雷狼月山記   作:アンディー012345

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二十五 回帰

 太陽が昇ると共に目を覚ます。

 寒い。頭をすっぽり布団にうずめ、丸くなる。

 このまま寝ていたいが、強いハンターとは健康的な生活習慣が前提とされる。温かさと懐かしさの誘惑を振り払い、起き上がる。そして、壁にかけられたジンオウXヘルムを見やる。

「おはようアベル」

 布団を干して、顔を洗う。歯を磨いて、ギルドの食堂へ向かう。食堂と言っても、普段は酒場として使われている。朝食を作る暇がないハンターや村人のために、朝は食堂として機能しているのだ。

「おはようネコども。ガーグァ肉定食をくれ!」

「ネコじゃないって何度言ったら分かるニャ!」

 厨房のキッチンアイルーは、ぶつくさ言いながら調理を始める。

「ははは」

「……そのテキトーな感じ、やっぱりアベルに似てるニャ」

「ふふ、ありがとうネコ!」

「だあああ! それ以上ネコって言ったら野菜大盛りサービスにしてやるニャ!」

「ええ!? それは困る! やめてくれ、いや、やめてくださいアイルー様!」

「わかればいいニャ」

 意地悪なネコとの会話を終えて、席に着く。……昔、この席でおしっこを漏らしたことを思い出してしまった。

「おはようジーナ。……何で、一人で赤くなってんの?」

 ミレイが入ってきて無遠慮なことを訊いた。

「おはよう。別に、何でもない」

「そう? あ、アイルーさん。焼きオンブウオ定食!」

「はいニャ」

「ジーナ。聞いてよ。昨日、私とリクで、遂にリオレイアを倒したのよ!」

「ほほう。どおりで、ずたぼろなわけだ」

 ミレイの手足は包帯でぐるぐる巻きにされ、左目には眼帯をつけている。

「……ま、擦り傷よ、擦り傷。ジーナは一人で孤島のホロロホルル? って奴を狩りに行ったって聞いたけど……」

「瞬殺だ。物足りなかったな」

「……流石は、上位ハンター。分かってたけど、やっぱ格が違うわ……」

「それでも、G級には程遠い。早くフウカの手伝いができるようになりたいよ」

「負けてらんないなあ……私も、狩り、に……」

「ん? どうした」

 ミレイは頭から机に突っ伏した。ガン! と音がして、キッチンアイルーたちの視線が集まる。眠ってしまったようだ。……農場の手入れは、今日はこいつとリクに任せよう。

 

 

 朝食を終え、一旦部屋に戻り、着替えやらなんやらを済ませてまた集会所へ行く。

 ギルド内に部屋があると便利なものだ。狩りと生活が一体化している。

 集会所では、ハンターたちが掲示板に群がっている。私もそこに混じり、良さげなクエストを探す。

「ジーナさん」

「ん?」

 コノハに呼びかけられた。専属ハンター関連の仕事だろう。

 アベルが失踪してから、私はユクモ村の専属ハンターとなった。リクとミレイも、その一月後に専属ハンターとなり、ギルドに住み込み始めた。とはいえ二人は爆睡しているので、また、フウカは遠征で古代林に行っているので私一人でのクエストとなる。

「渓流でのジンオウガの確認、及び狩猟をお願いできないでしょうか。上位モンスターが多い狩場となっているので、難易度は暫定五です」

「強さが分からない、ということか」

「はい。不確定な情報なので、難易度は変動する可能性が高いですが……そもそも出会えない可能性も」

「かまわない、受注しよう。私の嗅覚を舐めるなよ。同族の匂いぐらい分かるさ」

「同族?」

「いや、何でもない。出現場所は?」

「こちらです」

 コノハは地図を広げた。峠道の一点に、黒丸が付けられている。

「ふむ、人間がこの道を通るか」

「山賊が襲われたみたいですね」

「ああ、その類なら人気のない道を選ぶだろうな。……内容は把握した。三十分後には出発できる」

「はい。よろしくお願いしますね。あ、それと。五時を過ぎても発見できなかった場合でも報酬は出ますので」

「五時まで渓流でブラブラしているだけで金が入る、ということだな」

「……ちゃんと探してくださいね?」

「無論だ。ここ最近、強敵を相手にしていなくて鈍っているところだしな」

「……」

「……何だ? 何か言いたげだが」

「いや、ジーナさん……アベルさんみたいだなって思って。見た目は全然違うんですけど……話し方とか、言ってることとか、雰囲気とかが……」

「惚れたか?」

「惚れ……って、ジーナさん! 私は別に、もう……!」

「ふふふ。では、風呂入ってくる」

「ジーナさん!」

 

 

 舐めていたのは私だったか。

 ジンオウガに会えなかった私はとぼとぼと帰路についていた。最近、日が沈むのが早い。吹き抜ける木枯らしに身を縮め、白い息を大きく吐き出す。

「次こそは……と思ったんだけどな」

 ジンオウガの狩猟依頼が出されたら、誰よりも早く受注してきた。アマツマガツチに住処を破壊されたジンオウガたちは、ユクモ村周辺を新たな住処とした。おかげで母数は増えるものの、肝心の「彼」だったことはなかった。

 コノハを茶化したが、私の方が深刻かもしれない。これだから、人間は嫌なのだ。そう思うたびに、洞窟で抱きしめられた時を思い出す。この温もりが残っている限り、私は人間として生きていける。

 ……でも、それでも、やっぱり。

「会いたいよ……アベル……」

 自殺という概念を知ったのは、人間になってからだった。初めは自ら命を絶つ意味が分からなかった。だけど今なら分かる。人は感情で動く。感情とは、川の流れのようなものだ。時に穏やかに、時に激しく。そして時に、激流となってとめどもなく溢れ出す。それは人を突き動かす。平時だったら不可能なこともやってのける。そこに自殺は含まれている。

 アベルが死にかけて帰って来た時。氾濫の予感がした私はジンオウガになって逃げた。でもまた人間に戻った。

 私は……アベルのようになりたかったのだ。

 アベルが一番強いと思っていた。あらゆるモンスターをひねり潰すさまに焦がれた。

 けれど彼と過ごしていくうちに、段々と、彼の強さはそれだけではないことが分かってきた。

 私にはなくて、彼にはある。私は意識していなくて、彼はしている。その正体をずっと探していた。

 ある日、遂に正体が分かった。それは心と言うらしい。

 アベルは川の流れを支配している。晴れが続けば穏やかに、雨が降れば激しく流れる。けれどけして溢れることはない。そんなことが出来るなら、人間は何でもできるではないか!

 その日は確か、訓練所に通って少し経った頃だ。アベルから離れた私は、目に見えて弱体化した。理由は、心が弱いから。アベルは慣れ親しんだ人と離れたところで、多少の動揺はしても、けして弱体化はしない。強いから。

 私は弱さを克服しようと一人暮らしを決意した。だが、そもそも無理な話だった。もし、アベルがいなくなったら……。そう考えるだけで、川が氾濫しそうになるのだから。

 では実際にいなくなってしまった今、氾濫しているかというとそうでもない。ギリギリのところで押しとどめている。

 いや、押しとどめてもらっていると言うべきか。

 

 

 夜。庭でハンマーの素振りをしていた私は、閉まるギリギリのところで温泉に滑り込み、汗を流した。満月が綺麗な夜だった。番台アイルーからドリンクを買い、飲みながら廊下を歩く。

「ジーナちゃん!」

「フウカ」

 部屋に戻ると、ハイテンションフウカがいた。お馴染みの「ふほう侵入」だ。ちゃぶだいには一升瓶が所狭しと並んでいる。

「さあさあ、飲もー! 私のディノバルド初狩猟成功記念ということで!」

「……もう飲んでるじゃないか」

 向かいに座り、椀を持つ。頼んでもいないのに酒が注がれていく。

「これ、高いやつじゃないか?」

「龍ノコハク酒だって。超〜高級品! 協力お礼ってことで向こうのギルドがくれたのよ」

「強かったか? ディノバルドというやつは」

「そこそこね。まあ、慣れたら大したことないわ。今のジーナちゃんでもなんとかなるかな」

「では今度は私も連れて行け」

「うん! それにギルドのあったベルナ村ってところの料理がまた美味しくてさ〜」

「何っ」

「お肉がね……すごくジューシーで……」

「うわあああ! フウカのせいで夕飯食ったのにまた腹が減ってきた! おでん食べに行く!」

「あ、私も行く〜〜」

 二人同時に出ようとしたので、出口でつっかえる。

「くっ寒い! フウカ、先に出ろ!」

「寒い〜〜〜出たくない〜〜〜!」

「もう半分出てるだろ! ああもう、戻ってもいいから早くしろ! 出れない、寒い!」

 結局二人で外を飛び出して、夜道を歩く。フウカがもたれかかっているので歩きづらい。

「ああもう、邪魔だ!」

「いーじゃないいーじゃない。こっちの方が楽なんだからあ」

「私は楽じゃないっ!」

「きゃははははは!」

「あーもう……あ」

 目の前に、ふわふわと雪が落ちてきた。

「わー! 初雪!」

 フウカはもたれかかるのをやめて、雪を追いかける。

「はつゆき……その冬に初めて降る雪、という意味か」

「うん。きれい……もう、冬なんだねえ……あ、見て! うえうえ!」

 言われるままに見上げる。無数の雪が闇に舞っていた。空は果てしなく深い。

 また、感情が溢れそうになる。でもこれは、アベルがいなくなった時とは違う。

「……ジーナちゃん?」

 終始破顔していたフウカが、酔いが覚めたような顔で私を見た。

「泣いてるの?」

 泣く……? まさか。この頰の温かい感触は。手で拭うと水がついた。

「ど……どうしよう。フウカ。と、止まらない」 

 視界が滲む。焦った私は、思わずフウカの方に手を伸ばした。つかまれて、引き寄せられる。温かいものに包まれた。何も見えない。フウカの匂いがする。

「……服が濡れるぞ」

 ぎゅっと目をつぶり、鼻をすする。

「ぜーんぜん気にしないわ。これからゲボぶちまけるかもしれないんだから」

 私は噴き出した。

「……このまま吐かないでくれよ」

「うん。大丈夫よ」

 手が背中に回される。また涙が出てきた。フウカの着物はぐしょぐしょになっているはずだ。

「……涙は、悲しい時だけでなく、嬉しい時にも出てくるらしいな」

「うん」

「今の私は、どちらだろうか」

「どっちでもいいのよ。涙が流せるってことは、生きてる証。頑張ってる証。だから……大丈夫よ」

「……フウカ。もう少し、このままで……いいか?」

「うん」

「……ありが、と……」

 フウカは私が泣き止むまでずっと、抱きしめ続けていた。

 そのあと二人で屋台に行き、おでんを食べた。おでんの汁を見つめながら、私は心の川が穏やかになっていることに気がついた。

「……だからフウカは、よく泣くんだな」

「ぶふぅっ! い、いい歳してそんなに泣かないわよ」

 にわかに動揺するフウカ。彼女はたまに情けない。……私もまったく人のことを言えないが。

「ジーナちゃん」

「なんだ? 竹輪ならやらんぞ」

「今日、私の部屋で寝る?」

「……断る」

 本音を言うと一緒に寝たかった。だが泣いて落ち着いたためか、素直になることが恥ずかしかった。

「ふふ……つれないなあ」

 

 

 

 

 フウカは私の部屋でつぶれた。瞬殺だった。前から飲んでいたとはいえ、まさか一杯目でこうなるとは……。

「……布団に吐かなければいいが」

 ベッドに寝かせて、灯りを消す。しかし、まだ寝る気にはならなかった。頭がぼーっとする。酔いを醒ますために水を飲んでから、ベッドの縁に腰掛ける。

 ガラス越しに空を見る。満月が光っている。

 今日もアベルに会えなかった。それでもかまわない。嵐はいつか去る。雲が開けて太陽は輝き出す。その輝きを、喜びを知っているから、嵐も耐えられる。別れを悲しむことはあっても、出会ったことが不幸とはならない。

 戸が鳴った。人か。誰だろう。匂いを嗅いで確かめようにも、私とフウカの酒臭さが邪魔をする。ロウソクを点け、戸に近づく。

 ようやく匂いが分かった。

 ……あれだけ流したのに、まだ溢れるというのか。

 私は震える手で戸を開け放った。

「おかえり……アベル」

 

 

 

 

おわり




これにて完結です。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
活動報告に全体のあとがきを載せる予定ですので、よければそちらもどうぞ。
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