中盤から力尽きています。御免なさい。
ポンチョの大男の視線が脳天に刺さる。旋毛を貫き体幹の正中線を真っ直ぐ下行し、臍の下で二手に分かれ螺旋状に足を走って爪先に痺れが残る。印象や思い込みの成せる技だ。
「十(とお)も過ぎない子供が言うか」
と重低音で言い、小馬鹿にしたような響きを含ませ陳ねた餓鬼だと呟いた。実際彼は私を馬鹿にしているのだろう。
此処はこちらが譲歩して相手の無礼千万な発言を受け止めよう、自身に言い聞かしたら煩苛な言葉も雑念もすっかり遠退き、周囲が森閑として欠伸が出て来そうだった。が、隙を見せれば嬰児を奪われ兼ねない。今眠る訳にいかない。
眠気を払拭せんと口を開き、どちらにでもないが人に聞かせる為に言った。
「いやね、先刻(さっき)迄生きていた動物が、こうして狩られて捌かれ料理されて人の口に入るけれど、私のような不味いと言って食べる輩に食われてしまった事を思うと、申し訳ないと思うし、人の、私の人生もこうだろうと思ったんだ」
腕の中の嬰児が身じろいだ。布の隙間から枯れ枝と見紛う程の細い腕を伸ばし、指を開いて私の鼻目掛けて手を振った。視力があるか判然しないが存外元気で安心した。
私が嬰児の健康具合に胸を撫で下ろしてから口を閉ざし、溜息を吐いて誰か喋り出すだろうと高を括り次の言葉を思案していると、予想に反して二人は緘黙した儘続きを待っているらしかった。双方黙して黒色の中に散らばる星空を眺める程、和気藹々とした関係でもないのでとても困った。
待てど暮らせど誰も話さなくて、冷めて硬くなった骨付き肉を掌中で転がして遊んだ。父が居れば雷が落ちたに違いない。
そうして又少し、ポンチョの大男が喋り出した。
「餓鬼がもっともらしく言いやがる」
「熊がね、出たとして」と私は大男の発言に乗じて纏めきれなかった思考を無理矢理働かして言う。「猟友会の人が狩ったとして、何かあるらしい掟か何かで熊を食べるとしよう。食べる側は申し訳ないと思わないで食べるだろうし、熊は美味しくかは判らないけれど、不味く戴かれる事は無いだろうね」
それで一度言葉を切るけれど、段々自分の頭が縺れて纏まりがつかなくなって閉口した。続けようか懊悩し、熊と猟友会の話を言いたい事に繋げられぬと判断して話を変える事を決めた。
「鹿が出たとして、人の畑が荒らされる、畑を荒らすから害獣で、狩られたとする。熊と同じに食べられる。でも鹿は彷徨って、それで見付けた物を漁っただけだから、鹿を害獣と言って狩るのは畑を作った人の都合で、鹿は人の都合で狩られて食べられる。畑を漁るのは鹿の都合だけれど、鹿の都合で畑を壊されちゃ畑の持ち主に不都合だから、持ち主に害を為す獣で害獣で、だから狩られてしまう」
言葉を切って息を継ぐと嬰児の腕が布の中に引っ込んだ。
「人の世の都合と思えるし、抑も畑の持ち主は人だから鹿の都合に合わせはしない。どちらか一方の都合で一方が排除されてしまう、これが野生の獣なら、只の食物連鎖になるのかなって」
人に発見される事無く逃げ果せ、鹿が満腹になれば鹿の勝利になるのだろう。其処迄考えて、やっぱり少し違うなと思い、しかし他に例えも思い付かないので止むなく続ける事にする。
「人の方が強くて、偶々弱かった鹿が狩られて食べられて、そう思うと嫌だねって。鹿は必要に迫られ狩ったとしても、私が鹿でも、食べ物を探して見付けて漁ったら殺されて食べられる、なんて嫌だねって」
でもそうしないと人の畑は駄目になってしまう、と言って口を噤んだ。二人の沈黙が業腹で自分が不機嫌になるのが解る。暇潰しがてら冷めた骨付き肉の臭いを嗅ぐと、時間を置いて悪化した獣臭が鼻を衝き、胃が引っ繰り返って一口齧った肉を吐却する様が容易に想像出来て口元を上腕で押さえ付けた。
「でも人だって、土地開発して、森を壊して、森が無くなって土砂災害があれば死ぬ。因果応報と言うのか、自然淘汰と言うのか、……どちらも構わないけれど、生きていれば何かの拍子に死ぬから、無惨な死は嫌ねって」
死ぬなら安らかに永劫お休みしたい所だが、已んぬる哉、暫く安穏とは隔絶した日々を送る事が決定している為、身の振り方を考慮す可きだが心配する事自体面倒臭いから来るが儘に受け入れよう。二度経験した事も手伝って、正直私は立っている場所が何処になろうとどうでも良くなった。
どうでも良いと人生を放棄すれば日々が退屈で仕方が無いので、でも、と口を開いて退屈凌ぎに言葉を繋げた。
「死ぬときゃ死ぬし、嫌でも死ぬ。だから、人生ってこんなもんだよな、って」
片手の骨付き肉を振って見せて言った。
「これ見て思ったの」
「肉を見ただけで、何故其処迄壮大な話になるのだか……。全く子供は解らない」
ポンチョの大男は嘆息した後、黒髪の少年に一揖して焚き火に戻って行った。私は肩越しに大きな背中を見送り、振り向いた序でに隣の少年の横顔を見遣ったが、暗闇の御蔭で輪郭の曖昧だろう横向きの顔でなく濃褐色の眠たげな両目と目が合った。いつの間にか腰を下ろしてこちらを見ていたらしく、真面に視線が搗ち合い、鋭い眼力の気配を毫も感じぬ阿呆面が目前にあるから驚駭した。人様の人情話を聞かされた時の我が家の愛猫達の如く何も考えていない間抜け面に腹を立てるか笑うか、数拍置いて考え直し、こいつも眠いのだろうという事にして体を正面に向けた。
正面は岩がある。正確には足下にある。一段高い所に又岩があって、其処に私が御輿を据えて暮れ泥む異国の空を眺めていたのだ。足下の岩は腰掛けている岩より二回り大きく、緩く傾斜していて岩の終わりは地面で、付近は枯ら茶色の名称不明の植物が叢生していた。隣のこいつは移動しないな、と風に揺れる植物の先を見詰めた。背後の焚き火の火力が強いのか、電気も無い夜の広大な平地なのに草の葉の形は判然としなくとも草の全体像はよく見えた。稲に似て茎は細く、しかし穂は無いから頭の重みで地面に垂れたりしない、ともすると薺を想見するが季節が違うし背丈も違う。只、風に侘しく靡く様は酷似している。
草も軈て枯れて土に還り、次の植物の栄養となって又その植物も枯れるだろう。人間も今生きても勝手に死に、亡骸は焼かれて誰の栄養にもならないが植物同様命は枯れるのだ。
不意に顎に何かが触れた。蝿が通り過ぎたような感触にびっくりして顎を片手で払うが異常は無い。不思議に思いつつ手を下ろした瞬間、腕の中の嬰児の手がぶつかった。細い手は私の手に弾かれ布の中に落ちて行く。大丈夫か、と言葉を掛けようとして頭の中の芯が震盪し、今の今迄気にも留めなかった事実に忸怩たる思いに支配され、指先が金氷になって身動きを止めた。そうして嬰児の居る布の暗がりを注視しながら隣の少年に尋ねた。
「この子の名前は?」次いでも一つ。「君や、山田さん以外の人の名前も知らないや」
未だこちらを見ているのかも判らないが、他者の視線なぞ知った所ではない。
「乙破千代」と少年。
「おはちよ? 噛みそうな名前。変わった名前」
そう言って口中で名前を復唱し、外国風の名前なのかもと思い直した。外国風なら気分的に平仮名より片仮名で呼んだ方がそれらしい。
「スペルは?」
「いや、漢字」
私は目を瞬いて首を傾げる。
「漢字で、おはちよ?」
はて、どう書くのか皆目見当もつかない。
衣擦れがして名付け親の少年が地面に字を書いて見せてくれる事が解ったが、生憎地面に書かれた文字を読み取れる程の光源が無い。月光は元から頼り無いし背後の焚き火は火勢が衰えて、最早半径一、二メートルを辛うじて照らす程度の大きさだ。
「悪いけれど、見えないよ。明日、明るくなったら教えて」
「気が向いたらね」
少年が鰾膠も無く言って、折角書いた文字を靴底で乱暴に消す音がした。
「君の名前は?」
「ハオ」
何とも面倒臭げな声音で、それでも人名らしい名前を答えてくれた。
「
「え、何で?」
「好(ハオ)とか、なかったっけ」
「一応、日本出身なんだが」
日本で
「成る程。じゃ、先刻(さっき)の男の人は」
「ラキスト」
心底鬱陶しく思ったようで、言下に答えるとやおら立ち上がって焚き火の方へ行ってしまった。
私は一人岩の上に座った儘、皓々と輝く月と周辺に散らかる色取り取りの星を眺め遣り、夜空の模様を満喫した。長らく岩場で嬰児を抱いていたが、何気無く付与されたばかりの名前を言ってやりたくなって音に出した。
「おはちよ」
其処に至って漸く気付く。
「おはちよ、
山田さんは、ダマヤジ。
「此処に来て、努力友情勝利の少年漫画、但しラスボスがガチの最強。……シャーマンキング」
天然(てんねん):自然のもの。造物主、造化の神。
論殺(ろんさつ):議論して死刑を決定する事。
中盤からこういう話の纏め難さを痛感致しました。
最後はぶん投げてしまってすみません。
主人公、やっとこさ原作に気付く。