村に戻ると、誰にも怒られた。
フウカはもちろんのこと、コノハ、ササユたちギルド関係者。友人の村人、弁当屋の店員、行商のお婆さん、ちょっと立ち話をしたことのあるだけの主婦にまで怒られた。ミレイとリクは立場上怒りづらそうだったが、内心怒っていたと思う。ミレイなんて分かりやすい。ソフィアの怒りは群を抜いていた。対しグレンはそれほど怒っていなかった。というより、おれがいないことをさして問題と考えていなかったようだ。
「残念だな。お前がいなかったら、アマツマガツチを倒した唯一の男として名前が刻まれたのに」
そんなことを言って笑っていた。
結局、アマツマガツチの討伐隊は四人で落ち着いた。
おれ、フウカ、ソフィア、グレン。
第二次討伐隊も編成される予定だったが、募集したハンターの力不足が否めず、白紙になった。おれたちは今日の午前9時に霊峰に出発する。そこでキャンプを張り、翌日に決戦となる。もしアマツマガツチを倒せなかった場合、古龍観測隊から村へ避難の連絡が行く。そのタイミングでも避難は間に合うようだが、住むあてはない。被害に遭った時のための根回しは、ソフィアたちが進めてくれていたようだが、それでも村全員となると難しかったようだ。
つまりおれたち討伐隊の敗北は、村の消失を意味する。さらに、ユクモ村より先にある集落も壊滅するだろう。人類の存亡をかけた戦いと言っては大げさだが、多くの人の命と住居がかかっている。
出発の日。コノハ、ササユ、村長、ギルドマネージャーの四人が門の外まで見送りに来てくれた。村人たちとの別れは先に済ませてある。こう言うと帰らぬ人たちになりそうだ。
ソフィアとグレンは、ギルドナイト用のフード付きマントを羽織り、雨を凌いでいる。一方おれとフウカは笠をかぶり、藁でできたマント(蓑、と言うらしい)を羽織っている。ユクモ式の雨具だ。昔はソフィアたちと同じものを使っていたが、こちらの方が空気の通りが良い。
「結局、誰も避難していないのですね」
ソフィアが、少し納得していないような声で言った。
「私たちは、皆さんの実力を信じていますから!」
と、コノハ。
「しかし……万が一、ということもあります」
「これは村の会議で決まったことなのですよ。決めたとは言っても、決めたのではなく、自然とそうなったのです。貴方がたが嵐龍を討つこと……それは私たち村人にとって、自然の摂理のようなものなのです」
村長が言った。明後日には村がなくなるかもしれないというのに、悠然とした口調だった。彼女だけではない。コノハも、ササユも、ギルドマネージャーも、平時と変わらぬ調子であった。
「……信頼されているのですね。貴方たちは」
ソフィアが、蓑二つに笑いかけた。その笑みは、どこか寂しそうだった。
「そんな。村人との距離が近いだけですよ」
フウカのフォローは、たぶんずれている。ソフィアは、信頼が自分にないこと以前に、信頼そのものに感情を向けているような気がした。
「ま、どうせ倒しちまうからな。それじゃあ、そろそろ行こうぜ。リーダー」
おれが村へ戻ると、なぜかおれが討伐隊のリーダーということになり、グレンは時々リーダーと呼ぶようになった。前から準備を進めていたソフィアかグレンが適任だと言って辞退しようとしたのだが、押さえ込まれた。もちろん、二人にはおれがどこで何をしていたかは伝えていない。いきなり行方不明になった男をリーダーに据える理由は不明。コノハがさっきみたいなことを言ったことで、ソフィアとグレンのおれに対する評価が上がったのかもしれない。
「ああ。それじゃあ……また明日。嵐龍討伐隊、出発します」
おれは踵を返し、黒雲渦巻く山を向いた。
「どうか、ご武運を。次会うときは、日の下で」
「ひょひょ、がんばりなさい」
「ご無事を祈っております」
「行ってらっしゃい! ……待ってますからね!」
声援を背に、おれたちは霊峰へ歩き出す。
「リーダー、いいのか? コノハちゃん、何か言いたげだったぜ」
「どうせ倒すって言ったのはお前だろ?」
そしてそれは、コノハも同じ。しかし返ってきた言葉の重みは、彼女の方がずっと重い。信じると言った手前、別れの言葉は発せない。
「罪な男だなあ」
グレンが笑った。
嵐の山を進む。行けども行けども、景色は変わらない。雨で世界が白い。風が強まると、動けなくなる。風で折れた木々が飛んできたりする。防具の重みで、ぬかるんだ地面にはまりそうになる。息苦しい。ただでさえ酸素が薄いのに、この雨だ。空気を吸おうとすると、水分が入ってくる。
それでも、辛くはない。
ハンターを始めたばかりの頃だったら、辛くて仕方なかったであろう。それはそれで、悪いことではないと思う。人として正しい感覚だ。しかしハンターという人種は、そこで別の感じ方に移行しなければならない。この道程は、己のためであると。あるいは、誰かのためであると。そのためなら、どれほど険しい道も、苦ではないと思えるほどの精神へと。
きっとジーナは、ここで立ち止まってしまったのだと思う。雷狼竜として、孤高に生きてきた彼女にとって、誰かのために歩くことは想像もつかないはずだ。彼女が元来持っていたジンオウガとしての誇りも、人間になったことで薄れていったはずだ。人はモンスターよりもずっと歩く力が弱いから。ジーナはそこから一旦ジンオウガに戻ることで、歩く力を取り戻した。人間に戻って欲しいというおれの意思は、その邪魔にしかならない。でも、もし、ジーナがまた人間として生きてくれることを選ぶなら……。おれは本懐を遂げよう。
山頂付近の洞窟でベースキャンプを建てた。曇天で分かりづらいが、時刻は夕方の五時。
設置が完了したのち、おれたちはその地を下見しに行った。地形。嵐龍迎撃用兵器の場所、使い方。逃げ道の確保。アマツマガツチと戦うにあたって、必要な情報を集める。
下見を終え、おれたちはベースキャンプに帰った。テントの外で平石をテーブル代わりにし、地図を広げて作戦の確認を始める。
決戦場には古代の民が残した嵐龍迎撃兵器が備わっているので、それを利用する。その名もバリスタ砲。遠距離からの高火力砲撃を可能とする。誰が、どのバリスタを使い、いつ先陣を切るか。それは誰か。他はどう立ち回るか。下見で得た新たな情報を合わせ、作戦を練り直す。そうして会議は滞りなく終わった。
焚き火を囲い、夕飯を食す。その後は、自由行動だ。フウカは太刀の素振り、ソフィアは武器の手入れ、グレンは早すぎる就寝。そしておれは月間狩りに生きるのカバーを纏った官能小説を読みふけった……などということはもちろんなく、モンスター研究に関する文庫本を読んでいた。
「アベル殿」
ソフィアの声で、ページを捲ろうとする手が止まる。
「どうした?」
「少し、よろしいでしょうか」
「ああ」
「シグルズは……どういう人間だと思いますか」
「欲望に率直な人間かな。分かりやすいぐらいに、力を求めたがる」
「やはり、人として尊敬できない類にあたりますか」
「そんなことはないさ。あれも立派な生き方だ。それに、あいつは力を余計なことに使わない。ただ己の誇りのために力を振るっている。それにおれは何度も救われた」
「力を求めるあまり破滅に向かう可能性はないと?」
「破滅って……具体的に、どういうことだ?」
「黒龍」
おれはため息をついた。
「黒龍装備を纏い、発狂したハンターを見たことがありますか?」
「あるよ。お前も見たことあるみたいだな。いや、それどころか……」
口をつぐむ。ソフィアは頑なに目を合わせようとしない。そういうハンターの処理にあたったことがあるのだろう。でもそれはギルドナイトの規定で話せないことになっているはずだ。
「シグルズも……ああなったのでしょうか? あれだけ強く、頼りにされていても……ああなってしまうのでしょうか?」
「なりうる」
「見たことが、あるのですか?」
「その言葉、そのままお返しする」
「……話せません」
「おれもだ。それにしても、こんな時にどうしてこんな話を?」
「今聞いておかなければ、もう聞く機会がないと考えたからです。この戦いで死ぬ気、とは言いません。もしこの戦いが終わり、貴方と話す機会があるとしても……聞く気には、ならないでしょう」
「決戦の雰囲気にあてられたか」
「……そうかもしれません」
ソフィアはおもむろに銃身を布で磨きだした。
「……でも、シグルズは他のハンターとは違う。あいつは力を求め狂ったとしても……破滅には至らないさ。また、元通りで帰ってくる」
「それも、信頼ですか?」
「信頼というか、おれが引き戻す」
「出来るかはともかくとして……シグルズが戻ってきたとしても、それはシグルズの意思ではない。そこに、意味があるのですか?」
「意思を持ってした行動に、意味がないなんてことない」
ソフィアは黙り込んだ。おれの言葉に感銘を受けたかな。
「……もう一つ、訊いてもいいですか」
「なんだ?」
「貴方は黒龍装備を身に付けなかったのですか?」
「付けたことあるように見えるか?」
ソフィアはまた黙り込んだ。
夜。他の三人はとっくにテントに入っていたが、おれは読書でまだ外にいた。そろそろ眠ろうかと本を閉じた時、テントからフウカから顔を出した。
「おしっこか?」
「あんたみたいなデリカシー皆無人間が、ジーナちゃんと一緒に住んでいたなんて……ぞっとするわ」
「……その前にちょっといいか?」
「何よ」
「ドンドルマでは、複婚という制度がある」
「……」
「この戦いが終わったら結婚しよう」
「ドンドルマに帰れ」
そう言い残し、フウカは洞窟の奥へ行ってしまった。おれの一世一代のプロポーズに対してこの反応。人情皆無人間かよ。
と思っていたら、フウカが戻ってきた。
「……終わったら考えるから」
翌朝。昨日よりも嵐は勢いを増していた。いい加減この轟音にも慣れた。朝食を喰らい、決戦場へ向かう。
決戦場は石造りの平地となっている。その外側に、バリスタ砲が四つ備え付けられている。こんな場所に、よくこれだけのものを用意したものだと古代の民を尊敬すると共に、感謝する。そして予定通り配置につく。
まずは狙撃が得意なおれとソフィアが砲台に構える。その二つは、アマツマガツチがいる方面に近い。奴が射程圏内に入った瞬間、先制の砲撃を放つ。フウカとグレンは、各砲撃手の隣で待機。二人が目標を補足した後、反対側にある砲台へと走る。
「見えたか?」
「まだね」
フウカとグレンが双眼鏡で山谷に目を凝らす。
古龍観測隊の報告が正確なら、アマツマガツチが射程圏内に入るまであと二時間。分担して見張っていなければ、やってられない。
ちなみに、他にモンスターが現れる心配はない。皆、アマツマガツチが恐ろしくて逃げた。それだけアマツマガツチが強大なモンスターということになるが、情報なしに大型モンスターが乱入してくることがないと思うと気が楽だ。
二時間経った。見張りの交代は三十分ごと。かなり嵐の中で待たされているが、集中はけして弛緩することはない。
「さみ〜」
「動けば温まります!」
「なあ、しりとりしね? アマツマガツチ」
「ちゃんとやってください! あ……今のは乗ったわけではなく!」
「ははは」
「グレン! 状況が分かっているのですか!?」
「隣は賑やかだな」
「どうしてあれがギルドナイトになれたのかしら……あれならアベルでもなれるわね」
「おい」
その時、風の流れが変わっている場所があることに気がついた。
「見ろ!」
おれの合図で、全員が双眼鏡を構える。木々の揺れ方が、ある地点から異様だ。フウカとグレンは、反対側の砲台へと駆け出した。
「凄い……」
ソフィアが思わずそうこぼす。
風で隠された嵐龍の全貌が、徐々に見えてくる。影の差した白い巨躯。頭からは角が二本生え、髭のようなものが伸びている。飛んでいるのに翼はなく、海洋生物のようなヒレを揺らめかせている。その姿は、雄大で、幻想的で、禍々しい。
おれとソフィアはバリスタの角度を調整する。しかし、これではまだ届かない。
アマツマガツチは、真っ直ぐにこちらへ近づいてくる。
「アベル殿」
「まだだ」
双眼鏡から目視に切り替え、砲台の微調整をする。他の古龍なら既に撃っている距離だが、アマツマガツチは別だ。風の壁で弾が吹き飛ばされてしまう。
「撃て!」
おれの撃ったバリスタ弾が左のヒレに、ソフィアのバリスタ弾は右のヒレに命中した。が、奴は微動だにしない。
「久々に撃ったが……やはり凄い威力だな!」
二発目は口元に命中。ソフィアの弾は背中に当たった。アマツマガツチは何事もなかったように、ゆったりとこちらへ近づいてくる。
「……効いていないの!?」
「やはりまだ遠いか……。だが、ここからは違うぞ」
おれの三発目のバリスタは右の角に、ソフィアの弾は首に当たった。微かに巨体が揺れた。
「ここが、砲口初速が維持される距離……。風も突破できる!」
後ろから、フウカとグレンによる砲撃が放たれる。どちらもヒレの端に命中した。普段は近接戦しかしていないので、それなりの出来だ。
アマツマガツチと目が合う。黒い眼には、何も込められていない。バリスタ数発では敵と認めてくれないようだ。対しおれたちは、奴が前進するだけで生命の危機。必死をこいてバリスタを撃ちまくる。ライトボウガン使いだけあって、ソフィアの砲撃の腕は流石だった。顔の周りにしか当たっていない。フウカとグレンも徐々に慣れてきたようだ。アマツマガツチの出血が目に見える。
「来るぞ!」
アマツマガツチが咆哮する。雨風が、一層激しくなる。アマツマガツチが突っ込んでくる。おれたちはバリスタを手放し、横に避けた。
「くっ!」
「はやっ」
ソフィアとフウカが風圧で吹き飛ばされ、受け身を取った。おれとグレンは盾でしのいだ。
決戦場の真ん中で、アマツマガツチが浮遊する。
「でかいな」
「作戦通りいこう」
四人で取り囲む。初見のモンスター戦の基本は、観察することだ。
「おっと」
薙ぐようにはらわれた尾を、後退して避ける。おれ狙いでいくらしい。
アマツマガツチは体勢を整えてから、ヒレではらう。避ける。天神と称される古龍と言えど、本気を出さなければこんなものだろう。そろそろ刺激を与えようか。おれはソフィアに射撃の合図をーー出そうとしたが止めた。
アマツマガツチは体をひねり空中で静止した。
「さがれ!」
全員逃げる。嵐龍自らが竜巻となるという荒技があると、ギルドマネージャーは話していた。あれがおそらくその構えだ。おれたちは全速力で走っているにも関わらず、中々アマツマガツチとの距離が開かない。吸い寄せられているのだ。転びでもすれば、竜巻によって天高く放り投げられること受け合いだ。
おれたちを吸い寄せる気流が止んだ。振り返ると、決戦場の中心に竜巻が発生していた。
「あれ、手に負えるのか?」
「やるしかないさ」
そこから数分観察していたが、今のところ特殊な攻撃は竜巻のみだ。ヒレや尾を使った攻撃は、他の大型モンスターと同じ要領で躱せる。おれはソフィアに射撃の合図を出した。火炎弾が顔に当たる。バリスタの傷が開く。アマツマガツチの眼が橙色に光った。
空気が変わった。本番だ。
咆哮を盾でしのぐ。フウカはおれ、ソフィアはグレンの盾に隠れた。大型モンスターとは比べ物にならない衝撃。頭が真っ白だ。
「こっちだ!」
おれはフウカの腕を掴み、横っ飛びした。手応えがないので、彼女もそうしていたようだ。超高圧の水流が横を通り過ぎる。水流は地面を抉ってから噴き上がった。フィールドの石が飛散する。
「かつてない威力の水ブレスだな」
あれを食らえば、石のように砕け散ること受け合いだ。
くらえば死。
嵐、竜巻、洪水を集約させた龍の猛攻を、おれたちはどうにか避け続けていた。緻密に立ち位置を調整しながら、慎重に攻撃を重ねていく。
そんな緊迫した中、おれは携帯食量を貪り食っていた。戦いが始まってから五時間近く経っている。食わねばやっていられない。ローテーションで休憩をとることで、他の三人も既に食事を摂っている。
かなりの長期戦。はたから見れば、攻めあぐねている状況だ。そんな中、おれはずっと狙っていた活路の開放に打って出た。
「ここだ!」
アマツマガツチがブレスを吐いている間に後ろから接近。竜撃砲のスイッチを押す。アマツマガツチが振り返る。銃槍の先端を、その凶悪な口に突っ込む。
龍の顔が燃え上がる。かつてない叫びをあげて、アマツマガツチは大きく仰け反った。顔を炎上させたまま、のたうち回る。
「拘束弾、いきます!」
ソフィアがバリスタから弾を射出する。弾にくくりつけられたワイヤーが、首と、背と、ヒレをとらえる。奴はしばらく動けない。
グレンは腹に深々と槍を刺す。
フウカの鬼神斬りが首を裂く。
ソフィアの撃つ火炎弾が反対側の首へ速射される。
そしておれの銃槍は再度口へ放り込まれ、フルバーストが放たれた。
勝てる。
誰もがそう思った。おれもそう思った。だがワイヤーが切れる時。おれは気がついた。嵐龍の眼が紅く光ったことに。
「離れろ!!」
咆哮。それは今までの、災厄としての咆哮ではない。
追い詰められた生物が発する、命の咆哮だ。
「があっ……!?」
「ぐっ……!」
「あぐッ……!?」
まともにその叫びを聞いてしまった三人は、思わずうずくまる。盾によってかろうじて立っていたおれですら、死を正面から意識した。
紫の空に、白い雷が幾多も落ちる。アマツマガツチの白かった身体は一部黒と赤に染まり、荒れ狂う空を司る神のごとし。地獄とはここか。
しかし目の前の龍は生きている。
「全員撤退!」
おれは遂にこの言葉を口にした。
「ですが!」
「その抜けた腰で戦うつもりか!?」
グレンがソフィアの手を取り、逃走する。よろけたソフィアを、グレンが支える。
「アベル……貴方は戦うの?」
フウカが震える声で訊いた。
「ちょっと足止めするだけだ。こいつがご機嫌になったら、また四人で一斉攻撃といこう」
フウカはおれを見た。おいおい、何だ? その顔は。
そして、ソフィアとグレンとは別の方向へ逃走した。
さてと。
「ようやく二人きりになれたな」
アマツマガツチと視線を交わし合う。これほどに強大な敵を相手をすることはあったが、タイマンは初めてだ。
次回最終話。