生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第三十七話:

 忘れられるのは寂しい。しかし死んだ前世の私を忘れる人は、少なくとも向こう五十年は居ないと思われる。両親は勿論、母の言う「あの子」が居る。後に誰か別の人を選んでも「あの子」の中に共に過ごした私の記憶が頭の一部を占領する事に間違いない。毎日寸刻を惜しんで思い返す必要なぞ無い、そんな無駄な時を過ごすくらいなら忘れるに限るが、お彼岸等の限られた期間内で思い出してもらうのは丁度良いと考える。相手の余生の邪魔にならず済んで、思い出してもらう側或いは忘れられる事を恐れる側として大変気が楽である。

 猛獣の奇襲を避ける為に遊牧地を移動せざるを得ず、一行は渋々荷を纏めて不可視の飛行機に飛び乗って新たな土地を目指し空の旅を堪能する。雨季の風の吹き荒ぶ上空を持ち霊を得た末っ子の歓声が交じって耳朶を震わせ、冷風除けの体にしがみ付き、外套の外に出る手を掴んで握ってやると一層声が高くなった。風が当たらぬよう上半身を前傾さして両腕に矮躯を抱き込む。霊格か神格か専門用語の区別がつかない為言葉の選別は困難であるが取り敢えず本来懸ける可き時間を素っ飛ばし精霊に進化した羊のママの魂を抱き締め、時折その才が無い旨を繰り返し言って聞かせるのに何処吹く風とママの様子を語り、又見てと訴える霊能者の気持が高揚気味のオパチョの我が儘が胸元で人の顎をくすぐる。

 声と同時に唾が飛び、顎や頬を濡らし乾くと痒い。折角着替えた着物も唾液の染みが斑を作り、生地の色を濃くするらしく、下の素肌の接触部分が冷気を通して非常に寒くて胴の震えが止まらなかった。見兼ねた山田さんが上着を貸して下さって、オパチョを宥め眠るよう促す。しかし興奮冷めやらぬ風のオパチョは聞く耳持たず、新たな遊牧地に着いて幕屋を組み立て、新天地の東雲の暗い空を背に寝床に潜り込み、私の子守唄代わりの鼻歌で眠る迄珍しい饒舌は続いた。

 昏々と眠り続けて時間の感覚が狂い夕暮れ方に目覚め、まだ夢の世界を逍遥するオパチョを起こさぬよう留意し幕屋を這い出すと愛想笑いを湛えたハオが出迎えて腹が立った。垂れ幕が肩に引っ掛かって赤い日が幕屋内に射し込み黒い爪先を照らす。先に気付いたハオが垂れ幕を直し、焚き火の方で食事の用意が整いつつある事を私に伝えその方へ歩いて行ってしまう。起き抜けの不快感も相俟って私は食事が嫌で堪らず幕屋の後方のいつか見た物に似通った不恰好の樹木の疎林の奥を目指し、焚き火に背を向け、つまりオパチョに背中を向けて暮色の広がる空の厚い雲の漂う見当に歩いて行った。

 両腕の周り切らない程太い幹に天辺の参差と枝葉を伸ばす不細工な樹木は、大分前の遊牧地で見掛け、疎林の奥の荒野との境目に御輿を据えて愚図愚図と物事を考える事が唯一の暇潰しだった。要するに退屈で、退屈である事は身辺が平和の証左で、それを疎んじた事が無いと断言し切れないのは遺憾だが退屈な時間が格別嫌いだった訳でもない。寧ろ好ましい。何も無いに越した事はない。誰かが問題を惹起し、騒ぎの中で只の道連れが攫われ豪い目に遭い、大怪我を引き摺って尚行く当てが無い事を理由に道連れの関係を継続し、とつらつら考え疎林の終わりに辿り着いた。終わりと言っても間遠に樹木は生えて続くが、便宜上最後と言われる樹木の先の不恰好のそれは、現代っ子の視力で捉えられる距離に無かった。月明かりが頼りの黒い空の下に酒樽の影が一本、最早林とも森の続きとも言われぬ所に生えていた。

 漫然と酒樽の影を眺め一足疎林を抜けて、二足疎林を離れて酒樽の根元に歩み寄り、想像以上に背高の樽に目を白黒させて遥か遠くの幕屋の手前の林を振り返った。随分遠くに酒樽のような喬木はあった。其処の根元の最も地面から盛り上がった根っこの前に座って凭れ掛かる。丁度良い箇所に体重をかけないと体が一方に傾いて、手を突き支える羽目になるので背骨の当たる真ん中に根っこが来るよう凭れた。

 暫く空を見上げ、此処二年の異世界放浪期間で初めて独りぼっちで夜を過ごす。足を引き寄せ膝小僧に額を押し当てた。

「ママ、居る? 居ない?」と呟いて溜息を吐いた。

 私に霊を見る才能は無い。芽生える気配も無い。これはハオのお墨付きで、何故彼が言い出したか当時の会話の前後が曖昧だけれど君に霊能力は欠片も無いねと言われ、脈絡も無く暴言を吐かれたと感じた私は腹を立てたが立てても仕様がないと思い直す事で怒鳴りたい気持を抑えた。何を思い私に才能が無いと言ったか、その真意なぞこちらの関知する所でない。

 普段腕に抱え、又足下を徘徊するオパチョとママが居る御蔭で二年間孤独と言うものと無縁に近かった。体は常時温もりが傍にあったが、心の方は隙間風が吹き込む孤独を感じる瞬間が間々あった。末っ子の読心術が見抜いていたか知らないがママは知っていたに違いない。賢い羊の事だから私の孤独感の原因に思い当たる節があったと思われる。

「付いて来ているよ」と甲高い子供の声が聞こえた。

 横目に声の見当を見遣れば案の定ハオだった。

「起きたらオパチョが騒ぐ。戻れ」

「このまま私が消えて、オパチョが大人になったら、こんな人が居た、と言う程度の記憶になるだろう。又は忘れられるかもしれない。寂しい気もする、どうだろう」

「戻れ」

「私が生きて傍を離れる、私は生きているから魂を呼び出し会ったりする事は出来ない。私が死んで傍を離れたら呼び出して会える。ねえ、見える人にとって死って何さ。寂しくないじゃないか」

「解った。戻って」

「何が解ったの。私は君が解らない。オパチョの気持は解る、見ている物、視界を解る事は出来ないけれど気持だけは解る。だって姉さん役だもの」

「歩、戻って。ママが心配している」

「だって、ねえ、見えないよ」

 駄々を捏ねるつもりは無かったが立って幕屋まで歩く気になれない。身動き一つ取らず蹲る私の駄々っ子振りに堪忍袋の緒が切れたハオの溜息が聞こえ、膝を抱える片腕を引っ掴まれ引き上げられ、無理矢理立たされた私は不可視の飛行機か巨人か、この際何でも構わないが、何かに乗せられ幕屋近くの疎林の中で降ろされた。

 待って居たらしい山田さんに背負われ幕屋に入り、寝惚け眼で内装を見回すオパチョと目が合い、寝惚けた頭を振ってまだ眠いと呟き、小さな手で手招きして私を呼んだ。山田さんはオパチョの隣に私を降ろし、私はオパチョを抱いて又目を瞑った。夢の世界は直ぐ駄々っ子を受け入れた。

 翌朝昧爽、夢を見た気もあれば無い気もして、やはり起き抜けの気分は宜しくない。抱える末っ子を抱いた儘表に這い出し焚き火を囲む複数の背中を認め、朝の空の焼ける前の重たい全天の下、轟々と燃え盛る炎に顔を照らされ火照って上気した顔面に流れる汗を拭う仕草に息を詰まらせ、腕が下りて膝の上で拳を握った所で深々息を吐いた。花組の三人娘の影はない、別段居ても構う必要も無いが内弁慶の気のある私は強く言えぬ相手が苦手である。対人関係も得手不得手があって、無論話し掛ける事を逐一厭う必要の無い人が居れば、花組のように苦手意識を植え付けて声を掛ける段階で気息奄々として泣きたい気持になる人も居る。幸いに一行の代表相手に気後れする事が無いのは有難い。彼の性格も影響していると思われるが、前提に私が原作の彼の過去や大会参加の動機等を知っている為話題を選び言葉を選ぶと言った不正行為を人知れずする事が出来たからだろう。以上の様に私は声を掛ける相手を選ぶ。今焚き火を囲む人々は性格に難のある者は少なく、友好的でないにしても殺気立って応対する真似は無いと信じたい。

 だが怖い、恐怖が先立って近寄るのも躊躇われ、薄青の中の人々の息遣いに合わせて足音を忍ばせ幕屋の裏に回って疎林を抜けた。精霊のママの気配がどれ程強烈か知らないが炎の加減に集中する人達が散歩に出掛ける無能の行方を憂う事なぞない。憂う要素は一行の代表、即ち自称未来王のお気に入りの末っ子の安否くらいだ。上手い具合に疎林を抜け切って林の向うの酒樽と見紛う程の太い樹木に駆け寄り、オパチョを膝に載せて自身の上腕よりもっと太い根っこに凭れた。根っこの隆起部は凭れる私の肩の高さで屈曲し地面に減り込み、頭部の自重の引かれる儘に首を仰け反ると後頭部を置く所に難儀するどころか置き場の無い事実を知る事無く頸骨が折れる可能性があった。余り勢いよく首を逸らしてはならない。筋を痛めるだけでなく命に関わる。

 根に凭れ真正面の風光に感嘆の吐息を漏らす。脱力のし過ぎか頭と首の付け根の窪みに硬質な樹皮が当たり酷く痛い思いをした。顎を引いて樹皮と体に隙間を作って、又正面を見据える。

 荒野の向うに不恰好の樹木か別種の樹木か、現代っ子の凡庸な視力で見通す事は厳しく、把握出来る範囲で樹木の恰好を観察すると、テレビ番組のサスペンスドラマ等で刑事や探偵が殺人犯を追い詰めたり自供自殺他諸々の為に犯人が遣って来たり、所謂崖っ縁ドラマ等に登場する海辺の急峻な崖に至る手前の森乃至林に多く見られる磯馴れの木によく似ていた。崖の中程に一本ぽつねんと生える松とも似ている。異国の内陸の灼熱の大地と言うが正しいか、灼熱の大地と言うと砂漠を連想するが適当な言葉は不毛の大地だろうからそれはそれとして、此処いらは所々草木の生い茂る区画がある為凶悪な日光の災厄を鑑みても不毛と言うより灼熱と評した方が適切と思われる。

 話を戻して灼熱の大地に兀立する樹木にしては些か背丈が高過ぎるのでないかと思う。周辺に他の植物は見られないから太陽を貫かん許りに背筋を伸ばす必要を感じない。何故荒野の樹木が背高のっぽの不恰好なのや不細工な姿を曝すか全く解らない、解って徳を授かる事も無いし、しかしその利益も不利益も何も無い無駄の極みをつくづく考える事で育児以外の勝手な課題の、何か理解の糸口を見出せるかもしれない。

 では考えようか。と考える余裕に事欠く私が言っても現実味が無い。結論が出ず、先延ばしにして後々苦心する様子が目に浮かぶ。無様も通り越して情けないやら虚しいやら哀愁の漂う有様に違いなく、想像だけで自分自身が可哀想だから考える事を止した。

「ママ、見えないよ。実感が湧かない。居ると言う実感が全く無い。オパチョ、君は、若し霊魂を見る事が出来なかったとして、それでもママに精霊化してもらって迄傍に居て欲しいかい」

 私は昨日のハオの言葉を思い返して一笑する。

 霊能力の才能の皆無の私に、居ると伝えてくれただけでも大変有難い話だが、有難いと思うからこそ酷く寂しかった。寂しいと痛切に感じる訳は、ママが居て薄汚い体毛越しの温もりや耳や目や鼻や諸々に染み入る存在に幸福を見出していたからに他ならない。寂しいと感じ、虚しいと感じるそれ等を錯覚と断ずるは早計である。過去亡失した対象と共に過ごした時間を顧みた時、傍らに、胸に、腹に猛烈な空白を覚えた時、人は寂しい、虚しいと言う。寂しさや虚しさの証憑とは、即ち幸福を知っているかである。

 私はママの存在を感じ取れぬ事実に寂しさを覚え、今末っ子のオパチョを巻き込み不貞腐れて居る。これはつまりママと居た時間に幸福を感じていたと言う証だと断言出来る。

 霊の見えない私の私見だが、幾ら信頼を寄せる相手に「居る」と言われても、それを信じていても、肌に感じられねば相手の言葉すら心身を抉る凶器に成り代わる。ハオ、申し訳ないけれど、ママが見えない。見えないから君の言葉がとても辛い。




舐犢之愛(しとくのあい)
:親が無闇に子供を愛する事。

 短いですが、ママ死亡編でした。
 後、書きたい事は短編で書こうかと思います。
 と言う訳で、次章より原作突入(?)したいと思います。
 つまり時間がぶっ飛びます。
 ハオ様が絆される話の筈なのに、もう原作です。多分書く側が諦めました。
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