ご機嫌麗しく日々を送るかと思われた彼は、しかし御機嫌も長く続く事無く数日後には又少し不機嫌な面を見せるようになり、御蔭で時機遅れの夜泣きも一向止まない。折角戻って来た人達が蜘蛛の子を散らすように遠くに退散してしまう、そう懸念を抱いた私は乙破千代のご機嫌取りも考慮に入れ、隙を見てハオに抱いてあやしてもらう事を決め、人様の思惑を承知済みのハオも定期的に極彩色の塊の樹木の茂る場所に足を運び、間を置いて追って来た私の腕から乙破千代を受け取って小一時間抱いて人間染みた時間を過ごす。二人の御機嫌はこの僅かな時間の後、三日くらい続く。時折やはり彼一人が育児に挺身した方が乙破千代の為かしらと思えてならず、けれど腕の中に収まる子を見下ろすと手放すのが惜しく思われ、涙が滲み視界が朦朧として自身の執着の対象の穏やかな笑顔を捉える事が出来なかった。
その場凌ぎの短い逢瀬を重ね、幾度目かの彼の後を追おうと一足踏み出した時、山田さんが今日は早寝遅起きしなさい、と言って髪留めで纏めた髪が縺れる程頭を撫ぜ回して来て心臓が凍り付く程驚いた。同じ言葉を聞いた覚えがある。驚駭したなりで事の由を問い詰めて、今度は山田さんとハンさんの二人が居残って一行は何処ぞへ御礼参りでも行くらしく、本来世話役の私の耳に入れる事は禁忌だそうで、危険を冒し耳打ちを終えた山田さんは難関の任を負う小娘を送り出し、赤色の火炎の向うの塵埃に塗れ真摯に修行に打ち込む人々の輪に加わった。不思議な頭髪の色の例の優男が声を掛け、軽く応じる様子を見て、見ていられなくなって雑木林の影に消えた小さな背中を求め駆け足に追い掛けた。
烏の濡れ羽色の長髪の風に靡く立ち姿を点景に極彩色の樹木の茂る其処は異国情緒の溢れる窪地で、一等細かい砂が風に運ばれ舞い落ちて足下を埋めていき、軈て窪地そのものを砂の底に沈め、彼曰く尊い星の息吹の通る事の無い汚穢の満ちた負の掃き溜めにでもなるのだろう。腕に抱える子供を強く抱き留め、慎重な足取りで底に下り、足音やお家芸の存在で掛ける迄も無いが礼儀に悖るので一声掛けて注意を引き付ける。こう言う時己の意志に反して他者の心中が露出して見える彼の心中が案じられる。こちらに他意は無いが、何が相手の硝子細工より繊細な心に衝撃を与え、木っ端微塵に砕いてしまうか知れないので安易な物言いは出来ないし、そう考えている事も露呈してしまうし、そうすると相手も気疲れしてしまい関係は悪化の一途を辿るに違いないから自分自身も妙に緊張する。
彼はそれが嫌と思われる。だから私は気にしない事に決めた。胸を張って相手を睨み、読むなら読みなさいと心中の隔壁を取っ払い、君には二心無く接して好き放題言わして頂こうと鼻を鳴らして歩み寄る。窪地に乾いた風が吹き下ろし砂埃が視界を覆い、脳天から爪先に至る迄黄色か白色の砂に塗れ、酷く見苦しい恰好である事は明白で、此処は祖国を遠く離れた異国の大地故、誰も叱る人はないから自分も気にしない。
従前通り乙破千代を抱き取ったハオは人間臭い笑顔になっていつ迄もしまりの無い面で突っ立って居る。二足三足退いて二人の幸福絶頂期の姿を目に焼き付ける私は、肉厚の極彩色の葉か花弁か知らない塊を枝の其処いら中にくっ付ける樹木の熱帯植物を髣髴させる色彩を眩しく思い、又目に痛い色調が祖国のとある風光を思い起こさせ、砂塵の薄膜の向うに碌でもない事をふと思い付き、思い付いたなり特段思案もせず実行に移った。
紗の掛かったような砂塵の向うに強烈な色彩の塊の細い枝に錯落とぶら下がる様は、前世も現代も、その時節の到来を待ち望む紅葉狩りの光景に似ていた。紅葉狩りは外出前の支度が七面倒臭い。紅葉の名所と言われる場所は決まって寒暖の差の激しい場所で、前世と現代のどちらの記憶か曖昧で頭の方が心配だがそれは又後にして、記憶の中の紅葉狩りは厚着をして行くのだけれどどれだけ上に着れば良いか判然しない。前はフリースの上着にジャンパーに、マフラー、耳当て、手袋、上着の下はニットの長袖を二枚、肌着を二枚重ねて現地に赴き、山を登る前に暑苦しくて車中にて家族を見送った。紅葉狩りは山岳が多いと聞くが、気にし過ぎて厚着するのも宜しくない、何事も節度が大事である。
話を戻して私がどんな行動に出たか。
私は、要は歌を歌ったのだ。何の歌かと言うに前世の小学校、現代の小学校の音楽の教科書にも載っているらしい「紅葉」と言う題名通りの歌だ。
主旋律と副旋律に分かれ歌った記憶がある。女子生徒が主旋律、男子生徒が副旋律を歌い、その後男女を混ぜて人数を半分にして主旋律と副旋律をそれぞれ歌い、一番綺麗だった男女に分けて歌った歌を録音し、授業参観の直後にある保護者会で流したそうだ。全く恥ずかしい限りだが、保護者の方は嬉しそうに聴き入って、子供特有の甲高い歌声に相好を崩していた。
二人を眺めるに最適の樹木を選び根元に座り込んで少しの羞恥心も手伝い、止めれば良いのに碌でもない思い付きだからその儘小声で歌った。
秋の夕日に照る山紅葉
濃いも薄いも数ある中に
松をいろどる楓や蔦は
山のふもとの裾模様
溪の流に散り浮く紅葉
波にゆられて離れて寄って
赤や黄色の色さまざまに
水の上にも織る錦
歌い終えて一寸笑い、正面のハオと目が合い彼も笑うらしい。音痴で悪かったね、と言うと、聴くに堪えない程じゃない、と言いやがる。
ハオはその場で乙破千代をあやしつつ一寸顎を上向かせ、枝葉と枝葉の間隙に覗く暮れ泥む新天地の空を見詰め、何だか口許がもごもご動くから目を凝らして見ると歌っている事が解った。余程小声なのか自分の耳が不調なのか知らないが声が小さくて口許に耳を寄せなければ聞き取れないと思われ、御輿を上げて木の根が迫り出した危うい地面に踏み入り蹌踉と歩み寄って歌に耳を澄ました。
するとハオは私を見遣り、近くの木に凭れ少し音声を上げて歌ってくれた。最初の友好関係を築く気の無い殺意の滲む眼差しを思えば、大分関係も良好になったと実感の湧く態度に胸も軽くなり、大きくなった歌声に改めて耳を澄ました。が、やはり聞き取れない。今度は歌っていると解るし、歌声も明瞭に聞こえる。小学校の男子生徒の一人に聖歌隊で歌った経験のある者が居て、学校の合唱大会でも活躍した彼のボーイソプラノに近いハオの歌声は、草木や土に吸収され響か辛いのか防音室で聞くより一音一音が判り難く、音が繋がって聞こえ、歌詞を聞き取ろうと意識を集中すると頭がくらくらして聴いて居られない。
軈て歌が終わったと見え、口を閉じたハオに尋ねた。
「今のは何語?」
「嗚呼、成る程」とハオは勝手に頷いてしたり顔で乙破千代に感想を求めた。
短い手足を振り回して乙破千代は元気に笑う。
だから何語、と私が再度尋ねると彼は可笑しくて堪らないと言う笑顔で答えた。
「先刻(さっき)、歩が歌った紅葉だよ」
「絶対違うよ。よく解らない歌だった」
「現代っ子の歩じゃね」
と彼は言って乙破千代の喜色満面の笑みを見て頬を上気させ、ご覧よ、と見慣れた笑顔を私の鼻面に突き付ける。互いの口がくっ付きそうで驚いたから上体を逸らし、仕方無く見慣れた笑顔に焦点を合わせるが、格別変わったところの無い常の笑顔の為に段々不安が募り、こちらが当惑顔で相手を見詰め返す羽目になった。
「歩は見慣れているんだ。僕は、此処まで嬉しそうに笑ってもらえるの、初めてだったから」
「で、現代っ子の私で解らない歌詞は何だったの」
彼は顔を上げて人間臭い笑顔の儘言った。
「要するに、千年前と現代じゃ、同じ日本でも言葉の発音が違うのさ」
成る程、と私は漸く得心いって頷いた。つまり現代では聴く事の容易でない平安時代の貴重な発音をお聞かせ下さった訳だ。
それは面白い、と乙破千代を抱き取り、黒い顔と黄色い顔を揃ってハオに向け、歪む顔を引き締めるよう努めながら再演を強請って山田さんの早寝遅起きの警告をすっかり忘れてしまった。
多分、オパチョはこの日がきっかけ。
因みにママ不在に意味はありません。
主人公にとって愛しいのオパチョは自分とハオの橋渡しをしてくれる存在。
主人公とハオはオパチョあって成立する関係。
……ハオ様攻略かなわそう…。