生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第四十九話:

「開会式がある。行こう」

 ハオは言って足下の末っ子の縮れ毛を載っけた丸い頭を撫ぜて部屋を出た。終に取り替えられず元の儘の窓掛けの金具の劣化を告げる音を背に、烏の濡れ羽色の頭髪を纏める飾り羽の靡く後ろ姿を捜し、後を追って宿泊施設を辞す際、素足に巻いて靴の代わりにしている革越しに自動扉の前の泥落としを踏ん付けて転びかけた。足首で一枚の革を留める紐の結びが緩かったのか、一度解いて改めて小間結びに結わえ、足音がついて来ない事に不審を抱いた末っ子が戻って来て一緒に横に並んでハオを追い掛けた。一寸先の往来の手前で立ち止まり、体ごと向き直って私達の到着を待つハオに片手を振って遅刻を詫び、又揃って歩き出して、当日になって知った事実に対する不満は仕舞い、開会式の会場を尋ねた。

 また霊園、と言う何処か共同墓地だか知らない場所らしい。数ヶ月振りにお会いし、野郎が愚図愚図と風呂に浸かっている間に出発された善さん良さんの歌声が前方に聴こえ、実は二人共歩道の真ん中で私達を待っていた事を知った。道の真ん中で合流して人数が五人に増え、学校の友達同士で遊びに行くなら五人は多い。大所帯で車道脇の細い歩道を横一杯に並んで行き、時間帯故か滅多に人と擦れ違わないが、全く人が居ない訳でもない為、時偶人と擦れ違ったりすると嫌な顔をされる。こちらが悪い自覚はあるから申し訳なさしか感じない。縦に並び歩く事を考えて、末っ子を抱いてハオの背後に回ると、間抜け面のハオが振り向いて隣を指差した。他の歩行者の邪魔になるから横並びに歩こうとする野郎の意見を却下し、善さん良さんの前を大人しく行った。

 道順は人の後について行っただけの私は周囲の景色を見ていない、故に解らない。紆余曲折した道路を行って金網に囲まれた墓地を外側から見て、金網の塀の途切れた向うに丸屋根の建物があり、一行は建物の玄関口の庇に立って硝子張りの壁の中の様子を窺う。正面玄関の靴脱ぎ場を一段上がった所は、絨毯の敷かれた廊下で、直ぐ鉤の手になった角が見える。自動扉を潜って靴脱ぎ場で靴を履いた儘一段上がり、左右の鉄臭い下駄箱の間を通って角を曲がりかけ、其処で善さん良さんは表に行くと言って一旦別れた。壁掛けの掲示板に貼られた掲示物を見上げ、昨今の日本の経済状況の詳細を記した新聞の切り抜きがあったが、一般人の上子供の私は見てもよく解らなかった。

 角を折れて真っ直ぐの廊下を突き当たり迄行き、半ば開いた観音開きの扉の片方を押し開けて室内へ踏み入り、中の人達の視線を一身に受けた気持になった。実際は三人で入室したから、均等か否かは別で、視線は自身を含めた三人に注がれた。部屋の中の人達は、既に各々適当の場所に腰を落ち着けて、長方形の部屋の扉の反対側の長い辺の壁に大型の液晶画面が取り付けてあってそれを睨む様に観ている。映っているのは見知らぬ墓場で取っ組み合いをする同年代と思しき少年が二人、墓場と言う場所で、随分物騒な事をしているらしく、会場の墓場に眠る人々は、自分達の頭上で真剣な顔で真剣に無礼を働く彼らをどう思っているのかしらと不安にも似た疑問を抱いた。

 私は我が物顔で室内を闊歩するハオの後ろで画面に見入り、腕の末っ子に顎を突かれて、ふと進行方向を見るとハオが居ない。首を巡らし捜すと壁際の一段高くなった舞台の様な場所に片膝を抱えて座り込んでいた。彼が落ち着く場所を見付けたので私も尻を暖められる場所を探し、人見知りの気は無い筈だが突っ立っているのも見知らぬ人のお隣に座るのも躊躇われ、結局ハオの隣に攀じ登って端座した。末っ子は私の腕を抜け出し液晶画面の近くへ駆け寄って、首を仰け反らして一所懸命に画面を見上げる。離れて観た方が目に優しいし観易いだろうと思うが、多分末っ子自身も解ってやっていると思われ、姉貴分の世話係として意図して画面の真下に移動したと考える。背丈も低いので背伸びして首を仰け反らして、自分自身が苦労するだけで、室内の他の人達のご迷惑にならない事は明白なので放って置こうと決めた。

 放送される少年二人の戦闘を画面越しに観戦し、一瞬明色のヘッドホンを丸い頭部に引っ掛けた少年が映って、あれが主人公かと前世の記憶通りの姿に興味を引かれ明るい画面を凝視する。原作は白黒の墨で描かれ時々色が塗られ、つまり平面的な二次元の像しか記憶に無いが、それでも立体的になるとこう言う姿しかないと思わせる程、何故か画面の向うの少年の姿は前世の記憶の原作その儘に見えた。この少年と育った環境は大分異なるが、容貌に向うの少年の面影のある自称未来王を見遣る。今迄気に留める事も無かったが、記憶の墨色の線で描かれた人物が現実に現れたと言われても、その人物と納得出来る風貌のハオに、今更だけれど違和感が芽生えた。違和感と言う言葉が正しいか、不思議な気持と表現するのが正しいか、複雑怪奇な体験と体験中に思うこの心中は筆舌に尽くし難い。

 画面とハオと視線を徂徠させて居ると、当のハオが空白が気持悪い、と言い出した。前世や現代、異世界の事をお家芸を以てしても読み取れぬ彼は、前世現代の事と今居る世界の事を交互に考える─と言っても私自身に異世界とこの世界についての思考の境目は判然しない─私の、読み取れる部分と全く不明の空白部分が、余りに激しく入れ替わるので、千年間働き続けそろそろ疲れた頃の頭が縺れて来たようだ。それは済まない、と等閑に謝罪し、少し沈黙が続くが、話の接穂に画面のヘッドホンの少年の容貌とハオの容貌の類似点を指摘した。服装の趣味は大分違うように見受けるが、顔立ちは似通っている、まるで双子だね、他人の空似で済ませるには無理ある顔でないか。

 片膝を抱えたハオは胸板を押し付けていた膝を軽く伸ばし、背筋を伸ばして私の横面を見遣るらしい。視界の端に飾り羽が動く様を捉え、私も隣の相手を見遣り、傍で見ると仲睦まじく見詰め合う様に見えただろうが当人達にその気は皆無だ。暫し互いに視線を逸らす事無く顔を突き合わせ、身辺の雑音が遠退く程相手の黒目に意識を集中し、最初に沈黙を破ったのは相手の方で噴き出すなり弟だもの、と爆弾を投下した。無論真実は原作の知識の御蔭で把握済みだから、今言われても驚く必要は無い。しかし行動を共にし始めて、未だ彼の家族関係は千年前の母親の事しか聞いていない。当代の家族の話は、転生の際に利用したと言う意味でしか聞いていなかった。原作知識の無い場合は、兄弟の事情も寝耳に水の事実である。

 驚いた、と家族で離れて暮らしながらも面影を色濃く残す双子の奇縁に感懐を述べると変な顔をされた。説得力に欠ける声音を不審がり、眉根を力一杯寄せた不機嫌面で私を睨む。事前知識のある事実を読み取れぬ彼は、心中が驚愕していない事だけを悟ったのだろう。或いは驚愕していない事も読めず、血縁関係についての私の真意が全く不透明で、一介の人間として目前の人物の存在を不気味に思ったのかもしれない。思考を制御出来る訳がないから相手のお家芸を思えば大変申し訳ないが、しかし制御出来ないのは私の過失でも誰の過失でもない、敢えて責任を押し付けるのであれば私を異世界へ吹っ飛ばした何者かしか居ない。この異世界への瞬間移動が偶発的自然現象であった場合は誰の所為でもないし、私は八つ当たりの相手が居ない事になる。自身が不満を抱いているから誰かに当たって良い筈が無いがそれは以前決着してはいないものの考えた話だから、此処で蒸し返すのは止す。

 閑話休題。ハオは不興顔の儘正面の液晶画面に向き直り、少し経つと口元がにやけて、実に楽しげな顔になった。楽しいのは私の方だ。顔中の皺が中央の鼻頭に寄る様な不機嫌面が、僅かの時間で広がって、親馬鹿宜しく間抜け面に変貌するから面白い。無論間抜け面を内心笑い表面でも笑いを堪える私の状況を、彼は何の遮蔽物も無く手に取る様に感じたろう。現に綻び過ぎて原形を留めぬ口元を押さえ、隣で噴き出すのを必死の形相で堪える私を睥睨し、肘で突いて抗議するらしく、彼の取り繕う様が余計に事態を面白くして笑いが漏れた。だって君、可笑しい顔だよ。彼は五月蝿いと人様の感想を一蹴するが、自分でも思うところがあるのか頬を撫ぜて唸った。

 そうして試合終了後の開会式が始まる迄、私達は部屋の床の一段上の畳敷きの台の壁際で画面と睨めっこを続けた。因みにハオの土足に言及する真似は、色々七面倒臭く思われて無視を決め込んだ。

 最後の試合が終わって直後に開会式があった。建物内の大広間へ行って、雛壇のような段々になった会場の二段目だか三段目だかに立ち、私は末っ子を挟んだハオと並び、一人他人事の大会の主催者達の演説を聞き流し、見知った人影を探し求めて周囲を見回すも見当たらなくてがっかりした。後で聞いたが、山田さんは同じ階の大分後方に並んでいたそうだ。誰に聞いたと言うと、聞いたより聞かされたとの方が適切に思われるが、言ったのはハオである。教えてくれても良いでしょうと非難する口調になったが、面白い顔だったと腹を抱えて笑う野郎を見て、目の前で舌打ちをした。後で追って来たラキストさんに舌打ちを見咎められ、脳天に拳骨を戴いた。

 本戦開始は一ヶ月後、又改めて別の場所に集合となる。だったら最終予選の終わった直後に、予選結果等を知らせる参加証明書代わりの機械で先の演説の内容の家族恋人諸々と別れを告げ云々を送り、一ヶ月後の開会式と同日に本戦会場だか主催者の故郷だか知らない土地へ大移動すれば良いものを、何故無用な時間をかけるか全く理解出来ない。以上の事を新しい宿泊先で山田さんと合議し、主催者側の見栄もあったと言う事で落ち着いた。平生早寝早起きを信条とするハオが開会式の為に夜更かしを自分自身に強いて、山田さんと私の会話を寝惚け眼で眺め、形は大事だよ、と言うなり新しい宿泊部屋のダブルベッドに倒れ込んだ。芋虫の如く這って掛蒲団に潜って、彼の体格に合わないだろう大きな枕に顔面を埋めて、直に寝息を立て出した。

 私も眠い。部屋は参加者でない私一人分を用意する訳にもいかず、事前にハオの許可が下りていたとか、結局末っ子を抱いて彼のベッドの隅にお邪魔した。山田さん他保護者面の人々は部屋を辞し、各々宛てがわれた部屋に引っ込んで眠りに就いた。と思う。

 翌日、朝暾粛々として地平線より現れる様子を見守って、朝食前の朝風呂をご所望の自称未来王を起こすか起こすまいか考えた。つまり余り眠れなかった。理由と言う名の言い訳は承知だが、言い分を聞いて頂きたい。大体人に抱き締められ手足を折り畳んで眠る末っ子の寝相が、原因は不明だが一時的に悪くなったらしく顎を蹴られ舌を噛んだ激痛で目を覚ました。出血こそ無いものの、舌全体が痛く、何処を噛んだか判然しない。痛みの引くに任せ、又寝をする気も起きず、分厚い生地の遮光カーテンの隙間に顔を突っ込み、上の換気窓の磨り硝子を通して表の明暗の移り変わりを見る。下の大窓の透明な硝子の向うに霊園を見て、確か本戦会場移動の際は何処か基地へ行く記憶がある。一ヶ月後は大移動だなと、今思うだけで疲労困憊の気持がした。

 蕭瑟たる朝日を受ける早朝の町を見下ろし、健康維持のランニングや愛犬の散歩、他用事あって朝早くに行動を開始した町の住民の姿がちらほら見え出し、早朝風呂と題して自称未来王に風呂に入って頂こうと思った。不慮の事故と言えど、私が早起きしたのに、中身が糞爺の野郎が起きないのは業腹だった。ベッドへ駆け寄り、末っ子の安眠の妨害にならない程度に掛蒲団を捲って、優しいか厳しいか知らない夢の世界の住人のハオの肩を鷲掴みして揺らす。

 物の数秒で彼は飛び起きた。何事かと思い起きたのだろうが何も無い、風呂に入ってらっしゃい、と手拭いを手渡し背中を押した。真ん丸に見開いた目で私を見詰めるハオは、只朝風呂へ追い遣やる為に叩き起こされたと知り、寛容な御心で手拭いを受け取り部屋を出て行った。と思ったら扉から顔を覗かし、朝御飯は和食が良い、魚を出してくれ、と言い置いて又扉を閉めた。風呂場の中途で言って来れば良いだろうが、叩き起こした負い目を感じて、渋々御輿を上げて料理担当の十祭司に私達三人の朝食の注文をした。




 絶対幽霊達にゃ迷惑と思います。
 シャーマン、それで良いんかい…。
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