生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第五十九話:

 第五試合を終えて自称未来王は朝風呂を所望し、又末っ子も随従すると言って聞かない。私は自称未来王の腹心と共に宿舎の陰鬱な建築物へ戻り、二人の着替え等を持って温泉の湧く場所に駆け付けて、既に素っ裸の二人を見るなり堪え性の無さに呆れた。着替えの到着を待って入浴しても時間はあるし火急の用事も無し、手拭いも無しに風呂に入り濡れた儘衣服を着る気概なのだろうが、そんな思い切りは控えて、入浴準備が万事整う迄着衣した姿で待てば良い。着替えと手拭いを分けて手近の草藪に被せ、両足を温泉に浸ける末っ子を引き留め、黒色の縮れ毛が濡れぬよう分厚い布地の手拭いで纏めた。末っ子は自称未来王より堪え性があって、私が自分の頭髪を纏めるのを、温泉に足だけ浸けて待っていたらしい。

 兎に角二人は温泉に入った。念願の朝風呂である。自称未来王の純銀の耳飾りを見て外すか否か問い、彼は長風呂でないと答え、それならと私は末っ子が逆上せ無いよう注意してくれと言い置き現場を辞した。

 温泉場を離れ、しかし行く宛は無い、地理も暗いし無闇に動き回り道に迷う未来は目に見えている。久々の退屈な時間が訪れ、四辺は鬱蒼たる草木が広がり手の周りに面白い物もなく、近場の喬木に寄り掛かって目前の藪畳を眺めた。遠方の河原や宿舎の見当で耳鳴りと間違えそうな、嘯歌に似た細い音が聴こえ、手持ち無沙汰の私はその耳鳴りが不愉快でならず、顔を顰め座り込んだ。

 暫く経って音は止み、代わって温泉場の方から自称未来王が腹拵えの為に風呂を上がり、腹心や部下達を引き連れ宿舎に戻ると言う。彼らの最後尾に、まだ階段を下り切らぬ末っ子が頭髪を纏める手拭いの結び目を解こうと四苦八苦していて、世話係根性を発揮した私は一行と擦れ違い階段を下りた所の末っ子を抱き上げる。外套を着せてやり、手拭いを解いてやり、一行の最後尾を歩いて今後の予定を考えた。決定権と自身の生殺与奪権を握る自称未来王の予定は知らないが、部下の日程は決まったも同然で、前を歩いて居た人達は腹心と自称未来王を残し忽然と姿を消し、残った自称未来王は振り向き様に昼食の献立を尋ねて来た。特段希望も無い私達は、君の好きな物で良い、と言い返し斜め後方の手が届く距離まで駆け寄った。

 昼食は宿舎に戻って腹心お手製のカレーを認め、腹八分目と言う頃に第六試合目の選手名を告げる鈴が鳴り、末っ子の機械を覗き見ると横文字許りで読めない。横文字圏出身の腹心ラキストさんに尋ねようか逡巡し、不意に末っ子が白米の載った匙を捨て、顎を上げ真横の遠くを見遣った。

「ハオさま、タオレンしんだ」と末っ子は言った。

 自称未来王は匙を銜えた儘莞爾として笑い、昼御飯を平らげて皿を食卓に戻した。水を二口飲み、腹が出来上がると席を立った。彼の自由行動は勝手だけれど、何か企んだ意地悪な顔の相手は見るだけで不安を煽るので恐る恐る突然の行動の訳を尋ね、やはり御機嫌満面の笑みを湛えた彼は無言の内に宿舎の一階の一室を出て行った。私達も急ぎ御飯を腹に押し込み、食器を片付け、彼の腹心に先に行くよう言われて烏の濡れ羽色の髪を垂らした後ろ姿を追った。

 彼は峡谷の建築物を出て、茶色く変色しかけた草木の生い茂る森の高山を迂回する道を抜け、競技場の正面玄関で足を止め、後を追い掛ける私達を待って観客席へ足を運び、初日と同じ席に腰を掛けて一方の選手達と司会者の十祭司が突っ立っている舞台の方に顔を向けた。濃色の両目を眇めて、視線は壇上の四人を素通りしているのか意識が彼方を彷徨うのか、感情の判然しない笑顔で眼下の闘技場を見回していた。私達も拒絶の言葉が無いので隣席に腰掛けて壇上の四人の遣り取りを観覧し、大分経って司会者の十祭司は、もう一方の選手達が入場しない事に声を荒げて憤懣をぶち撒けた。耳を劈く大音声は不快極まりない濁った音で会場中に響き渡り、末っ子と一緒に耳を塞ぎ、五月蠅いねと言い合った。

 又大分経ち、観客席の段の下にある暗い通路を通って中々姿を現さず、対戦者司会者観客席一同を苛々さした選手達が入場し、異様な巨体を引き摺り登場した鉄塊に場内は静まり返った。鶏冠の様な突起の付いた頭に、某猫型ロボットを髣髴させる寸胴な胴体、某天空の城の映画で観た記憶のある機械兵に似た長い上肢、不細工と言うか不恰好と言うか、形容し難い不調和を絵に描いたようなロボットに搭乗し操縦するは末っ子より少し年嵩の、自身の目線ではまだ頑是無い少年少女の二人だった。そんな戦場に似合わぬ風体の子供二人の保護者の位置に立つ鳥のお面を被った男性が一人、ロボットの後を静々とついて歩き、舞台に登ると二人の前へ出て司会者対戦者に詫びるように一礼した。

 厄介事か何かに遭遇したと思われ、それでも第六試合は双方の選手全員が揃い通常通り始まった。試合開始とほぼ同時、満身創痍でこそないが疲労困憊気味の月組が戻って来て、壇上の溌溂とした少年と茫然自失の少女の生存を認めて花組の失態を鼻で笑った。

 第六試合は鳥のお面の男性が一人で対戦者三人を相手取り、まるでギターでも弾く恰好で陽気な歌を歌い出し、こちらが阿呆面で見守る中、平和的に勝負は決まった。遅れて颯爽と登場のロボット組の圧勝らしかった。

 一行は本日の試合日程が終了した旨を聞き、悠然と競技場を出て峡谷の建築物に帰って、いい加減疲れた足腰を休める為と暇潰しを兼ね、時節柄色の薄い高山を眺めようと三階の壁の崩れた部屋の扉の用を成さない扉を潜った。要するに扉は穴が空いている。其処を着物の裾を踏ん付けながら、転倒に気を付け潜り、昨日よりもっと荒れて見える部屋模様に虚しさを覚えた。崩れた壁寄りの汚い床に設置された背高の机に凭れ、机の脚が不安定で体重を掛けるのも恐ろしく、結局無傷の壁寄りの瓦礫を椅子に代用して腰を掛けた。

 末っ子を膝に抱き、暮色に染まる高山の山巓を、寝惚けた目でぼんやり眺めて暫く黙りこくった。

 物語の時系列の整理が曖昧なので今夜の事件の発端も一行の出動も何も知らずに暗い夕空を仰ぎ、非霊能者らしく慕う人の死の傷心を抜け出せずに居た。小心者で傷心者の世話係の心身を案じた風の末っ子が、膝の上で立ち上がって頬を擦り寄せ慰藉する。世話係の立場として遺憾であるが、傷心者の立場で顧みると大変有難い慰め方だった。

 黒色の縮れ毛が夕焼けの光を浴びて一層黒く見え、真っ黒の団栗眼には茜色の半晴の空が映り込み、硝子玉を嵌め込んだ様な両眼が可愛くて口角が持ち上がるのが解った。口の端が吊り上った途端涙が滲んだ。

 洟を啜って涙声の溜息を吐き出して、肩口で目元を拭った丁度その時、大穴の空いた扉が崩れた壁の向うに吹き飛び喧しい音を立てて針葉樹の樹冠に引っ掛かった。

「オパチョ、どうだい」

 と幾ら建付けが悪いとは言え、乱暴な開け方をして堂々と入って来た自称未来王は末っ子に言った。

「タオレン、いきかえった」と末っ子。

「葉様のシャーマンファイト辞退が決定した訳か」とラキストさん。

「んな約束、律儀に守る必要も無いだろうに」とハンさん。

 銘々好き勝手に言って、荒々しい足取りで壁の無い部屋に遣って来る。

 冬季の鋭い風が吹き下ろす廃墟の一角に集った人々は、揃って油照りの真昼の街中を闊歩するに相応しい恰好で、壁に凭れ床に直接座り、自分達の代表の玉音を待った。皆の視線を一身に受ける自称未来王は、外套を寒風に飄々と翻してしたり顔で弟さんの今後の行動を予測した。

「葉の狙いは、僕一人だ」

 それが君の弟さんの、自分も知らぬ間に背負わされた使命だから、君を追い掛けるのは自明だ。

 私の膝に座り直した末っ子が言った。

「ハオさま、アイスメンたおしいったのに、ホロホロきた」

 彼は頷く事もしないで背中を向けた儘、呆れた口調で呟いた。

「ちっちぇえな」

 直に日は沈み、星の瞬く深更、散歩に出掛けようと、寝惚け眼の末っ子を寝かし付ける所だった私の許へ糞爺が遣って来た。




 どれだけ削れば良い…。
 関係が出来上がれば、結末迄はダイジェストでこそないが大雑把になっても構わない内容です。
 要するに、もう関係は進展しない訳です。
 ほら、乙女ゲームみたいな。
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