生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第六十話:

 最初寝惚けた末っ子を理由に断ったが、彼は私が抱いて寝かしてやれば良いと言って、事前に用意した薄い掛蒲団を押し付け退室し、文句を並べ立てる暇も無く背中を見送った私は不承不承掛蒲団に末っ子を包み、抱き上げ部屋を出た。寝室代わりの一室は三階の片隅の為踏み抜き兼ねぬ金属製の梯子段を下り、白い星の目立つ真っ黒の夜空を流れる黒雲が最も眩しい月光を遮るから足下は剣呑で、慎重な足取りで一階と二階の踊り場迄下りた。赤色と橙色の中間の不思議な色合いの灯火が一点揺らめき、分厚い手袋に覆われた手掌の火影を光源に、枯ら茶色の外套を羽織ったハオの手招きを頼りに一階と繋がる段々を下りた。

 一階の広間は既に部下達が蝟集し、月組が玄関の鉄扉を開き、月と星明かりが足下を照らす許りの夜道に繰り出し、強制故に夜の散策に不満を抱き建物の外へ出る事を因循していた私の腕を腹心ラキストさんが掴んで連行した。部下達は只管押し黙り、誰も不平を鳴らす事無く硬い地面を転がる小石を蹴飛ばして散歩に興じ、草藪を掻き分けては逐一星空を仰いで方角の確認を怠らない。散歩は峡谷の隣の高山の迂回路を行くかと思われたが、実際は宿舎の建築物を背に、森の蔭の深い所を行き、木の根の起伏の激しい地帯は夜目の利かない私が空足を踏み、夜の闇の色濃い地帯は遮光眼鏡を掛けたハンさんが垂れた枝に顔面をぶつけ、夜陰に乗じた行動に付き纏う様々の弊害を、極一部の者達が乗り越え平坦な道に出た時は安堵の余り溜息を吐いた。

 薄い掛蒲団を襁褓のように体に巻き付けた末っ子が肩を震わすので、湿気を含んだ掛蒲団を脳天まで引っ張って包み直し、丸い背中を叩いてあやすと寝息か寝言か或いは溜息か、小さい呼気が耳朶を掠め、末っ子の覚醒時間の限界を知らせた。確か記憶の原作だと末っ子は団栗眼を見開いた上、欠伸一つ見せない。白黒の彼も時刻を表す言葉で、星が出て来た、と言っていたが、墨汁より尚黒い現実の夜空一面に瞬く星は、数時間前から当たり前の顔で輝いている。従前の順風満帆の進行具合が嵐の前の静けさと言われる程、真実は不吉の前兆であったと思われ、この記憶と現実の撞着に、末っ子を抱く腕の震えが止まらない。魔法使いの帽子と夜色の外套を脱いだ広い背中を追い掛けながら気分の問題で重たい頭を擡げ、首を仰け反らして上空のハオを見遣る。元来彼は夜更かしが苦手で、早寝早起きを信条とする年寄り染みた生活を送り、時折夜遅く迄起きると翌日の昼食の間際に目覚める事が間々あった。夜更かしその物が稀で、その稀な徹夜の当日は概して椿事に見舞われ、例えば末っ子の夜泣き、晩の辛口御飯の後遺症、日本の東京都内の宿泊施設の長椅子から背丈の低い長机を寝台代わりに寝た日は寝心地の悪さに睡眠を妨害され翌朝の朝食時間に目覚めなかった。

 私の知るハオは上記の通り、夜更かしの苦手な子供や年寄り染みた生活を心掛け、原作の彼の睡眠事情なぞ知らないが、こんな夜更けに行動する事は、私の中の彼の生活習慣を顧みるに、椿事の勃発を意味する。

 軈て近くに飛行機のエンジン音のような爆音が響いて産毛が逆立った。はっと頭上の星空を振り仰ぎ、月明に浮かび上がる天地逆転した白色系の機体を認め、爆音と真っ黒の全天に機体の臀部乃至背部から煌々たる蛍火を引いて直下した。音響に掛蒲団の中の末っ子が愚図り、今以上の機械との距離を縮める事に躊躇し立ち尽くす。遥か頭上のハオの嘲笑が聞こえ、制止の声を掛ける間も無く機体は逆様の儘中空に留まった。持ち霊の巨人の一方の手が機体を鷲掴みにし、もう一方の手の平に佇立する彼は、眼下の弟さんを見下すと随分ぞんざいな挨拶で自己主張した。彼の烏の濡れ羽色の長髪を捕獲した機械が吹かす際に生じた風が煽り、頬を叩く前髪を鬱陶しげに手櫛で梳いて、当人は弟さんとの会話を進めた。

 弟さんは兄一派が蝟集を見回し歯噛みする。記憶に違わず上着を胴体に巻いて一時止血を施し、青褪めた顔で身構える。彼の傍に今日の昼時の第六試合の舞台に立った少年が居て、恐らく機体の操縦席は少女が座り、少女に彼らの父親が取り憑いている筈だ。尤も前世の記憶のみが自身の情報源であり、この情報がなければ目紛るしく流動する実況を把握出来ず右往左往して居ただろう。

 機体が気持上昇したと思った瞬間、弟さんの痩躯は人外の跳躍を見せ、ハオの立つ位置を跳び越え、赤い刀身と白刃を繋いだ不安定な得物を振り上げ、一呼吸分間を置いて振り下ろした。自身の手前に立つラキストさんは落胆の体で頭を振って、他の部下達も銘々呆れた風で、掛蒲団の襁褓を纏う末っ子だけが健やかな大欠伸を一つ、私は事態の急転に目線の遣る場を見失って惚けて居た。自身が茫然自失にあっても周囲の物語は一切停止する事無く進み、いよいよ機体は弟さんの友人の霊能者の持ち霊に確保され、花組の眼前に氷山が屹立し、寝巻きか普段着か知らない着物を着た小鬼事道蓮の率いるザ・蓮の一行が弟さんへ加勢した為、騒ぎの程は判然しないが、良い具合ではなくなった。気を取り直した弟さんと未だ不興顔のハオが言葉を交わすが、今一度言うけれど、現代っ子の私は遠い場所の会話を聞き取れない。

 会話は勝手に原作通りか全く違うか、言葉の応酬が成立し撤収と言う運びとなれば何でも構わないので、流れに任せて緘黙を続けた。

 心云々、弟さんの音を惰弱な耳が拾い、この場面の着地点が見えて来た。痺れた腕で重い矮躯を抱え直したり、肩に載っていた子供特有の体躯に比して大きな頭部を反対の肩に移したり、動かした所為で末っ子が微睡から目覚めてしまい肝を潰したが、利口な末っ子は口を真一文字に引き結び大人達の事情に容喙する真似はしなかった。事は進捗し、真っ黒の夜空の銀色の月を点景に、ハオは暗色の雲を仰ぎ見て、何処か恍惚とした顔で吐息を吐いた。知らず臨戦態勢を取っていた部下達が感傷に浸る自分達の代表を慮って呼び掛け、しかし当の代表は黙殺し、蚊帳の外も甚だしい末っ子の世話係の方を見遣ると言った。

「オパチョが眠そうだ。もう帰ろうか」

 だったら私達だけ置いて行けば良いだろう。

 口を衝きかけた百万言を押さえ込み、首肯して、自称未来王の一行は宿舎への道を辿る。

 以下は宿舎の三階の寝室に戻った私達としたり顔のハオの会話風景である。

 三階の寝室の隅の長椅子に腰を掛け、今迄包んでいた末っ子を解放してやり、漸く手足を自由に伸ばせる快適空間に寝転んだ末っ子は世話係の膝の上で大の字に仰臥する。世話係の私が丸い腹部の上から薄い掛蒲団を掛け、自室に引っ込んで早々に寝てしまえば良いものを、徹夜の出来ない自称未来王は隣に胡坐をかいて末っ子の縮れ毛を撫ぜた。

「ハオさま」と突然起き上がった末っ子が言う。「ゴーレムあきらめた。ゴーレムたべる、スピリットオブファイアげんき、ハオさま、シャーマンキングなる」

 世話係と行動を共にする機会の多い末っ子の、日常会話に用いる言語は日本語が大半を占める。時折花の三人娘と簡単な英語等を話し、ハンさんから中国語の挨拶を教わり、確かハオの方針で、言葉を覚える段階の子供の為に、日本語を日常会話に用いる事が決まり、爾来日本語しか使わなくなった。御蔭で末っ子の日常生活の言語は日本語で定着し、残念ながら、覚えた筈の英語や中国語はすっかり忘れ、Helloや你好すら通じない。が、上記の片言の日本語を聞くと、彼の方針も間違っていない、言葉を知らない子供に多くを教え過ぎてもいけないのだ。

 私は膝の上の末っ子の尻の位置が気になって、体を少し後方に引いて遣り、収まりの良い位置が決まって隣のハオを見た。これから人様が寝る場所に土足で上がっている。足を降ろすか靴を脱ぐよう注意すると、彼は渋々靴を脱いだ。何故胡坐に拘るかは知らない。

「食べさせても良いけれど、利用する方が、葉のこれからに良いと思ってね。オパチョは、もう解っているだろう」

 ハオは片膝を立て抱える恰好で末っ子の顔を覗き込む。私は前傾姿勢のハオが椅子から落っこちないか冷や冷やして、いつでも腕を伸ばせるよう、足を開き半身を前屈させ、片腕を膝の上に置いた。

「ハオさま、オパチョのこころよんだ! オパチョ、それ、きらい」

「うん。素直だね。だからこれを知るのは君達とラキストだけなんだ。僕だって大嫌いさ」

 私は成行きで知った気がする。

 ハオは意地の悪い笑みを湛えて、今度は私の顔を覗き込んだ。それで一層前屈みになるから転落の危険が増した。

「歩、別に、はっきり言っても良いよ」

「知っても知らなくても、どうでも良い。君の前で思う事なんて変わらない」

「人の話より、人が椅子から落ちるかどうかが大事か。変なの」

「君、気になるから、足を降ろしてくれ」

「面白いから、この儘」

「落っこちて、たん瘤が出来ても知らないぞ」

「葉、これで強くなると良いなあ」

 殴ってやろうか、この野郎。

 末っ子が私の腹に凭れてハオを見上げる。

「そうだよ、僕の巫力を捧げたマタムネは、もう居ない。けれど、あいつと再会するその時、どうしてもその場所には、葉も一緒でなければならないんだ」

 長い黒髪の間隙に青白い顔を覗かせてハオは照れ臭そうに言った。

「二人に、お遣い、頼みたいんだ」

 人様の睡眠時間を削った理由がお遣いを言い付ける為と解り、断ってやろうか、と半ば本気に考えた。




 原作との擦れ(?)でした。
 でも結末に影響しない擦れ具合、何故こうなったかと言いますと、規約違反がどの程度か解らなかったからです。

 オパチョと一緒に蚊帳の外。
 兎に角眠い…。
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