生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第五十三話:

 山田さんハンさん他三人が観光地化している大会主催者の出身村の出入り口に先回りし、私達は後から悠々閑々と歩いて追えば良い。夜来の雨の止んだ濃い碧空の下、射干玉の長髪が黄色い風に靡く様を寝台に腰掛けた儘硝子の無くなった窓の向うに認めた。窓硝子は昨晩の大嵐が破り破片を攫って行ったらしく、表へ出れば同様に窓硝子の無くなった家屋が目立ち、村人達は板切れ等で只の穴に成り果てた窓を塞ぎ、硝子が嵌まっていた頃より幾分心許無いが風が吹き込むくらいならと板を打ち付ける。本来末っ子とハオが泊まる予定の空き家は、寝台に突っ伏して意識を飛ばした私が占領し、大嵐の中を移動する訳にもいかず、不承不承腹心共々同じ屋根の下で一晩を過ごした。

 私は正直無人と雖も人様の家に寝起きするのは気後れがしていけない、休むに休めない、と居残った善さん良さんのお二人相手に不平を鳴らした。無論自身の我が儘で決定権を持つ野郎の気が変わる筈もなく、居残り組の一行が急ぎ足で移動を始めたのは翌日の東雲の半晴の空に、雨の気配を見て取った後だった。風邪の癒えない私は善さんに背負われ、その足下を末っ子がハオと善さんの間を徂徠し、時折熱に唸る私を身上げてハオの外套の裾を引っ張った。裾を引かれる度、外套を羽織る当人は嫌がる素振りも見せず頭を撫ぜ、手を引かれる度、大丈夫だよと言葉を掛けた。大丈夫、私も言いたかったけれど、口が開き難くて声は出なかった。

 そうして寝たり起きたりを繰り返す事数回、或いは数十回、主催者の出身村の出入り口の遺跡に到着したと良さんが言った。その時私は半ば寝ていて、法衣を着込んだ善さんの肩越しに、岩が手前に迫り出し庇の様になった陰に統一感が有るか無いか判然しない家並みを眺め遣り、集まった観光客の顔が皆同じに見えて目を閉じた。鼻が無く、口が無い、目だけ前髪に覗くのっぺらぼうに見えた。瞼を閉じた薄闇に、何度か体が上下して、何処か遠くの方で甲高い声や爆音が響いた気がしたが夢の国へ旅立つ直前の出来事の為、状況の把握に逐一目を開ける気も起きなくて睡魔に身を委ねた。

 夢で前世の母と再会を果たした。耳の不自由な前世の私は、しかし現代の私の体なのか、耳の具合は悪くない。朝の挨拶を済まして定位置に着座し、家族と朝食を認めて自室へ戻り、着替えて荷物を持って玄関へ急いだ。「あの子」が待っていて、人様の鞄を奪ってベランダに飛び出す。外階段まで追い掛け、結局鞄を取り返せない私は駅に着いて漸く機嫌を直した。

 其処で視点が変わる。現代の自室の天井が視界一杯を覆い、上体を起こすと畳敷きの部屋で、出窓と角に合わせた文机、見慣れた現代の文庫本の山に前世の漫画を見付けた。半透明の絵が描かれたカバーで装丁された大判の漫画本で、所謂完全版と呼ばれる物だ。これは前世の自室の本棚に並べてある物で、現代の文机や出窓の文庫本の山に紛れているのは可笑しい。此処を夢と断じて漫画本を一冊取った。巻数は九とある。大体真ん中を開いて読み進め、ある頁を開いた瞬間、手掌に汗が滲んで心臓が縮み上がった。

 本物と比べ可愛らしく描かれた山田さんと他の男衆が登場する場面で、黒く塗り潰されも、トーンを貼られもしない白い頭の優男を見て涙が溢れた。二股に分かれた奇抜な髪型の優男事ボリスさんは、山田さんを踏襲したか知らないが酷似した髪型に服装で見掛ける事が多く、特に誰かに尋ねる機会も無かったし聞く必要も無かったので放って置いた。今、手元の漫画本の紙面を見下ろし、背中が丸まって蹲りそうになる。夢の暴力的、強制的進行によって頁は勝手に捲られ、到頭山田さんはお亡くなりになられた。現実の私が対面する事の敵わない御遺体は、仲間の筈の人の手で土に還る事無く塵芥の如く風に吹かれ、以降紙面に描かれる事はなかった。

 九巻が終わり、十巻を開く。ボリスさんも亡くなった。彼を憎いか、問われても答えられない。多分、彼が生きていれば憎く思ったろう。でも、彼も居ない、山田さんも居ない、感情をぶつけたい相手は居ない、羊のママの死の再来を夢の夢に見た。

 物語の主人公の許嫁の少女がハオの名前を漢字で呼んで苗字の漢字を思い出した。それで、皆がダマヤジと呼ぶ山田さんの下の名前は何だったか、大分前は記憶の隅に残っていたけれど、今は色々の事が勃発して縺れて憶えていられない。巻数は視界が模糊として読み取れないが目次の手前の色彩美しき登場人物図鑑なる物にお名前が載っていた。光司さんとおっしゃるらしい。浩瀚な大判の漫画本を閉じ、文机に投げ出して突っ伏した。

 恨み辛みも憎しみ苦しみも、一体全体何処へ遣れば気持は楽なのか、抑も私は誰を恨み憎めば楽なのか、負の念は腹に抱えるだけで大荷物になって人の足の運びを悪くする。息苦しくて堪らない。幽霊の見える人達は誰をどう思えば良いか、当の本人に尋ねると言う手段があり、幽霊の見えぬ私達は死人に口無し、想像する以外憤懣の処理法が無い、未来永劫物事を想像し続けて見当違いの事ばかりを考え実行に移し、そうして幽霊の見える人達の不興を買い、千年計画を案出した野郎を筆頭に恨まれ憎まれ手の施しようも無い程疎まれるのだろう。已んぬる哉。

 届かぬ声を絞り出し、居場所を探る術の無い目と耳で自室の中の物や音を確かめ、前世の家族の影も現代の家族の影すら見当たらない索寞たる部屋に両手で顔面を覆い、真一文字に結び損ねた口を半開きにして、嗚咽を漏らしながら畳の凹みに額を押し付けた。前世現代の面影ある風景が、かの世界に寄る辺無い一介の小娘の心身を無間の底に沈める錨のように思われた。障子戸の紙を透かした落日は、蹲る非霊能者の小娘を照らし、誰に向けるでもない戯言だが、誰も受け取る必要も義務も無い怨嗟の言葉をよく響かせた。

 ──大事なもの許り、皆、離れて行く。大事なもの許り、手元に残らない。大事なものは、皆、思い出にしか残らない。

と言って、次いで自称未来王に対する愚痴を零した。

 ──五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い。そんなに世界が恨めしいなら、最初から生まれなければ良い、態々地獄に生まれる馬鹿があるか。見える野郎が見えない馬鹿の気持が解るものか、解るものか、見えて話せる人の気持なぞ、最初の終わりで全てが失われる馬鹿に理解出来るものか。

 死は全ての終わり。死は永遠の別れ。幽霊の見える人達の余裕を、見えない人達は持ち合わせない。何故これで解り合えると思うのか、何故これで理解を求めるのか、全く解らない。

 羊のママは居ない、死んだ。山田さんも居ない、亡くなられた。姿を見る事、声を聞く事、全てが非霊能者の小娘には敵わない。

 前世の家族に逢えない。前世に戻れても、死んでいる私を見る力は誰も持ち合わせない、死んで終わった私は現代に生まれ、現代の家族と顔を合わして楽しく笑っている。前世でないが、家族である事実は変わらず、共に居るから寂しくない。だが、現代の私は不可抗力ながら異世界に来て、帰る術も無く、異世界に心の寄る辺も無く、縋る相手が見付かった事が奇跡であった。これを寄る辺と言うなら、言うでも良い。しかし、流れ着いた異世界は魂云々と口喧しい世界で、魂の故郷の無い私は魂の寄る辺が無い。魂云々と言うなら魂の行き先の無い私はどうすれば良い、どうすれば安心出来る、どうすれば家族の待つ家へ帰られる、どうすれば異世界に居場所が出来る。理解者を欲する彼は、理解の為に苦心する小娘の真実に理解がない、別段それはそれで構わない、自身も気違いと思う真実を泣き喚いて訴えようと信じられぬものは信じられん。

 死は全ての終わりだ。死は永遠の別れだ。霊能者達の心の余裕が、恨めしい。

 これをハオは嫌うだろう。でも、だって、君、寂しいじゃないか。

 

「ダマヤジはボリスに殺された、ボリスはXーLAWSに殺された」

 そう抑揚無くハンさんはおっしゃった。

「御遺体は」

「ボリスの能力は知ってんだろう。塵一つ残さず消えた」

「では、ボリスさんの御遺体は」

「同じく塵一つ残さず消えた。ま、仕様がない」

 ハンさんは向うの先頭集団に合流し、私は足下を小走りに纏わり付く末っ子を抱き上げ、薄日の射し込む迷路の起伏した道を蹌踉と歩き、頭痛の増した頭を垂れて俯き加減で進行方向を睨みつつ集団を追った。

 熱の効果で視界は甚だ悪い。物の輪郭は風景に溶け込み一体化し、精々色の濃淡が、曖昧に判る程度だった。漫画本の紙面に描かれた荘厳な迷路の景色は一時的に悪くなった目で捉える事は出来ず、洞窟で唯一の光源たる表の日光は岩の間隙を擦り抜ける内に弱まり、膝から下は相変わらず闇色で、横面を直撃する薄日が鬱陶しかった。ある階段を下る中途に向いの岩壁に薄日が照り返して、俯き加減故に下を向いていた両眼を真下から射って辟易した。反射鏡の如く研磨された踏面が一箇所見られ、人様が落ち込む中を引っ掻き回し、一瞬憤激するが直ぐ激情は衰え虚しさが募り、胸元で私の顎を見詰める末っ子の視線を感じて泣き出したくなった。

 嗚咽の漏れそうな喉を押さえ、途端進行方向に重量感のある落下音を聞いて目線を上げ、ふらつく足で道を踏み締めて現場まで何とか向かい、ハオを除き倒れ伏す一行の姿に目を剥いた。何だこれ、と声を上げる前に腕の中の温もりの重みも増すので、言葉を呑んで愛想笑いを湛えるハオを振り返った。一人突っ立った儘笑顔のハオは、分厚い手袋を嵌めた手で一等明るい見当、即ち洞窟の最奥にして大会主催者の出身村を指差して、結果が目に見えているくせに人に見えるかと問うた。問われた内容の理解が及ばぬ程無知蒙昧のつもりはない、彼は村の中央のぐるりに柵が巡った広場を指差し、空き地に精霊王を認めるかと聞いて来たのだ。私は柵の内側の広大な広場を見遣り、心中を読める彼に無用の言葉を投げ掛けた。あすこで野球でもやるのかい。

 彼は私の横面を眺め遣って破顔一笑、オパチョとキャッチボールも良いね、と末っ子の縮れ毛を撫で回した。その手付きが山田さんのカメラを持つ節榑立った手を髣髴させ、死を実感して、末っ子の縮れ毛に鼻面を埋めて溜息を吐いた。

 直に倒れた人達は起き出し、全員が起きた所で村へ一足踏み入った。




 グレートスピリッツの坐します聖地にて、さあ皆で野球だ! テニヌでも良いよ!

 山田さん助けようか迷って、面倒臭くなって止めました。
 主人公うじうじモード。
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