生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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 題名の四字熟語は造語です。
 どうしてそうなった、な最後辺りの会話。


第六話:生面不屑

 遺影(いえーい)、と日本人二人組は真向いに突っ立つ私に言って、それぞれ琵琶とスタンドに装着したマイクを握り込み一声入魂、ビートがどうのと叫び歌い出した。

 見掛けた事はあっても会話を交わす機会は無かった。日本人は山田さん含め三人居ると聞くが、内二人とは話す事無く、集団に同行して早二日目に突入した。会話が無ければ相手の意見を知る機会も無い、相手を知らなければ幾ら行動を共にしても路傍で擦れ違った他人に違いなく、其処から対面するには知って話し、漸く初対面と言える。同じ相手に初対面は二度来ない、一度済ませばお仕舞いだ。他人と知り合うとは七面倒臭い。まず一方が話し掛けて相手が便乗し、話が展開せねば前述の通り、相手を知る事が出来ない、出来ないなら出来ないで通り一遍の袂別の挨拶を交わせば仕舞いだが、今回の私の場合は関係を等閑にすれば後々不都合が生ずる為下手に切り捨てられない。顔に出易いと自負する私は、眼前で恐らく宗教的意味合いがある漢字を羅列した歌詞を熱唱する二人を見守った。

 そうして歌が終わり又遺影(いえーい)と、肩を組んだ二人が同時にこちらを見遣るので、私は重々しく一つ頷いた。ハオに読まれようが構わず、内心反応に困却し、腕の中の嬰児が泣き出すか尿意か便意を催すかしてくれないかしらと切望し、しかし願いは届かず半日で容態を持ち直した嬰児は健やかな寝息を立て私の腕に収まっている。背後で押し殺した笑い声が聞こえようが振り向くまい、両腕が塞がるから手の心配は無いが足の心配がある、爪先か踵か足底全体で笑っている野郎を蹴飛ばす自信に微塵も揺らぎはない。

 振り向きたい衝動を堪え、肩に力を込めて又重々しく頷き、顔を上げて正面の喧しい二人組を見据え、足を踏ん張り口の動く儘に何か感想を述べる事にした。

「独創的なロックですね」

 最早前世か現代か知らないが記憶の沼を底から引っ繰り返すと祖国日本に古語と漢語を多用するヘビーメタルバンドがあった筈だが、こちらの世界の音楽事情は興味が無い。

 アフリカの乾燥した風に法衣をはためかせ、二人組は頻りに頷き琵琶とスタンドマイクを構え、誰も再演を所望せなんだが勝手気儘に歌い出す。他者の機微に疎いのは、きっと二人の頭が弱い所為だ。全く迷惑千万、埃っぽい風にくしゃみが止まらず、我慢の限界も来たので首に血管を浮かばせ歌う姿に五月蝿いと一言物申す。が、二人は止めない。根気よく同じ言葉を三度掛け、一層喧しく歌う二人に仏の顔も三度迄と大喝一声、今度は私ががなり立てた。

「貴様らの脳は梅干しか。いい加減喧しいと言っているだろう」

 梅干しの件は某少女漫画で見た台詞だけれど、つい口を衝いて出た言葉なのでこちらが恥ずかしい。内心の羞恥を悟られまいと続けて怒鳴り、片腕で嬰児を抱いて無礼を承知で二人を指差し、ご近所様の迷惑だから騒音を止めなさい、と言って一旦閉口した。

 若し梅干しに言及されたらどう言い訳しよう、そう考えつつ二人組を睨み上げると、人の心配を余所に二人組は歌を止め顔を見合わせ緘黙する。

「良、聞いたか今の」

「聞いたぜ、善。確かに聞いた」

 相互確認し、二人は私に詰め寄るなり言う。

「痺れたぜ、今の台詞、俺は善だ」

「良いセンスしてんじゃねえか、そして俺が良だ」

 次いで揃って言った。

「二人合わせて善・良」

 言葉も無く私が見詰める中、人様の反応も気色を窺う気配も無い二人は体を引き顔を突き合わして首を振る。

「駄目だぜ、さっきの嬢ちゃんの台詞にゃ敵わねえ」

「一人であの一言で、全部持ってっちまいやがった」

「なんて嬢ちゃんだ」

「恐ろしい嬢ちゃんだ」

 二人はこちらに背中を向けるなり肩を組み合って続ける。

「こうしちゃ居らんねえぜ」

「ああ。嬢ちゃんのセンスに勝つ為にも」

 一瞬、肩越しに私を見遣って、しかし目が合う前に正面に向き直って異口同音に宣言した。

「特訓だ」

 喧しく二人組は二人三脚で駆け出し向こうに行ってしまう。生面の人間に断りも無く予定を組み直し、す可き挨拶も等閑にし、茫然自失の人を残して去ってしまった二人の後ろ姿には所謂後光が差して見えたが気の迷いである。

 

 昼食も夕食も済ませ、嬰児の排泄に二度目の失敗をしていよいよ巻き付ける布が無くなった。濡れた臀部を拭って全裸の嬰児を抱え替えの布を探すが都合良く余った布地がある筈もなく、自身の着るシャツを代用する手もあるが私の上着に替えがない為却下する。夕食後に嬰児が催した為岩場に駆け付け、失敗し、途方に暮れた所で後方の様子を顧みて頼り甲斐のある人が居ない現実に落胆した。出掛けて行った人達は未だ一人も帰らず、焚き火の周りには昼間の四人のみ、山田さんの姿を捜すのも虚しく岩場を一段下りて穂の千切れた植物の傍に座り込む。全裸の嬰児が夜風に中らぬよう上半身を使って夜気から護った。

 下段の岩の終わりの地面と接する箇所に尻を置き、昨晩と打って変わって分厚い鉛色の不躾な雲に覆われた夜空を見上げ、星に興味は無いが見えないと寂しく思われて、小学校の授業だか学研の付録だかで貰った星座早見盤を思い出した。授業で自分の誕生した年の夜空はどうだったと調べ、興味を持った友人の付き合いで小学校の高学年用の図書室の星座の御伽噺を繙閲し、友人の星好きに磨きがかかるのを見届け、他の友人の中学生になったらと言う言葉に既に倦怠気味の翔子が公立に天文部は無いよと言って嫌がった。本日の空模様だけで其処迄を想起すると、二日目にして郷愁に駆られる自身の軟弱振りに閉口する。

 少しの間曇天を見上げて溜息を吐き、何度目かの溜息の途中腹の底に落ち込む音と遠くの稲光に呼気を呑み込んだ。産毛を震わす遠雷に知らず体が緊張し節々が痛くなって泣きたくなった。雷様がいらっしゃるらしい。

 雷は好きと嫌いの二択なら迷わず嫌いを選択するが間に普通とあればそっちを取る。何が普通か知らないが雷の音や稲光程度で悲鳴を上げて逃げ回る程臆病のつもりはないし、抑も天のご機嫌次第なのだから、地上に生きる動物より恐ろしかろうが人間如きに出来る事は高台や樹木の傍に居ない事を徹底するくらいだろう。遥か遠方にて存在を顕示する雷と昼間の羊を比べるなら、こんな平地に来る雷よりも腐臭漂わす羊の方が恐ろしく感じる。雷は気紛れで天の気分だから止むを得ないが地上に生きる羊は天ではなく生きている羊で、突然寝転がるし鳥肌が立つ程の不気味な鳴き声を上げるし、その度に私が叫ぶから食道か気管が裏返しになる日も近いだろう。

 泣きたくなって滲み出た涙を上腕で拭い、気分転換に昼間の喧しい二人組の歌を思い出した。内容がお経か何かなのは明白で、仏教徒と言っても葬式等の儀式─イベントではなく儀式である─の折にそれらしい装置や装飾を見て物珍しがる、信心とは無縁に等しい日常を送る私が一度耳にしただけで歌詞を暗誦するのは困難で、第一歌詞を思い出す事にも難儀する程だ。歌詞の暗誦は到底不可能だった。

 少し気持が上昇し雷の行方も気にならなくなった時、人の気分を地獄の底の針山にでも叩き落すかのような爆弾を投下する阿呆が現れた。

「何で梅干しだったの?」

 声に嘆息して振り向けば意外と近くにハオが居た。

 人様の返事も聞かず歩み寄り、意外と近くに座って頬杖を突いてこちらを見遣る。

「知らないよ、言ったら何故か梅干しになったんだ」

 不意に肩口で切り揃えた髪の先が揺れて頬をくすぐった。頬骨の出っ張った辺りに熱を感じて身を引くと熱が追っ掛けて来た。

「止めろよ、熱い」

「あれ、思ったより驚かないね」

 夜陰に紛れ見えないがきょとんとした間抜け面で居るに違いない。

「思ったよりって、飛び上がって絶叫して逃げ回った方が良いの?」

「それは無様で面白い。でも良いや。だって、人がマッチもライターも無しに火を点けたんだよ?」

「知るもんか。透明な飛行物体に乗っけられた事を思えば、お前の手から火が出るくらいなんでもない。その内水だって出る。その時は是非水芸を披露して、私を笑い転げさしてくれ」

 その瞬間私はこの野郎が心を読める事、この野郎の過去を知る事、この野郎の未来を知る事、この野郎の野望─敢えて悲願とは言わない─を知っている事を思い浮かべた。これらは全て前世の漫画の知識である。だが、現在漫画の登場人物のご本人が目の前に居て、そのご本人のお力と正体を此処に来てから教えられた覚えは無い、知識として知っている事が可笑しい。そう思い至って顔を相手に向けた。

 手掌に揺らぐ火の加減で顔の陰が濃くなったり薄くなったり、闇に浮かぶ顔は青白く酷く不健康に思われて彼の体調が気に掛かった。

 ハオは顔から感情を排し、私の顔を覗き込むように見遣って目を細めた。

「変な空白、でも普通に解る。君は、可笑しな子だね」

 彼の声があんまりにも小さくて聞き取れなかった。すると彼は普通に読めるなと呟いて首を傾げた。

「で、何で梅干し?」

 それを持ち出すか、とうんざりした私はにやにや笑うハオの顔を睥睨して言った。

「梅干しって二つ並べてくっ付けると、脳味噌を正面から見た奴に似ている気がするんだ。君はどう思う」

「さあ」

「そういや、胡桃が脳味噌に似ていて、食べると頭に良いというのは中国だっけ」

「そうだね」

「でも、胡桃の実なのか種子(たね)なのか解らないけれど、脳味噌にしてはすかすかじゃないか」

「そうかい」

「うん。君はどう思う」

「脳を引っ繰り返したら、存外似ているかもしれないね」

「脳味噌を引っ繰り返して見るくらいなら、実だか種子を取り出した殻の方が頭蓋骨に似ていない?」

「うーん」

 とハオは腕組みして思案し、それを眺める私は何故彼が馬鹿げた話を続けようとするのかを考えていた。

「梅干しだって、脳味噌に似ていると思うけれど」

 私がそう零すなり、いや、と彼は反駁した。

「胡桃は一つで脳に似ているけれど、梅干しは君の言う通り二つ用意しなければならない。第一胡桃はそのままでも、梅干しは梅を加工するじゃないか、梅二つをくっ付けても似てないよ」

「それもそうだ。加工して脳味噌に近付けるなら、何でも似てしまう。なら、確かに胡桃は脳味噌に似ているんだね」

「でも、梅は君の脳に似ているから、一概には言えないんじゃないかな」

 一笑したハオは立ち上がり、一雨来るから乙破千代に風邪をひかせるな、と言い置き岩を登って行く。向こうに幕屋を建てたから今日は其処で寝よう、そう言って後ろ姿は全く夜陰に紛れ、辛うじて聞こえた足音も聞こえなくなった。

 一拍置いて私は心に誓った。乙破千代事オパチョの世話が終われば私は用済みで、きっとハオか集団の誰かに殺されるだろう、子育ての心配はあるが、いつか失う命ならいつ失っても問題無い。──あの野郎の顔面に渾身のパンチをお見舞いしてやろう。




生面(せいめん):初対面。一生面。
不屑(ふせつ):物事を軽々しくやらない、重視しない。

 梅干しの会話は実際の兄弟の会話参考にしました。因みに兄弟で話した時は喧嘩に発展しました。
 原作のお蔭で知った事は、登場人物が知ってはいけない、という事ですね。まあ、主人公からすれば現実世界の人間ですが。
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