き、応じるように鼻面を上げたママは背中を預ける樹木と上半身の間に胴体を捻じ込み御輿を据え、濁声で何か訴えて目を閉じた。その一鳴きが元気だしな、と孤独ですらない勝手な小娘を慰藉するように思われて、少し和み嬉しくなってごわごわの毛に埋もれ頷き返した。

 昼食を疎林の向うに蟠踞して無言の辞退の意を示し、乙破千代のお昼を済ませ、軈て地平線上に薄暮の迫る時刻が遣って来て、さすがに夕食を抜くのはお腹の具合を顧みると辛いので戴きに行かねばならない。しかし動くのも億劫だから三食の内の二食を省略して翌日の朝食を美味しく戴くと言う考えもある。近頃ご飯の時間が不規則で、内容は遊牧民風の食に慣れた事もあって充実感があり文句のつけようが無い、二食抜いて空腹を抱えた状態の中美味しい朝食を認める事を思うと夕食が面倒臭くなる。考えて、考える事も面倒臭く思われ、じゃあいいやと食事を怠ける事にした。

 腹を決めれば空腹も彼方へ吹き飛び、良い具合に何も感じない。夜の気配の広がる全天を仰ぎ、ふと自身の上半身と下半身を見下ろし、一張羅の汚れを思い出したが、又面倒臭くなって放置を決め込んだ。後で思い返して日本の潔癖に慣れた自分が此処まで不潔になれるとは予想外だったが、異国の地で清潔の基準が変わり、感覚が麻痺してしまって一事が万事七面倒臭くなったのだろう。

 私が一張羅の汚れを気にせず、二人組の視線や諸事から逃げるように暗がりに身を潜めて居た時、いい加減先の読める足音に嘆息する。ママの毛に全身を預けて仰け反って足音の主を見遣った。そうして案の定ハオだった。

「どうしたの」と私が問うと、ご飯を持って来た、と彼は言って人様の許可無く隣にどっかと座り、いつか卓代わりにして以来気に入ったのか私同様、全身をママに預けて揃って正面の荒野を眺めた。

 彼の持参した夕食は大皿一枚に乾物が大量に盛られていて、それ以外の食べ物はない、あればあるだけで構わないので夕食の内容はどうでもいい。

「ハオ、助けてくれて、有難う」

 と私は件の晩の謝辞を述べ、相手の顔を見る気は起きなかったが感情を排した顔で荒野か夜空を眺めている事は察せられた。

「乙破千代に免じて助けたんだ。まあ良いさ」

「でも、何故、皆殺してしまったのか、皆焼いてしまう理由が思い付かない」

「ちっちぇえな。……あいつらが要らない奴らだからだ。乙破千代や、序でに歩も、酷い目に遭ったし」

 彼はすげなく言い、乾物の一つを取って齧る。お行儀良く口を閉じて食べて物音は余りしない。

「自分の事だから感謝するけれど。綺麗事や常識人や人格者振るなら、あんな事迄しなくても良いだろう、と思うのが普通だよな」

「だね。でも、歩は考えている。怒れば良いのか、怒った時、何に怒り相手は何か。恨み然り、憎み然り、解いてくれた人の死を悲しめば良いのか、とか」

「最初に手を出したのは君で、君が始めたからでしょう。彼らはやり返した。それで、君が、更にやり返した。君の方がやらかしているよ」

「だね。でも、彼らは僕の誘いを断った上、君達二人に手を出した。やり返す理由に不足は無い」

 最後の一口を頬張り二個目の乾物を齧り、予想より食い出のある大きさに手を止め、腕を振って程好い大きさに千切ったらしかった。夜目の利かぬ私は周囲の黒色に一層黒くなって浮かび上がる人影しか判別出来ないが、彼の肘の尖端が上腕の半ばに当たって、隣の野郎が力任せに腕を振った事が解る。鈍い音の御蔭で乾物が無事に千切れた事も解った。

 彼は千切った乾物の一部を人様の手掌に押し付け、処理に困窮した私は渋々夕食の乾物を齧った。

「傲岸不遜と言うのか、唯我独尊と言うのか。断られたからって、それじゃあ、子供の癇癪と変わらない。一体全体、誘いって、何さ」

「四年後のシャーマンファイトに、僕の仲間として参加する事」

「それは、乙破千代も?」

「当然」とハオは三個目の乾物に手を伸ばし、又千切って半分をこちらに寄越した。残飯処理係の如く半分手渡され、それを彼の好意と曲解するのに苦労を要して、百万言を最初の乾物と一緒に飲み下し二個目に取り掛かった。

 干し肉らしく、舌触りは宜しくなかった。唾液で柔らかくなるが、市販のジャーキーすら一度も食べた経験の無い私は違いが全く解らず、慣れた獣臭が鼻を衝く夕食を只管口に運んだ。

「理由は、それだけ? 星の王様になって皆を皆殺しにして、シャーマンキングダムを造って。君にとってシャーマンでない人は、誰とも接触せず引き籠もった所為で言葉も何も知らない盲聾唖の人って訳だ」

「一寸違う。引き籠もったなら引き摺り出せば良い、でもお前達は、知識も何もかもを得て、尚触れ合いもしない愚か者」

「子供に障害を理解させる話で、確か、目の見えない人ばかりの世界と言う設定で、極少数の目の見える人達が夜に行動出来ないから明かりが欲しいと訴えて目の見えない人達に障害者と言われて差別される、とか言うお話があった。ハオは強いから、力があるから、この場合、目の見える人達の為に明かりを灯そうとしている目の見える人、となる訳かな」

「面白い話だね。付け加えるなら、より強い奴も」

「そいつは酷い。生き残れる奴は、ほんの一握りだ。しかし、明かりを世界中に付けるとなると、とても時間がかかりそう」

「当たり前だ。だから、僕は、千年前から準備して、今の生で漸く叶おうとしているんだよ」

「それが星の王様か。大層な夢だ。千年計画とは、実に壮大で、気の遠くなる話だ、頑張るねえ」

「人間共に復讐したい一心だったもの」

「で、千年って、何で千年なんだい」

「歩は、何か、沢山話すね」

 私は二個目の乾物を食べ終えて乙破千代の腹の起伏を撫ぜ、隣の乾物の千切れる音と手渡された中途半端な大きさの乾物に呆れ、しかし捨てるのは勿体無い、銜えて齧りながらママに凭れ掛かった。ハオが行儀が悪いと言っているが、知らん顔で乾物を口に詰め込み、当人も似たような体勢である事を、ママの毛の沈み具合で解るから聞いてやるつもりは毛頭無かった。

「話すって、何を」と私は言って、見えないけれど、つい隣の人影の方に顔を向けた。

「拘束を解いてくれた人の事、人間を滅ぼす事、シャーマンとシャーマンでない者の事、千年云々」

「そりゃね、私は君と違って心が読めない」

「僕に心を読まれると知って、それでこれだけ言い返すのも面白い」

「読めないから、当人に聞いたり、話したりする他無い。言ったろう、私は君を解ろうとする事を止めないよ、誓ったし」

「機会があれば、これ幸いと聞き出す訳だ、好き放題意見も言って、心を読まれるくせにぶつかって来やがって」

「折角、話す機会があるのだし、自己満足甚だしい事を承知の上で解ろうとするのだもの。それに、一緒に居る相手が解らない事は気になるし、解らないで居る事は苦しいし、解ってもらえない事だって凄く辛い」

 ハオがこちらに顔を向けたと判った。呼気が耳元に当たってくすぐったい。

「それで目線が違う、文化が違う、異文化交流とは得てして七面倒臭いもの、理解するのに時間のかかるものだもの、沢山話し合わなきゃ解らない」

「伝わるものばかりじゃないさ」

「解っているよ。だって、自分が体験したって、一生続く訳でないし、人って直ぐ忘れるから、骨の髄迄異文化を叩き込むのは難しい」

「……変なの」とハオは呟いて正面に向き直るらしい。衣擦れと一緒に呼気が遠ざかり、頭もママの胴体に預けて、眠ろうと思えば熟睡出来る体勢になって体の力を抜いていった。

 私も倣って硬い毛を枕に半座位で夜空を眺めた。

「で、千年云々って、解らないよ」

「ちっちぇえな。気にすんな」

「ちっちぇえな、言っちまいな」

 ハオは呵々と笑い、一頻り笑ってゆっくり呼吸をし出した。




 今回の内容に差別を奨励する意図は全くありません。

 経験則の話。
 異文化交流とは、個性をぶつけ合う。
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