──行ってらっしゃい──行って来ます──待たされる人の常套句に待つ人の常套句、之を交わして人は誰かを送り出す。
──お帰り──只今──帰りを待ち望んで玄関先に佇み人影を捜す人は、目的の人物を見付けて掛ける常套句、帰りを望まれ家路に就いた人は、目的地に辿り着いて玄関の前に、自分の帰宅を切望する人に掛ける常套句、之を交わして双方は再会の喜びを分かち合う。
私は現代の家族に出掛けの挨拶を残して、爾来帰る事を望むも敵わず、前世の白黒の紙面程度の縁しかない世界の渦中で懐かしき我が家の蒼古とした輪奐の温もりを思い返す。三匹の愛猫と離れ早数年、成猫の体躯が数年で大小入れ替わるなぞ恐ろしい話だが、病気もなく健康的に過ごし、大往生するか又は猫又になって化けても良い。家の障子戸等の引戸や台所の勝手口等の開き戸を自由に開閉し、その内直立二足歩行と言う化物染みた猫になって、人語を理解し、いつ迄も家の縁側の日向や冬の炬燵で寝て居ては良い、心底そう思う。祖父母はまだ往生する齢でないが、今生唯一の孫が行方不明となり早数年、ご先祖様か友達か神様か知らない御迎えの来るには早い年齢と思われ、玄関の庭や車庫のある見当の庭の手入れに腰を屈め、曲がった腰を伸ばし、時折居ない孫娘に肩を叩いて欲しいと呟く、其処まで想像すると遣る瀬無い。両親は幼友達と遊びに出掛けた娘の帰宅を待って早数年、あの日送り出さなければ良かった、と後悔の毎日かと想像だに涙を催す悲劇ではないか。幼友達の翔子は遊びに誘わなければ、今日も一緒に学校か、時節柄の初詣や貰ったお年玉で遊び倒すか、幼馴染として十年間恒例のお年賀の家族交流で悪戯三昧の正月を過ごした時を思うと胸が苦しい。
前世の家族は何を思い、どう言う日々を送るかしらと考える。記憶も曖昧模糊として死の瞬間と死後と現代の私になる迄の空白は、依然思い出せないが、両親は色々不自由している我が子が「あの子」と出逢い、自室に引き籠もるも仕様がない日々を、発声を控えて俯く日々を過去に、薄暗い部屋を出て旅行に繰り出す程明朗快活な子に豹変し、船や飛行機に乗って日本津々浦々の観光地を見て回り、お土産を持って喜色満面の笑みを湛えて帰る娘を見て、何を思ったか知ら。夢の母は「あの子」に深く頭を垂れる事があった、それは感謝の現れ、夢の「あの子」も母に会釈を返して私を連れて電車を乗り継ぎ、最期の旅行バスに乗り、ご大層な名前の付いた隧道の中途で命を落とした。何故か知らと思案投げ首、私達、非霊能者に次は無い、一度命を落とせば、同じ生は二度と再び無い。折角出逢えた「あの子」は、私に出逢わなければ旅行に行かない日々を送り、件の隧道内で瓦礫の下敷きになって無惨な死を遂げる事も無かったのだろうか。
私達、非霊能者は幽霊が見えないし言葉を交わす神業も持たない、故に死は全ての終わり、永遠の別れ。今私が死に、仮に現代の実家へ帰る事が叶おうと、非霊能者の家族や幼友達の翔子には、幽霊の私の姿も声も知覚する力は無い、皆の傍に私は居ない。幾ら紙面で死後の世界について口角沫を飛ばす勢いで語ろうが机上の空論、実体験すれば、それは前述の通り全ての終わり、非霊能者の立場で言えば死人に口無しの論、死者の言葉は生者に関与してはならない、実証した事にならないのだ。之は前世の家族の許でも同じ事で、第一現代の私の容姿と前世の容姿は異なる為、見えても前世の家族は私を私と認識する事はほぼ不可能と思われる。余程信心深くなければ迷う事無く一蹴し、若しかしたら無縁仏と扱われ兼ねない。無縁ではない、私は家族と言う縁があって帰って来る訳だ。お盆の迎え火と言う名の灯台を頼りに帰宅を果たし、送り火を出掛けの挨拶や見送りの挨拶代わりに出掛け、翌年に又灯火を頼りに家族の許に舞い戻る。私は前世の家族も現代の家族にも縁が絶たれたとは思われない、いつだって縁を辿り、家族の許に帰られる。只、足を置く道が無い。魂で帰っても家族に帰宅を知らせる手段が無い、つまり私は、帰るなら生きて帰らねば、帰った事にならない。
現在時刻を家政婦の少女の呟きを盗み聞きして午後六時を過ぎた事が判明し、周囲は夕飯の支度に取り掛かるが、食欲減退の兆候が見られる私は夕飯の辞退の旨を誰に告げる事も無く、人々との会話を省略して身を翻し、足の向く儘峡谷の建築物へ戻った。森林の暮色に染まる道路を行き、天然の垣根を向うの海原を見るように目を凝らし、細かい硝子片が千々に飛散した海面を瞼の裏に描いて、知らず溜息が漏れて足取りが重くなる。異国の大地から大海原を渡って日本は神奈川県、翌日東京に着到し、鬱蒼たる杉の樹冠を見張るかし小川に降り立った。大会運営委員に出会し贔屓も八百長もぶっ飛ばした関係を眺め、熱に浮かされ、宿泊施設に寝起きし、月日が過ぎて不可視の旅客機で海を渡り再度異国へ赴き、大会主催者の出身村で山田さんの死に目にも逢えず別れ、又絶不調が続いて気付けば東京に取って返し、日本は東京近海に位置する孤島にて星の王様の玉座を賭けた戦い繰り広げる。思えば碌でもない、散々な目に遭い、家族と言う関係を築けた末っ子を除いた人達とは、孤島でも碌々話していない、ハンさんも同様、会話の機会はあっても話題が無くて、皆々忙しそうで、会話を試みる事も許されない気がした。
思えば大した事でない気もする。只独りぼっちの子供が居て、孤独を慰める手立てを求め、誰にも顧みられる事無く千年間歩み続け、考え続け、結局妥当な案も出ず、何が原因か考えて、想到した孤独の原因を取り除き思案に暮れる日々に幕を下ろそう、彼は只考え過ぎて身動きの取り様も無くなって疲労困憊してしまったと私は考えた。人類の文明は栄華を極め、同時に自分達の生きる星を傷付け、星は衰弊し、呼吸も儘ならぬ星の為にと大義名分を掲げて彼は己の孤独に終止符を打たんとする。星の王様の玉座を巡る戦いも、個々人の大願あって初めて成立する狂宴で、大願成就の好機を持ち得る霊能者達は、心に剣を携え、死地へ自ら赴き散って行く。只の我が儘だ。悲願も大願も、只の個人が嘯けば我が儘以外の何物でもない、星の王様の玉座も霊能者の我が儘の為に血に塗れ、星の為だ世界の為だと大義を胸に、皆が厭う戦いに殉ずる。
何が駄目だったか知ら、そんな瑣事は星の王様に関係無い。個人の呻吟は、個人の物で、他者が覗き見て知っても解決出来るものではない、一人懊悩して血反吐を吐き、見兼ねた誰かが傍に寄って一緒に同問題で呻吟し、けれど結論を出す者は主題を考え始めた当人で、他者が出した答えは当人の答えでなく、当然受け入れ難い内容だ。人は生死を題材に呻吟し、身の周りを豊かにしようと考え、導き出した答えが余所からの奪取なのだと考える。豊かで在りたい、幸福に在りたい、安楽で在りたい、個々人の悲願も大願も綺麗に言えば理想である。霊能者の皆が掲げる悲願や大願は、個々人の我が儘、綺麗に言って理想で、自分の理想の為に流血沙汰も厭わず、それが一万年続いて居ると言う。救世主だろうが、英雄だろうが、畢竟その場凌ぎの言葉でいつの日か他者に非難され、否定され、後の救世主英雄が誕生する。いつか他者に否定され、世間様から孤絶を余儀無くされる玉座に就いて、彼は又孤独に身を置くのだろう。
他者の出した解答を、別に自分の解答として享受するもその人次第、彼が弟さん達の解答を受け入れ、今世紀中は人類を見守る方針を固めたのは、それは彼の意志だ。記憶の漫画本の物語の最終巻の後の一冊に、弟さんの家族云々の言葉を見付け、最終巻の彼の家族の許を離れる選択を不思議に思った当時の心境が蘇る。同時に自身の知る彼の言葉を思い返し、彼を慕う末っ子の顔を思い返し、何故二人が一緒に居続ける事が敵わぬかと嘆嗟した。漫画本の彼らは知らないが、弟さんを今生唯一の肉親と認めるなら、見守る為に星の王様として収まった、これなら納得いくが、漫画本の末っ子はどう言う関係だろう。単なる未来王と家臣の関係は、それはそれで良いが、矢張り自身の知る末っ子の中では、家族だろう。
思考に耽る余り建築物の残骸を見過ごして鉄門扉を過ぎた。戻って歪んだ観音開きの鉄扉の間隙に身を滑り込ませ、地層の露出した最下層に築山を見て、昨日は三人だった空間に一人突っ立ち、青天井を通る小鳥の囀りに釣られ、大穴の縁に遣って来て底を覗いた。非霊能者の私では登り下りも楽でない、築山に行くのも困難で、無能力さ加減に呆れて蹲った。大穴に落ちない縁に膝を抱えて座り込み、食事も億劫だから明後日に持ち越し、千年悩むのは自身の弱い頭が沸騰し兼ねないので止すが、数時間悩むだけでも精神が摩滅して気違いになりそうな私は苦悩も明後日に持ち越す事に決めて、早々に眠りに就いた。
目を覚ましたのは蹴飛ばされ、数珠の擦れる音を聞いて飛び起きた。音響の正体を確かめる為振り返り、金茶色の頭髪の少女が仁王立ちする様に震え上がった。彼女は頭部に真紅のバンダナを巻き、特徴的な数珠を首飾りのように首に下げ、漫画本通りの浴衣の下駄に兼用出来そうな便所サンダルを履いた恰好で其処に居た。誰何する迄もなく私は彼女の名前を知っているし、知らなくても弟さんの許嫁である事実は承知済みだから許嫁さんで事足りる。今の乱暴な目覚ましは何事か尋ねようか迷い、ふと青天井の空模様を振り返って、物寂しい夕間暮れの暗さを拭い去った真っ青の空に、星の王様の決まる翌日を迎えた事実が突き付けられた。
「ムー大陸へ向かうわ。後は、あんただけ」
そう言うやそう言う話だった、と記憶を掘り起こして彼女の態度に合点がいった。
「私は、此処で待ちます。行ってらっしゃい、と言いましたから、迎えに行くより、帰りを待ちたい」
許嫁さんは明色の双眸に不機嫌な色を滲ませ、しかし解ったの一言で、意外にも居残りを了承して下さった。黒のスカートの裾を翻して許嫁さんは鉄門扉の向うに出て、恐らく式神を疾駆させ、他の参加者達の待つ浜辺に戻るのだろう。
事は淡々と、順調に進捗し、私は大穴の縁を離れて一階の崩れかけた壁に凭れ、太陽は三竿、青天井から高山の頂上に掛かった日光が射し込み廃屋の一室に舞う砂塵に反射して、中を一層明るく照らす。膝を抱えた座位不動を貫く事数時間、或いは数分、許嫁さんの残した言葉が胸に刺さる。私は此処で待ちたい、仮令一人帰らぬ人があろうと、せめて帰る人を待つ者で在りたい。不意に一昨日の小鳥と同じ囀りが廃屋の一階に響き、海岸で見た後ろ姿が脳裏に過り、待つなら浜辺で待とうと御輿を上げる。しかし一足も進まぬ内に膝が折れ、帰らぬ人の最後の顔や声を思い返し、既に記憶が曖昧で、顔も声も模糊として容易に思い出せない現実に、耐え切れずしゃくり上げた。
屠竜之技(とりょうのぎ)
:頑張って学ぼうが、実際には役に立たん事。
(意訳?
:挨拶。挨拶の大事さを知って、覚えて、でも現場では役に立たない。
伝わらなきゃ、無意味な事もある。)
いざ思い出そうとすると、中々思い出せない。
死の先は、忘却しか無いと思われる。
非霊能者に待つ忘却は、多分忘れるから踏み出せる未来なのでしょう。
でも、矢っ張り寂しくて、何故一緒に居られないかな、と考える。
それが、前世、現代の家族か、オパチョやハオなのかは判らないけれど。