生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第六十一話:門前雀羅

「この度は、末のオパチョが大変失礼を致しまして、世話係として、オパチョに代わり、深くお詫び申し上げます」

 と言って私は勧められた座蒲団を辞退して、畳の上に平身低頭した。

「いやあ、まあ、竜も飛び掛かったし、御互い様って事で」

 と凡そ糞爺の弟と思われぬ程の穏やかな口調で以て、目前に額突く無礼を働いた末っ子の姉貴分の世話係の謝罪を結び、少年は頭を掻き毟って後方の包帯男を振り返った。

 彼の視線の先に端座する包帯男は、先刻、一回戦は第七試合目の終了後間も無く訪問の挨拶も無いしに訪れた私達を見て敵襲と判じられ、庇の如く前方に突き出した立派なリーゼントを揺さぶって駆け寄り、早合点した末っ子の両脚を揃えた蹴り技を喰らい重傷を負った。弟さんの仲間にお医者様がいらっしって、一歩間違えれば命を落とし兼ねない負傷者を忽ちの内に治療せられ、現在包帯に塗れ、容貌の判然しない男性は一命を取り留めて宿舎の一室の壁際に御輿を据えられている。加害者たる末っ子は私の脚に抱き付き男性を睥睨し、謝罪するよう再三譴責したが明後日の方を向いて反省を見せない。如何なる正当性を主張しようが余所様に怪我を負わせれば悪い事、人様を傷付ける行為は必ず自分自身に返る、と教えても緘黙して頬を膨らますばかりで、私は冒頭の様に陳謝した。

 その後本日の先触れ無しの訪問迄の経緯を説明し、深夜に言い付けられた伝言を述べ、以降弟さん側の方向性が決まる迄の会話の片言隻句に耳を澄まし、良心の呵責を感じる気配も無い末っ子の手足を押さえ座蒲団の脇に正座していた。所在無げに部屋の片隅に正座する私達を気遣い、赤みの強い頭髪の少女、玉村たまおと名乗る彼女がお茶や茶菓子を勧めて下さり、危害を加えた者の保護者の身として峻拒するが、後に思い直し、改めて勧められた際に末っ子共々有難く戴いた。こう言う場合、固辞の姿勢を貫く事も失礼に当たる。加減が難しいが、彼女の顔色を窺いつつ、折を見て茶菓子を頂戴した。

 糞爺の弟さんと弟さんの許嫁は、時刻も時刻の為、会議を一時中断してお夕飯の支度を始め、会議を見守る許りで手持ち無沙汰の私達も、お手伝い旁不慣れなお勝手に立ち、家事一切を取り仕切る少女の指示と手元を見様見真似て不慣れな調理を終えた。途中硝子容器に入った醤油を発見した末っ子の強請で、醤油で味付けた玉子焼きを作った。食器と料理を茶の間の長い卓袱台に並べ、長方形の短い辺の一方に陣取った末っ子の隣に着座する。向いの包帯男の痛々しい姿を胸に刻み、良心の呵責に苛まれなたらお相伴になり、数年振りの畳敷きの部屋での食事と相成った。食事自体は穏便に済んだが、再度弟さんと許嫁の金茶色の頭髪の少女が隣合って話し合い、しかし弟さんの大会復帰の承諾を得なければならぬ相手に非常な難が有るらしく、会議は平行線を辿り、何か琴線に触れたか逆鱗に触れたか知らない弟さんが部屋を出て行って会議はお開きになった。

 私達は糞爺事ハオの伝言、弟さんが大会に大会に復帰しないと昨夜の機会と操縦士の子供二人を殺害する、と言う内容を一言一句違えずに伝え、内心漫画本通りの展開を迎える事無く糞爺が子供達を殺したら刺し違えても心中しようと決意した。自身の死後の末っ子の将来が案じられるが、其処は糞爺の腹心の良心に賭け、しかし今は糞爺の殺害方法は後刻に改め、まず漫画本の筋書きを外れぬ事を祈った。そんな物騒極まりない懸案を考え直す私の顔色を窺う許嫁の少女は、淹れ立ての番茶を啜り、湯呑を卓袱台に置いて水面に映る自分と睨み合う。一見端麗で儚げな面差しの少女だが、こうして黙って俯き座る姿は牡丹より椿、画面では彼岸花が多く描かれたが、一度口を開けば花ではなく只の人間と気付かされる。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、とよく言うが、彼女は花弁の散る様が侘しい存在ではない、兎に角花と形容しては花に失礼と思われる。

 自身の膝に抱く末っ子の縮れ毛の丸い頭を撫ぜ、退屈凌ぎに空模様の観察をしたいと思い、茶の間の濡れ縁に出て腰掛けるなり裸足を板の縁から投げ出した。敵対する私達の一挙一動、一顰一笑を注視せざるを得ぬ心境の室内の人達は、濡れ縁で寛ぐ仇敵の麾下の小娘共の無防備具合に警戒を緩め、銘々力を抜いて座り直した。若干一名、警戒心を募らす道蓮さんは、私達の背中を睨み、その鋭い視線を確かに感じ、尚平静を取り繕う私は末っ子の頭髪に顎を埋めて現代の空と変わらぬ半晴の空を仰いだ。暮色の垂れ込め、地平線の空の色が段々暗くなるらしい。膝の上でやおら立ち上がった末っ子は、頭上の姉貴分の世話係の阿呆面を見上げ、海の見当に雨雲を見付け指差し、一寸行って来る、と言って庭に降りた。当初行動を共にする予定で居たが、雨曇りの空を仰ぎ見て、末っ子の様に素早く動く事の敵わぬ自身が行くと、俄雨の際に濡れ鼠にしてしまう。

 気を付け行ってらっしゃい、と言って送り出し、こちらを回顧し手を振り、行って来ます、と無作法の糞爺を反面教師に良い子に育った末っ子は言って、垣根を越えて姿は見えなくなった。

 いつの間にか道蓮さん一行も居ない。宿舎の茶の間に居残る私と許嫁さんと小人と先の調理をご教授下さった家政婦の少女、お医者様と患者の包帯男が黙って居た。特段言葉を交わす機会も無く、銘々沈黙して、壁掛け時計の秒針の規則的な音だけ聞こえる。大分長い間、そうして皆口を閉ざし、姿勢を正しく座って居たと思われたが、何気無く時計を見遣り、長針が五分も動いていない事に驚いた。そんな時、卓袱台に向かい湯呑で暖を取っていた許嫁さんが口を開いた。

「あんた、何でハオと居るの」

 不思議な声音で彼女は言い、小人の少年が座蒲団の上で跳ねた。顔芸の得意な小人の少年は、拳を握り締めて私の気色を窺い、私が動機を披瀝する時を待っている。それがよく解るから、静寂が息苦しく思われて、胸に痛みを覚える程深く息を吐いて言った。

「拾われたからです。オパチョのおまけで」

「あんた、霊が、見えないのね」

 黙して首肯すると、後方のお医者様や包帯男、小人の少年や家政婦の少女が頓狂な声を上げ、卓袱台を叩く音に蹴飛ばす音が聞こえた。湯呑が引っ繰り返る音がして、随分物々しい雰囲気になった。

「ボーいや、ぼず、の二人が言っていたけれど、本当なんだ」と小人の少年。

 折角話題が日本人二人組に及んだので、便乗して二人の安否を尋ねると、二人組は元気で居るらしい事が判明した。同時に自称未来王の派閥内で居場所に難儀しているのでは、と私の心身を案じて下さっている事を聞いた。瀕死の重傷を負い、自分達の傷も癒えぬ中、正体不明の小娘の生死や精神状態を気にされるお二人の優しさが有難くて、自然、目の奥が熱くなって鼻の奥が痛んだ。

「ハオ…様を、殺しますか」

 日本人二人組の現状を聞いた為、震える声に顔の熱を感じつつ、麻倉の一族の使命と言うか悲願とも言う可き難題を、自身にとって複雑な問題を尋ねた。

「そうしなければ、あんたも死ぬ。奴は、誰も信じちゃいないわ」

「でも、私は、信じて貰えずとも、オパチョと一緒に、あの子と居ました」

 三拍置いて、私はつい前世の「あの子」を重ねて口を衝いた言葉に気付いた。放った言葉を撤回するのも億劫で、しかし考えて見ると言い得て妙に思われる。私は最初末っ子を拾い、と言うのも末っ子の泣き声を聞いた気がして、累々と転がる人間の死骸の山を越えて出会った。ハオは末っ子を見付け、直後私を見付けた。私は末っ子を通してハオに出会った。

 と考えていた瞬間、後方で悲鳴染みた喚声が上がり、又卓袱台を叩く音や蹴飛ばす音がした。

「ハオさんを、子って」

「何故、そう言う発想になる」

「れ、連中と居るだけあって、メラ凄え子だ」

「中々勇気のある子デスネ」

 許嫁さんの溜息が聞こえ、場は一瞬にして静まり返った。後方の人達の呼吸すら鳴りを潜め、手に汗を握って私と許嫁さんの会話を見守るらしい。

「居て、死んでも良いって?」

「いえ、死ぬなんて、幽霊の見えない私が、自分の死後を良い方向に考えられますかい」

「なら、何故、ハオの許に居るの」

「行く当てが無い、と言うのが本音で、オパチョの世話が当面の遣る可き事であり、又遣りたい事だからです。オパチョは、私を、最初に見付けてくれた子ですもの」

「ハオを斃す、それは麻倉の使命。あいつをシャーマンキングにしてはいけない」

「……私は、幽霊が見えません。死なれたら、姿は見えないし、声も聞こえない。オパチョの持ち霊の羊は、実は、生前に私の世話まで焼いてくれて、でも死んでしまって、オパチョは此処に居ると言ってくれますが、私は見えない、ハオ様も時々此処だよ、と言ってくれますが、私は見えない、それが辛くって」

 小人の少年の息を呑む気配がした。それを、私も許嫁さんも黙殺して、会話が続いた。

「ハオが、居なくなる、あんたはそれが嫌って?」

「だって、今迄一緒に居た人が、死ぬなんて、殺されるなんて、それを見過ごすなんて、普通は出来ません。生憎、私は普通の人間なので」

「あいつは、あんたを殺す」

「嫌ですねえ。怖いです。でも、やっぱり、ハオ様が殺される所を想像すると、ぞっとします」

「…………変な子ね」

「私が見て来たハオ様は、殺されても文句の言い様が無い程酷い事をしています、それは認めざるを得ません。けれど、オパチョと一緒に遊ぶハオ様は、只の人間です。可愛がっている子と遊ぶと、何だか楽しい、そんな風に感じている只の人間に思います」

「それは、あの子供限定でしょう」

「勿論です。でも、そう言う顔もするんです。だから、私は、ハオ様が嫌いじゃない」

 やおら許嫁さんが席を立って宿舎を出て行き、居残った私は濡れ縁に立ち上がって室内へ戻った。散々叩かれ蹴られ満身創痍の卓袱台は、湯呑が倒れて飲み残しの番茶が零れ、一面を渋色の液体が覆う惨状を呈し、常の世話係根性を発揮して本場家政婦の少女に台布巾の場所を尋ねた。彼女は卓袱台を見て、客人にやらす訳にいかないと言って茶の間を飛び出し、急に手持ち無沙汰になった私は夕食を認めた席に端座する。秒針の音がいやに大きく聞こえ、日本上陸後の宿泊施設の日々を思い返し、瞑目すると細かく震える洗濯機の偉容が瞼の裏に蘇った。

 家政婦の少女が台布巾を手に舞い戻り、卓袱台の上の液体をすっかり拭き取って、台布巾を片付けに又茶の間を出て行った。




門前雀羅(もんぜんじゃくら)
:来訪者が少な過ぎて閑散としている事。
(意訳?
:ハオを擁護する人は少ない。
 ハオやハオを擁護する人の周りに、同じ意見の人は居ない。)

 傍で見て来て、其処に居る事が当たり前の人が居ます。
 ある日、その人が死にました。
 其処に人が居た場所は、空っぽになりました。
 これを虚しいと言うのだと思います。
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