第一一九季 八月〇〇日
最近起こった「永夜異変」の真相は未だ謎に包まれている。竹林の中にあったらしい「永遠亭」の仕業であるということは、異変の後に開かれた宴会の偵察から判った。しかし、不確実なことが多すぎるため、まだ記事にはできていない。どうやら彼女たちは元々月の民であり、どういう訳か今は地上に住んでいるということは判った。だから、今回の異変は、月の使者から逃れるために八意永琳が幻想郷を密室にしたのだ……と思ったが、それだけでは夜が止まっていた理由が噛み合わず、結局真相はよく分かっていない。
そこで、異変に対しての有力な情報がもう少し欲しくなり、最近は永遠亭周辺に身を運ぶことが多い。今日も、様子見に行っているところだ。
竹林上空を飛んで永遠亭の方まで向かっていると、奥の方から煙が上がっているのが見えた。その下を見てみてると、山火事までとはいかずとも、ボヤが起こっているらしかった。竹林に放火するような輩なんていないはずなので、誰かが瓶のポイ捨てでもして収斂火災が起こったのかもしれない。
やたらに燦々と、紅く輝くその火元に降り立つと、この前忍び込んだ宴会で見かけた姫と、見知らぬ女性がいた。もんぺのようなものを穿いていて、それには謎の札が大量に張り付いている。自分の自己紹介を済ませ、姫の隣にいる人を紹介してもらうと、輝夜さんは、その妹紅と名乗った人のことを「幼馴染」と言った。本人はあまり認めたくないようだが、少なくとも仲は良さそうだと感じる。でなければ、こんな竹林の中に二人でいるはずがない。どちらにせよ、どんどんとネタの内容が濃くなっていくのを実感し、上手くいっていない永夜異変についての記事の代わりになりそうだと内心ほくそ笑んでいた。
頼まれたから火を団扇でさっさと消したあと、メモ帳とペンを取り出して取材を試みた。しかし、彼女達は私の期待を早々に裏切ってくれた。出火の原因を煙草のポイ捨てだとか、焼き鳥のポイ捨て(?)のせいにして、まともに取り合ってくれない。これではまるで「自分たちが犯人です」と言っているようなものではあるが……。そして、私が鴉天狗であるのをいいことに、この辺りは焼き鳥の聖地だとか言い始めた。それを聞いて、本能的に少し恐怖を感じてしまいその場を去ってしまったが、よく考えると、あんなものを真に受けてしまったのは失敗だったと思う。
結局、出火の原因も妹紅さんと輝夜さんの関係性も判らなかったが、竹林で怪火があったのは事実なので記事にはした。記事ができた後、それを妹紅さんの所に持って行って、また話を聞こうとしたが、やはり、掴みどころが無く逃げるような返答しかしてくれなかったので、追加の情報は殆ど得られなかった。しかし、彼女が取材で私を抑え込むように言った「最低でもお前よりは永く生きているよ」という言葉は、非常に引っかかった。彼女はどこからどう見ても人間だが、私よりも長く生きているのだとしたら、四桁以上の年を生きていることになる。ところが、彼女の話しぶりからして、どうしても冗談と切り捨てることはできなかった。この辺りも、今後調査していく必要がありそうだ。
◇◇◇
第一一九季 八月△△日
今日もまた、永遠亭が見えてきた。最近は、時間が空いたら適当に永遠亭を覗いて様子を見るようにしているが、夕方に来るのは初めてだ。だからと言って普段と違うことが起こるとも限らないが……。
と、思っていたが、永遠亭から少し離れた所に、見覚えのある二人組が歩いているのを発見した。これはいい予感がする。面倒がらずに夕方に来てみて正解だったかもしれない。
彼女達は飛び立ち、私から逃げるように進んだが、この私から逃げられるはずもなく、上空で並走するような形になった。
彼女達に、こんな時間から一体何をするつもりなのかと訊いてみると、輝夜さんは、妹紅に「攫われた」と言い、それを聞いた妹紅さんは慌てて、これは輝夜さんと「約束」をした結果だと言い始めた。あの引き籠っている姫が身も知れぬ妹紅さんと密会の約束をするなんて、これ以上のネタはない。
輝夜さんは妹紅さんを引っ張りまわして私の味方をしてくれるかと思われたが、話している最中、急に態度を変えて誤魔化ししかしなくなってしまった。何かの逆鱗に触れてしまったのだろうか。このまま行ったら先日の火事の真相についても暴けると思ったのだけど……。もうこれ以上訊いても何も答えてくれなさそうだったので、諦めて一旦彼女たちから離れることにした。しかし、彼女達はどう考えても人里の方角に向かって飛んでいたため、先回りすればまた会うことができるだろう。今夜は面白いことが起こりそうだ。
◇◇◇
案の定、彼女達二人は人里に姿を現し、夜中を過ぎるまでずっと里を散策していた。どういう意図かは判らないが、輝夜さんは鉢のようなものを購入し、妹紅にそれを持たせていた。あとは、焼鳥を食べつつ二人は里を散歩しているだけであった。しかし、これはやはり格好のネタになることは間違いない。見出しは「永遠亭の姫、竹林の主とお忍び⁉」とかが良いだろうか。
また、二人が焼鳥を食べたあと、輝夜さんは何を思ったのか突然空に上り、月の方角を確認したのち、安堵したようにまた戻っていくということがあった。宴会で話していたことからして、恐らく彼女は月出身であるから、月の状態はやっぱりまだ気になるのだろうか。先の異変も月が絡んでいるから、それに関係があるのかもしれない。
もう一つ気になったことと言えば、彼女達の後ろには常に誰かが後をつけていたということだ。里の人間にとっては、輝夜さんはかなり魅力的に見えるらしい。私は彼女の美貌を理解できないわけではないが、たとえ男性だったとしても、後をつけるまでかと言われると、そうでもない。私の新聞は人間にも購読者がいるから、もしかしたら輝夜さんの特集をすれば、もっと人気を集めることができるようになるかもしれない。
そして永遠亭に戻っていくとき、彼女達は殆ど何も喋らず無言のままでいた。しかし、特段その様子を見てぎこちなさを感じるといったことは、無かった。無かったが、どこか、二人の間には何か見えない壁が聳えているように感じられたのも事実だった。妹紅さんは輝夜さんと上手くできたつもりなのか満足そうな様子だった一方で、輝夜さんはどう見ても表情に陰が差していた。知らないうちに喧嘩でもしていたのだろうか。いやでも、喧嘩だとしたら妹紅さんの満足げな表情の説明ができない。
いずれにせよ、今日の出来事は記事にできそうなぐらい二人には密着できたので、今日は満足だ。この二人はまだ深掘れば話題がたくさん出てきそうだから、これからも気にかけておくことにしよう。
二人は永遠亭の前で別れ、輝夜さんは妹紅さんを見送った。彼女からは、やはり心配そうな表情が滲み出ていた。……そう思ったのも束の間、彼女は突然私の方を向き、視線を送ってきた。「貴方が居たことぐらい知っているわよ」とでも言わんばかりの様子に、思わず身震いしてしまった。
しかし、彼女は私の方に来ることもなく、そのまま永遠亭に振り返って帰っていった。やはり、最初からつけていたのは知っていたのだろうか……? 輝夜さんからは、どうしても無言の圧力を感じざるを得なかった。まだ、記事にするのは止しておいた方がいいかもしれない。
◇◇◇
第一一九季 九月□□日
今日はなんと、永遠亭の姫、輝夜さん主催の「肝試し大会」なるものが行われるらしい。それほど大々的なものではなく、永夜異変の調査をしに行った人妖だけが誘われた形だが、風の噂で聞きつけ、急遽やってきた。満月に照らされた竹林の入口には、既に参加者が全員集まっていた。
主催の輝夜さん曰く、今回の肝試しでは最終的にとある怪物と対決し、その肝を食べると不老不死になれるらしい。不老不死というだけで既に胡散臭いが、果たしてどこまで本気にしている人がいるのだろうか。そんな疑問は浅はかだったらしく、皆の様子を見ると、別にそんなことどうでもよく、ただ肝試しを楽しもうとしている姿勢が伺えた。
輝夜さんの開始の合図によって、四組の人妖はそれぞれ思い思いの方向へと進んでいった。私も、その「怪物」とやらを探しに竹林へと入ることにした。
迷いの竹林は、その名の通り入る人を迷わせる。人間が竹林に入って行方不明となり、挙句の果てに妖怪に食べられるという話は、頻繁ではないが稀にあることだ。その迷わせる力は空にも及ぶが、私については、永遠亭に行く程度なら既に慣れたのでそれほど問題にはならない。しかし、今回の怪物が住む場所について、私は何も知らない。そこで、四組全員を見送った輝夜さんの後をつけることにした。
暫く後をつけていると、竹林の闇の中から、角を生やし、緑のドレスを着た妖怪が現れた。一瞬、これが例の「怪物」なのかと思ったが、よく見るとそれはハクタク化した上白沢慧音の姿であった。彼女はどうやらある人間を庇っている様子であったが、そんなことをしてしまえば、こっちの方角に庇っている人がいるということが容易に判ってしまう。彼女はそこまで頭は回らなかったようだ。尤も、庇っている人がもうすぐ目の前だというのなら別の話だが……。
また、彼女が庇っている人間についてもかなり気がかりだ。上白沢慧音の友人に藤原妹紅がいるということはつい最近知った話ではあるが、妹紅さんが「怪物」なのだろうか。確かに、彼女は私よりずっと年上だと自称しているし、実力者特有の余裕も感じはしたが、妹紅さんが輝夜さんにわざわざ「怪物」と言われる理由はよく分からない。
寺子屋の教師らしく几帳面な弾幕で霊夢と紫を出迎えた慧音さんは、為す術なく容易に突破された。その後また暫くすると、慧音さんの言っていた「あの人間」と思われる妹紅さんが現れた。
後ろで隠れて様子を見ている輝夜さんは、妹紅さんの繰り広げる会話を心から楽しんでいるらしく、不気味に笑ったり、逆に吹き出したりしていた。この様子だと、輝夜さんは妹紅さんに相談せず、肝試しの「肝」である怪物として仕立て上げていたらしい。今すぐシャッターを切りたい衝動に駆られるが、そんなことをしてしまえば音や光で各方面に気付かれてしまう。彼女達が弾幕勝負を始めればどさくさに紛れて写真を撮れると思うから、それまで我慢しなければならない。
随分と見栄を張った口上のあと、彼女達は弾幕勝負を始めた。輝夜さんは、スポーツの観戦でもしてるかの如く、ああだこうだと野次を飛ばしまくっている。弾幕の音に掻き消され、彼女達に聞こえることはないだろうが、もしかしたら輝夜さんは、これがしたくて今日の肝試しを主催したのかもしれない。やはり、妹紅さんと輝夜さんの仲が良いという予想は間違っていなさそうだ。
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第一一九季 九月□☆日
弾幕勝負が終わったあと、霊夢と紫は満足し、特に何かをすることはなく帰っていった。
観戦していて驚いたのが、妹紅さんはスペルが破られると、その度に甦っていたということだ。彼女曰く「リザレクション」というらしい。これが「怪物」と輝夜さんに言われる所以かと思うと同時に、毎回甦られたら延々と決着がつかず面倒だと思った。しかし、甦生を繰り返すにつれ、彼女の甦りは明らかに鈍くなっていった。ラストスペルの前なんかは、特に顕著であった。「シューティング」を名乗っておきながら全くシュートしていない謎のラストスペルの後、妹紅さんは満身創痍の状態になってしまい、多少会話して霊夢と紫が帰ったあと、力尽きてその場に倒れこんでしまった。それを見ていた輝夜さんは、妹紅を負ぶって運ぶわけでも、放置して帰るわけでもなく、妹紅が倒れた隣で一緒に寝そべってそのまま夜を明かしてしまった。あの妹紅さんの様子だとどうせ起きないだろうから、背負って永遠亭にでも運べばよかったのに、輝夜さんの考えていることはいまいち腑に落ちなかった。
満月の夜も明け、朝に啼く鳥の囀りが聞こえてくるようになった頃、輝夜さんは目を覚まし、今度は妹紅さんをその場に放置して永遠亭に向かっていってしまった。妹紅さんと私はまだ知り合って少ししか経っていないが、いくら不死の人間だからと言って、竹林のど真ん中に放置するのは流石に気が引けたので(勿論、妹紅さんが起きたときにどう行動するのか気になっていたということもある)、輝夜さんにはついていかずに私もその場に留まることにした。
昨日のこともあり、やはり体力を相当消費してしまったらしく、妹紅さんが起きたのは太陽が南中するより後だった。起きた後、妹紅さんは何かを思い出したのか、「あいつ!」と言いながら急いで永遠亭の方向に向けて走り出したので、私も慌ててそれについていった。今日はあまり睡眠を取れているわけではないので、そろそろ勘弁してほしいが……。
そして、妹紅さんは永遠亭の裏手に周り、輝夜さんを呼びつけた。私は、ここに来るときの定位置に移動して、上からそれを眺めていた。永遠亭は外見上それほど大きくはないので、張り込みには打ってつけの場所だ。
鬼のような形相をした妹紅さんと、お忍びの直後からは考えられないぐらいすっかりと解顔した輝夜さんは、煽り合って何か言い争いを始めた。やはり、輝夜さんとしては、妹紅はいじれる友人のような立ち位置なのだろうか。妹紅さんは、まだそれに納得しているわけではないが、心底面倒がりつつも仕方なく付き合ってやっている。でもどこか、輝夜さんとじゃれ合えるのを楽しんでいる。傍から見ると、そういう風な関係性に見えた。
そんなことを考えていると、突然爆発音のようなものが聞こえた。その元を確認すると、妹紅さんが