土を掻き分けると、白い逸物が露出した。周りを深く手で掘り進め、根元から引き抜く。ずるり出てきたそれは、今回のクエストの目的である特産キノコという種のキノコである。平均よりもふた回りほど大きい。この大きさなら報酬を期待できそうだったが、俺の心は浮かなかった。
「あーもう、やってられるか!」
「わ、もったいない」
俺の投擲したキノコは崖下へ落ちていき、海に小さな波紋を広げた。
「俺らはいったい、いつまでキノコを狩り続けていればいいんだよ! お前はともかく、俺が挑むにはいい加減役不足だろ!」
「ほら、教官が、クエストの基本は採集って言ってたじゃないか」
ユクモ装備の少年、リクがキノコをポーチに押し込んだ。俺らは一ヶ月ほど前からユクモ村の訓練所に二人で通っている。もっとも、ただ同時期に入ったというだけで、もともとハンターとしての修行を積んでいた俺の方が遥かに実力がある。にも関わらずクエストは常に二人で行うものだから、必然的にリクのレベルに合わせたクエストに挑むはめになってしまうのだ。
「そりゃあ初めて行くフィールドならそうかもしれないよ!? でもこれで俺らが孤島へ行くのは何度目だ? 五度目だよ! あの教官、俺らにハンターの技術を教えてくれる気なんてさらさらないよ! 俺らのキノコで懐を潤そうとしているだけだ!」
リクは寂しそうな表情を浮かべただけだった。俺は舌打ちした。
「リク、俺はもう十五個集めたから、あとは任せたぞ」
俺はキノコで満杯になったポーチをリクに投げつけた。リクがおぼつかなくそれをキャッチするのを見届けて、俺は踵を返した。
「ミレイ、あんまり遠くに行くなよ」
「お前に言われても説得力がない」
苛々しながら、岩でできた坂道を下って行く。谷底に辿り着いた。空高くそびえ立った岩山が見下ろす。初めてこの場所に来た時は大自然の息吹を身体に感じ、感傷的な気分になったものだが、今やそんな感覚は微塵もない。
どれだけ雄大なものであっても、慣れるものだ。キノコ採集がそれに拍車をかけているのだと思う。
ふと、視界にオレンジ色の物が映った。素早い動きで駆けている。ジャギィだ。近くに巣があるのだろう。
俺は背中のガンランスを抜刀し、流れるような動きで弾をリロードした。そして銃口を空に向けたまま、砲撃を放った。
ジャギィの動きが止まった。首だけこちらに向けた。敵と見なしたのだろう、走り寄ってきた。
「さあ、来い……!」
右手にガンランス、左手に盾を構えて、ジャギィを待つ。焦りはなかった。ジャギィがガンランスの切っ先のすぐ目の前まで来たところで、砲撃を放った。頭を炎上させながら、吹き飛んでいくジャギィ。踏み込んで、胴体に刃を突き刺す。肉を貫く感触を、柄を通して感じる。殺した。
「本当に、役不足だよ」
そう呟いて、ガンランスを見つめる。血で汚れていてもなお、それは高貴で美しいままだった。孤島の景色とは違って、この輝きは褪せない。褪せることはない。
それだけの輝きを持つスティールガンランスだが、彼の持つ物とは比べものにならなかった。
「……アベルさん」
まさか彼がこんな辺鄙な村に来ているとは思わなかった。もし彼のガンランス捌きを間近で目にすることができたら。もし彼に直接ガンランスの極意を教えてもらうことができたら、俺は更に上へと行けるだろうか。
アベルのことを考えると必然的に、彼女のことも連想された。小さく舌打ちする。
アベルは、駆け出しのハンターを相手にするような器ではないのだ。
翌日。俺とリクはいつものように訓練所に訪れた。訓練所は村の外れの崖下にある。訓練所と言っても、ただのボロ小屋だ。むしろ目を引くのは自然にできた広大な凹みを利用してできた闘技場だ。闘技場ではこの村の専属ハンターが捕えたモンスターが数匹飼育されており、それらとは討伐訓練として戦うことができる。俺が訓練所に通っている理由としては、教官による指導よりも、実戦が手軽に行えるという闘技場のが大きい。
「待っていたぞ、二人とも!」
鍵すらついていない木の戸を開けると、暑苦しい声が飛んできた。この村の教官である。中年で腹が出てきている彼は、一応かつてはG級ハンターとして活躍していたらしいが、俺はどうもそれを信じることができなかった。
「え、あ、貴方はアベルさん!?」
リクが教官への挨拶も忘れ、驚嘆の声を上げた。たった二つしかない木の椅子に、ジンオウガX装備の男が腰掛けていたのだ。その隣には、同じようにしてハンター装備の少女が腰掛けている。
「よう、リク。それにミレイ」
アベルは立ち上がった。
「お、おはようございます!」
「おはようございます」
俺とリクは頭を下げた。G級ハンターである彼は、俺たち下位ハンターにとっては雲の上のような存在だった。
「見ての通り、ユクモ村専属G級ハンターのアベルがいらっしゃっている! 我輩はアベルに、ある頼み事をされた!」
教官が言った。
「頼み、ですか?」
「アベル、説明しろ」
「はい。まずはこいつを紹介しよう。おれの従姉妹だ。立て、ジーナ」
アベルが促すと、座っていた少女が腰を上げた。
「ジーナだ。よろしく」
少女は抑揚のない声でそう言って、頭を下げた。
「僕はリク。よろしく、ジーナさん」
「……ミレイだ」
俺は品定めするようにジーナの装備を見つめていた。その時、彼女の瑠璃色の瞳が俺を捉え、気づけば俺は目を逸らしてしまっていた。背中で冷や汗がつたった。
彼女の存在は一週間ほど前から知っていた。ハンターを始めてから一週間足らずでハンターランクを二に上げるという尋常でない昇進スピードと、この地域では目にすることのないような髪や目の色、顔立ちの麗しさが相まって、ハンターどころか村人全体の間で話題になっていた。アベルと同居しており彼の親戚であるそうだが、あまりにも見た目が違いすぎるのでアベルロリコン説も流れていた。
「明日からおれはG級クエストの遠征に出るから、三、四日ほど帰れそうにないんだ。で、こいつはハンター初心者だから、一人でクエストに行かせるのも不安でな。でもクエストは行きたいと言う。そういうわけで、訓練所でお前らと一緒に鍛えてもらおうと教官に頼んだんだ」
俺はたじろいだ。こんな女と一緒にクエストへ行けと言うのか。ジーナの表情、息遣い、視線、そのどれもが年相応の少女のものではない。それは歴戦の狩人の放つ雰囲気に似ていた。ハンターランクの話も、アベルやフウカの協力があってこそだと思っていたが、それだけではない気がした。
「つまり、一時的とは言え貴様らの仲間となるわけだ! 仲良くやれよ!」
教官が言った。
「クエスト内容は教官に任せるから、好きにやってくれ。それで、お礼なんだが、しばらくの間お前らに指導をしようと思う。もちろん無料で」
アベルが言った。俺は胸が高鳴った。
「本当ですか!?」
リクは無意味に聞き返した。
「モチのロンだ。俺とフウカが死んだ後、村を守れる奴がいなきゃ困るしな。じゃ、時間がないので俺はこれで」
アベルが小屋を出ようと俺達の横を通り過ぎる直前、リクは尋ねた。
「あの、良ければクエスト内容を教えて頂けませんか?」
それを知って何になる。余計な質問をしてアベルさんの時間を奪うな。と言おうとしたが、それこそ時間の無駄であるため俺は黙っていた。
「G級のソルとルナだ」
「き……希少種!? さ、流石ですね!」
「流石だろ。だがお前らもそのうち狩ることになるんだぞ。じゃ、ジーナをよろしくな」
アベルは手を振ってから、戸を開けて外へ出た。ただ出ようとしただけなのに背中に備えたガンランスの切っ先が戸の上の壁を切り裂いて、鮮やかな亀裂を残した。それを見て教官が悲鳴を上げた。
「ああー! う、上を見ろ上を!」
「あ、すんません。でもまあ、綺麗に切れたから目立たないですよ。大丈夫大丈夫!」
アベルは爽やかに微笑んで去って行った。
「さ、流石G級武器だ……切れ味が違う」
リクが溜息を漏らした。まったくだ。今ボロ小屋を傷つけたガンランスは、おそらくリオレウス希少種の素材でできたものだ。俺のスティールガンランスの最終形態らしいが、切れ味、金属光沢の美しさと言い、全てが違う。
「ぬう、あれが金持ちの余裕か。我輩もかつてはあれぐらいの豪胆さだったものだが……さて、早速ジーナを交えて、本日の演習に入るとする! 三人共、そこに並べ!」
俺とリクは既に隣り合っているのでほとんど動かず、ジーナだけが俺の隣に移動した。俺より頭半分ほど背丈が低い。
「今日の演習は、渓流のキノコ狩りだ! 各自、準備しろ!」
俺は心の中で溜息をついた。まただよ。多分露骨に嫌そうな顔をしている。リクの横顔をちらりと見てみたが、真面目な表情だ。彼にとっては丁度いいクエストだから、不満を持つはずがない。ジーナの方を見てみる。
(えっ)
冷徹そうな彼女のことだ、心中で不満を抱いてもそれを表に出すことはないと勝手に考えていたが、予想に反しぎりぎりと歯ぎしりしながら教官を睨んでいた。
「ん? どうしたジーナ、何か文句でもあるのか?」
「……ありません」
地の底から響いてくるような声だった。
「あるだろう! ないなら、何故、そんな顔をする!」
「ありません!」
ジーナが怒鳴った。
「何だその態度は! ええい、アベルの娘と言えど我輩は容赦せんぞ! 舐めた態度をとった罰として訓練所前の広場を十周だ!」
娘じゃねーだろ。
「なっ……」
「文句があるならこの話はなしになるぞ! アベルには申し訳ないがな! 狩りに行きたかったらさっさと行ってこい!」
ジーナはこっそり舌打ちを漏らし、と言っても恐らく丸聞こえだったが、ぶつかるように扉を開けて外へ出て行った。
「む……貴様ら、暇そうだな。よし、貴様らも行ってこい!」
教官がそう言うのを読んでいた俺とリクは、素早くジーナの後に続いた。
十周をどうにか走り終えた俺達は、再びボロ小屋に戻った。
「遅いぞ! 二人ともジーナを見習え! さあ、準備をして渓流に行ってこい!」
「はい!」
「……はい」
「はい」
俺は額の汗を拭いながら、ジーナを見た。あれだけの距離を、遅れて出たとはいえ俺達と圧倒的な差をつけて走りきったにも関わらず、涼しい顔をしている。
(……くそっ)
でも、身体能力と狩りの技術は別だ。俺はあることを考えていた。
俺らはアイテムを揃えて、と言ってもキノコ採集、しかも近場において必要なアイテムなどたかが知れているが、集会所に集まった。ちょうどクエスト受注のピークの時間帯のようで、たくさんのハンターが詰め寄っている。
「それじゃあ、風呂に行くぞ、二人とも」
ジーナが無表情で言った。俺は少し意外な感じがした。それはリクも同じなようで、
「ジーナは、クエスト前にお風呂に入るの?」
と尋ねた。
「当たり前だ。温泉に入っているセーブンがハンターの身体能力を上げるコーノーがあるとかなんとかで……とにかく入るのが普通だろう?」
「う、うん、そうだね。は、入ろうか」
リクが顔を赤くしながら言った。何を照れているんだこの男は。
「俺は行かない」
俺は振り返り、立ち去ろうとした。
「待てミレイ。何故入らない」
「温泉に入って身体能力が上がるというのは、迷信だ。ただ何となく気分が良くなるだけで、科学的な証明はされていない」
「カガ……何だって? とにかく身体能力は上がる。それは私の体で証明されている」
「お前の主観なぞ知らん! そもそもキノコ狩りで身体能力を上げてどうする!」
しつこそうだったので逃げ出そうとすると、手首をがっしりと掴まれた。
「いいから入るぞ。例えキノコが相手であろうと、常に万全の状態で挑む。それがハンターだ!」
「うるさい、離せ!」
おれはぶんぶんと腕を振るったが、拘束はちっとも緩まなかった。それでも諦めずにじたばたしていると、突然ぱっと離された。
「勝手にしろ」
「……ふん」
情けをかけられた。俺は恥ずかしくなり、早足でその場を去った。恥ずかしさの後に、苛つきがやって来た。胃の奥底から、むかむかとこみ上げきて、口からブレスとして出せそうなほどだった。
悔しい。何とかして、彼女よりも俺がハンターとして上位にいることを証明したい。俺の中で漠然としていた思惑が、輪郭を帯び始めた。