雷狼月山記   作:アンディー012345

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十五 勝負

前回のあらすじ

「俺」ことミレイは、訓練所に通う新米ハンターである。ミレイは同じ新米でありながら優秀な指導者と戦績を得たジーナに対し不信を抱き、また対抗心を燃やしていた。そんなミレイとジーナと、訓練所に通う少年リクの三人は、教官の命令で特産キノコを採集しに渓流へ赴いた。

 

 

 

「飽きた」

 ジーナは立ち上がり、大きく伸びをした。

「気が合うな、俺もだ」

「ふん」

 お互いに睨み合う。

「二人とも、まだ目標数まで三十……」

「む、あそこにブナハブラの巣があるようだな。五匹ほど飛んでいる」

 リクの言葉を遮り、ジーナが言った。

 ブナハブラは昆虫型のモンスターだ。竜や獣に比べて体躯は小さく脆いが、巣の近くでは数が多く、囲まれると厄介だ。またその甲殻は軽く、扱いやすいとのことで評判は良い。

「本当だ。十数匹はいるな。ジーナ、勝負しないか?」

「勝負?」

 ジーナはハンマーの柄に手をかけた。

「お、俺と戦うわけじゃないよ」

 ずっと思っていたが、ジーナという少女はちょっとおかしい。世間知らずと言うか、常識知らずと言うか、発想が常人のそれとずれているのだ。雰囲気の気丈さは成人女性のそれなのに、幼女のような発言や態度も度々とる。特産キノコを探している間も、ガーグァを食おう食おうとうるさかった。

「ブナハブラをどちらが多く討伐できるか、勝負しようと言っているんだ」

「なるほど。これがショウブゴトという奴か。良いだろう。その勝負、受けて立った」

「よし。リク、審判はお前がやれ」

「でも、キノコが……」

 俺に頼まれると渋るのに、

「よろしく頼む、リク」

「分かった」

 ジーナに頼まれるとあっさりと首を縦に振るリクであった。

 

 

 

「リクの掛け声と同時に勝負はスタートだ。それまでそこから一歩も動くんじゃないぞ」

「うむ」

 ブナハブラの巣の三十メートルほど手前で、俺はガンランスを、ジーナはハンマーをそれぞれ構えた。すると俺らを察知した一匹がこちらに飛んできた。ちらりと横のジーナを見やる。目が血走るほどにその一匹を睨みつけている。

「す、スタート!」

「でやああああ!」

 予想通り、ジーナは開始するなりその一匹に突撃した。例えるならまさに風。勝負が開始してから十秒と経たず、ブナハブラの甲殻が砕け散った。

 その隙に俺はというと、巣そのものに突撃していた。目先の一匹よりも、奥の数十匹だ。

 そもそもガンランスがハンマーのスピードに敵うはずがないのだ。ジーナは短絡的な思考回路をしているから、近くにいるものから潰していくと予想できていた。ここは俺の戦略勝ちだ。もちろん戦略はこれに留まらない。一気にカタをつけてやろう。

 と思った矢先、ジーナが目の前に現れた。

「な……」

 一体討伐してもなお俺よりも先へ行くとは、さすがに予想外だった。だが、計画は無理にでも続行するまでだ。

「ジーナ、そこをどけえ!」

「え?」

 竜撃砲のスイッチを押し、ガンランスをブナハブラの集団に向ける。今まさにその集団に飛び込んで行こうとしていたジーナは、頓狂な声を上げたが、俺のガンランスの先端が紅く熱を帯び始めているのを見るなり、顔色を変えた。

 竜撃砲が炸裂した。

 

 

 

「ええと、ミレイが十匹、ジーナが五匹で、勝者、ミレイ!」

「見たかジーナ。これでどちらが優秀なハンターか証明されたみたいだな!」

 ジーナはなぜか、俺が竜撃砲を放った途端動きが鈍ったのだ。俺はその隙に討伐数を稼ぎ、余裕を持って勝利を収めることができた。

「はははは、悔しくて何も言い返せないみたいだな」

 悔しさに打ち震えているのを期待して、俯いているジーナの顔を覗き込んだ。

 白い顔。乱れた呼吸。涙の滲んだ力のない目。そこには、さっきまではあった俺への反発は一切なかった。

「え……」

「……こっちを見るな。不愉快だ」

 それだけ言ってジーナは体の向きを変え、歩き出した。

「ジーナ? どこに行くんだ?」

 リクが呼び止める。

「帰る」

「まだ、キノコ採集が終わってないよ?」

「目標数は三人で五十。つまり、二人が十七本、一人が十六本集めればいい。私は既に十六本集めた。残りの三十四本は二人でなんとかしろ」

 リクは何も言い返すことができなかった。三人はまとまって行動していたが、ジーナがキノコを採るところを見たわけではない。しかし、あそこまで堂々とした態度をとられては、疑うことを無意味に感じた。

 仕方がないので、俺とリクは採集を再開した。気になって振り返ってみたが、既にジーナの背中はなかった。

「もしかして……いや、もしかしなくても、あいつは、竜撃砲が怖いんじゃないか?」

 俺は考えていたことをリクに伝えた。

「え?」

「気付かなかったか? 俺が竜撃砲を撃ってからというもの、あいつはまともに戦えていなかった」

「でも、ジーナはアベルさんと何度も狩りに出ているんだよね? アベルさんは竜撃砲を何度も撃ちそうだけど」

「ジーナのことを考えて、自重していたんじゃないか? そもそも下位のモンスター相手に使うまでもないし」

「そっか、ジーナは竜撃砲が苦手なんだ……」

「……リク、お前、そういうところも可愛いとか思ってるんじゃないか?」

「思ってないよ!」

「まあ、どうだっていいけど」

 そう、どうだっていい。ジーナが勝負の後に見せたあの表情も、どうだっていいことだ。

 

 

 俺は三人合わせて五十本目の特産キノコをポーチにねじこんだ。

「さあ、帰るか」

 足早に、採取ポイントだった朽木から離れる。リクがやや遅れてついてくる。生暖かい風が吹いた。山あいの空は白く、上になるにつれて青みがかっていた。

「ミレイ、ミレイミレイ!」

「うるさいぞリク! 俺の名前はミレイミレイミレイじゃない」

「何か聞こえない?」

「何かって?」

 俺は立ち止まり、耳を研ぎ澄ました。リクは喋りたいのを堪えるように俺を見ていた。その視線を目障りに思っていると、しわがれた叫びが聞こえた。気のせいだろうかと迷っている間にも、また聞こえた。

 川の方だ。風で木々がざわざわと揺れ、青い葉が装備にまとわりついてきた。

「まさか、モンスターじゃないよね?」

 リクは否定してほしいと顔で懇願していた。

「まだ、分からない」

 そう口では言いつつも、俺は声の主をモンスターだと確信していた。それも、巨大かつ強力な。

「リク、知ってるか? アベルさんとフウカさんは、二人でG級採取クエに行って、リオレウスとリオレイアとジンオウガを狩ってきたことがあるらしい」

「ミレイ、まさか戦おうなんて考えてないよね?」

「本当に優秀なハンターは、たとえ採集クエストであろうとも手は抜かない。常に害になるモンスターを倒そうという意識がある」

「僕は反対だよ! 教官にも、大型モンスターと出会ったらすぐに逃げろっていつも言われているじゃないか!」

「教官がなんだ! 俺は強くなるんだ!」

 枝が擦れる音がした。俺とリクは揃って林を見た。大きな生き物が、木にぶつかりながらも突き進んでいる音だった。

「や、やばいよ、逃げなきゃ!」

 リクが俺の肩を掴んだ。足の先は既に林と真逆を向いている。臆病な奴めと罵りたかったが、その言葉が自分に跳ね返ってきそうだったのでやめた。

 無我夢中でガンランスを握りしめる。盾を持つ左腕が激しく震えだした。

「本当にやばいって! ミレイ、お願いだから逃げよう!」

「う、うるさい!」

 そいつは遂に姿を表した。鋭い目、頭に生えたツノ、そして何より特徴的なのが紫色のタテガミだった。

「ろ、ロアルドロスだ! しかも亜種!」

「亜種!? そんな馬鹿な!」

 ロアルドロス亜種が出現するのは上位クエストからだ。俺とリクは下位ハンター故に、上位モンスターがいる狩場には赴くことができないのだ。だがロアルドロス亜種は実際にいる。

「勝てるわけがないよ! 早く! 早く逃げよう!」

 俺も逃げたかった。しかし身体は、奴の攻撃を受ける体勢のまま固まってしまっていた。急いで武器をしまおうとした瞬間、ロアルドロスの口から紫色の粘液が放たれ、盾に命中した。衝撃で腕が痺れる。液は盾をつたって落ちて、草を溶かした。ロアルドロスは俺に焦点を合わせ、ずるずると這い寄ってくる。俺はロアルドロスぐらいなら倒せると日頃から息巻いていたが、目の前にいるこいつは逆立ちしたって勝てそうにない。死んだロアルドロスが村に運ばれてきたのを見たことがあるが、今まさに俺たちを食ってかからんとするこいつは、それよりもずっと大きかった。

「に、逃げるぞっ!」

 俺とリクは無様に逃げた。走るにあたってガンランスはおろか、防具すらも鬱陶しかった。叶うことなら全部脱ぎ捨てたい。しかし背後から追いかけてくる気配は、武器を一つ捨てる余裕すらも与えない。距離はじわじわと狭まっている。俺とリクが遅くなっていくのに対し、奴は疲れることを知らない。気配はすぐそこまで迫っていた。

「もうだめだ!」

「……くそ!」

 俺はリクを突き飛ばした。

 すると、体験したことのない痛みが全身を襲った。意識が空高く遠のいていく。小石や枝が飛び散る音が聞こえなった頃、俺はロアルドロスの体当たりを受け、倒れ伏しているという事実に気づいた。

「う……」

 リクの叫びが聞こえる。立て、なんて言われなくても分かってる。ただ、体が思うように動かないのだ。ロアルドロスは再び俺の元へ近づいている。俺はぎゅっと目を瞑った。

 べちゃっと粘ついた音がした。霞んだ目で見上げると、ロアルドロスの目元にペイントボールの跡がついていた。リクだろうか?

「立て、ミレイ。お前は私に勝利したのだろう?」

 飛び起きようとして、激痛にうめく。今の声は、確かにジーナのものだった。

 俺がどうにか起き上がると、リクが目の前で立ち塞がっていた。いちおう庇おうとしてくれたらしい。

「邪魔だよ、見えない」

「良かった、大丈夫そうだね」

 ロアルドロスが吠える。ようやくとらえたジーナの後ろ姿は、微動だにしていなかった。ロアルドロスは毒液を吐いた。ジーナはそれをひらりとかわした。ジーナはロアルドロスと目と鼻の距離まで接近していた。ロアルドロスがジーナに噛みつこうとした瞬間、ジーナは背中のハンマーを引き抜き、ロアルドロスの顎を突き上げた。大きくのけぞった無防備な胴体に、すかさずラッシュを叩き込む。ロアルドロスは何もできずに倒れた。

「ミレイ、ここは危ないよ。早くこっちへ!」

 リクが俺の手を引っ張った。

「痛い痛い!」

「ご、ごめん。どこを掴めばいい?」

「……」

「こ、ここかな?」

 俺は悲鳴をあげた。

「ごめんごめんごめん!」

 なんてやっている内に、ロアルドロスは起き上がり、ジーナを睨んでいた。そしてジーナに飛びついたが、ジーナはぎりぎりで避けて横面をハンマーで殴った。

「すごい……」

 リクははっとして俺を見た。

「ごめん、とにかく今はこの場から離れないと!」

 リクは俺の体を抱え上げた。多少痛みが伴ったが、問題はそちらではない。

「バカ、その持ち上げ方はやめろ!」

 腕を脇下と膝裏に回され、リクと密着状態にあるその体勢は、あまりに恥ずかしかった。すぐそばでジーナがロアルドロスと戦っていることを考えると、なおさら恥ずかしい。

「お……重い!」

「重いのは防具だ!」

「ミレイ、ガンランスだけでも外していい?」

「絶対に駄目だ!」

「もういいぞ、二人とも」

 ジーナが言った。俺は反射的にリクを突き飛ばし、石だらけの地面に落ちてうめいた。

「ジーナ、ロアルドロスは?」

 リクが訊いた。

「逃げた。私の強さに恐れをなしたか、仲間を呼びに行ったか、体力を回復しに行ったかだろう。あの様子を見るに、おそらく私の強さに恐れをなして逃げ出したので、もう襲ってくることはあるまい」

「そっか、ありがとう。助かったよ。ミレイも、庇ってくれてありがとう」

「どういたしまして」

 ジーナは無表情でそう言って、俺を見下ろした。

「……何だよ。言いたいことがあるなら言えよ」

「ロアルドロスに敗れた貴様を罵りたくとも、私は貴様に敗れている。勝者を罵るということは、自らを罵るということでもある。……勝負とは、生半可な心構えで受けるものではないな」

 ジーナはその場にひざまずいた。

「ミレイ、私は勝負というものを、軽く見ていた。私は敗北者だ。だが、貴様が受けて入れてくれるならば……もう一度私と勝負してくれ。頼む」

 そして頭を下げた。俺は痛みも忘れ呆然としていた。

「……分かった。また明日勝負をしよう」

 そう言うと、ジーナは少し嬉しそうな顔をした。

「……ロアルドロスはいいのかよ」

 闘争心溢れるジーナのことだ。とどめを差したくてうずうずしているに違いない。

「最優先すべきはハンターの命だ。と、アベルが言っていた。貴様らだけでは、また別のモンスターが現れても対抗できないだろう。共に帰ろう」

 ジーナは回復薬の瓶を開け、俺の口に押し当てた。

「ごぼっごぼぼっ!」

「こぼすな。勿体ないだろう」

 

 

 

 深夜。どうしてあんな提案を受けたのだろうと、俺は布団の中で激しく後悔していた。

 どうせ負けて、恥を晒すだけだ。いっそのこと、勝負内容を頭脳を用いるものに変えて、確実に勝利を得ようか。そう考えたりもしたが、それが無意味だということは考えなくても分かっていた。せめて、勝負の日をもっと先延ばしにしていれば、まだ希望はあったかもしれない。しかし俺が呈したのは明日。

 俺はジーナに勝った。だが、今や当時の高揚などはどこにもない。むしろあの時の勝利自体が仮初めのもので、真の勝利は最初からジーナにあったのだと思うようになっていた。

「……ちくしょう」

 彼女がいなければ、自分は命を落としていたと考えると、なおさら悔しかった。そして、恐ろしくもあった。




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