雷狼月山記   作:アンディー012345

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十九 灰色の慟哭 

 「黒龍は実在する」

 ドンドルマのG級ハンターの間では有名な都市伝説だった。だが、G級ハンターの中でも特に優れたハンターの間では、都市伝説にとどまらなかった。

 「黒龍は、シュレイド城を根城にしている」

 かつて栄華を誇った大国は、黒龍によって滅ぼされた。黒龍は、今や虫も近づかなくなった王国の城に、自分が新たな王であると示すがごとく棲み着いたという。

 G級ハンターたちはこう考える。全てを焼き尽くす火竜であろうと、岩山のような鎧竜であろうと、悪魔そのものであるような金獅子であろうと狩ってきた我々を阻むモンスターは最早存在しない。いるとすれば、伝説の黒龍のみであると。

 だが、黒龍と戦い、戻ってきたハンターはいなかった。

 おれと、目の前の男を除いて。

「自殺、発狂、精神崩壊……。一部分でも黒龍装備を纏った者は、まるで呪いにかけられたかのような有様となる。内容は人それぞれだが、どうやらおれは破壊衝動だったわけだ」

「おれも殺すか?」

「ああ……感動の再会を果たした時から既に、殺したくて仕方なかった。だから、ここへ来た。」

 彼にしては珍しく破綻した論理が、彼の狂気を一層おれに自覚させた。

「それは、光栄だな」

 次の瞬間、突風が襲った。咄嗟に盾でガードするが、尚も風は押し寄せる。身体が浮きそうになる。おれは風に身を委ねた。いや、風ではない。シグルズの拳だ。シルバーソルZ一式とガンランスを含めたおれの巨体は軽々吹き飛んだ。バキバキと木が倒され、ようやく止まったところでシグルズは既におれの眼前にいた。

 拳。蹴り、拳、拳、蹴り。重殻をえぐるほどの打撃が連続する。盾の角度、力を入れるタイミングを間違えれば、おれは再び宙を舞う羽目になるだろう。

 大剣。

 水平になぎ払ってきた。背には大木。回避は不可能。仕方ないので、木を蹴り、ガンランスの切っ先をシグルズに合わせて突っ込んだ。そのまま砲撃してやろうとしたが、屈んで躱されたのでやめた。だが、大剣は止まらない。盾を突き出すも、力負けすることは必至だった。

 大木の枝が鳴った。樹皮が背中を覆うようにしている。めりこんだ。腹部に蹴りが入ったらしい。身体がくの字に曲がる。おれは木と一体となった。

「家族はいいのか!」

 血反吐と共に叫ぶ。

「家族は好きだ」

 手が迫る。漆黒の色をしていたのは、夜だからなのか、おれの目がどうかしているのか。

「だが、おれが求めているのは愛とか、優しさとか、そういうものじゃなかった」

 両手でシグルズの手首を掴む。ガントレット越しに彼の殺意が伝わる。彼は無機的な声で内心を述べていく。

「アベル、おれは気づいてしまったんだ。おれという人間に。いや、おれが人間ではなかったということに。一度気づいてしまったら最後だ。もう戻らない。戻す意味もない。それがおれなのだから」

 おれの首を握り潰そうとしてくるシグルズの手首を、さらに強い力を、という意気込みで握る。

「おおおおおおおおお!」

 大木の根元は破壊されていない。そこを基点に、足から力を入れれば、押し返すことだってできる。

 ただし、人間を超越する筋力を秘めていなければ無理だが。

「ぐううおおおおおお! ふっざけんなああああああ!」 

 ついに、おれの背は木から完全に離れた。目が合う。

「殺したいなら、おれを殺したいなら、何で何も言わずに村を去った? 何でギルドナイトを装備してきた? 本当にお前が完全であると言うのなら、狂気を家族の前で晒して来い! 次は街だ! 腕利きのハンターをぶち殺して、討伐しに来たギルドナイトも全員ぶちのめしてから、おれの元に来い!!」

 シグルズは咆哮で答えた。空いていた拳が、おれの顔面に突き刺さる。それでも、倒れるわけにはいかない。おれもシグルズの鼻面に拳を叩き込む。確かな手応えの割に、眉ひとつ動かさない。それは、殴り合いの皮切りだった。

 どれほど殴っただろうか。

 兜はぼこぼこに凹んだので脱ぎ捨てた。何故かはわからないがガントレットも片方とれた。シグルズの帽子もどこかへ行き、服もずたぼろになっている。殴り合いは続く。何故こいつは倒れないのだろうか。早く倒れて欲しい。拳を入れられる度に意識が飛びそうになる。いや、実はもう既に意識は別のところにあるかもしれない。だって、意識があるなら、これ以上立っていようと思いもしないだろうから。

 ん? シグルズ、おれを呼んだか?

 良かった。お前はお前でなくなってしまっていたものだと思っていた。

 おれをアベルだと分かるなら、まだお前はシグルズだ。

 おれの知っている、強く、人に与えることを苦とせず、人と笑い、苦を共にする、人間。

 

 

 

 おれは真っ暗な場所にいた。どういう訳か、身体が動かない。雨音がする。

 シグルズと殴り合いをしていたことを思い出す。結局、どちらが勝ったのだろうか。シグルズが倒れるさまは何度も見たが、その度に立ち上がってきたことを覚えている。おれが立ち上がれなかったのだろうか。

 とにかく、状況が知りたい。

「シグルズ! どこだ! 戦いは終わってないぞ!」

「ひゃあ!?」

「そこにいたか……ぐあああああああ!」

「ちょっと、落ち着きなさいよ!」

 おれが激痛に悶えていると、灯りが点いた。おれは自室のベッドで横になっていたようだ。

「フウカか……。何日経った」

「ジーナちゃんの引越し祝いをした明け方に発見されて、一週間経ったわ。ジーナちゃんが見つけてくれたのよ。感謝しなさい、ただ」 

 そう言いながら、布団をかけ直してくれた。おれは遮って言った。

「シグルズは?」

「あんたが倒れた翌日に、荷物ごといなくなっていたわ。だけど、荷物だけは、山にあった。あんたが倒れていた山よ」

「アマツマガツチは?」

「特に情報はないわ」

「……で、ただ、何だ」

「ジーナちゃんがいなくなったわ。これもまた、荷物を全部置いてね」

「いつだ」

「昨日の夜よ。今朝、ジーナちゃんの机に書き置きがあったわ」

「見せろ」

「その身体で?」

「……読み上げてくれ」

「……充分に身体を休めると約束できるのなら」

「約束しよう」

「……分かったわ」

 紙を開く音。ジーナには色々と文章を書かせたが、手紙という形は初めてかもしれない。

「読むわね。アベルへ。家に住まわせてくれてありがとう。ガーグァ弁当を買ってくれてありがとう。箸の使い方を教えてくれてありがとう。トイレの使い方を教えてくれてありがとう。温泉に案内してくれてありがとう。ジュースを買ってくれてありがとう。武具を買ってくれてありがとう。ガンランスやハンマーの使い方を教えてくれてありがとう。ハンターにしてくれてありがとう。人間の狩りについて教えてくれてありがとう。肉の焼き方を教えてくれてありがとう。リオレウスから私を守ってくれてありがとう。フウカを紹介してくれてありがとう……」

 再び、紙の音。どうやら二枚以上あるらしい。

「……要点だけ読んでくれ。そのあたりは自分で読む」

「……アベルには、貰ってばかりだ。アベルには要らないものだろうが、私が狩った下位ジンオウガの素材を受け取ってくれ。お礼だ。足りないことを謝る。そして足りないまま去ることも謝る。ごめんなさい。さようなら。ジーナより」

 フウカは読み終えた紙を、枕近くのサイドテーブルに置いた。五枚あった。そのほとんどが、おれへの感謝のようだった。

「ジーナちゃん……昨日までずっとアベルのお世話をしてくれたのよ。夜もほとんど寝ずに、狩りにも行かずに」

「そうか。ありがとう。おれはもう大丈夫だ。部屋に戻って休んでくれ」

「……でも」

「お前も相当お世話してくれたんだろ? 酷い顔してるぞ」

「……女の子の顔を酷いとか、言わないでよ」

 フウカは急に涙声になった。

「おい、何泣いてんだ。そんなに嫌だったか? めんご」

「ぐすっ……仕方ないでしょ。ひっく。あんたは重体だし、ジーナちゃんはいなくなるし、何か、色々溢れ出してきちゃって……わああああん!」

「いてえええええ! 離れろバカ!」

 フウカはおれに覆いかぶさったまま泣きじゃくり、散々泣いた挙句、すやすやと寝息を立てだした。

「ったく、重いんだよ……」

 彼女の黒髪を撫でる。憑き物の落ちたような安らいだ寝顔をしていた。そんな安らぎに浸りたい気持ちをおさえ、先のことを考える。

 シグルズを止めることができなかった。理性を失い化け物と化しているであろう彼は、人間とモンスターの境なく、強者を求めて彷徨い歩くことになるだろう。それどころか、おれも大怪我を負ってしまった。黒龍と戦った時よりも悪い。金に糸目をつけず秘薬を買って飲んでも、完治に一ヶ月はかかる。アマツマガツチはフウカと寄せ集めのハンターでは到底太刀打ちできない。ギルドからの手配で足りるだろうか。……いや、あのギルドマネージャーのことだ。何とかしてくれるだろう。問題はシグルズの行方だ。彼そのものも危険だし、彼が化け物になったことが世に知れたら家族が困るだろう。ドンドルマに直接出向くべきか? いや、暗号化した手紙で伝える方が良いか。

 ジーナは……ジーナ自身の問題だ。ただ数週間共に過ごしただけの友人のような関係。ジーナがどのように生きていくかは、彼女が決めるものだ。おれは笑って送り出すべきだ。

「はははははは!」

 おれは口角を上げ、高らかに叫んだ。

「ははは! ははははは! ……あー……」

「んー……」

 もぞもぞとフウカの頭が動いた。

「アベル……」

 しまった、起こしてしまったか。だが顔を布団にうずめただけで、再び寝息を立てだした。

 フウカと結ばれることになるかもしれない。彼女にキスをされた日から、そんなことを考えることが増えた。きっとそれは彼女も同じだったと思う。そしてやはり結ばれることはないだろうと思った瞬間も、同じだったと思う。

 

 

 

「これで、終わりだ……!」

 脚を刻まれ、もがいているリオレイア希少種の頭にガンランスをつきつけ、竜撃砲のスイッチを押す。すぐ横では、リオレウス希少種が痙攣している。瀕死で、動くことはできないはずだった。

 しかし竜撃砲の爆煙が晴れた頃、目の前で倒れているのはリオレウスの方だった。リオレウスはぼろぼろになった翼でリオレイアを包んだまま息絶えていた。残されたリオレイアはリオレウスを乗せたまま、ほとんど這いずるように逃げようとした。片割れが絶命していることは知っているはずなのに。

「フウカ。回り込め」

「……ええ」

 退路を塞がれたリオレイアは天に向かって咆哮した。それは慟哭のように聞こえた。そしてフウカに向かって噛みつこうとして、脳天を叩き割られた。

 リオレウスとリオレイアの希少種。二頭はつがいだった。戦いの最初から、常に二頭で行動していた。どちらかが劣勢になるとどちらかが加担し、どちらかに致命的な一撃を与えようとするとどちらかが庇う。最期の瞬間までも。

「……凄いね」

 フウカが呟いた。二頭の屍体はまるで、夫婦が寄り添って眠っているかのようだった。そして、思い出した。生きることの凄まじさを。おれとフウカはしばらく会話を交わさなかった。

 帰りの荷車で、おれが官能小説を取り出し、フウカが突っ込むというお馴染みの茶番をやって二人で笑った。だけどおれの頭にはリオレイアが最期に発した咆哮がいつまでも響いていたし、それはフウカも同じだったと思う。

 

 

 

「……そうか、そういうことなのか? ジーナ」

 もし、おれの考えていることが正しいのなら……お前はたぶん、間違っているぞ。そして、おれも。

 たとえ迷惑がられようと、泣かれようと、怒られようと、お前に会いに行く。会って、もう一度言い聞かせてやる。会わなければならない。教えなければならない。そして何より、おれが、お前に、会いたいんだ。

 ジーナ。お前に教えたい言葉がある。

 

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