十三 挑戦
朝起きると、またおれの布団にジーナが入っていた。
時計を見る。まだ五時だ。
やたらと寝苦しいと思っていたら、がっしりホールドされていた。それこそ、こやし玉を投げないと抜け出せないほどに。
仕方ないのでそのまま立ち上がろうとすると、くっついてきた。
「起きろ!」
無理やり引っぺがし、本来彼女がいるべき布団に放り投げる。
「う~ん……あ、アベルおはよう」
「おはよう。明日からはちゃんと自分の布団で寝ろよ?嵐が来たわけでもないんだから」
嵐、と聞いた瞬間ジーナの顔が強張ったが、すぐに元の凜とした顔に戻り、
「私はアベルの布団に入った覚えなどないが?」
などとのたまった。
「……寝ぼけてたのか?」
「寝ぼけていたのはアベルだ。私はずっとここにいたぞ」
「そうですか……。ところで、具合はどうだ?」
拉致があかないので、話題を変えることにした。
何故おれがジーナの体調を心配するのかというと、彼女が昨日、雨にも関わらず屋外で特訓をしていたからだ。おれがうっかり、ハンターも雨の中での戦いを強いられることがあると口にしてしまったばかりに、「なら私もその時に備える」と言って聞かなかったのだ。
「良好だ。あの程度の疲労で風邪をひくほどやわではない」
「そりゃあ良かった」
「……なあ、アベル」
ジーナがにじり寄ってきた。
「……言おうかどうか迷っていたが……フウカと交尾はしないのか?」
心臓が跳ねる。
「ど、どうしてフウカが出てくる?」
「人間は一定期間の交際を経た上で交尾を行うと言ったな。その点で、アベルとフウカは同居こそしていないものの長らくハンターとして協力し合っている。」
「それはだなジーナ。お互い好きな人同士じゃなくていけないわけでな」
「アベルはフウカが好きじゃないのか?」
「好きだけど」
「じゃあ、できるじゃないか」
それとこれとは話が違うのだ。それは恋で、これは友情だ。そう言おうとしたが、それとこれのどこが違うのか説明できそうにもなかったため、おれは答えに窮した。
多分、ジーナ自身が恋を経験しない限りは、いくら言っても無駄だろう。
「……おれが好きでも、フウカは好きじゃないかもしれない」
「そんなわけがないだろう。それに……これは指摘すべきことではないかもしれないが、昨日、アベルの顔からフウカの匂いがした。同じ空間で過ごすと多少匂いは移るが、その程度のものではなかった。多分、直に肌を、いや、粘膜も密着させたのだろう。前戯だな?」
「ジーナ、その言葉をどこで知った!」
ジーナは無視してしゃべり続ける。
「そこまでしておきながら交尾に至らない意味が分からない。アベルの性欲は日が経つにつれて高まっているように見える。早くフウカで発散させた方がいい」
なんてこと言うんだお前は。
「……それとも」
ジーナは上から順にパジャマのボタンを外していった。
「……私で、いいか?まだ、一か月は経っていないけれど……」
おれは部屋を飛び出した。
「あ、アベル!」
廊下のつきあたりでふと考える。ジーナの言う通り、フウカなら……。
思い出すだけで顔が熱くなってきた。
年上として彼女の心を包み込むように受け入れたいところではあるが、恋愛経験がほぼ皆無なおれにとっては荷が重すぎる。ただでさえフウカとこれからどう接すればいいか分からなかったのに、ジーナにまであそこまで迫られるともう居場所がない。専属ハンターやめてドンドルマに帰ろうかな。
……これで本当にやめたらおれは末代までのクズだな。そう考えると、不謹慎な可笑しさがこみ上げてきた。
おれとジーナは装備を整え、集会場に来た。あのあと廊下で、ジーナが胸元を開けたままおれを追いかけに来て、それを出勤中のコノハに見られ誤解をされたりと、朝から大変だった。
「アベル! 今日はどいつを狩る? リオレウスか? ジンオウガか? イビルジョーとやらとも戦ってみたいな! あ、アイノスとか言う謎のモンスターも!」
ジーナがいつもの狩り好き少女に戻ってくれて助かった。この調子ならフウカともいつものように話せよう。
「アベルさん、すみませんが今日はこちらのクエストをお願いします」
受付嬢のササユがおれを呼び止めた。嫌な予感がした。
受注されず残ったクエストは、最終的におれたち専属ハンターに回されることが多い。わざわざ呼び止めて頼むということは、その余り物クエストをやらされるということなのだ。
おれはササユから依頼文を受け取った。
火山にて、G級リオレウス希少種とリオレイア希少種の狩猟だった。
「ひっひ」
変な笑いが漏れた。
ただでさえ強いG級モンスター。その中でも希少種は、通常種を凌駕する強さをほこる。それが二体ともなれば、一般的なG級ハンターが挑む難易度としては最高クラスと言っても過言ではない。
しかも、狩場が火山となると……。
集会所内をぐるりと見回す。このクエストをこなせるだけのハンターランクを有する者はいない。今しがた浴場から出てきたこの女を除いて。
「あ、おはようアベル、ジーナちゃん! 今日はすっごくいい天気ね! すっごいいい気分だし、リオレウスでもいっちゃう!? ジーナちゃん、前に悔しい思いをしたって言ってたわよね! よし、ここでリベンジよ! おー!」
昨日のことを吹っ切りたいのだろう。フウカがやたらテンションを高くして現れたが、残念。君は今からおれと二人きりで火山だ。
という旨を伝えると、フウカは一気に大人しくなった。
「リオレウス二頭ね。うん大丈夫うん。うん。一人でいけるわ。余裕のよっぴー! うえへへっ」
と思ったら次はトチ狂った。
「大型二頭にソロは自殺行為だ。あとシルバーソルとゴールドルナな」
シルバーソルとはリオレウス希少種の俗称、ゴールドルナとはリオレイア希少種の俗称である。それでも長いので、単に銀やら金やらと呼ぶハンターも多い。
「わ、分かってるって! 当たり前のことをドヤ顔で突っ込んでんじゃないわよヘタレ!」
不安だ。
「私も行く!」
ジーナがおれとフウカの間に割り込んで言った。
「だからな、ジーナ。お前はまだG級に挑めないんだ」
「私なら大丈夫だ!」
「お前が大丈夫でもギルドとしては駄目なんだ」
「くそ、何故そんな制限を設ける!」
「余計な犠牲を出さないためだとか、色々と意味はあるんだが、それが理解できなくても、とりあえずルールには従っておくのが人間の常識なんだ」
「納得いかん!」
「まあそう言うな。ギルドはハンターの狩りをよりスムーズにしてくれるんだ。ギルドがなければこうやって毎日狩りに行くことなんてできないぞ?」
ジーナはふっと息を吐いた。
「そうだな……仕方のないことだ。自らの実力を過信する阿呆であろうと、ギルドにとっては保護と同時に商売の対象だからな。ルールとやらが生まれた理由が、少し理解できた気がする」
「そいつは良かった」
「ではそのギルドの斡旋にあやかって、明日こそ一緒に狩りに出よう」
ジーナは大人びた微笑みを浮かべた。
「それなんだがな、ジーナ。明日は帰れそうにない」
「へ?」
「火山は遠いから、移動だけでも一日かかる。それにG級のゴールドルナとシルバーソルともなれば、おれとフウカの実力をもってしても時間がかかる可能性もある……とにかく、帰って来るのは早くても三日後の夜、一緒に狩りに行けるのは四日後からになるな」
普通のハンターなら、遠征の翌日に狩りなど体力が持たないが、おれは大丈夫だ。ドンドルマで鍛えた対無茶振り能力は伊達じゃない。それに、ジーナの希望に沿ってやりたいからな。
しかしおれの優しさに反して、ジーナは不満を爆発させた。
「そ、それはいくら何でも長すぎだ! もっと早く帰れるクエストにしてくれ!」
「おれらしか挑めるハンターがいないんだ。誰かがやらなければ被害が出てしまうから、やらないというわけにはいかない」
「くっ……まさか、二人きりで行くのか?」
フウカがたじろいだ。おれはあくまで落ち着き払って言った。
「そうだ。だからおれ達が帰ってくるるまで、ジーナにはおれ達なしで狩りに行ってもらう」
「ソロでの狩り、と言うわけか」
「それも考えたんだけどな」
おれはジーナの眼をじっと見据えた。
「一人の力には、必ず限界がある。ハンターがより上を目指すためには、仲間の存在が不可欠なんだ」
おれは、かつての狩りを思い出していた。
「必ずしも馴れ合えと言っているわけじゃない。数が多い方が有利になる。当たり前のことだ。いいかジーナ、おれでさえ、一人では絶対に倒せないモンスターがこの世にはいる。おれよりも強いハンターでも、一人では相手にならない」
ジーナは瞬き一つせずに、瑠璃色の瞳を向けていた。
「今はおれらだけで戦っていてもいいかもしれない。だが、おれか、フウカか、その両方が死んだ時、お前は別の仲間を見つけなくてはならないんだ。だから……ジーナには、おれ達が遠征に出ている間、他のハンターと一緒に狩りに出てもらう。おれら以外のハンターと協力する練習だ」
おれはすっと視線を足元に落とした。数秒の間の後に、ジーナが口を開いた。
「……アベルがそう言うのなら、それはきっと正しいのだろう」
理解はできるが納得はできない。そんな中途半端な感情が、ジーナを苛んでいるようだった。
そもそも単体で狩りを行うジンオウガが徒党を組んでいる時点で、彼女の信念(ジンオウガに対しこの言葉を使うのが適切かは分からない)に背いているのだ。おれやフウカと戦いを共にする時は、やがて一人立つ時のための修行と捉えられた。しかしおれの呈した案は、彼女の信念を根本から切り崩すものなのだ。おれは唾を飲み込んだ。
「……分かった。アベル以外の人間と狩りに行く」
ジーナは言った。おれは笑おうとしたが、上手くできそうになかったのでやめた。