馴染みの無い響きを持つ彗星を阿呆面で仰いで見送って、そうして茫然自失の体の私に末っ子が攀じ登り首を跨いで落ち着き、我に返る寸毫の暇も無く自称未来王に腕を取られ幕屋に帰った。生憎真っ白の星の閃光が脳裏で瞬き現実の視界なぞを認識する気になれない。樹木の根っこが方々に隆起した危うい足下を歩く当人でなく手を取り引っ張る先導者が留意し、躓き兼ねない箇所や大股以外不通の箇所は、後で末っ子が言った通りなら、先導者が抱えて飛び越えたそうだ。今でこそ相手の方が背丈が高く、一年前迄は自身の方が拳一つ分高かった事を思い返すとこれも皆々の成長を痛感させる過去と現在の差異なのだろう。
壮健な根の起伏の激しい大地を踏破し深更床に就いた。無論記憶にない。しかし日々酷使する事で生地の厚みが無くなり幕屋の天井に壁に朝日が透けて夢の世界にしがみ付く一同を叩き起こし、腹心や親戚の小父さんの好意で掛蒲団を頭迄すっぽり被せられ、蒲団の恩恵たる曖昧な薄闇とも称せる狭い世界のかわたれ時、又寝は長く続かず段々体温が上がり人熱れがして辛抱堪らなくなって起き出した。好意の掛蒲団を捲って汗ばんだ全身に貼り付く着物の感触が不快で、垂れ幕を潜って表に出て、一時的に涼しいと錯覚する外気に触れ汗を乾かした。半ば乾く頃に手櫛で寝癖を直すが、掌で把握出来る範囲に撥ねた毛先が直った所は無い。決して真っ直ぐと言い難い頭髪の緩い癖に湿気が助勢して寝癖が出来上がり、特に右の蟀谷付近の前髪と右寄りの後頭部の癖が酷く、先に起きていた山田さんに整髪料を手渡される程無惨な髪型になっているらしかった。
光沢のある二股の頭髪を見て薬の使用を断り、手櫛と髪留めとで寝癖を隠し、前髪の癖だけ諦めて後は纏めて後ろで束ねた。金具が軋る音が微かにして現代の母の形見と言って差し支え無い髪留めの、物の寿命を感得し憂鬱な気持になった。思えば暗色の幅広のリボンも解れた箇所が幾つも見られ、斑の染みの大半が末っ子の涎の跡で、別段汚れ具合を悲観する気も無いし憤る程短気のつもりも無いが凝った模様と言い張るには少々涎跡が不潔すぎる。止むを得ないが捨てる決心がつかない、勿体無いと思う気持は、正直言って布の染みを注視した後で思い続ける事も出来ず、汚い物は汚いから、でも現代の母に自身の我が儘を押し通して奪う様に持ち出した物だし大事にしたい。人に羨まれる程量の多い頭髪の前髪以外の後ろ髪と横の髪の大部分を束ねる髪留めを指の腹で一寸撫ぜ、長持ちさせる方法を考案せねばと思案投げ首、髪の量を減らす所から試そうと傷んだ毛先を摘み思った。
山田さんが黒炭と薪を要領良く積み重ね、私はその様子を見て踵を返し点火係の野郎を叩き起こしに垂れ幕の向うを覗き、未だ寝入る二人の寝息に二通りの恣意的な感想を抱いた。まず一人目、末っ子オパチョの鼾でないが寝言と勘違いする程大きな呼吸音が先刻私が包まっていた掛蒲団の下から聞こえ、熱れ臭い蒲団に長時間包まるその驚異の忍耐力に兄弟分の尋常ならざる霊能者としての才能を感じ取った。二人目の自称未来王元へハオの寝息は幕屋の中央、表の光が強まるに連れこんもりした薄い掛蒲団が存在感を弥増して、緩徐に上下する肩の輪郭の明瞭な布越しの寝姿に腹が立って来る。愛らしい末っ子と腹立たしい自称未来王と、何処でこうも差がつくか判然しないが、自称未来王の寝息は許し難い、今直ぐ叩き起こして雨季の気配を一掃する凶悪な日差しを浴びさせ覚醒を促したい。
任務への意気込みを胸に隅っこの掛蒲団を捲って汗の滲む矮躯を抱き上げ、本来の目的だけれど真面目な顔で起こすのが業腹の為末っ子のお迎え旁叩き起こすのだと言い聞かし、野郎の背後に膝を突いて掛蒲団を鷲掴み、問答無用とばかりに引っ剥がした。が、此処で少し失敗した。掛蒲団を野郎の脇腹辺りから掴んで持ち上げたのだが、彼は女の私より髪が長く、眠る時自分の髪を敷蒲団にして寝てしまい、稀に寝返りを打つ際に着物の裾を踏ん付けるような恰好で髪を肘か肩か背中で踏み、引っ張られる痛みで目を覚ますと言う間抜けな事が起こるらしい。長髪の持ち主が前述のような失態を演ずる事が極稀にある。それで私が何を失敗したかと言うと、彼の長い髪を掛蒲団ごと掴んで持ち上げてしまい、私は掛蒲団を闘牛士がカポテと言ったか記憶が曖昧で申し訳ないが赤や桃色の布を翻す様に自分の後ろ迄力強く引いたので、蒲団を引く中途で烏の濡れ羽色の髪がぴんと張って彼が悲鳴を上げた。
腕に抱える末っ子も飛び起き、垂れ幕を引き千切って自称未来王の腹心が飛び込み、親戚の小父さんが長方形の穴を覗き、何気無い風に垂れ幕の縫い付けてあった箇所を撫でる。髪を掴む失敗に気付かず声に驚いた私は、山田さんの王様の悲鳴にすら動じぬ構えに少しく安堵した。
迅速に駆け寄り原因を尋ねるラキストさんの傍ら、私は掛蒲団を握った儘指先の血の気が引いて胴を震わせ立ち尽くし、心底慕う人の身を案じたオパチョが腕から飛び降りる際腰を屈めると言う気遣いも見せず本当に只突っ立って居た。二人が後頭部を中心に頭を抱え唸るハオの様子に右往左往する中、出入り口に居た山田さんは立ち尽くす私の方に遣って来て、手放せない掛蒲団を取って丁寧に畳み、畳んだ掛蒲団は片腕に引っ掛けた。次いで微動だにしない小娘の脳天を撫ぜ回し、言う可き事は、と大人の義務の如く耳元で言った。相手は大人だが大人の義務と言う表現は宜しくない、呆然と突っ立った儘の不躾な人間に、最初に言う可き事を言うよう促しただけだ。
咄嗟に言葉が出て来ない、喉に閊えて不快感が気管に蓋をする。私は他者の機微に疎いと関係無しに物事を七面倒臭がり放り出し、物事が複雑さを増して手の施しようがなくなって初めて後悔する事が多々ある。言う可き時に言う可き事を億劫がって緘黙し、言わずにおく可き事を言わずにおく可き時にぽろりと言う。この通り家族以外から見れば、特に閉鎖的な学校生活や会社の人間の目線だと嫌な奴にしか見られないが、自分でも嫌な小娘と自認済みである。修正しようと思って素直に修正出来るなら苦労無い話だが、良い機会だから異世界で人間関係を作るきっかけに軌道修正してみようと思う。
又山田さんが軽く頭を小突き、漸く顔を上げて年齢不詳の顔を見詰めて溜息を吐いた。そのまま深呼吸を二三度繰り返し、自称未来王事ハオの後頭部を摩るオパチョの真後ろに膝を突き、御免と一言言った後に片手でハオの後頭部を摩った。謝罪を言う可き相手の正面に座って頭を下げる所だけれど小心者故に彼の腹心のラキストさんの隣に座る勇気は無く、不心得者を承知で相手の背後に座して謝罪する。片手だろうが相手の痛む箇所を撫ぜたのは、これこそ咄嗟の行動で、謝辞の他に述べる事或いはす可き事が全く思い付かず、内心混乱の極みにあった只の小娘の精一杯の誠意のつもりだった。顔を真面に見ない時点で誠意もへったくれもないが、無いからこその誠意である。
必死に後頭部を撫でる自身の手にオパチョの手が重なり、二人してハオの頭を撫で回し、細い毛髪が縺れて指に引っ掛かって又後ろ髪を引っこ抜く様な、巫山戯る訳でないが巫山戯たような状況になった。案の定彼は痛がる。分厚い手袋を外した両手で後頭部を撫ぜる私達の手を掴んで制し、ラキストさんは失態を連発する私達に目も呉れず黒色の上着の内ポケットから櫛を取り出してハオの後ろに回ろうとするが、山田さんが櫛を取り上げてオパチョに渡してしまった。
私物を奪われ怒り心頭に発するラキストさんは、ハオの言葉に鎮静し、一揖すると山田さんと共に幕屋を出て行った。垂れ幕は彼が飛び込む時に引き千切ったのだけれど自覚が無いのか、出入り口を潜って垂れ幕の縫い付けられていた跡を指の腹で確認し手持ちの裁縫道具で繕えるか困却する様に腕組みして項垂れた。
さて残った私達は手を掴まれ身動きが取れずその場に端座したなり真っ黒の頭髪の縺れた後頭部を見詰め、彼が出入り口の項垂れる腹心の行方を見届け終える迄の間、世話係と末っ子は顔を見合わせたり視線を泳がせたり、酷い有様の後ろ髪から目を逸らした。しかし腹心を見送った後の彼は、幾ら可愛いオパチョでも当然許容出来る事と出来ない事があり、又抑も気に食わない私が同様の事をすれば一層機嫌も悪くなる。私の手は彼の左肩に固定され、オパチョの手は彼の右肩に固定され、緩慢に振り向いた彼の形容し難い迫力満点の笑顔に、常の愛想笑いの偉大さを思い知った。
オパチョが素早く謝った。平生の教育の賜物であるが、世話係兼教育係とも言える私は言葉が詰まって出て来ない。何が良い機会か知らない。内心の焦燥を察しているだろうに笑顔の迫力は一向に衰えない。
「御免、なさい」とやっとこ言った謝罪の言葉は陳腐な響きだけれど大切なものだ。彼が如何に受け止めるか、それは相手次第だ。
「うん。謝るのは良い。次回があったら、気を付けて」とハオは存外何でもない風に言うが、何故肌の粟立つ鬼の形相で、器用に笑うのかしら。
「解った。御免なさい」
「僕がそんなちっちぇえ男な訳ないだろう」
「そうだね。うん、御免」
「うん。二人共、今後は、気を付けて」
それで彼が髪の毛を滅茶苦茶にされた事に腹を立てていると知った。心配される事は満更でもないのか、涙を浮かべた団栗眼を見開くオパチョを抱き上げ、櫛を取って私に突き出す。梳け、と言いたいらしい。
櫛を受け取った私は、勿論喜んで彼の髪を梳き、毛髪を一本たりとも引っこ抜かぬ様十二分に気を付け力を加減し、普段の朝食の時間を大分過ぎて、満足いく迄他人の髪を梳いた。
因みに当日昼食後、ハオは昼御飯を食べたら、日本は首都東京に向かうと言い出した。なので少し時間を貰ってオパチョと一緒に遊牧民の一家を訪ね、オパチョの髪を纏めるヘアバンドと私の手首に巻かれる首飾りのお礼を改めて言いに行った。このヘアバンドと首飾りの話は面倒臭いから省略したいが、無ければ無いで押し通せば良いが一応此処に綴るとして、簡潔に入手迄の経緯を述べると羊のママの死後余りに落ち込む私達を見兼ねた遊牧民の一家の父母が、ママの皮を鞣してヘアバンドを作り、肋骨だか知らないが何処かの骨の一部を一寸加工して首飾りを作り、それぞれオパチョと私に下さったのだ。オパチョは本来の用途のヘアバンドとして使い、しかし私は首飾りだと腕に抱くオパチョに引っ掛かるのが怖くて袖に隠れるよう手首に巻いて身に付ける事にした。
三度お礼を済まし、幕屋に戻ると幕屋が無い。手早く片付けたラキストさんと山田さんは戻って来た私達を迎え頭を撫で回す瞬間、不可視の飛行機が足下に現れ体が勝手に上昇した。斯くして私達は日本の首都東京を目指し空の旅に出た。
髪長いと偶にやるとか。
私はやられたら振り向き様に引っ叩くかも…。