生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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 題名の四字熟語は造語です。
 転生したって現代では子供なんです……。


第八話:痴獃侈放

 それは太陽の昇る回数を数えはしない所為で判然しないが一行と幕屋で過ごして一ヶ月は経過したであろう頃、茫漠とした曇天を見上げ、普段出掛けている人達が時折帰って来てハオの許でごそごそする様子を横目に欠伸を連発し、その一瞬を見計らうかのように平生大人しい嬰児がむずかるので一段下の岩場へ避難した。其処に座って何をする事も無く空を眺めるばかりで退屈だが、嬰児の世話以外に役目が付与されても困るから退屈は退屈なりに満喫させて頂いた。

 そんな日が三日連続で続き、移動する手間に目を瞑れば私に不満は無いが、外出先から何やら持ち帰ったらしい人達は一散にハオの許に殺到し、暫くすると嬰児の機嫌が悪くなり世話係は移動を余儀なくされた。数十日の滞在で発見した岩場の陰と自身の貧弱な体の収まる窪みに避難し、食事時に必ず現れ、追っ払わない限り岩陰に寝転がっていつ迄も動かない羊と共に暮色の迫る濃色の空の下、時々響く嬰児の泣き声に辟易しながら夜の気配の色濃い中天を見上げた。

 四日目、その日は誰も帰還せずに昼を迎え、昼食に呼ばれ腰を上げ、羊を従え焚き火の方へ歩み寄り、ハオの真向いに座るのは不愉快なので少し外れて座る。まだ心を読める事実を教えられていない為、彼の柔和な笑顔と腹の底の真意を突く事は許されない。

 態と横に外れた事はご承知のようでラキストさんに後頭部を引っ叩かれた。此処一ヶ月の間に随分遠慮の無くなった彼は、当たり前の顔で人様の頭を叩く。これが花組なら既に私はこの世に居ないだろう。先日の対話も何も無い恐怖の邂逅─私を捜していた花組の目線だと異なるが多少の語弊は見逃して頂きたい─は記憶に新しく、共同生活の上での衝突は避けられまい。この一件はハオに報告済みなのか、当日幕屋に戻ると花組の件を追咎され、腹が立った事も鮮明に記憶している。

 ふと思い付いてしまった案件に怒りが再燃し、焚き火の前に胡坐をかいて破顔する野郎を睨み付けた。私の積日の怨念の籠もった視線に気付いたかお得意の読心術で偶然だったか興味なぞ皆無に等しいが、ハオは顔を上げて眼光鋭く見据える私と目が合った。すると野郎は食事に心躍らす無邪気な笑顔から一転、人様を小馬鹿にした笑みを浮かべた。いや、小馬鹿と言う生優しい言葉で表現しきれる顔ではない、奴は私を暗愚と盛大に嘲ったのだ。被害妄想甚だしいと思われるも宜しい、奴の笑顔を真面に見た者でなければ伝わらないこの無情な態度、終生忘れてやるものか。

 この時私は改めて誓った。奴をこの手で殴る。断々乎としてやって退けてやる。

 視線が搗ち合ったのは数秒で、先に目を逸らしたのは私だが断じて野郎の気根に根負けしたのではない。

 鼻息荒く顔を背けて憤然と胡坐をかく私の背後に嬰児のお乳を済ました羊が嗅ぎ慣れた腐臭を漂わして転がり、メエだかベエだか一鳴き、以降口を挟む真似はせず直に寝息を立て居眠りを始めた。決して積極的に嗅ぎたい訳ではないものの、この羊の体臭も慣れれば泥塗れの毛に誤って顔を突っ込んでも晏如として嗅いで居られ、輓近羊の傍は自身にとって安全地帯であると気付いた。

 羊の傍が安全な訳は、やはり嬰児にお乳を分けてくれる事が要因と思われ、特に花組は羊が傍に居る時はこちらに見向きもしない。私が嬰児を抱き一人岩場等で隠々と空を眺め広野に祖国の風景を描いている時は、人の背中を睨み殺気を放つ。最早凶器の一種たる殺気に悪寒が走り、羊が来ると霧散する。動物の羊の危険を察知する本能を刺激しないよう、彼女達なりの動物への気遣いと思われた。

 今日は花組、月組、吸血鬼にブロックを着込んだ小男、不思議と会う機会の無い山田さん、土組のギター担当の人が不在で、昼間の焚き火を囲む顔触れは自称未来王にその腹心と賑やかし担当と新鮮みに欠けた。私の両隣は賑やかし担当の二人で未来王の左に陣取るのは腹心のラキストさんである。

 昼食の内容はよく解らないが平べったい乾物が並び、喉を潤すにしては極微量の飲料水があるくらいで質素を通り越した貧乏と表するのも躊躇する粗末な物だった。しかしこれはこれで御馳走なのだ。粗末と思うのは飽食国家に生まれ育ち、真の不自由とは何たるかを体験する機会すら無かった深窓の令嬢の私の私見であって他四人の意見ではない。

 嬰児を足の上に寝かせ空いた両手で合掌、行儀よく戴きますと挨拶して手近の乾物を取って齧った。唾液と混ざって甘味があり、正直乾物全般が苦手な私だけれど、唯一好きな干し芋と思えば美味く感じる。

 鼠宜しく硬い食べ物を齧って前に座るハオを見遣ると三日間も連続した一行の話し合い、つまり冒頭の外出から帰った人達が彼の許に殺到する現象を思い出し、特段問題無かろうと決め付け尋ねる事にした。こちらは把握しておきたい正当な理由として嬰児の機嫌が急速に悪くと言う難件があった。

「一寸いいかな」

 と私が言うとハオが顔を上げる。彼の言葉を待たず私は続ける。

「前から気にはなっていたのだけれど、山田さんとか他の人達は何処に、何をしに行っているの?」

「何処かに、魂狩りに行っているのさ」

 と私の問いに対し返答に窮する事を言ったのは、勿論ハオだ。

 彼は乾物を咀嚼しながら水を一口口に含み、又よく噛んでから嚥下し、そっか、と呟いて続けた。

「知らないっけ、歩(あゆむ)は」

 彼は初めて私の名前を呼んだ。

 彼の言葉に首肯しつつ、内心山田さん以外の人達に名乗った覚えがないと驚愕の事実に狼狽していたが、名乗った覚えの微塵も無いハオに呼ばれ、少なくとも今居るラキストさんや喧しい二人組に名乗る必要が無くなったと思い直して、普通の人なら名前を知る事を疑問に思って指摘するだろう瞬間を聞き流す事に決めた。

「知らないね。教えてもらおうにも、山田さんと会わないし」

「まあ、聞かれてもダマヤジは答えないかもね」

「そう。まあ良いよ、今、君に聞くから」

 そう言うとハオは破顔一笑、水を一口飲んで頷いた。

「で、魂狩りなんて、随分物騒な事をしているんだね。何を狩るの」

「魂さ」

「文字通りの魂で良いのかな」

「うん」

「何の魂を狩って、その魂をどうするの?」

 それは皆が帰って来て君の所で何かするのと関係あるのかな、と首を傾げて相手を見詰めた。

「関係あるよ。彼らの狩って来た適当な人間共や霊は、スピリットオブファイアの御飯になるんだ」

 私は彼の持ち霊の名前が出て来たので顔を顰め、嬰児の不機嫌になる理由に見当がついて閉口した。

 ハオは目を細めて微笑んだ。

「どうしたの」

 ハオは言って、片膝を立てて肘を突き手掌に頬を乗っけて私を見据える。

「いや、人を狩って、魂を御飯にするって残酷だなって」

「君の今の食事も残酷ではないの?」

 と笑みを引っ込め言った。

 隣のラキストさんは構わず食事を認めている。私の両隣の常は喧しい二人組も静観しているらしい。

「……そうだね。スピリット……」

 言い止し目を瞬いた。前世の記憶に違いないが間に現代の記憶が蟠踞している為、原作の子細は憶えておらず、大雑把な物語の流れと一部の登場人物の名前と過去と能力、一部の登場人物の原作の顔と所属先くらいしか憶えていない事に気が付いた。

 今日中に主人公と関係者は思い出せるだけ思い出そうと決心する。

「オブファイア」

 とハオが補足する。

「にとっては大事な食事だね」

「そうさ。でも、君にとっては残酷なんだろう」

「……今のは私が悪かった。御飯を食べる事を残酷と言ったら、私は餓死するか点滴で栄養を取らなきゃいけなくなる」

 しかし彼の持ち霊に定期的な食事は必要だったか、記憶が曖昧だから言及は出来ない。一応霊体と言う奴だから不要だろうが、私は彼らの正体を知らない筈なので黙っている。

「残酷と意識して御飯を食べていたら、自分が参ってしまう。食事って、食べられる側からしたら酷い話でも、食べる側から見てもやっぱり死活問題だものね」

「うん、別にそう必死に弁解しなくとも良いさ。解ってくれたなら良いよ」

 ハオは笑って食事を再開した。

 私も止めていた手を動かし乾物を胃に押し込み、少ない水を食べ滓ごと飲み込んだ。

 足の嬰児の重みを感じつつ、その持ち霊の食事の時に不機嫌になる者が居る事を如何にして伝えるか、口頭か文書か将又心を読んで察してもらうか、恐らく彼の御家芸に頼る事になるだろうが、他に術はないかと考える。

 考えて、そうしてまだ知らない事になっている彼らの目的や正体を聞いていない事実に想到した。

「でさ、もう一個、君含めて皆、一体何の集まりなんだい?」

「遅(おそ)!」

 と両隣の喧しい二人組が同時に喧しく言った。

 ええい、喧しい。




痴獃(ちがい):愚かな人。
侈放(しほう):我が儘で贅沢な事です。

 因みに花組の件では、ハオは別に主人公を責めていません。主人公の被害妄想です。
 第一章でハオ達の正体、シャーマンである事くらいは共通認識としたいです。
 後、此処で補足す可きではないのですが、スピリットオブファイアについて何も言わないのは主人公が持ち霊と解っているから。だからハオ達から見たらとても不自然な奴なんです。でも赤ん坊の世話だけだからいいやと放置されている…。
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