生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第五十八話:

 既述通りの予定で日本は東京近海の無人島に、大会運営委員の操縦する不可視の飛行機に乗り込み上陸を果たし、一回戦の対戦表が何処かの建物内に掲示されていると聞くが自称未来王の一団は歯牙にも掛けず孤島での宿舎を探し森を割って這入って行った。其処いら中樹木の根っこが隆起した地面を這い、島内で一等高い山と思われる山の迂回路を通り、港側を正面と呼び習わして高山の裏に回って直ぐ鼠色の建築物を見付けた。峡谷に嵌まる様な恰好でコンクリート製の建築物は黒い輪奐を雨風に曝し、固く閉ざした観音開きの鉄門扉を一行がこじ開け、一足二足踏み入ると長年換気を怠った為に、内部は床から天井に至る迄鉄錆の臭いが満ちていた。一階の四隅は埃っぽくもあり、自称未来王の腹心に首根っこを掴まれ蹌踉と瓦礫の道を進み、二階の一室を覗くと一層埃が目立ち、体重の掛け方に気を付けねば踏み抜き兼ねない鉄製の梯子段を幾つも登って薄暮の迫る峻嶺を眼前に望んだ。壁が崩れ、亜熱帯気候と雖も冬季の夕暮れの空気の鋭さが膚を裂く其処は、遠望の利く部屋で、遠くの水平線が暮れる様子を見届けて壁に囲まれた室内へ戻った。

 又自称未来王の腹心に首根っこを掴まれ、散策の結果埃に塗れた恰好を咎められ三階の奥の一室に押し遣られた挙句顔面に紙袋がぶつかった。中身は当然村で買い求めた着替えだ。一人の部屋に末っ子が入って来て一緒に着替え、ズボンを穿くのに難渋している末っ子を手伝い、可愛らしい靴を履かせ矮躯を抱き上げた。約二ヶ月前に覚えた感覚より重く感じた。筋力の衰えと考えるが、良い方向に考えるなら末っ子の成長と考えたい。

 一階に戻ると一回戦第一試合に臨む土組と自称未来王が居て、後から着替えを済ました一団が現れ、暇潰し旁試合の観戦に向かう人数が揃い、一行は薄暗い森の陰に聳ゆる建物を出発した。山の迂回路を行く中途で善さん良さんが自分達の雄姿を目に焼き付けろと私に厳命し、私は漫画本に沿った物語で事が進行すれば如何なる異常事態が訪れようが万事構わず、二人組の第一試合の敗北と瀕死の負傷の先にある自由を願い首を縦に振った。敗北後に永遠の別れを迎える訳で無し、命あっての物種、非霊能者の側の意見として試合の敗北と一派からの離脱をしんから祈った。自身が懸念するのは前世の記憶の漫画本に沿わない部分で、末っ子の金環が今後の物語の進行に影響を与えるのではと酷く恐れた。

 森を抜けて港付近の、運営側で用意したのか元からあったのか判然しない幾つか建つ宿泊施設の裏道を通り、向うの薄闇に暗い灯火を見付け、灯火を目指し驀地に進むと闘技場の危うい輪奐が迫った。正面玄関の庇を支える円柱の間を擦り抜け建物に入り、第一試合の選手の土組と別れ、私達は観客の一団に混じって階段を登り観客席側の広間に出た。応援か野次か知らない観客が、各々席に着き、しかし席数の方が観客数を圧倒してまだ余裕がある。自称未来王を先頭に大分埋まった最前列の席を陣取る。一行が着座すると忽ち観客達が退いて身辺が寒くなった。

 私は抱き締める末っ子の心情を察して自称未来王の隣席に下ろし、自身は後方の席に座ろうと身を翻しかけ、可愛い末っ子の可愛らしい制止の一言で最前列の席が決定した。腹心の配慮で花の三人娘と離れた席に換わり、当人達の硬い顔も和らぎ、円形状の闘技場内の円形状の舞台と四辺に配置されたトーテムポールを順繰りに眺めて、そうして自称喋れる十祭司さんが舞台に登って観客達を煽った。

 舞台の十祭司目掛けて投擲される塵の類の行方を見守ると、直に一回戦の第一試合目が始まり、常の法衣姿の善さん良さんが主催者の出身村の噴水の広場で出会った縮れ毛頭の少年に飛び掛かる。私が目撃したのは二人が虚空で構えを取る瞬間迄で、後は末っ子の縮れ毛に額を埋め震えて居た。第一試合の内部は記述する迄も無い、漫画本の内容の儘に進行して、無事に終わった。一段高い観客席と闘技場を隔てる壁へ吹き飛び、壁に減り込む衝撃が脳天を貫いて意識を失ったペヨーテさんの敗北を宣言する十祭司の声に漸く顔を上げ、凄惨な舞台の上の選手達の雄姿を見詰めた。隣の自称未来王が分厚い手袋を外して腕時計を見る風に何かを見て何か言い、自称未来王を挟んだ向うの席の腹心が、矢庭に席を立って小鬼の浮力だか揚力だか知らない物が千だの、足らずだの息巻き、腹心の言葉を破顔一笑して卦体が悪い顔付きで企む風の御主人は手袋を嵌め直した。

 第一試合の後、土組は島内の診療所で働く医療班に引き取られ、一行の代表の筈の自称未来王は席で尻を暖めて怪我の具合を案ずる様子もない。他の人達は一旦観客席を出て、丁度お夕飯の時刻でもあるので、選手も応援団も観客も銘々夕食を認めに宿泊施設の辺りにある食堂等へ向かう。私達は最前列の観客席に腰を据え、腹心ラキストさんの買って来た御飯を口に詰め、末っ子はお結びの塩加減が嫌で、私の掌大のお結びを半分しか食べず、残飯は全て私が処理した。軈て食事も闌、我が儘の自称未来王が麺麭を所望して腹心が買いに走った。その腹心が帰らぬ内に第二試合の予定を告げる鈴が鳴り渡り、私達は膝の上に延べた笹の包みを仕舞い、食事を終え戻って来た人達を迎えた。

 そうして第二試合目の選手が入場した。白装束の二人組は有名な拷問器具の鉄塊を引き連れ、対戦相手のエジプト装束の三人組と何か言葉を交わすらしく、しかし白装束の方が会話も等閑に打ち切って早々に第二試合は始まった。緑色を帯びた明暗の曖昧な頭髪の少年が片腕を目一杯伸ばし、彼の武器がピラミッドの被り物や黒犬の被り物の人達を襲い、続いて王様の被り物を被った人の上半身を引き裂いた。綺羅を磨いた王様の被り物は砕け散り、何処か見覚えのある長い鼻を持った男性の御尊顔が露となった。

 私は又顔を俯けて舞台から目線を逸らし、自身の向い側の観客席に立つ一行を認めて、居心地の悪さを覚え末っ子の縮れ毛に顔を伏せた。小鬼と目が合った気がして体を縮め息を殺して黙って居た。すると舞台の見当で少女の声音で演説が始まり、演説の結びと同時にバケツの中の水を撒き散らし、水が地面を叩く様な音がして一層頭を下げる。漫画本通りにと願うも、幾ら関わった事の無い人と言えど、人命は人命、生命は生命、魂の貴賤を問わず尊い事に変わりはない。記憶通りの進行なら一時的死亡と考えられるが、何て生の重みの無い文化だろうと涙を催した。

 第二試合、第三試合と続け様に試合があり、第三試合目は自称未来王の弟さんが筆頭の温泉組と日本の冬季では厳重が過ぎる厚着の組が対戦し、非霊能者の私は刀が宙に浮いたり、水の飛沫や氷塊が時折見えたり、忙しい試合を眺め、特筆す可き事柄もない為船を漕ぎ居眠りをした。試合の中途で自称未来王が退席した事は勿論気付かない、興味も無いので本格的に寝入って、目覚めれば薄青の漂う昧爽、峡谷の建築物の三階の一室に起きて湿気の所為か重たい掛蒲団を蹴飛ばして寝台代わりの長椅子を降りた。薄暗い部屋の硝子の無い窓─最早壁に空いた穴と言う可き劣化具合だった─の外に、方角は判然しないが油絵具で描いた様な高山を見て、身を翻して部屋を出ると起き抜けの裸足の末っ子が駆け寄って来た。建物内は瓦礫が散乱し、裸の足裏を怪我し兼ねない程荒れ放題なので、血塗れの足裏を想像し慌てて末っ子を抱き上げた。

 末っ子の言う道順で階下へ下り、朝食を並べる所のラキストさんと出会して食膳の準備を整え、未だ一階の部屋の隅で眠る自称未来王を叩き起こしに行き、冷たい掛蒲団を剥いで手荒く起こし、寝惚け顔の野郎を引っ張って末っ子共々食前に座らした。その食事中に末っ子が妙な予言をするので皆耳を澄まして聞き、私は聞き流し琥珀色の汁物を零しそうな末っ子の手元から茶碗を遠ざけた。

 食後の午前中に第四試合、花組と横文字許りのよく解らない組が対戦し花組の圧勝に終わって彼女達は顰めっ面で退場する。私は前日の席に一人膝を抱えて座った儘舞台を見下ろして間を置かず入場する星組の姿に溜息を吐いた。選手として席を離れる間際の末っ子が、見てて、と喜色満面に言うので目を背ける事が出来ない。刮目して試合開始を待ち、末っ子と腹心が踵を返し舞台を降りた所で涙を催す胸騒ぎを覚えて頭を抱え、第五試合目の内容を知るだけに、その通りに進行してもらわねば後々頭を悩ますくせに内容が変わる事を痛切に願う自身の煮え切らない気持に飽きれた。烏の濡れ羽色の長髪の風の随に靡く様を俯瞰し、手掌に冷汗だか脂汗を滲ませ、早鐘を打つ心臓に落ち着けと胸を叩いて宥めるが効果は見られなかった。

 自称未来王事ハオは愛想笑いに愉快な気持を滲ませ舞台に立ち、斯くて試合は始まって、一度の瞬きの後、対戦相手の白装束の三人組の内の一人の女性が腹部に風穴を拵え、中空に力無く浮動していた。不謹慎だが遠く観客席で眺めると女性の白装束もあって蒲団が干されている様に見えなくもない。自身は現代っ子の自覚がある、故に現代っ子らしく耳は鈍感だ。観客席から闘技場の中央の舞台の上の人達の会話を聞き取る超人的聴覚は有しない、しかし見開いた目で、BとCを行き来する視力で捉えたハオの唇の動きを認め、物の輪郭が朦朧とし出して、試合の観戦の妨げとなる目元の水気を拭き取りながら身震いの止まらぬ体を抱き締め、つい口に出す。もう、止めようよ。

 道化師の仮面を被った細身の男性が、仮面を外して醜い顔面を大衆の前で曝し、呪詛を吐いてハオに一世一代の攻撃を仕掛け、あっさり不倶戴天の敵たる者に片手で払われた挙句紅蓮の炎で焼き殺された。真っ赤の火影の中に焼け残った棒杭の様に倒れ伏す男性の残骸が、自身の前世の死に様と「あの子」の墨色の指先を髣髴させて喉の痛み鼻の痛みと目の奥の痛みが弥増すようで、耳の奥に火の爆ぜる音と前世現代の家族の悲嘆に暮れた声が響いた。私を求める声だ。夢で幾度も見聞きした家族の嘆きが聞こえ、男性の断末魔の絶叫に重なり、遣り場の無い家族の声と目前の敵に対する怨嗟の声が澎湃として湧き、様々な音響が一緒くたに闘技場観客席の隅々に轟いた。

 辛抱堪らず両手で耳を塞ぎ、消し切れない絶叫が脳髄を揺さぶり心胆を寒からしめる。異国の大地で彼の起こした大火の中、乙破千代事末っ子を捜して彷徨い、重傷を負うも彼に助けられ、その救助の手が差し延べられる迄に目撃した阿鼻叫喚の火事現場での焦燥感は無い。あれは自身の命も危うかったし、末っ子の事で必死だったので、今観客席と言う安全を保障された場所で殺人現場を観覧するのとは、まるで違う。仮面の男性の亡骸も燃え尽き、残った大男が闘いを挑むも胴体に縦一列の複数の風穴を開けて項垂れる。

 大分長い間項垂れていた男性は、千切れそうな意識を纏めて呼吸を整えると瀕死の自分を見上げる十祭司に何やら問い掛け、十祭司はトーテムポールの結界の強度について回答した。私は第五試合の結末を知っている為、黙って大男の行動を見守るが、彼が片方の肩の金属の蓋を開けて中身の手榴弾を取り出すと直ぐ様ピンを抜き、数秒後に潔く大爆発を起こし、轟音が観客席迄を震わせた。巻き上げられた砂塵は闘技場一杯に広がる事無く立方体の形の、存外狭い範囲で渦を巻き、暗くなった舞台の様子は全く解らなくなった。

 何度も言うが、私は物語の顛末、第五試合の結末を知っている。しかし結末を知っていても現場で知った場面を目の当たりするのは、やはり気持が違って来る。ハオは死なない、第五試合で死ぬ事はない、彼が死ぬのは星の王様になる瞬間だけで、第二回戦からの話だ。解っているけれど、末っ子の金環の有無が脳裏を過り不安は募る。大勢の人々が彼の死を望む理由やそれに懸ける想いを把握しているが、関わった人が死ぬ所なぞ見たくないし、死んで欲しくない。少なくとも私は彼の死に無関心で在れる程彼に無関心ではない、だから砂塵の渦中の彼の安否を案ずる。

 周囲の動揺の声が起こり、思わず身を乗り出してハオの無事を確認する。末っ子とお揃いの渋色の外套は生憎焼け、裸の上半身が無傷な事を確かめて椅子の背凭れに体を預けた。誰に幾ら罵詈されようと、私は末っ子と共に居る時間、ハオと共に居る時間が好きだ、寂しくないし、彼が末っ子を抱き上げ一緒に遊ぶ時の人間臭い笑顔が好ましい、二人が幸福の絶頂にあるような顔を眺める事が、この世界での私の幸福である。何故なら、その瞬間が、一番寂しくないからだ。

 周囲の人々の驚愕に満ちた声、畏怖に震える声を聞きながら、彼を恨む人達への申し訳なさに心中で繰り返し謝辞を述べ、現実で声を殺して嗚咽した。




 え、展開早過ぎ? 良いんですよ、だってする事ないんですから。
 原作に沿うなら、主人公にする事はありません。

 第五試合。主人公にとってのトラウマの火事。
 主人公にとってのちっちぇえけれど、でっけえ幸福。
 土下座行脚するから赦して下さい、と主人公は言いたいらしい。
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