十字路を真っ直ぐ行って正解だった。同じ制服を着た男女の生徒達が増え、暗渠の蓋が壊れた危ない歩道を行くと、打ちっ放しのコンクリート校舎が普通で無愛想で面白くない面をして出迎えた。四階建の鼠色の建物の正面玄関の手前は中央に樹木を植えた花壇が据えられ、生徒達が腰を掛けたり、花壇の傍に制服の汚れも構わず座ったり、素行が悪いと言うより元来礼儀作法に疎いと見た。自分の教室に行ってもいない生徒が学校指定鞄を地面に投げ、花壇に登って草花を踏み付ける。公立校の生徒の態度なぞ、この程度で済むなら良い方だろう。無視を決め込み正面玄関から校庭に面した一室、職員室目指して渡り廊下を横断し、朝練の真っ最中の部活動を横目に教職員兼お客様用の玄関を潜って、事務の窓口らしき所で挨拶した。女性事務員が顔を出し、用事を尋ねて来る。今日からお世話になります大海原と申します、担任の先生にお会いしたいのですが。
笑顔で応対した女性事務員は頷くなり奥の先生方の塊に一声掛け、暫く待つと壮年の無精髭を生やした男性が来て、君の担任の真静ですと名乗り、生徒用の昇降口に回るよう言われた。教職員用の玄関を出て、生徒用昇降口に回り、私が一年使う事になった下駄箱を教えてもらい、上履きに履き替えて、再度職員室に連れられ色々の説明を受けた。
私の身の上話は生活支援者兼保護者のラキストさんが捏造し、戸籍等の必要な公的書類等の準備も任せい切りで、何を話せば良いかまるで解らないが、慈善団体の援助で生活する孤児と言う設定らしい。設定も何も、事実異世界に家族が居て、異世界で天涯孤独の身の上なのは仕様がない、全く嘘でもないので気も楽だった。あの後、某慈善団体総帥の少女とも話し合い、日本は東京の片隅で暮らす事で問題も一段落し、私の意志を尊重して麻倉家及び関係者諸氏には、私の住所その他情報は一切伝えず、元の世界に帰る日迄、団体のお世話になる事で纏まったのだ。今年三月中旬、当分の間住むアパートに引っ越す為の作業に追われ、荷物の運搬の際に、離れ離れになった末っ子の実況を又聞きして、現代の母の声を聞いた時の様に涙ぐんだ。
* * *
翌日早朝、家政婦の少女お手製のお弁当を朝食に携え、休業中の民宿を発ち、耳慣れぬ駅名を冠す駅舎の屋根を認め、大都会と言うには鄙びているが田舎と言うには繁華な駅前の街並みを見回して、電車に乗り継いでの遠出に心踊らせる風の末っ子の手を取ってふんばりヶ丘駅の本屋を潜った。内装は簡素で無愛想、又駅構内の装飾が華美を極めて目先が煩くては宜しくない、公共の施設等は質素が一番に思われる。構内に踏み入り直ぐ右手に切符の券売機があり、色違いの券売機が並ぶ所を見て、どちらが私鉄かそれ以外か見当もつかず、電車好きの地元民の弟さんの行動を注視し、同じ事をして切符を買った。一先ず東京駅へ行く事が昨晩の会議の結果で、本当は御茶ノ水から総武本線に乗れば良いが、昨日内緒で末っ子と本屋に行って地理と駅名の確認をした限りでは、私の地元の名称が可笑しくて、周辺の地名駅名も可笑しく、全部覚え切れなかった。精々現代の地元と思しき名称の土地と駅名と二つ手前の駅名を覚え、持ち帰って行方不明の私達の身を案じて暴れていたハオに怒鳴られた。
券売機で切符を手際良く購入し、自動改札口を抜け、電光掲示板を見上げ番線を確認し、上下に分かれたホームを階段の上り下りで行き来し、人任せで何番線か判然しない、地面の荒れたホームに立って電車を待った。昨晩同様、末っ子の傍を離れぬ糞爺の長髪が構内に吹き込む寒風に煽られ翻り、人様の手の甲を掠めて鬱陶しく、只頭部の高い位置で括る程度だと、毛先が自由奔放に靡くから甚だ迷惑だ。私達の乗る電車の到着時間迄、後十五分近くある。邪魔だよ、と一声掛け、小首を傾げる糞爺を椅子に座らせ、猩々緋の髪紐を解き、真っ直ぐの黒髪を手櫛で梳きながら項の辺りで三つ編みにしたい旨を伝え、勝手に髪を三束に分けた。癖が付く云々の抗議を黙殺し、丁寧に編み、余り編み過ぎても髪紐が解け易いから適当に止め、当人に結ばせる。前髪も後ろ髪に纏めて編みたいが、引っ張られる感覚が嫌だと言うので止めた。
時間が来て私達の待つ電車が構内に非常な速さで滑り込み、段々速度を落とし、間も無く完全に停車して銘々乗って座席を探すが見当たらず、壁際に居並ぶ乗客の前の吊革に掴まって、本来の停車時間は知らないが五分も経たず発車した。自身の腰に届かぬ背丈の末っ子は、私と糞爺事ハオの間に陣取り左右のズボンを握って踏ん張って居る。線路の継ぎ目や曲がり角で前後左右に半身の揺れる様子を見るに見兼ねた婦人が隅に居て、早朝の混雑でない異常な混み具合の車内で腕を伸ばし、之を見兼ねた他の私達に近い婦人が、隅の婦人の事をお教え下さり、隅のご婦人に何事か尋ねると危ないから子供を此処に座らせなさいと席を立った。申し出を有難く受け、末っ子を座らせ、態々席を譲って下さったご婦人に、頭を下げる隙間が無いので何度も謝辞を述べた。
現在時刻は不明、太陽は中天に掛かる手前、そんな長時間もの間乗って居たか知らと思案投げ首、思い返せば人身事故の放送が流れた様な、異音感知の急停車の放送が流れた様な、人の保護や車体の検査に時間を食い、当初の時間を大幅に過ぎて終点東京駅に着いた。前世現代の東京駅の近代的様相の差異は鉄道好きでない私に区別がつかない、特段反応す可き目新しい物も無いので無関心を貫く。番線が違えばホームも違う、地元直通の電車は現代にも無い、一度千葉で降りて地元行きの電車に乗り換える。総武本線の千葉行きの電車を探し、ホームに立ち、朝御飯のお弁当を食べていない事を思い出した一同は椅子に腰掛けてお弁当の蓋を開けた。具の判らぬお結び一人二つ、おかずは玉子焼きに煮物に色々、和風の内容だった。
朝食兼昼食のお弁当を平らげ、と言っても私と末っ子は食べ終える前に電車が到着してしまい玉子焼きを二切れ、お結び一つを残し蓋を閉めた。そうして総武本線は各駅停車千葉行きの電車に乗り込み、今度も座席に空きは無く、我慢して末っ子は私とハオの間で踏ん張り、時折疲れ顔で見上げて来るので抱き上げる。各駅停車なので体感時間一分にも満たない内に逐一停車し、一駅一駅を過ぎて、終点千葉駅まで突っ立って居た。途中空席が出来るか期待したが、中々皆さん席を立たない、到頭終点に着いて降りて、又地元行きの電車を探しに天井に下がる電光掲示板の文字を追った。私の地元を通過する電車は全て各駅停車で、快速電車は一つも無い、その事を伝えると弟さんが苦く笑った。
昼過ぎに下総は茨城県寄りの地元目指し、一行を乗せた電車は十数駅或いは二十数駅に停車しつつ進み、後で知った特別急行なら地元駅を過ぎるが停車する主要駅で降りて戻れば、各駅停車での乗車時間一時間半を一時間弱に縮める事が出来る鉄路を、馬鹿正直に一つ一つ停まって一時間半掛けて帰った。私の地元を通過する電車は何処回りと床回りの二つ、間違え易い其処回りと底回りの二つはとある大規模施設に行く人達が多く、現代の母は過去に帰宅の為の電車で何処回り床回りを間違え、其処回り底回りに乗り終点迄行き、地元駅へ行く上リ電車に乗って帰って来た。無駄にお金を使ったと、爾来電車を嫌い、自動車を好んで、高速道路に詳しくなって国内旅行の計画を立てるようになった。
私達一行は何処回り床回りを間違えず乗り込み、輓近都会の電車では見掛けぬ座席を見付け、家郷の風景を想って其処に座った。壁に沿い内側を向いて座る造りでなく、仕切りのある四人掛けのボックス席だ。窓際に末っ子を膝に乗せた私、隣に末っ子の遊び相手のハオ、私の向いに保護者ラキストさん、ハオの向いに兄を心配する心配性の弟さんが御輿を据え、子供の甲走った笑声と電車の線路を滑る音以外物音がしない車内で、一時間半の間押し黙って居た。一時間半後、耳慣れぬ駅名の、しかし地図や電車早見表等で何度も確認し地元と判明した駅に着き、軽い足取りでホームに降り、反対側のホームにある本屋をつくづく眺める。記憶と違わぬ本屋に郷愁を煽られる。
階段を上り陸橋を渡って反対側に来て、田舎の駅のくせに生意気な自動改札口を通って数年振りの地元駅の前に出た。時刻は三時半の一寸前、全員で私の実家に行くか合議し、結果保留となり、十五分許り歩いた所の大型店舗内のゲームセンターに寄って記念のプリクラを撮る事になった。無論私の我が儘である。実家は大型店舗と反対方向に行き、徒歩二十五分で着く。本当の道筋を誰に教える事無く大型店舗の方へ皆を引っ張り、休日は地元の学生達の遊び場と化す建物に遣って来て、異国の大地の大自然が人生の記憶の大半を占める末っ子は騒々しいゲームセンターすら新鮮で、私の手を引っ張り積極的に遊び倒そうとした。四階建ての建物の三階にあるゲームセンターの手前のエスカレーターで、耳を劈く騒音に辟易した風の弟さんは階下の喫茶店で待つと言って逃げ腰だったが、私達を追ってエスカレーターを駆け上る兄を追い掛け、渋々騒音の塊、糞餓鬼の魔窟に飛び込んだ。
最初末っ子も耳を塞ぎ顰蹙気味で、しかし順応性の高い御蔭か直ぐに電灯の明滅する機械に夢中になり、両替を終えたラキストさんから四百円を頂戴した私達は最奥のプリクラコーナーに向かい、現今の機械は機能も性能も大差無いと言う料簡で、手近の機械の垂れ幕を撥ねて中に入る。真っ白の電灯が目に痛い空間の真ん中に立ち、お金を入れ、普段幼馴染の翔子や他の友達任せの機械を操作し、末っ子と二人で三回くらい撮った。後は落書きと、垂れ幕を撥ね上げ機械の外に出て、落書きする為の垂れ幕で仕切った空間に、背丈の足りない末っ子を抱いて、選択した写真に色彩豊かなペン等で落書きした。本来はこの後、ハオ達も一緒に撮る可きなのだが、本日の私の腹案は異なり、一緒に撮るのは私を抜いた三人だ。末っ子とハオと弟さん、弟さんの持ち霊がお侍様と聞くから、写真なら写るか知らと懇願して機械の中に仲良く納まって貰う。保護者は保護者らしく機械の外に待機する事は諒解している、故に保護者の同行は仕方ない、諦めて保護者を煩わして、異世界の実家の住所を訪れるとする。
「オパチョ」と私は末っ子に言った。「ハオや葉さん、ママや葉さんの持ち霊と一緒にもう一回撮っておいで。写真なら幽霊も写るかもしれない」
胸元に後頭部を押し付ける末っ子の矮躯が震え、さすが数年間を共にした家族、姉貴分の世話係の思考を読心術無しで感じ取り、肩越しに私の顎を仰ぎ見て不安げに言った。
「あとで、ハオさまとアユムと、とる」
「お姉ちゃんの最初で最後のお願いね」
末っ子は団栗眼を揺らし、大きく頷いて了承してくれた。
内心末っ子を実家に連れ帰れたら、と思う。しかしハオの事も又大好きな末っ子は、必ず知恵熱を出す程苦しむに違いない。姉貴分として、世話係として、可愛い子供の苦悩する様を見たい者は居ない、解決策なぞ世界が違う時点で無い断言出来る。都合の良い事は漫画本等の物語の中の話で、現実に起こる奇跡は本物の奇跡だから、起こる時を待っては解決しない。大会の終了間際、母子の再会の場面から決断は迫られ、時間は止まらず、私はハオに末っ子の将来を任せる事に決めた。金環の無い末っ子は遊牧民の一家の下で遊牧民に帰化する可能性は低いと思われ、ならば昔自分を男親と称したハオに一任し、私は役目から逃げる。五歳に満たない子供の記憶力を侮るのは後悔の基だが、此処は五歳の子供の記憶の曖昧さ、百年近くの人生の最初期の記憶と言う事で、時間が解決すると信じ、末っ子に忘れられる、或いは只の憎い思い出になる事を選んだ。と偉そうな事を嘯くが、本心は忘れられたくないし、憎まれたくもない、だが実家に帰る機会が遣って来た場合、私は一方を捨て一方を選ぶ、と言う思い切りの良い決断を出来ない自信があった。
機会が訪れた時、懊悩の末の自身の選択は、家族からの逃亡である。即ち、死。死ねば現代の家族に霊能力は無いし、異世界で死に、異世界の魂の還る場所に飛び込めば、経験上の屁理屈は否めないが魂の状態の私は砕け、後は知らない。異世界の魂を、又別の異世界の神様が直せるとは思われない。完全なる自殺だ。一方の家族を選べぬ以上止むを得ない、この選択は基本的に柔弱精神の私が自分自身の為に案出した答えだった。末っ子から逃げ、遠い未来に現代の家族の許に帰還したとして、私は家族を天秤に掛けた事実を恥じて皆の顔を真面に見られない自信がある、予感もする。人は之を罪悪感と呼ぶかも知れない。
落書き後に印刷を終えた写真を取り出し、末っ子と顔を突き合わせ写り具合を見て、平生顔付きは曖昧で目付きも模糊とした常時寝惚け眼の弟さんが、珍しく生気溌溂とした顔で手元の写真を覗き込むので、私は腹案の写真撮影を提案し、後で心霊写真を見せて欲しいと言って三人を機械に押し込んだ。保護者を除く子供達の姿が垂れ幕の向うに消え、慌てる事無くカウンターの職員の女性に鋏を借り、末っ子と撮った写真の最も大きな一枚を切り出し、摘まんで顰めっ面の保護者を振り返った。彼も心得たもので、お侍様の気配が無い事を前置きして実家の住所を尋ね、阿吽の呼吸とも違うが相互の機微を悟り、機械の中の三人に一揖してゲームセンターを出て、建物を出た。
駅の見当に戻り徒歩二十五分の実家を目指す。過疎化の進行により後継者問題が勃発して閑古鳥が鳴く商店街の看板を見上げ、異世界の魂の故郷の中で唯一の異物の安置室として使われた町並みに酷似した景色を見回し、煎餅屋の前で、列車の迎えは此処で来た、と保護者ラキストさんに軽口を叩いた。端から端を歩いて、本屋の陳列棚を見て商品を覗きたいと思ったが、いつ幽霊の捜索隊が来るとも知れぬ状況を顧みて諦め、大人しく看板を潜り抜けて一路実家を目指して道幅の狭い往来を、時々進行方向から来る自動車を避けつつ直歩く。直に見慣れた歩道に出て、十字路で左折すると、小さい十字路があって、真っ直ぐ行き、人家と人家の間に野菜畑を見て、或いは人家の裏に荒れ田を見て、乳鋲を打ち付けた懐かしき門構えを進路に認めて駆け寄った。
向いの民家は幼馴染の家、斜向いの家は彼女の母の又従兄弟か大分遠縁の家族で、沖縄土産を貰っていないなと思った。取り敢えずは自身の問題、年中開け放した門を潜り、玄関の前に立ってラキストさんを振り仰いだ。行方不明中の言い訳は自分がする、私は辻褄が合う様に会話に交じり、家族の了承を得られたら後日改めて今後についての話し合いの場を設けたい。保護者ラキストさんの言葉に頷き、直後自身の抱く不安の発露を兼ね、自身が先に口を開いた場合は自身の言葉に合わせ相応の演技をお願いした。彼は怪訝な顔で頷き、呼鈴を押し、耳慣れた鈴の音を聞きながら溢れそうな水気を制し、家人が三和土に下りる音に気を引き締めた。
引戸が開き全く見覚えの無いご婦人が応対し、何方様、と言うので、保護者の機先を制して、此方は大海原さんの御宅で宜しいですか、と尋ねた。ご婦人は知らない違うと言って当惑顔で外国人の大男と日本人の小娘とを見比べる。その様子で万事心得た。
その場のいい加減な住所を尋ね、間違えた云々釈明して、保護者の大男ラキストさんの手を引いて見慣れた門を出た。商店街の見当を歩き回り、軈て足が疲れて機嫌が悪くなり、十分許り歩いた先の国道沿いの薬局でお茶を買って水分補給した。参りました、と私は言うが、ラキストさんは黙って壁に凭れた。
「私は、誰も知らない家族が実在します、でもこの世界の何処にも、この世界の魂の故郷にだって居ません。この世界の家のある場所に帰ったら、行ったら、元の世界に帰れるか知らと思いましたが、参りましたね、全く意味が無かった」
壁に凭れた儘ラキストさんが言った。
「麻倉ならば、お前一人増えた所で何の問題もあるまい。戻ろう、ハオ様が心配してらっしゃる」
「だから、ハオに帰って来て貰ったのです。だって、オパチョの事があるし、彼が居れば、子供時代に寂しい想いなぞしません。私はオパチョと、元の世界の家族を選べなくて、逃げたんです。これから逃亡生活ですよ、弱りました」
そうして体感時間で一時間、一天暮色に染まる時間帯を見てもっと時間が経っているように思われた。二人揃って薬局の駐車場の隅に居座り、緘黙して空を眺め往来を眺め、西空の地平線より中天に近い縹色の空を見詰めて、知らず垂れた洟を啜った時、深々と溜息を吐いたラキストさんが言った。
「メイデン様に御許しを戴いた、私はXーLAWSに復帰する。XーLAWSは慈善団体として平和活動を続け、組織を維持する事になる。手始めに寄る辺無き子供の生活支援を行い、冷たい雨風に震える子を減らすとしよう」
「物凄く、有難いお話しです」と涙声で言って洟を啜った。
その後薬局で手紙一式、ペンを一本購入して一筆認める。末っ子宛の手紙に、今迄手首に巻いていた首飾りに加工されたママの一部を仕舞い、ハオ宛の手紙にはある種母の形見だが家族の形見は身一つ有れば充分で、末っ子の涎跡が斑を作った髪留めを仕舞い、淡色の兎の絵が描かれた封筒にそれぞれ入れて封をした。プリクラは手紙一式等を購入した際、商品を纏めて入れたビニール袋に仕舞う。手紙はラキストさんに託し、私は国道沿いのファミリーレストランで人を待つ事になった。慈善団体となる組織の幹部が一人、日本に残って居るそうで、その人を迎えに寄越すから待って居ろ、と言う。
保護者改めて生活支援者ラキストさんを見上げると、彼は目を剥いて狼狽え、山田さんの様に人様の頭を撫ぜて行ってしまった。ふと顔を横に向け、目に飛び込んだ光景に自身も驚いた。薬局の窓枠の銀色の鍍金が剥げ掛かった箇所に映り込む人の顔は、鏡を見なくなって久しい自身の顔に間違いない、蓬々と伸びた黒髪が顔の横を覆って顔色が一層悪く見える。濃褐色の両目を見開いた、顔面蒼白の私が其処に居た。
* * *
予鈴が鳴り、担任の真静先生は出席簿と他道具を抱え、新しい生徒の私を伴い教室に向かう。三年生の教室は前半クラスが一階にあり、後半クラスが二階にあるそうだが、全部で何組あるか、私は知らない。私の教室は一階らしく、階段を登る事無く職員室から遠い廊下を歩き、建付けの悪い引戸を開けて中に入った。
真静先生の後を行き、教卓の脇に立ち、真静先生が私の名前を黒板に書いて自己紹介するよう言った。言われる儘に通り一遍の自己紹介をして、同級生達の等閑な拍手を貰い、指定された席に座る為に二つずつくっ付けて並べた机の間の通路を闊歩する。当面の席は、机を二つくっ付け並べた三列の内の真ん中の最後部、女子生徒の隣が空いている席があり、迷わずその席に腰を掛けた。
隣席の女子生徒は黒髪でなく若干色素が薄いのか、毛髪が傷んでいるのか知らないが、焦げ茶色の頭で、顎を少し越す程度の快活な性格を思わせる髪型だった。濃褐色の双眸が暗い光を放ったと思うと、次の瞬間には精彩を放ち、最初が肝心と自身に言い聞かして私は挨拶した。気軽な口調で言ったつもりだ。
「大海原歩です、宜しく」
女子生徒も煩い程明るい笑顔で応えた。
「こちらこそ、宜しく。あたし、谷山麻衣」
斯くして、物語は無情に続く。
愛別離苦(あいべつりく)
:家族、愛する者と死別、生き別れる苦しみ。
空谷跫音(くうこくのきょうおん)
:寂しく暮らす中の来訪者を迎えた喜び。
(意訳?
:御免なさい。最後の新キャラの登場の事です。)
こんな心境。
徒歩何分とか言いますが、注意:主人公は歩くのが速かったり…何て。
因みに、一陽来復の意訳(?)は、オパチョの将来の安泰、男親(保護者)確保。ハオが救われたとかじゃないですよ。