生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第二十三話:

 千年と聞いて思い浮かべる物事は日本史の平安時代だけれど、平安時代は初期とか中期とか後期と分かれて、更に前の年代は遣唐使や遣隋使や防人とか、色々覚える事が多くて小学校の頃から暗記が必須の科目を大嫌いになった。前世は英語も鬼門で、数学の公式を覚えるのも嫌で、何が得意か問われると何が得意と胸を張れるものは一つも無く、今思えばよく平気な顔を出来たなと呆れ半分、憤り半分を感じて今生の意欲が摩滅する。何故記憶力は人並みなのに生活を送るに不可欠の物事を覚える事が不得手だったか、何故無関心と思われる物事を記憶する事は長けていたのか、全く都合の良い頭だから原因の解明も儘ならぬご都合主義である。

 記憶は渺茫として大海の大波に飲まれ行方知れずとなるが、隣で臨場感のたっぷりな語りを聞けば、その場限りの情景を鮮明に想像出来た。自分で尋ねておいて事が千年前の彼の実母との幸福に満ちた日常生活の細やかな不平不満から始まり、時に鬼の子狐の子と罵られ、母子共に村八分の目に遭い、大人の影響を多分に受けた子供社会でも一人追い回され石を投げられ打擲され、逃げ帰って怒りの余り子供達の罵詈雑言を吐き捨てると母親から愛の鞭たる平手打ちを食らい、何処に憤懣を吐き出せば良いのか皆目解らず、そのまま母親が物知らずの馬鹿共の凶手に倒れ、彼は本物の独りぼっちになったそうな。語り部は口を噤んで拳を握り掌中の乾物を汁が搾り出せるようかと思われる程潰し、非力を通り越し無力な子供時代に臍を噬み、夜陰に浮かぶ真っ黒の両眼をぎらぎら輝かせた。

 これで一息吐けると思いきや、隣の語り部の体温が怒りの効果で上昇したか、身の内に収まり切らぬ霊能力が溢れ放熱するのか知らないが、確かに体感含め気温が上がって異国の土の熱れのする身辺に少しく嫌な気持を抱き、押し黙って続きを待つでもなく荒野と夜空の境目を睨んだ。そうして語り部は小憩と見せ掛け再度口を開き、千年前の自身の都の家無き子生活の語りを始め、其処は嬰児の名前の由来となった乙破千代と言う名の妖の世間話や生活を概括して語り、結局友達になれず居なくなり、彼が鬼の力を得たところで又口を噤んだ。握り締められ潰れた乾物の擦れ合う湿った音が聞こえ、歯が浮くような感覚に、私は硝子を爪の先で引っ掻く音と同様にこの音が苦手だと思った。

 語り部は続ける。術の師匠に拾われ、語りを聞く側の期待を背負う彼の最初の友達候補の少年とその最期、話は飛んで幼名から元服名に変わり、貴族達のへどろに似た表とも裏ともつかぬ阿呆面の話、猫の話、文献を繙き見付けた希望と悲願成就の為の最良の道筋を占った結果、以上を語った彼は五百年前の持ち霊との出会いと今の現世への帰還を終えて、漸く握り潰した乾物を齧った。汁の出兼ねないそれはさぞ不味かろう。果して彼は不快げな声で唸って、千切った乾物の半分を私に寄越した。

 相手の体温の移った乾物は非常に不味く、一口を大きく齧れば早々に食べ終わるのに、不味い物に限って中々飲み込めずいつ迄も咀嚼して液状になってやっと嚥下に取り掛かる。第一不味い物を口いっぱいに詰め込むなぞしたくない。と言う訳で、一口二口で食べ切る事は諦め、観念して一口を小さく食べた。

「成る程。事の発端は、君のお母さんが殺された事で、千年を掛けて分からず屋を滅ぼして、滅ぼす事で復讐や第二の自分が出る事を纏めて片付けようと言う訳だ」と私は私見を述べて荒野の上に散らかる色取り取りの星を見詰め、手遅れと言う言葉も生温い、時空を超越したる驚異の復讐意欲に満ち溢れる語り部事ハオの気配を肌で感じつつ、理不尽な思いの経験のある者が他者に理不尽な行為を強いる図に半ば以上飽きれて閉口した。

 彼は私の心中を読み取って、不愉快な気持を剥き出しに、上半身を羊のママの胴体から起こし肩越しに一瞥するらしい。夜の更ける毎に頭上を流れる雲は厚みを増し、星と月の明かりが届かぬ程分厚くなって、真の闇とは言い過ぎるが、傍の相手の輪郭すら判らぬくらいに暗い事は確かだった。

 長い沈黙があって、その間に纏めた私見を述べて理解を得られるか、自信は全く無いけれど言うだけ言ってみようと口を開く。

「時代が時代と言えるし、過去の人から引き継いだだけの現代人に清算を求めても、誰も、何じゃそりゃ、で終わってしまう。最初に自分が奪われたから、だから奪う側に回って、星の為も嘘じゃない事は確かでも、ある意味奪われたから奪うと言う……我が儘にそれらしい理屈を付けただけに思われる」

 私は続ける。

「それが君にとっての復讐で、復讐なら横から人に言われても聞く耳なぞ持つまいよ。解るけれど、殺される側の私の言い分は、何で君の癇癪に付き合わされるんだ、と言うくらいかな」

「この僕を前にして、よう言うた。腹蔵無きお前の言葉は、欺瞞や不義の横溢する世を見て来た僕からすれば、いっそ心地好いくらいだ」

「君を怖いと思う。何故って、殺すと豪語する相手を怖がらず居られる方が、それの方が怖くないかい」

「そりゃそうだ。君の言葉で言うなら、気違いに違いない。人は恐れる。しかし、畏敬の念を忘れ、尊いものより賜る全てを己の力で勝ち得たものと思い込み、寛大に与え続ける尊いもの達から、必要以上に毟り取って、今じゃ居直って我が物顔で破壊して行く。解っていないのさ、自然は、そんな奴らを一瞬で滅ぼせるのに。人はね、業が深過ぎたんだ」

「過去の人達の悪行の報いは、現代に迄脈々と受け継がれていて、一度清算して綺麗にする他無い、そう言う事。前世だの持ち出されちゃ、現代の徒人には手も足も出ない、人は何もかもが遅過ぎた、訳だね」

 籠もったような低い音が聞こえ、途端に四辺が明るくなり目を細めて光源を見遣り、解っていたけれどハオの手掌の上で樹木に引火すれば大火を齎す、火種に十二分な赤色の火が揺らいでいた。火影の向うの青白い顔が痛快な笑みを湛え、身を乗り出しこちらに鼻面を近付けて言った。

「歩は、本当に良い子だね。そうさ、お前達は、何もかもが遅過ぎたんだ」

「残念でならない。千年前に私が居て、君の話を聞いていたら、千年分の力を蓄える前の君の顔をたこ殴りに出来たのに」

「千年前に歩が居たら、修行でもつけて仲間にしたかもね」

「自分で言っておいて難だけれど、非建設的な事だね、何年前なんて意味が無い。だって私は今に産まれて、君は千年前に産まれて全てを始めて、もう終わった後だし、終わった後でその前に出会えていて、こうしていたらと言うのは無駄な話だよな」

「そうだね。出会っていたら、何て譬え話をしても、それは実現しない、現実にならなかった夢物語だ」

「結局、出会いだ。運なんだね。君のお母さんが生きていれば君と私は今、こうやって顔を突き合わす事も無かった。何か一つ違えば、全く変わっていただろう」

「その話は、虚しいだけだ。僕の母上は殺され、その馬鹿でどうしようもない愚か者の血は絶える気配も無く星を蝕む、現実逃避して悲観して、意味無いさ。僕は悲願の為に行動した、成就する時は直ぐそこだ」

 ハオは言って身を引き、正面の荒野を見詰める。

 私も荒野と夜空の境目を見詰め、日本の現代の実家の自室の窓辺から眺めた夜空を思い返し、異国の夜空の星の瞬きに感嘆した。多くの土地でこの夜空が失われ、一層人々は正しい未来の標を見る機会も知識も無くして、自然への畏怖の遺忘は止まる所を知らず、星は病み生ける物と共に滅ぶのだろう。人間だって寝付けば生活の為に他者の介助乃至介護の手を要し、立ち上がりの動作や座る動作、食事の介助に歩行時の転倒予防、寝たきりなら数時間ごとの体位変換、下の世話も人に頼る事になる。以上の行為を嫌がる者も多数居るのも事実で、積極的な者が居るのも事実、しかし現場を離れる者が多いのも事実だから釣り合いが取れないで増える一方の寝付いた人があぶれ、いよいよ大変となって漸く他者の手が差し延べられるが、時既に遅く大した手当ても出来ず事切れるのだ。故に病んだ星も介助、否介護の手を必要としているのかもしれない。それは救済に一刻の猶予も無い、切迫した状態と思われ、星の現状を感じ取れぬ徒人を説得する寸刻すら惜しい状況なのだ。

 膝の上に横たえた乙破千代の福々しい頬を撫ぜ、星の逼迫した様子を知って尚病んだ中を生きる徒人や自分達を生かし星をも生かそう考える徒人があった場合を想見し、現実味に欠けるそれを明後日の方に捨てた。いっそ死に行く星を道連れに生き物も死ねば良い、星の死ぬが先か、生き物の絶えるが先か、道連れはどちらか、少し考えて、何も思い付けなくてつい笑い出した。

「でも、一寸知る事が出来た」と私は言って乙破千代をハオと自身の間に横たえる。硬い筈の毛に矮躯が沈んで、ママの毛は存外柔らかいらしいと思った。

 ハオの手掌に揺らぐ炎は青みを帯びて周囲を照らした。彼の顔は正面に据えられ、今の私の位置からは見られない。

「星の大事は、規模が大き過ぎて解らない。ハオはこれを嫌うだろう」

「徒人らしい意見だ。其処まで言われると、いっそ清々しく感じる。潔いくせに諦めていない。いや、把握出来ないから、楽観しているのか」

 太平楽な事は承知だ、と内心言って、音には別の言葉を選んだ。

「でもね、ハオ、君が最初の家族を死ぬ程大好きと言う事は、よく解った。私は、どれも大事だけれど」

 残念な事に人は忘れるもので、前世の記憶は年を経るごとに薄らいでいくのだろう。確信は無いが、所詮私は徒人だ。自然の摂理に逆らう真似は、命を懸けたって出来やしない。

「後、君が、乙破千代を大好き、と言う事もだね」

 と私は言い、今度は自ら乾物の皿に手を伸ばして、小さい果物と思しき乾物を手に取って銜え、もう一個摘まんでハオに突き出した。ほい、と声を掛けると細い肩が大きく上下した。

 やおら振り向いたハオは膨れっ面で私を睨め付け、乾物を引っ手繰り半分を噛み千切った。




 ハオ様はマザコン…らしいです。
 主人公は、何も切り捨てられていない、捨てられない人です。
 大人になったらゴミ屋敷に住みそうですね。
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