私は迷いのない足取りでソフィアとグレンを先導していた。狩場である渓流へ続く道は、幼い頃から何度も往復していた。
「フウカは、ずっとユクモ村の専属ハンターなんだよな?」
などとグレンが話しかけてくる。私は内心ではうんざりしつつも、邪険にしていることを悟られなぬよう、笑みを貼り付けた。
「グレン、既に狩猟区域です。くれぐれも油断しないように」
ソフィアの言い方には、既に諦めているような感じがあった。
「へいへい」
どうして、私の周りの男ハンターは、こう……おどけてばかりなのだろうか。だが、アベルやシグルズのそれと、グレンのこれはまた少し異なる気がする。
「それにしても、あのアベルという男、噂通りだな。重病人だっつうのに、なんて凄みだ。ソフィアも、正直ビビってたろ」
「ビビってなどいません。……彼の実力が私を凌駕していることは事実ですが」
「それは、随分と謙虚に出たな。じゃあ、アベルとシグルズと比べるとどうなんだ?」
「分かりません」
「俺はシグルズに一票だな。アベルはもうドンドルマから離れて半年以上経つ。ユクモでドンドルマのG級並みのモンスターと戦う機会なんざ、そうないだろうし、鈍ってるさ」
ああ、早くモンスターが現れてほしい。まあ、私はアベルに一票。
「アベルさん、一体どうしてこんな真似を」
「離れたところから撃てば、なんとかなるだろ」
リクの言う「こんな真似」とは、おれが左手で松葉杖をつき、上半身に包帯が巻かれたままライトボウガンを背負って出撃していることである。
「でも、やっぱり危険ですよ。コノハさんも、あれだけ止めていたじゃないですか」
「心配してくれるのは有り難いけどな。それでもおれは、ユクモ村を守るために力を尽くしたいんだ」
「でも、その腕じゃ……」
「試し撃ちをしてみたが、問題なかったぞ」
そう言って銃口を木々に向け、トリガーを引く。遠くの木の実が弾け飛んだ。
「なかなかの腕だろ。ちなみに、杖で反動を殺すことで、足への負担を減らせる」
「ガンランス以外の武器で、そこまで……何者なんですか、貴方は」
ミレイが呆れたように言った。
「ガンランスを見つけるまでが長かったから、それまでに色んな武器を使っていたんだ」
「でも、やっぱり無理しちゃ駄目ですよ。私たちだけでは力不足ですか?」
「おれがやりたいだけだよ。それに、力とか関係なく二人より三人だろ?」
「……アベルさんは怪我をしていても強いですね。実力もそうですが、心も」
「いや、まだまだだよ」
地響きがした。
「大型のモンスター……おそらく、ドボルベルクね。向かいましょう」
「俺も微かに感じたぞ。よし、一丁やりますか!」
「フウカさん、改めて先導お願いいたします」
震源は森の奥だ。地響きは定期的にくる。
「凄い音だな。戦闘中か?」
「ええ。尾を地に叩きつけている振動ね」
「そんなものでぶっ潰されたら一発昇天だな!」
尾槌竜ドボルベルクは山と比喩されるほどに大きい。ゆえに移動するだけでも地が鳴るほどだが、戦闘となるとそれは天災のごとし。槌のような尾の先端が振り下ろされれば、強固なG級防具すらも穿つほどだ。本来なら下位のドボルベルクで慣らしておかなければ、グレンの言うような末路が濃厚となるが、そんなことも言ってられないのが現状だ。ここはドンドルマで鳴らした二人の力量を信じるほかない。
ところで、一つ疑問がある。それについて考えていると、ちょうどソフィアが訊いてきた。
「フウカさん、ドボルベルクがどのモンスターと交戦しているのか分かりますか?」
そこなのだ。
ドボルベルクは普段は温和だが、縄張り意識の強いモンスターで、侵入者を排除する時に戦う。だが、ドボルベルクほどの大型種とまともに渡り合うモンスターはそういない。
戦闘音が響き続けている現状から察すると、厄介な未来が見えて来る。槌を何度も空振りさせている以上、相手モンスターは俊敏であることが推測される。ナルガクルガか。
私たちは少し開けた場所に出た。
「ジンオウガ……!」
私は口走っていた。
「何も聞こえなかったが、何故分かった!?」
「微かに光が見えた。あれは雷光虫。ジンオウガが雷光中を集めて電気属性を纏うことは知っているでしょ?」
「なるほど、それではどうする? このまま同士討ちさせた方が得策か?」
「そうですね。しばらく、ここで待機して……」
「いや、待って」
私は森を睨んだ。振動が近づいてくる。グレンとソフィアも、緑の中で爛々と光る双眼に気づいた。
「急に来たな! ジンオウガに負かされたか?」
「それもあるかもしれない。ただそれ以前にジンオウガと私たち、より縄張りの中心にいるのは私たちだったのよ」
私たちの周りには数本樹木が倒れているのだが、その表面がめくれ、朽ちたようになっている。これはドボルベルクが食い荒らした後であり、縄張りの証である。妙だったのは、私が今までに見てきたドボルベルクの縄張りがこれよりもずっと大規模だったということだ。樹木数本と言わず、城一つ作れそうなほどに。それに比べると、この縄張りはとても小さい。
「どうやらここは新居みたい。すぐには気付かなかったわ。アマツマガツチが進出してきたせいで、新たに縄張りをつくる必要があったのね」
「なるほど、んで、どうするよ? ジンオウガはドボルベルクを追ってきてはいないみたいだが?」
「……ここで交戦すべきね」
「私も、同意見です。戦うなら、少しでも開けている方が良い」
「オーケイ。腕がなるぜ!」
「予定通り、まずは私が出るわ」
私は背中の飛竜刀に手をかけた。ドボルベルクが全貌を露わにする。背にある二つのコブはずたずたに引き裂かれ、焦げていた。ジンオウガによるものだろう。弱点であるコブだけを徹底的に攻撃するとは、中々に知恵者のようだ。
ドボルベルクはゆらりとコブをこちらに向けた。突進の溜めだ。その隙に、飛竜刀を振り抜いた。噴き出た血は、刀から発せられる炎でたちまち蒸発した。巨体がぐらつく。またその隙に斬りつける。斧で木を倒すがごとく、斬り続ける。
「まさに、炎の舞だな」
グレンが呟き、ランスで加勢した。その後ろから、火炎弾が飛んできてドボルベルクのコブに当たった。ソフィアの援護射撃だ。ドボルベルクは咆哮した。私とソフィアは咄嗟に耳を塞ぎ、グレンは盾に身を隠した。
攻撃に移ろうとしたその時、ドボルベルクは地に沈んだ。胴体の裏から、白い煙が上がっている。その向こう、薄靄の中で、ジンオウガが切り株の上に鎮座していた。身体からちりちりと電撃がほとばしり、周りには光の玉が浮かんでいる。澄んだ瑠璃色の瞳は私たちを映した。グレン、ソフィア、そして私。不思議な眼だった。敵意、興味、恐怖、どれとも違う。まるで一人一人の素性を知っていて、思いを巡らせているかのようだった。
静寂。
ジンオウガはくるりと私たちに背を向けた。最も早く反応したのはソフィアだった。発砲音。火炎弾は切り株の上を通過し、奥の木に突き刺さった。
「右から回り込む! フウカは左から頼む!」
グレンの言うままに足を踏み出すも、私は迷っていた。あのジンオウガに刀を向けてはいけないような気がした。
「避けろ!」
グレンが叫んだ時には、目の前は真っ白になっていた。身体が熱い。揺れる脳を、意識で抑え付ける。ドボルベルクを討った電撃。放たれた後軌道を変える、球状の電撃。ジンオウガはすぐ側まで迫っていた。この距離だろ、顔がよく見える。角。毛。眼。鼻。牙。そしてーー。
「ぐ……!」
少しでも急所を外そうと身体をねじり、少しでも傷を浅くしようと後ろに跳んだ。
「うおおおおおお!」
ドボルベルクを踏み台に、グレンが跳んだ。ランスが地に突き刺さる。グレンは舌打ちした。
「平気か!?」
「……ええ。まだ戦える」
レウスXメイルを撫でる。えぐれてこそいるが、皮膚には届いていない。
「そいつは安心だ。しっかし、なんつう回避能力だよ、こいつは!」
「かなり戦闘経験が豊富に見えます。放置するのはあまりに危険……ここで確実に討伐しましょう!」
そう言って、ソフィアが発砲するが、ジンオウガは木の陰に身を隠した。
「くそッ逃げる気か!?」
グレンが追おうとして、止まる。先ほど私にぶちこまれた電撃が、彼の盾に浴びせられていた。
「……正直、見えなかった。久しぶりだな、これほどの奴を相手するなんてよ!」
「グレン! 深追いは……!」
ジンオウガの爪と、グレンのランスが激しくぶつかる。そのままの体勢で、お互い止まる。今は拮抗しているが、いずれグレンが力負けするのは歴然。無論、グレンはそれを理解していた。ゆっくりとランスを下げ、降りてきた鼻面を盾で殴りつけた。怯んだジンオウガの首筋に、閃光のような突きを与える。が、ジンオウガはすんでのところでそれをかわし、バック宙で距離をとった。
私とて、ただジンオウガとグレンのぶつかり合いを傍観していたわけではない。木に登り、高い位置から機をうかがっていた。そして今がまさにその機である。着地したその瞬間。眼球に渾身の一太刀を浴びせた。
浴びせたつもりだったが、僅かに下にずれた。
ジンオウガの右腕が、宙にいた私を叩きつけた。
病室に入ると、グレンとソフィアがこちらを向いた。どちらも深刻そうな顔をしていた。
「お話はもう伺いましたか?」
「ああ」
重く尋ねるソフィアに軽く返し、ベッドの傍に寄る。まだ少女のあどけなさを残した女が、小刻みに寝息を立てていた。包帯の感じからして、電気傷だとすぐに分かった。
「ジンオウガか」
「三人して、してやられたよ」
グレンが怒り混じりに言った。
「命には別条はないとの事です。早ければ今日中に目を覚ます、と」
ソフィアの声には悔しさが滲んでいるようだった。ドンドルマを代表して古龍討伐に出向いた手前、ただの大型モンスターに敗れるのはさぞ屈辱であろう。
「五年以上ハンターをやっているが……俺はあんなモンスター、初めて見たね。力が強いとか、甲殻が硬いとか、動きが素早いとか、そういう話じゃない。奴は、戦い方を知っている。それも、ハンターに特化した、な」
グレンが言った。
ソフィアは席を立ち、グレンが続いた。
「私たちは集会所に行っています。落ち着いたらお越しください」
おれに気を遣ってくれたのだろう。二人が部屋を出た後、ソフィアがかけていた椅子に座る。
「まさかお前がジンオウガにやられるだなんてな。それも下位。情けねえなあ!」
フウカは寝息をたて続けるのみだ。
窓から漏れる光が失せて、彼女の鼻筋に影がさした。おれは掛け布団からはみ出した彼女の手を握り締めた。温かかった。
グレンとソフィアは、明日ジンオウガを討伐しに行くことになったようだ。おれは嵐龍討伐隊を組むに値するハンターを選定することになった。
慢然と窓から山を眺めていると、フウカはいきなり目を開けた。
「水ちょうだい」
「第一声がそれかよ」
おれが椀に水を注いでいると、奴は「ここにいるのは貴方だけ?」と訊いてきた。明瞭な声だったので安心した。
「ああ」
「そう」
「大丈夫なのか?」
フウカは一人で上体を起こしていた。
「大した傷じゃないから」
フウカはなみなみとつがれた水を全て飲み干し、サイドテーブルに置いた。
「今からする話を、荒唐無稽だって貴方は笑うかもしれない」
「言ってみろ」
「あのジンオウガは、ジーナちゃんかもしれない」
「お前がそう言うなら、たぶんそうなんだろうな」
フウカはぼふっと枕に倒れた。
「ハンターの立ち回りを知り尽くしたような動き……そして、目の下に傷があった。ちょうど、竜撃砲をかすめたようなね」
「十分だな」
「……アベルは、どうするつもり?」
「明日は、対嵐龍ハンターの選定を頼まれている」
「見つからなくても、私は戦えるわ」
「お前がそう言うならたぶんそうなんだろうが、おれが同じことを言ったらどう思う?」
「怪我人は寝てなさい」
笑い合う。
「でも、本当に私は大丈夫だから」
「ああ。医者もそう言っていた。明日いっぱいは安静にしていろ、ともな」
「ふふ。ジーナちゃんが手加減してくれたのかもね」
「手加減したのはお前の方だろ?」
「……甘く見ないでよ。私は一人でユクモ村を守ってきたのよ」
フウカの声は、ぴんと張られた弓弦を引いた時のように、鋭く響いた。
「そうか。……じゃあ、おれはそろそろ行くな。医者に、目が覚めたと伝えておくよ」
「ええ、またね」
「おう」
ばたんと戸を閉めて、ぎしぎしと音を立てて病室から離れる。十歩歩いたところでぐるりと振り返り、またぎしぎしと十歩歩いて、松葉杖を放り投げ、力強く戸を開けた。
「お前は、おれが守るよ」
「いいから早く、医者か看護婦を呼んできなさいよ。私病人なんだけど? そして貴方も」
「ユクモ村もおれが守るよ。まとめて守るよ」
フウカは何か言おうとしたがやめて、潤んだ瞳でじっとおれを見つめていた。