「人里に連れていってほしいの」
「今、何と言った?」
「二回も言わせないでほしいわ」
「お前の頭がおかしくなったのかと思ってね」
「ひ、と、ざ、と、に連れていってほしいの」
「引き籠りすぎてとうとうおかしくなったのか?」
「気分が変わることだってあるでしょう?」
「だとしても、何でお前みたいな奴を私が案内しないといけないんだ」
「貴方以外に頼める人なんて居ないわよ」
「『そういわれて嬉しいよ』なんて言わないからな」
「嘘でもその口から実際に聞けて嬉しいわ」
「余計なお世話だ」
「まぁ『頼み』というよりかは、『私が勝った対価』として聞いてもらうけれど」
「そもそも、私だってそれほど里に詳しくはない」
「負けたのだから素直に受け入れなさいよ」
「くっ……」
大体300~400年前ぐらいだったか。この竹林に辿り着いてから暫く経ったとき、心の奥底から憎んでいる宿敵と再会した。その名を、蓬莱山輝夜という。ここ幻想郷や外の世界では「竹取物語」という話の登場人物として知られているらしい。一体、何がどう面白くてこの時代まで語り継がれているのだろうか。そもそも、何故語り継ごうと思ったのだろうか。
あいつのせいで、父は傷付けられた。あいつのせいで、私は今でもこの世に存在し続けている。あいつのせいで、これから永遠の時を過ごさなければならない。
あいつと再会してから、かなり頻繁に殺し合いをしている。モヤモヤするときに私が殴り込みに行くこともあるし、ばったり会ったときにやり合うこともあるし、ごく稀にあいつから来ることもある。その点今回は、ごく稀な例に当てはまるだろう。でも、私はあいつを憎んで殺し合いをするのに、あいつはどこか達観していて、面白半分であしらうように私を始末しようとする。そんなあいつが私は、嫌いだ。あいつさえいなければ……!!
少し前にあいつにも天罰が下ったようで、博麗の巫女に懲らしめられたらしい。確かその日は延々と夜が明けなかったが、あいつは一体何をしでかしたのだろうか。珍しくあいつがヘマをしたから嗤ってやろうとしたが、私の持っている情報ではほとんど何も言えなかった。
そう、天罰だと思っていた。思っていたが、どうやら永遠亭の連中にとっては案外そうでもないようだった。つい最近から里の人間の治療も始めたらしい。あれだけ厳重に永遠の魔法をかけ、外部との接触を断っていたのに、急にそれを解いて社交的になってしまった。今までの態度から考えると信じられないが、何があったのかはよく判らない。少なくとも連中は、素直にこの変化を受け入れているらしい。
私自身は、人間と関わるのを極力避けてきていた。とはいっても、ここに迷い込んだ人間を竹林の出口まで送り返すということはしていた。見つけたからには放っておけないし、家の近くで死なれても困るから。それでもやはり、他の人間と関わる機会はそうそうない。あいつや永琳なんかは人間というより月人だし、鈴仙ちゃんやてゐも人間ではないから。
人間と関わるのを避けるようになったのは、私が不老不死であることに密接な関係がある。私が起こした人生での一番の過ち――蓬莱の薬を服用したことである――を犯してから、私は成長が止まった。不老なのだから当たり前だ。当時は、それが良いことだと思っていた。
不老不死。後先考えずに動いても永遠の時間で何でもどうにかできてしまいそうな魔法の言葉。そう思っていたのだ。思っていたというより恐らく、あいつに対する復讐が空回りした結果疲れていたのか、何も考えていなかったのだと思う。もしくはその両方だろう。当時は小さな人間だったし、なおかつ虚ろな気持ちを持っていた私には、そんな軽挙妄動を止めることなどできなかったのだ。
それから成長しなくなった私は、周りから怪奇の目で見られるようになっていった。いつまで経っても成長しないから妖怪扱いされて避けられ、その結果人前になるべく姿を現さないようになった。
しかし人間は、他者との関わりの中で生きている。私も、もちろんその一人であった。だから、いきなり山奥に籠るといったことはできなかった。身を隠しながら全国を転々として、その場所である程度親しい関係ができては壊れてを繰り返していた。
成長しない、不老不死であることを打ち明け、それを受け入れてもらえるくらいには親密な関係になったこともあった。だとしても、その人自身の考え方が変わってしまったり、周囲の環境が許してくれなかったりした。そしてなにより時の流れが、無慈悲にも私とその人との関係を奪っていった。その後、あることがきっかけとなってこの世を恨み始め、私はほとんどなかった人間との関係を完全に捨て去った。
私は、人間にしては珍しく妖術を扱えるが、多くはこの時期に身に着けたものだ。当時は様々なものを捨てたが、苗字だけは私のアイデンティティの一つでもあるし、あいつに関わる出来事を決して忘れないためにもそのままにしている。
その後妖怪を見つけ次第退治しつづける日々が続き、終いには何に対しても無気力になった。そして三百年ほど何もせず虚無の時を過ごしたあと、
今までにあいつとの殺し合いを幾度も重ねてきた。その前までは存在意義のない、ただただ無駄な日々を過ごしていた私にとって、あの憎い、恨んでいるあいつとの殺し合いは、皮肉にも私の生活を多少豊かにしてくれている。認めたくはないが。
しかし、私達の歴史は動いていなかった。数百年間、殺し合いをただ続けているだけだった。あいつがどう思っていたのかは知らないが、少なくとも私はそれでいいと思っていた。
今、まるでこれまで動いていなかった分を埋め合わせるように、私達の歴史は急速に動き始めている。私はまだこの急速な変化についていけていない。
だがあいつは、急に「私を人里に連れて行ってくれ」なんて言い始めてしまった。永遠亭に千何百年もいたことを考慮すると、それは異常なことだった。何がきっかけとなったのかは知らないが、永遠亭の連中の無駄に高い適応力にも現れているように、その一員である輝夜も常に私の一歩先を歩いている気がする。
それを言うと、永琳も最近は考え方が人間寄りになってきている気がしている。月人以外の人間や動物を見下している節がある永琳が、そもそも人里に向けて永遠亭を開くのがおかしいし、ましてや治療もするなんて驚きだ。永遠亭がやらかした対価なのだろうが、だとしても有り得ない。でも、永琳の輝夜に対する感情は大して変わっていないらしく、相変わらず輝夜には過保護気味な気がする。輝夜と永琳が一体どういう関係性なのか、詳しくは私もよく知らないが、輝夜への忠誠心のようなものは色濃く残っているようだ。
そんな永琳を欺き、今日の日の入りの時、あいつは永遠亭から連れ出してほしいと私に言った。普段から世話になっている従者に黙ってやるなんて、少し不孝な気がするが、まぁいくら言ってもあいつは聞く耳を持たないだろう。
さて、一体人里のどこに連れて行ってやろうか。私にも見当がつかない。
昨日殺し合いをしてから突然豪雨が降り始め、ついさっきまで降り続けていた。しかし、見上げると雲は視界の端に追いやられていて、夕日が輝いている。中止にする良い口実になると思っていたのに、無慈悲にも雨はもう降りそうにない。
私自身、人里にそれほど詳しいわけではない。慧音に会いに行くことはあるが、それ以外であそこに行くことはほとんどない。輝夜もそれはよく分かっているだろうに、何故私に案内させるのだろうか……。とはいっても、あの引き籠りが関わっている奴なんて、私と永遠亭の連中ぐらいだったな。そうすると「貴方以外に頼める人なんて居ないわよ」という、冗談だとしても気持ち悪い言葉は強ち間違ってはいない。が、何か、あいつを嵌めてやりたい。いくら私が負けたからと言って、恨んでいる相手とそう簡単に抜け出して仲良く人里散策なんてしたくはない。二人で人里なんて歩こうものなら、ただでさえ馴染みのない里の人間からしたら、私達は仲がいい二人組にしか見えない。そんなのは勘弁してほしい。
あいつが一番ダメージを負うものは、何だろうか。あいつも蓬莱人だから、物理的な攻撃はほとんど意味がない。そう考えると、精神的に攻撃する必要がある。しかし、あれほど達観していてなんでも躱してしまいそうな奴に、確実な一撃を入れるのは難しい。さて、どうしたものだろうか。
すっかり慣れていてもはや何も感じない道を歩いて、永遠亭に向かっていく。ただ、今回は多少道順を意識して歩く必要がある。あいつは永琳に許可なんて取っていないであろうから、正面からいったら確実に止められてしまうだろう。だから、今日は裏口から忍び込むことにしている。正面突破しようと巧妙な嘘をつこうにも、私が永琳の知能を上回っているとは思えないしね。そもそも、裏口から輝夜を連れ出しても確実にバレるような気はしているが、頼まれた以上はやるしかない。バレた後、私はどうなるのだろう。なにか身体的な罰があるのか、精神的な罰があるのか知らないが、あまり考えたくはない。
そもそも私は、どうして嫌いな奴の家の裏口なんて知っているのだろうか。まるで、本当は仲が良いみたいではないか。そんなの嘘だ。
……もしかすると、あいつは私と仲が良いと一方的に思い込んでいるのではないか。あいつが私で遊んでいるのは事実だが、ただの遊び道具にしては飽きもせず私の相手をしている。どうも、これが正しい可能性は高そうな気がする。そうしたら、あいつの「仲のいい遊び道具」である私が突然消えることが、あいつにとって一番ダメージが入るかもしれない。そうしよう。
かなり前にあいつから教えられた、輝夜の部屋まで短絡的にいける裏口から、永遠亭の中に入る。この裏口は彼女の能力を用いたもので、あいつが意図しているときにしか開かない。そんな歪んだ穴から中に入るとすぐに、輝夜が目の前に座っているのが見えた。相変わらず盆栽を愛でている。
ただの枯れ木。私にはそうにしか見えない。しかしこの木を見る度に既視感を覚えるし、その記憶みたいなものは、何故か私の怒りと恨みを搔き立てるようだ。どの記憶と結びついているのか毎回思い出そうとするが、その怒りと恨みの感情に毎回邪魔されて深く考えられなかった。かといって、家に帰ってから考える程深刻なことでもなかったから、毎度忘れては思い出してを繰り返していた。
その枯れ木の傍に座っていた輝夜は、目線をこちらにちらりと一瞬向けて、すこし表情を緩めた後(気のせいかもしれない)、すぐに盆栽に戻した。
「やっと来たのね」
「やっとも何も、約束通りの時間だろう」
「……信じていたわ」
「今のは空耳か?」
「えぇ。そうね」
「そうか」
「いいのよ。早く行きましょう」
そう言って輝夜は立ち上がり、私より先に歪んだ穴から出ていく。その呑気な足取りに続いて、私も外に出る。
日没してほんの少ししか経っていないが、外は既にかなり暗くなっていて、油断すると地面に時々現れている竹の地下茎に躓きそうだ。一方で、月はまだ顔を出していない。
「それで、本当に抜け出しても大丈夫なのか?」
「えぇ。問題ないわ」
「永琳が見逃しているとは思えないのだが」
「なによ。私と一緒に行きたくないの?」
「どうしてそうなる……。いや、できることなら行きたくないけどな」
「本心は?」
「行きたくない。絶対に行きたくない」
「じゃぁ、何で今私と一緒にいるのかしら?」
「からかうな。そりゃ、私が負けたのだから仕方ないさ」
「ふぅん……」
「絶対に嫌」とは言ったが、こうして馬鹿真面目に約束を守って輝夜に会いに来ているあたり、多分心の奥底では、そうは感じていないのだと思う。ただ、私の表面の部分は輝夜と馴れ合いたくないと言っている。二面性があるようだが、どちらも確かに「私の感情」だ。表面が内部を侵食していくか、その逆か、もしくは絵の具のように混ざり合うのかは、私も少し興味がある。この急速な環境の変化によって、ミキサーのように混ぜられるのだろうか。今は、そんな気がしている。
慣れない道を輝夜の後ろに続いて進み、これから飛び立とうとしたとき、上空からバサッっと音が聞こえた。斜め前方見上げると、林冠に大きな陰が見えた。それを見てふと思い出した。
「クソっ、しぶといな、お前」
「ふふ。貴方も今日はキレがいいわね」
「次で絶対に殺す」
「やれるものならやってみなさい」
確実に輝夜を仕留めるために、念のため少し辺りを見渡した。そのとき、竹林の隙間に見える地平線から微かな黒い陰が猛スピードで飛んでくるのを、私は見逃さなかった。
「……な、なぁ輝夜、あれ」
「そんな幼稚な嘘をついて、どうし……」
「よく見ろよ。不味い。これじゃぁまるで放火犯じゃないか」
「実際放火しているわよ。私はやっていないけれど」
というより、放火云々を騒いでいる場合じゃない。放火犯になろうが私はどうでもいいが、こんなの、あれから見たら二人で仲良くしていると思われてしまう。
そんなこと考えていると、もう既に鴉天狗(恐らく)が私達の目の前に降りてきて話し出した。
「輝夜さんとはこの前お会いしましたが、そのお連れの方とは初めてお会いしますね」
「これは私の幼馴染よ」
「いや、違うけど……」
「いいから名乗りなさいよ」
「藤原妹紅よ。妹紅でいいわ。ところで、貴方のお名前は?」
「おっと、失礼いたしました。私は射命丸文と言います。『文々。新聞』を発行しています」
「なんとなく聞いたことがあるわね」
「本題に入らせていただきたいのですが、今日はお二人で火遊びでもしておられたのでしょうか?」
「私達がやったんじゃないわ。さっき妹紅と歩いていたらここで火の手が上がっていたから、消火しに来たのよ」
「貴方も早く消火を手伝って」
「言われずともやりますよ」
そう言うと、文という新聞記者は、手に持っている変な形の団扇を使ってヒョイッと風を起こし、まるでロウソクに息をフッと吹きかけるように、火を消してしまった。半端な風だったら却って延焼していただろうが、それを気にする必要はなかった。そして文は何事もなかったかのように振り返り、私達に向き直った。彼女は恐らく新聞記者であろうから、ここからが彼女にとっての本業ということになるのだろう。
その予想は正しかったらしく、懐からメモ帳らしきものと筆記具を取り出した。
「この火事についてご存じでないとなると、お二人は出火の原因についてどうお考えですか?」
「出火の原因? そ、そうねぇそれは判らないけど、偶然居合わせたから消火しただけよ。大惨事にならなくてよかった」
「この近くに私の家があるの。そこまで火が広まったら困るじゃないの。それに誰だって目の前で火が出ていたら消火するでしょう?」
「なるほど。では、出火の原因について知っていることはありますか?」
「……た、煙草のポイ捨てかしら。最近の若いもんは非常識なもんでねぇ。平気で信じられないことをしたりするのよ」
「……焼き鳥のポイ捨てかもしれないわね。この辺は焼き鳥のメッカだからね」
「や、焼き鳥のメッカですか」
「えぇ。御馳走しましょうか? 美味しいわよ」
「い、いえ、結構です。……そ、そうですね。聞きたいことも聞けたので、それでは。お、お時間いただきありがとうございました~」
焼き鳥の話題を持ち出した瞬間、文は取材を切り上げてさっさと帰っていった。そんなに鵜吞みにすることなのだろうか。輝夜にしては随分と雑な冗談だと思ったのだが。
その後、文は完成した記事とやらを私の所に持ってきて、また火事について追及されそうになった。このときは「タバコのポイ捨て」と、輝夜が言った「焼き鳥のメッカ」の話を適当にしてなんとか強引にやり過ごしたが、今日に限ってはそうもいかない。新聞記者の文にとっては恰好のネタになるだろうし、どう言い逃れればいいのだろう。このまま無視して横を素通りできないだろうか。いや、文に限ってそうは行かなさそうだ。あぁ、頭が痛い。
「おやおや、こんな時間にお二人でご一緒にいるなんて、一体何があったのでしょうか?」
「飛んでたら偶然会っただけよ。私は焼き鳥でも食べに行こうと思ってね」
「輝夜さん 、妹紅さんを連れてどちらまで行かれるのですか?」
無視された。前回のことがあったから、私をあてにしていないのだろうか。輝夜も大概だと思うが……。
「ふふ。私が『連れて』行くんじゃなくて、私は『攫われて』いるのよ」
「おい輝夜」
「なんと! 妹紅さん、一体輝夜さんに何をするおつもりで?」
「違う! 私はただ、輝夜との約束……」
「約束? 妹紅さんと、あの永遠亭に
しまった。口を滑らせた。おのれ輝夜め……。あのときは「こっち側」だったのに、どうして今日に限って裏切るんだ。
「違う違う、約束というよりむしろ私が……」
「……妹紅が私との勝負に負けたからよ」
「だから輝夜?」
前回は殺し合いについて一切話さなかったのに、どうして今日は誤魔化そうとすらしないんだ。私、何か気に障るようなことでも言っただろうか。
「勝負ですか。具体的に何をしたのですか?」
「焼き鳥の大食い対決ね。そのときは鳥達のハッジがあったみたいでたくさん居たし、調理しやすくて助かったわ」
「そ、そうですか」
結局変な誤魔化しはしてくれるのか。でも、今日の輝夜は味方なのか敵なのかいまいちよく判らないな。というかそもそもハッジって何なんだ。
とりあえず、早く文にはどっかいってほしい。本当の焼き鳥にするぞ。美味しくなさそうだけど。
「……では、焼いた鳥の大食い対決をしてまでする約束とは、一体どういうものなのでしょうか? 見た感じお二人で仲良く夜逃げしているように見えますが」
「言っておくけど、別に仲はよくないから」
「すみませんね文さん。妹紅は恥ずかしがりなものですから」
「は、はぁ……」
文は、前は焼き鳥の話で逃げ出したのに、今日はしつこく粘着してくる。まぁ、前回があまりにも「焼き鳥」のワードに敏感過ぎただけだと思うけれど。
輝夜は輝夜で、やっぱり私の味方ではないし、なんなら今は誰の味方でもない。文も、輝夜の掴みどころのない返答に困惑している。相変わらず輝夜は自分のペースに引きずり込むのが上手いな。
「そ、それで、質問の回答は」
そろそろ本当に追い払いたい。これ以上誤解されるのは勘弁してほしい。ただでさえ誤解されるリスクを承知で里に行くのに、あの適当な新聞にあることないこと書かれたらたまったもんじゃない。
「あんまりずっとついてくるなら、本当に焼き鳥にするわよ」
「……やっぱり以前の火事って貴方達が引き起こしたんじゃないですか?」
「私はタバコを吸わないから、知らないわよ」
「私も焼き鳥は大して好きじゃないから、違うわね」
「……そうですか」
文は諦めたのか、私達の飛ぶ方角から逸れて、一瞬にしてどこかに消えていった。前回と前々回もそうだったが、あの新聞記者は諦るべきときにすぐ諦めてくれて助かる。
「どうして文を追い払おうと思ったんだ?」
「今日は別の用事があるし」
「じゃぁこの用事が無かったらどうなっていたんだ」
「ふふ。どうでしょうね」
「考えるだけで寒気がする」
「そう? 楽しめると思うけれど」
「どこが面白いんだよ」
「貴方と遊べるところかしら」
「『私
「さて、どうでしょう?」
「やっぱり文よりお前の方が面倒くさいな」
「私と話すのがそれほど楽しいのね。嬉しいわ」
「あー。もういい」
「それはそうと……相変わらず、人によって口調が変わるのは気持ち悪いわね」
「悪いか?」
「悪くはないわ。寧ろ、『私が貴方にとって特別な存在』って感じがしていいわ」
「残念だが、お前がそんな存在になることはないな。今までもそうだが、未来もね」
「ふふ。面白いことを言うのね」
「なんだか気分が悪いから、今すぐ消えてくれないか」
「無理な頼みね。貴方、自分が言ったことを覚えていないのかしら?」
「何の話だ?」
「本当に覚えていないのね。『言った側は覚えていない』とはよく言ったものだわ」
「それで、なんなんだよ」
「『誓え』って言ったでしょう?」
「え?」
「私達が出会ったとき。貴方にとっては『再会』でしょうけど」
思い出してしまった。思い出したくもなかった。
何事に対してもやる気が起こらなかった、長いようで短かった日々は、輝夜と再会したときに終焉を迎えた。私は、もうあの頃の状態には戻りたくなかった。あれは、本当に意味もなく、ただただ時間を消費していただけだったから。それを恐れたのか、輝夜と再会したときの私は確か「誓え」と言ったはずだ。そう言った翌日、私は自分の言ったことを強烈に後悔したが、私の中では数百年の時が解決してくれていたらしい。でも、「言われた側」はよく覚えているものだな。
「……そういえば、そんなこともあったな」
「随分思い出すのに時間がかかったみたいだけれど、忘れないでほしいわね。貴方が私に頼みごとをするなんてこと、滅多にないんだから」
「その一回の頼み事が十分すぎるぐらい重いよ。そんな大荷物を背負っているなんて今思い出したけどね」
なんだか私が過去に言ったことがとても不利に働いている気がしていたが、よく考えると、当時は輝夜自身も「誓うわ」と返答していた気がする。それを上手く利用して何か言い返そうとしたが、千三百年も生きている中でその瞬間を詳細に思い出すことはできそうにない。
そういえば、冗談とはいえ、今日自分からその「誓い」を反故にしようとするのは、ほんの少しだけ罪悪感がある。でもそれ以上に、輝夜のせいで今の私が存在して「しまっている」から、この程度どうってことないだろう。
「それで、お前を一体どこに連れて行けばいいんだ?」
「そうねぇ、里でお土産を買いたいし、ご飯も食べたいわ」
「ご飯か……そういえば、ご飯は永遠亭で食べてきたのか?」
「そんなにたくさん食べられないわよ」
「なら、ご飯の時間に輝夜が居ないことぐらいすぐ判ってしまうのでは?」
「まぁ、そうかもしれないわね」
「本当に大丈夫なのか?」
「問題ないわ」
「私が連れ出している以上ある程度の責任は負わないといけないが、あまりにも叱られるのは勘弁してほしいな」
「そのときはそのときね」
輝夜の考えていることは大抵、私には理解できない。まるで雲を掴もうとするような感覚だ。そもそも、その雲が存在するかもよく判らない。
今回もそうだ。何か案があるのか、諦めているのか、或いは考えてすらいないのかよく判らない。
「お土産なぁ。この狭い里にお土産なんてないだろうけど、玩具とかちょっとした工芸品みたいなものならあるんじゃないか」
「おすすめのお店はあるの?」
「だから私も詳しくないって」
「そう。それなら散歩しながら探しましょうか」
「もう日も落ちているから、開いている所はそう多くないとは思うけどね」
「どこかが開いていれば、それでいいわ」
文に付き纏われ、あまり思い出したくない過去を思い出して、適当な話をして移動していたら意外にも時間が経っていたようで、視界の奥の方には家々の灯りと通りの灯りが混ざってぼんやりと輝いている。しかし、この辺りのような里の外縁付近は建物もまばらで、耕作地が広がっている。おそらく、この周辺には輝夜が欲しそうなものを売っている店はなさそうだ。そんな場所の上空を通り、街灯に群がる羽虫のように中心部へ向かう。
滅多に里に顔を出さない人が、いきなり二人で空から降りてきたら混乱を引き起こしそうだったので、中心部を少し外れた所に降り立った。この辺りは人もまばらで、降りるのに丁度よかった。
散歩しながら適当に店を探してみるが、私が探しても輝夜が気に入らなければしょうがないことに気付き、やめる。輝夜自身はよほど珍しがっているのか、首をあっちこっちに動かしながら、通りの左右に広がる家々と店を眺めている。見たところ、飲食店はまだ営業している所が多いが、工芸品や日用品を売っていそうな店は大抵閉まっている。でも、全てが閉まっている訳ではなく、営業している店も中にはあった。輝夜はそのうちの幾つかに入っていき、一通り店内を一周したあと、気に入らなかったのか、すぐに店を出ていった。
そんなことを何度か繰り返したが、輝夜はどの店にも興味を示さない。永琳は最近地上の者に対しての態度が軟化してきた気がするが、輝夜はまだそうではないのだろうか。どうせ、「大したものがないわね」とでも思っているのだろう。
「なぁ輝夜、一体何を買おうとしているんだ?」
「雲外鏡を探しているのだけれど。不思議とどこにもないわね」
「え? 今なんて?」
「二度も言わせないでほしいわね。雲外鏡よ。雲外鏡」
「……」
「なによ」
「お前、想像以上に馬鹿だな」
「どういうことよ」
「あるわけないだろ……そんなもの。ここが月の都だと勘違いしていないか? いや、月にもなさそうだな」
「工芸品があるってさっき言っていたじゃない」
「あれは工芸品なのか……? まぁそれはいいとして、少なくとも人里には無い。里に平然と妖怪が売りに出されているわけないだろ」
「妖怪なら却ってありそうだけれど」
「いや、ないだろ」
「つまらないものね」
「勝手に期待値を高くしていただけだろう」
「まぁ、いいわ。一つ学びを得たということにしておくから」
「それでいいなら、いいんだが」
「逆に、例えば具体的に何なら買えるのかしら?」
「さっきから店の中を見ていただろう?」
「雲外鏡があるかどうかしか見ていないわ」
「はぁ、そうか。本当に呆れるよ」
「それで、どうなのよ」
「質の高い陶器とか壺とか、それか
「じゃぁそこに行きましょう」
「どこだったかな」
「まぁゆっくり探せばいいわ」
悪びれる様子もなく、何事もなかったかのように輝夜はそう言う。心情を隠すのが上手いのか、はたまた本心でも悪びれていないのか、どちらなのだろうか。そもそも、何故雲外鏡を欲していたのか理解に苦しむが、どうせ永琳に変な入れ知恵でもされたのだろう。
来た道を引き返して里の外れの方角に向かっていこうと振り返ると、不自然に集まった男三人組が、踵を返すように私達の方から逃げていった。恐らく、輝夜の美しさに惹かれたのだろう。私にはよく解らないが、どうやら彼女は一般的な男性にとってかなり魅力的に見えるらしい。それは、私の父も例外ではなかった。今でこそ「姫」として永遠亭で丁重に扱われているが、当時はお世辞にも身分が高いとは言えなかった。それだというのに……。まぁ、いい。今思い返すことではない。
周りを見ると、未だに活発な人の活動を表しているかのように明るく、建物が密集している。どうやら知らないうちに里の中心部まで来ていたらしい。周りにも、割と多くの人が飲食店に出入りしている。
この辺りにもなるとまだ営業している店も多く、輝夜はまたその辺の店に入っていき、出ていくのを繰り返した。輝夜のことだから、いかにも高級そうな価値の高い何かを土産にするのかと思っていたが、里の人々が一般的に家庭で使いそうなものばかりを見て回っていた。そんなに地上の庶民的な生活に興味があるのだろうか。やはり永琳のように、地上の民を見下すのは止めたのだろうか。あの件があってから輝夜の性格が根本から変わってきているように思えてならない。
三軒目ぐらいに入った店で輝夜は、小さめの、よくできた鉢植えを見つめている。あの謎の盆栽を移し替えるのだろうか。
「それが気になっているのか?」
「えぇ。そろそろ植え替えの時期だったことを思い出して」
「永遠亭に別の鉢はないのか?」
「ないけれど、作ろうと思えばすぐに作れるわ」
「じゃぁわざわざどうしてここで買うのさ」
「それは、目の前によさそうなものがあったら買うでしょう?」
「少し前まで地上のあらゆるものを見下していたお前にしては変だな」
「今は今よ」
「否定はしないんだな」
輝夜は少し考えた後、手に取って勘定の所まで行こうとした。しかし何かを思い出したのか、こちらに振り返った。
「あ、そういえばお金を持ってくるのを忘れちゃったから、払ってくれるかしら?」
「お前、何しに来たんだよ……まぁそんなことだろうと思って持ってきているよ。使いな」
「あら……たまには気が利くのね」
「そんなに薄情な人間になったつもりではないからね」
そうして会計を済ませ、店の外に出てきた。ところで、お金は私が少しだけ用意していたが、そういえば持ち運ぶものは用意していなかった。少し考えが甘かったな。
「……そういえば貴方、風呂敷とか持っていないわけ?」
「無いな」
「貴方こそ何しに来たのよ。肝心なところで抜けているわね」
「いや、私を責める前にそもそも、お前が持ってきていない方がおかしいだろ」
「敗者は勝者に対して最大限の配慮をするべきだと思うわ」
「随分と注文の多い勝者だな。そんなものまで賭けた覚えはないぞ」
「私との勝負を受けた時点で、自動的に賭けたことになるのよ」
「意味が解らない」
「で、どうするのよ」
「はぁ……分かったよ。私が持つから」
「よろしい」
「これじゃぁ重くてもう駆けられないよ。賭けだけに」
「面白い冗談ね」
「うるさい」
鉢の中に手を突っ込んで持とうにも、なんだかみっともない気がしたから、とりあえず鉢は左脇に抱えることにする。しかし、絶妙に高さが足りず抱えにくい。これでは、体感的には重さが倍増しているようだ。どうせ輝夜の方が「軽い」んだから、こういうときぐらい重いものを引き受けてほしい。そうでないとつり合いが取れない。私が負けなければ輝夜に堂々と押し付けられたんだがな……。
ずっと里の中を歩き回っていたからか、そろそろ周りの美味しそうな香りに敏感になってきた。食べなくても餓死して生き返るだけではあるが、こういう香りを感じるとついつい何かを食べたくなってしまうあたり、まだ人間として堕ちてはいなさそうだ。
「あ、焼鳥屋があるじゃない。ほらあそこに」
「丁度いいな。食べるか……ってお前、さっき『焼き鳥は大して好きじゃない』って言っていなかったか?」
「嘘よ嘘。わざわざ言わないと解らないかしら?」
「お前、いちいち一言多いんだよ……」
あ、あれ。あのとき輝夜はどっちの味方もせず中立だと思い込んでいたが、よく考えたらなんで嘘をついたのだろうか。あそこで噓をつくのは明らかに私の味方をしているように感じるが。
「焼き鳥と言えば、貴方は『健康マニアの焼鳥屋』を自称しているらしいわね」
「そうだな」
「『健康マニア』も『焼鳥屋』も、両方嘘じゃない」
「まぁね」
「どうしてそう名乗ろうと思ったのか知りたいわ」
「お前に教えるほどのことでもない」
「言いたくないのかしら? 面白いわね」
……まぁ、あとで仕返しすることにはなるだろうし、別に言ってもいいか。それほど輝夜には隠すことでもないし。
「まぁ、自虐と語感さ」
「ふぅん……」
輝夜は一瞬考え込み、すぐにニヤッと不気味に笑う。
「自虐は『無念にも惨めに生きながらえてしまっている、生きる気力もない自分』ということかしら」
嘘だろ。いきなり気持ち悪い。本当に気持ち悪い。輝夜に他人の心が読める能力なんてあっただろうか。私より遥かに長く生きていると、そういうことも透けて見えるようになるのだろうか。
というより普段の輝夜だったら、ニヤッと不気味に笑うところで止まって、この言葉は出なかった気がするが、今日はなんだか様子が違う。輝夜自身にとっても、初めて「永遠亭」の枠から抜け出して遊びに来ているわけだから、やはり特別な日なのだろうか。
「図星ね」
「……そう言われるともう、どうしたらいいか判らない」
「珍しいわね。それほど弱気になるのは」
「……解りきっていて言ったんじゃないよな?」
「どうでしょうねぇ?」
都合のいいときにぼかして、これだから輝夜にはついていけない。私もそれくらい賢くなりたいと時々思うが、それはそれで老獪な感じがしていい気がしない。結局何が正解なのだろう。
「お嬢ちゃん達、何か買っていくかい?」
「
「はいはい分かったわよ。じゃあ、これで」
「毎度~」
一応まだお金は残っていたが、もう次に何かを買うような金額はない。かといってこのまま帰宅するにも早すぎる。適当に話しながら散歩でもしようか。
「さっきの続きだけれど、『語感』の方はよく解らないわね」
「適当だからな。なんだっていいのさ。燃えている鳥だから焼き鳥」
「由来の話じゃないわよ」
「どういうことだ?」
「貴方のセンスがよく解らないって言いたいの。そんな適当なものの由来なんて興味ないわよ」
さっきからどうも、輝夜の掌で踊らされている。日常的なことではあるが、今日はいつもより酷い。やはり、多少彼女も里に来られてテンションが上がっているのだろう。その矛先を私で遊ぶことに使わず、違うところに向けてほしいものだが……。
「じゃぁ、何ならいいんだよ」
「それを私に訊いたら面白くないでしょう?」
「別にその面白さは求めていないぞ」
「私が求めているのよ。貴方が考えに考えた末に可笑しなことを言い出すのを」
「この」
隣を歩く輝夜を右肘でど突こうとしたが、彼女は僅かに体を引いて躱してしまった。いつも永遠亭で何もせずぼーっと意味が解らない枯れ木を眺めているだけのくせに、こういうときに限って目が追いつかないほどすばしっこい。彼女のよく解らない「須臾を操る」力が関係しているのだろうか。随分と都合のいい能力だな。
私の能力(みたいなもの)は、ただただ「死なない」だけだから、この手の特別な能力については輝夜の方が完全上位互換だと普段から思っている。私でいつも遊んでいるのは、強者ならではの余裕といったところか。「強者」といっても、周りの人達には輝夜の「強さ」があまり判らないと思うが、私には、判る。
「お前は私と違って背負うものが無くていいな。鉢より重苦しいその服があっても私より軽そうだよ」
「背負うもの……ね」
「無いだろう?」
「……そうね」
輝夜はふと空を見上げてすぐに顔を戻し、残っていた分の
「ちょっとこのあたりで待っていて」
「いいが、どこに行くんだ?」
「そうねぇ。月とかかしら?」
「そうか。なら『仏の御石の鉢』でも土産に持ってくるんだな」
「ふふっ」
輝夜にしては奇妙な笑い方をした後、私に焼き鳥の串を押し付け、さっさと里の外の方角へ飛んで行った。両手に物を持っていて少し邪魔なので、一瞬串を槍のようにして投げつけてやろうかと迷ったが、止めた。
少し気になって私も空を見上げてみたが、特にそれらしいものは見当たらなかった。強いて言えば、未だに月が昇っていないということぐらいか。雲は一つも見えないから、もしかすると山に隠されているのかもしれない。
私も残っているあと少しのかわを食べ切ろうとしたが、もうすっかり冷めてしまっていて驚いた。確かに元々薄い素材ではあるし、今までの経験からそんなこと解りきっていたが、今日はいつもより冷たくなっている気がする。冷めた焼き鳥はその生命力を失ってしまったようで、それほど美味しくはない。そもそも焼いている時点で生命力も何もないけれど。
……もし輝夜が月に帰ったとしたら私はどうなるだろう。これまではそんな疑問なんて思いつきすらしなかったが、どうしてか今日は考え始めてしまう。
まず、この疑問が今まで思い付きすらしなかったということは、恐らく私は、「輝夜が居ようが居まいが私にはどうでもいい」と思い込んでいたということだろう。思いついてしまった以上、自分に負けた気がするが、一回この観念は捨て去ってみたほうがいいだろう。
もし輝夜がいなかったら。まず「永遠亭への案内人」という、いつの間にかついた肩書が消えることになるだろう。ということは、里との交流は減るはずだが、永夜異変の前はまさにこのようであったから、大した問題ではないだろう。
忘れていたが、そもそも輝夜が居ないということは、当然永琳も鈴仙ちゃんも居ないし、永遠亭自体もぬけの殻になるだろう。てゐは竹林に居続けるだろうが。そうすると、私は迷いの竹林に住む意味はあるのだろうか。
いや、何故そんな疑問を持った? そもそも輝夜に会う前から竹林に住み始めたから関係ないはずだ。でも、輝夜がもし居なかったら……。もしかしたら私は、無気力で何もかも億劫になっていたあの頃に、本当に戻ってしまうかもしれない。それは……果たして許されるのだろうか。あの生活には、
そうすると、私は輝夜が居ないとまともな暮らしができないというのか。さっき、「私がいなくなる」とかいう嘘でもついて輝夜を陥れてやろうとか考えていたが、少し考え直した方が……。
「何ボケっとしているのよ」
「ん? あぁ。戻ってきたか。随分長かったな」
「さっきからずっと居たわよ。貴方こそ長かったわね」
「そうか。悪かったね……って、いい加減私で遊ぶのは止してくれないか」
「それこそ、貴方が月に行って『優曇華』 でも持ってきたら考えるけれど」
「……今、ここで、直ぐに、殺されたいのか?」
「あら、こんな所でやり合えるかしら?」
「まぁ、いい。私もそろそろ消えるつもりだし」
あ、まずい。言わないつもりだったんだが……輝夜にのせられてつい口に出てしまった。今からどうひっこめればいいのだろう。不味い。
「消える?」
「あ、あぁ……そうだな」
「消えるって、一体どこに行くつもりなのよ」
「まぁ、ど、どこか遠い所とか……」
「……下手な冗談ね。そのくらいちゃんと考えたらどうなのよ」
上手くいくはずがなかった。変に誤解されるよりはマシだが、このまま認めてしまっては少し負けた気がしてしまう。
「もともと全国を転々としていたんだ。何百年もずっとあの竹林にいるほうがおかしいよ」
「それを言ったら私も、こんな場所に千何百年もいるわよ」
「お前がどうかは関係ない」
「あるわよ。人は変化するものだわ」
「繋がりが見えない」
「私が最近変化しているように、貴方もそれに影響されて変わるのよ。今までがああだったからこう。とかじゃなくて、今は今」
輝夜、変わっていっている自覚があったのか。そりゃ、あの輝夜が自分の変化に気付かないなんてあり得ないと言われれば確かにそうだが、そうだとしても少し意外に感じられてしまう。
「ほら、焼き鳥だって食べて無くなってしまったでしょう?」
「え?」
「他のものも食べさせなさいよ」
「へ……?」
今度はおかしな例え話でも始めるのかと思ったら違った。唐突に話題を変えて私を弄んでいるつもりなのか知らないが、いきなりやられると困惑するから止してほしい。
「焼き鳥だけでお腹が満たせるはずがないでしょう」
「ああ、まぁ、そうだな」
それもそうだ。そもそも焼き鳥単体で食べていたのも変な話だし。まぁ、もうお金持っていないけど。
割と村の中心部にいるから、入ろうと思えばその辺の店に入れる。だが、一応永琳に対して秘密に外出していることを考えると、あまり長く食事をとるのは賢明でないように思われるのは、輝夜も解っているらしく、そのような店には見向きもしない。
今頃永琳はどうしているのだろう。まず輝夜が居ないことに気付いていないはずがないから、恐らく見て見ぬふりをしていると思う。それか、鈴仙ちゃんに体裁だけは輝夜を探させているとか……。あとで私に文句をたくさん言うだろうが、適当に受け流すとしよう。
「……それで、消えるとか言っていたけれど、他の人にそれは伝えたの?」
今更掘り返す気なのか。もういいって。第一、ご飯の話に急に戻したのはお前だろう?
「いや、まだだ」
「せめて慧音には伝えてあげたらどうなのよ」
「あ、あぁ、そ、そうだな」
「……そもそも私が居ないのに貴方が生きていけるのか疑問だけれど」
どうだろう。やっぱり少し輝夜に依存している感じは否めない。
輝夜が本当にいなくなるとしても、慧音が私の傍にはいる。彼女が居るだけでだいぶ気楽に過ごせるとは思う。でも、そのような状況はやはりあまり想像したくない。確かにそういう時期もあったが、あの頃に戻りたいとは、思えない。
慧音は確かに私の数少ない理解者であるし、私も慧音のことを信頼している。けれど、寿命の差という途方もないほど高い壁が、私と彼女の間に一枚聳え立っているのは事実だ。慧音は普通の人間より多少長命だが、私の永遠の命に比べたら無視できるほど短命だ。全く悪気はないが、彼女が完全に私の身になって考えることは、恐らくできないはずだ。慧音の善意を半ば裏切ってしまっているようだが、私のこの意識はどうしても覆せない。過去に覆そうとしたことが何度もあったが、今までの辛い経験を思い出してしまって上手くいかなかった。だから、割り切って普段は全く気にせずに接しているつもりだ。こうしてふと思い出してしまうこともあるのが悩ましいが……。
それに対して輝夜は、そういう意味では私と「対等」な存在だ。私が一方的に輝夜を恨んでいて、その状況を彼女は面白がって遊んでいるということはさておき、やはり身近に「対等」な存在がいるということは、心に多少の安らぎを与えてくれる。実際私は、輝夜を慧音とは違う種類の「数少ない理解者」であると認識している。輝夜が居なかった地獄のような時期に比べたら、やはり今の状況を感謝するべきだろう。輝夜抜きで文字通り無限の時を生きるのは、そう簡単ではなさそうだ。
自分のお腹が「グゥ~」と鳴るのが聞こえた。さっき少し食べたせいで、体は余計に食べ物を欲しているのだろう。
「やっぱり貴方もまだ食べ足りていないでしょう?」
「……そうだな」
「ほら、そこにちょうどいい屋台があるわよ」
ぼーっと考え事をしていて気付かなかったが、道の傍に夜鳴そばの屋台が見えた。が、もうお金は持ち合わせていない。
「言い忘れていたが、もうお金は持っていないぞ」
「え」
「ある程度余裕を持っていたはずだが、お前が割としっかりした鉢を買ったせいでもうない」
「……そう」
「すまないね。早く言っておけばよかったんだが」
「まぁいいわ。ゆっくり散歩でもして帰りましょう」
とは言っているものの、いつもの余裕そうな表情は消え、少し俯いて輝夜は言う。そんなに蕎麦を食べられないことが残念だったのだろうか。なんだか様子がおかしい気がした。
別にこれと言って歩きながら話す話題はもうなかった。こういうときは大抵、輝夜が色々な話題を持ち出してくるものだが、今日はそれがない。ずっと無言で散歩し続けている。もう周囲には人家はあまりなく、道には灯りなんてないから、輝夜の顔はよく見えない。ただただ、弱い月明りだけが辛うじて行く道を照らしている。満月ならもう少し明るかっただろうが、今日はその光量も半分といったところだろう。そもそも、まだかなり昇る余地があるように見えるから、月にとってもこれが本気の明るさではないだろう。
「お前、さっきからずっと黙り込んでどうしたんだ。もう里の端も端だぞ」
「……思ったより話すことがなくて」
「そうか。珍しいな」
「ずっと里で話していたから、もう尽きてしまったのかしら」
「そうかもな」
「これじゃああまり二人でいる意味がなかったわね……」
「いや、あるんじゃないか? お前のことは嫌いだが、別にこうしてただただ時間を共有するのも悪くはない」
「……そう」
「まぁいいさ、とりあえず今日は帰ろうか」
そうして二人で飛び立つと、地面の上を歩いていたときよりかは輝夜の顔がよく見えた。最近は気温もどんどん下がってきたようで、夜にはかなり冷え込む。今日も、飛ぶには少し肌寒い。
帰路に就いたからといって、会話が盛り上がるとか、いじり合いを始めるとか、殺し合いを始めるとかいったことは起こらない。里を散歩していたときと同じように、ただただ二人並んで飛んでいるだけだ。しかし、風を切るときに嫌というほど感じる「肌寒さ」は、どうも孤独感を覚えさせることが得意なようで、輝夜と一緒にいるはずなのになんだか寂しくなってくる。そんなことを考えていると、突然さっき言った雑な冗談が思い出されてきた。あのときは適当なことを言ってしまったが、真に受けられてしまうと不味い。私の心に二面性のようなものがあるみたいに、もしかすると輝夜にも似たようなものがあるかもしれないから、心の奥底で実は私が消えないか心配していることもあり得るだろう。
「……なぁ輝夜」
「何よ」
「別に気にしていないと思うが、さっき変な冗談をいってすまなかったな」
「……そう」
「少しやり過ぎたかと心配した が、お前にはノーダメージでよかったよ」
「そうね……でも度は考えた方がいいわよ。他の人にやったら貴方の人間関係がどうなるか判らないわ」
「別にそんな人間関係なんてほとんど持ち合わせていないからいいさ。それより、お前が私の心配をするなんて、らしくないな」
「心配してもらってありがたいと思いなさい」
「どうしてそう、毎回上からなんだよ」
今までずっと逆恨みし続けてきたが、もう止めるときが来たのかもしれない。
輝夜や永琳は過去を全然気にしないような奴だ。全く過去を顧みないのはそれはそれで如何なものかと思うが、私は少々過去を根に持ち過ぎていたのかもしれない。
輝夜と過去に何があったとしても、これから何があろうとも、私達は永久に付き合っていかなくてはならないのだから、これを機に考え直した方がいいだろう。今からいきなりやれと言われても無理な話ではあるが………。
半日前と同じような明るさの竹林に帰ってきた。そのときと同じように進んでいくと、やはりそこには永遠亭があった。しかし灯りがついていなかったから、周囲は前よりも暗かった。
「またな輝夜……案外楽しかったな」
「そう。よかったわ」
「そういえば、今夜は寝ていないが大丈夫なのか?」
「何を言っているのよ。貴方と同じなのだから、大丈夫に決まっているでしょう?」
「そ、そうか。そういえば、そうだったな」
東の空はかなり明るくなり始めていた。あと四半時もすれば旭が顔を出すだろう。その一方で、空に浮かぶ半月はようやく南中したようだ。
朝焼けに照らされ、背後に南中した月があるせいだろうか。隣を飛ぶ輝夜の表情がもの寂しげに見えた。輝夜に限ってそんなことはないだろうから、本当にただそう見えただけだと思うが、少し心にくるものがあった。
いくら灯りがついていないとはいえ、永遠亭の連中がこの時間になって気付いていないわけないだろうから、この後輝夜も私もどうなるか判らない。とは言いつつも、永琳としては一応彼女を立てているわけだから、大した説教はしないだろう。一方の私は、もしかしたら暫く輝夜に会わせてもらえないかもしれない。そもそも暫く会わなくても別にいいということはさておき、私達は無限の時間を持っているから、会えない期間が一日だろうが一年だろうが、はたまた一世紀だろうが誤差にすぎない。私がいくら輝夜を恨もうが、輝夜がいくら私を弄ぼうが、どうせ私達の関係は切っても切り離せない。そんなことを実感した一夜だった。
~輝~は既に例大祭で出していますが、いつかこちらにも投稿します。
~燦~はこちらにも投稿しますが、~紅~と、~輝~を読んでからの方が楽しめると思います。