生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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第六十三話:無理難題

 許嫁さんは行けと言って大変長い数珠を一振り、機械に乗る子供達を促した。言葉無くとも行動で応じた子供達と家政婦の少女は、機械の翼のような長大な腕に眼鏡の男性を引っ掛け、小人の少年は操縦席に引っ張り上げ、男性の作った透明の自動車には家政婦の少女が飛び乗り、自動車は急発進して森の奥へ消える。では、と呟く人が居て、私は肩を掴まれた。慌てて広場に居残る自称未来王を振り返り、念の為にと口を開いた。

「ハオ様、私達は行くけれど、残るのでしょう? 少し違う気もするが、まず、気を付けて。怪我は、どちらも程々に。じゃ、行って来ます」

 後に思えば暢気な挨拶だが、現代の一般家庭に生まれ育った私は、大仕事をする人と自身が出掛ける際の常套句を言っただけで他意は無い。

 腹心ラキストさんに背中を押されて私達は透明の自動車に乗り込み、運転席と助手席の後部に人の嵌まる余裕は無いが鼻の長い男性が体を詰め、左側の座席、即ち運転席に乗ったラキストさんはハンドルを握った。運転免許どころか免許を取得する予定も気持も無い私は、自動車の構造なぞ知る由もなく、只人様の体勢を横目に検分し、今正にエンジンを吹かす所だと思った。果たして透明の自動車は発車して、直に風が当たる訳でないが、恐る可き圧迫感が体の前面を襲い、奇妙な息苦しさを感じた。後部の隙間に身を潜める男性が言葉にならぬ悲鳴を上げ、私達は歯を食い縛って座席の榻背に背部を押し付ける。扉や窓が開いているなら話は別だが、車内は密閉され、座席に据えた体が風に攫われる確率は低いと思われる。低いと言うか皆無と断言出来なければ乗り物として用を成さないが、本物の自動車でない場合の物の安全性は、具現した霊能者の実力に任す他無い。

 樹木の生い茂る暗い木陰の道路を驀進する、同じく透明の自動車に乗った少年少女を追走し、藪や岩や樹木を避けて紆余曲折した道を直走り、時に草藪に突っ込んで、枝葉を撥ね飛ばして行き、鯱の背中を髣髴させる濃紺の海原の見える道に出た。海水に濡れた黒っぽい消波堤が陸地に沿って棋羅し、衝突の衝撃で波は砕け、白っぽい繁吹きが道路の端まで掛かる。透明の自動車はその繁吹きすら弾き驀地に走り続け、前方の少年少女の影が急カーブの最もきつい所に差し掛かった時、力を緩めまいと強張った末っ子の頭部と臀部を支える手が僅かに浮き、私が声を上げるより先に末っ子が制止の声を張り上げた。曰く、神様の力を使う組の指導者が生き返り、間も無く白装束集団の総帥も生き返る。

 透明の自動車が急停止して甲高い摩擦音が海沿いの道路に響いた。末っ子の言葉の前者、指導者の蘇生は弟さん一行のお医者様の仕業で、後者の白装束集団の総帥の蘇生は予測の域を出ないが追跡側が間に合わぬと言う意味だろう。追走を断念せざるを得ない状況に陥った。今追い掛けても神様の力を使う人達が待ち受けている、自分達の実力で払拭出来る不安要素ではない、深追いは詮無い事と諦め、自動車の方向を転換するなり自称未来王の残った森の広場目指して又エンジンを吹かした。戻る道中、末っ子が意味深長な言葉を呟く。曰く、自称未来王の許に弟さんが現れ、二人は仲良く何処か見晴らしの悪い場所に建つ喫茶店でお茶を飲み、少し話して、ハオの方が先に店を出て帰って来る。追跡時より速度の落ちた車内、しかし相変わらず奇妙な息苦しさはあって、息継ぎに難儀しながら私は風呂場に行く事を提案した。後方の男性の非難の声を黙殺し、運転席の人の顔色を窺うと、両の口角を吊り上げ笑っているので、提案は受諾されたと見て吐息を吐いた。

 窓外の矢の如く後方に流れて森の風情も何も全く無い景色を眺め、私は車に乗り込む寸前の会話を思い返し、物語が漫画本通りに進まねばならぬ訳を考えた。前世現代の家族に人類滅亡と言う災難が降り掛かる訳でもなし、別段この世界の人類が滅ぼうが、この世界に居る自身が危ういだけで問題無い。無論私自身も滅びを良しとしないが、何故漫画本の内容に沿う事を望むのか、それは漫画本通りに進めば、取り敢えず今世紀中の人類滅亡は免れる。どうせ今世紀中に失われる自身の命、所詮我が亡き後に洪水よ来れの精神で、本当は自己本位、何て浅ましい、と凄まじい勢いで過ぎ行く地面を見詰めた。

 透明の自動車のタイヤが砂利を撥ね、草木を割り、風を切る音が耳朶を打ち、石か段差に乗り上げ車体が地面を離れ又直ぐ着地した。荒々しい着地の瞬間、後頭部を背凭れの硬い箇所に強か打ち付け、ごつん、と鳴った。痛みに呻く前に再度車体が浮き、地面に戻って、今度は舌を噛んだ。突然の激痛に呻いた私の頭を、背筋を伸ばし手を伸ばし、良い子良い子と言って撫ぜる末っ子の潤んだ団栗眼と目が合った。途端耳の奥に親戚の小父さん宜しく山田さんの声が再生され、最早日常とも言う可き異国の大地での遣り取りを想起した。同時に辛い世界と言った横顔が瞼の裏に蘇る。解っていない、そう言って幕屋の向うの焚き火の輪に戻る山田さんの後に訳知り顔のハオが来た。羊のママの事で謝罪した。時が経って、何かの拍子に、彼を理解する努力を続けると迄言った当時の自身の心境を思い返す。

 己の体が朽ち果てる事、死後を悟れぬ非霊能者の私は只事でない悲劇であり、又恐怖の象徴である。故に人類滅亡は、確かに四方山話の一つだろうが、霊能者の戦いを見守って来た非霊能者の私にとって身の毛が弥立つ話だ。しかし理解を得られず、声を張り上げ主張しても一顧だにされない、到頭世間様から擯斥された思想や人物は寄る辺無く漂泊する。輪廻転生とは仏教の教えで難しい事も周知だが、異世界云々は眉唾物或いは前世現代この世界でも総じてサイエンスフィクションと呼称せられる分野で、現実に在る私は空想の産物に成り下がる。病気気違いと言う言葉で済ましたい、済めば楽だ、楽だが生憎現実だ。

 別に異世界云々を信用されずとも良い、声を大にして異世界からの来訪を主張しても、千年の時を長らえた稀代の大陰陽師をして鼻で笑う現象だ。泣き喚き、地団駄を踏み、癇癪を起こして叫ぼうと誰も顧みぬ一介の小娘の実況は、理解の範疇にある出来事に手一杯の人にとって蠅の羽音に等しい与太話だろう。生ける物は自分の事で手一杯で、他者の嘆きに耳を傾ける余地は無い。彼も又同様、己の感傷に手一杯なのだ。他者に差し延べ乃至受け止める手が無い場合、それでも誰かが差し延べたり、受け止めたりしなければ、それは余りに辛過ぎる。

 頬を擦り寄せる末っ子の福々しい頬や広い額を見詰め、私は自身の僥倖に打ち震えた。この世界に来た当日の僅か数分乃至数時間後に出逢い、自身の真実を知る訳ではないだろうが、腕に抱いて、安堵に全身の力を抜いて寝入る様子を見ると幸福を感じる。乙破千代事オパチョを内心末っ子と呼ぶ、それはこの幼子を本物の家族に思うからだ。彼は末っ子をどう思うかしらと考える。漫画本なら好きと発言する場面が見られたが、記憶と現実の金環の有無の相違点を踏まえ、この世界の彼は、末っ子を家族同然に思う私の心中を垣間見て、それで気が変わる事はあるのか、ある無しは解らないが気持はどうなのか考えた。

 私は震える手で縮れ毛の丸い頭を撫で回し、鼻先を顎をくすぐる頭髪に沈めて嘆息した。呼気が縮れ毛に溜まり、鼻が湿ってくしゃみが出かける。

 末っ子の可愛らしい両手が鼻頭を撫ぜ、くしゃみが出た。

 その伸びた両手を自身の両手で包み、胸元に抱え込んで口を真一文字に引き結び、二度と再び逢えぬ前世の家族と、再会の奇跡の可能性を捨て切れない現代の家族と、異世界で最初に出逢って共に過ごす内に見出だした家族を想う。自分も知らぬ間に手を差し延べて居た末っ子は、与太話の権化たる私に頬を擦り寄せ、抱擁をせがみ、腕の中に安寧を見出だし体を預けてくれる。漫画本のハオもこう言う気持だったのだろう、幾度目か思い、ふと末っ子の物語終盤で見た台詞を思い出した。星の王様になる彼を応援し、大会優勝を喜んだ筈の末っ子も主人公の弟さん一行に加わって王様のハオを追い掛ける。あいたい、と漫画本の末っ子は言っていた。

 車体が急停止して上半身が前方に傾き、姿勢が悪かったらしく斜め前に傾いで最初の勢いの儘壁に激突した。蟀谷に鈍痛が走り、後方の男性が呆れ気味の溜息を吐くので自身の失態を非常に恥ずかしく思い、末っ子に扉を開けてもらい車外に飛び出した。後部の隙間に挟まる様に体を捻じ込んで居た男性も降りて、運転席を降りた魔法使いの帽子の飾り羽の行方を追い、見覚えある石段を駆け登った先に見覚えある小屋の屋根を認めて踏鞴を踏んだ。第一回戦第五試合終了後に入った温泉に違いない、此処でハオが戻るのを待つ。腹心ラキストさんや鼻の長い男性、末っ子の三人は特段遠慮する事は無いと思われるが、私は先刻漫画本の末っ子の台詞を思い付いて、そうして思う所がある為、顔を合わす気分でない。

 ラキストさんに言って分厚い生地の手拭いを貰い、足下で相手との遣り取りを見上げる末っ子の縮れ毛の丸い頭を手拭いで包み、入浴に際しての注意事項を教授した。湯船に浸かるなら肩迄浸かる事、熱いなら自称未来王に言う事、最低百まで数えて上がる事、上がったら湯冷めしないように全身を拭いて着物を着る事、以上四項目が姉貴分の世話係からの注意である。確認する様に頷く末っ子の頭を撫で回して御輿を上げ、一寸其処いらを散歩して来る旨を伝え、末っ子の見送りの挨拶に出掛けの挨拶を返し、軽く手を振って石段を駆け下りた。別行動なぞ余り経験の無い事だが止むを得ない、今の思考を整理せねば、彼の顔を見た瞬間に泣き喚き兼ねない。

 とは言え、思考の整理や気持の整理と体の良い現実逃避であって、本心は定まっている。日本上陸後、宿泊施設で、矢張り山田さんを相手に吐露した言葉が心身に重く伸し掛かる。この本心を彼は読み取って居るのか、読み取っていないなら黙って見送る方が利口に思われ、物理的距離を置く事で読み取られる可能性を低く出来るなら海を泳いでも構わない。数日前に辿った道を行き、目元を湿らす水気を拭い、どうしようと呟いた。

 この本心は、彼の千年計画に懸けた想いを全否定する事に他ならない。叫びたい本音を、彼を解ろうとする努力を止めない、と以前の言葉が抑え、胸が閊える様で気分的に息苦しくなった。彼の千年の悲願、それは人類滅亡、それを完遂させる星の王様の力を得るには洗礼の儀式を受け、一度肉体の死を迎え、そうして漸く神様と言う名の星の王様になる。

 私の本心は、矢張り山田さんに告げたものと変わらない。漫画本の末っ子の台詞が、目の前の末っ子の言葉に直って聞こえる気がした。

 つまり、私は、ハオに千年の悲願を諦めて欲しいのだ。




無理難題(むりなんだい)
:言い掛かり。出来そうにない要求。

 長年の願いを諦めて下さい。
 それって、青春を捧げた何かを諦めて、と言うのと同義ですから、主人公は悩む訳です。
 これ諦めてよって、ハオ様の人生全否定ですね。
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