雷狼月山記   作:アンディー012345

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五 告白

「起きろアベル、朝だぞ!」

おれは、布団の重みで覚醒した。

「あと五分……」

「今日はフウカと狩りに行く日だろう!早く起きろ!」

そう言えば、そんな約束していたか……おれではなく、ジーナとフウカが。

おれ以外の人間はみんな敵、感を出していたジーナがこれほどあっさり人を受け入れるとは意外だった。不服ながら、フウカには感謝せねばなるまい。

体を起こし、上に乗っている少女を見る。白銀の髪は寝癖がついて、ぼさぼさになっている。どこからどう見ても、ただの女の子だ。彼女が本当にジンオウガなのか、一夜経つとまた更に疑わしくなった気がする。

「おはようアベル!」

「おはよう、ジーナ」

「交尾しよう!」

前言撤回。こいつはジンオウガだ。

「しねーよ!」

「しかしアベルは準備ができているようだが?」

ジーナがおれに覆いかぶさったまま、腰を沈める。その重みで、もともと元気だった息子が更に元気になった。

「嬉しいぞアベル、一ヶ月の交際と言ったが、一日の交際で交尾してくれるとは……これもひとえに、私が魅力的だったからかな?」

「これはそういうことじゃねえええええ!」

 

 

おれが防具を着ようとすると、外側の戸が鳴った。

我が家はギルドに通じる内側の戸、屋外に通じる外側の戸と、二つの出入口があるのだ。

「アベルー、ジーナちゃーん、準備できたー?」

フウカの声だ。

「まだだ。そう急かすな」

「そう。じゃあここで待ってるわね」

「アベル、インナーの前ってどうやって留めるんだっけ」

ジーナが胸元を開けたまま近寄ってきた。

刹那、凄まじい勢いで戸が開け放たれた。

「どうして二人で着替えてるのよおおおお!」

フウカが叫んだ。

さて、ここは泰然自若にやり過ごしたい。

「いいだろ、親戚なんだから」

「親戚っつったってジーナちゃん十六でしょ!アウトよアウト!そしてあんたは早く防具を着ろ!」

「だって部屋一つしかないし……」

「ギルドの更衣室とかあるでしょ!」

「わざわざ行くの面倒だろ」

「っていうか、ジーナちゃんはいいの!?こんなむさい男に肌見せて!」

「ここは家だ。露出しても大丈夫」

「そういう問題!?そもそも……こんな狭い部屋にいい歳の男女が寝泊まりすること自体、やっぱりおかしいわよ。ねえジーナちゃん、私の部屋に住まない?」

「アベルの巣以外に棲むつもりはない」

「巣……?あ、愛の巣ってこと……!?」

何言ってんだこいつ。

「アイの巣?アイ、とは何だ?」

まだジーナに愛という言葉について教えていない。愛の意味を知るきっかけが愛の巣なんて、無粋も甚だしい。

「アイ……アイノス!アイノス、というモンスターがいて、そいつは一生同じ巣に棲み続けるんだ!」

とか言ってみる。

「なるほど、一生アベルの巣に棲む私はアイノス、ということだな!ところでそのアイノスというモンスターは強いのか?」

「それはもう強い。尻尾だけでリオレウスを倒せるほど強い」

「おお……是非とも戦ってみたいな、アイノス!」

「だが今日はアオアシラだ!行くぞご両人!」

「うむ、いざ行かん!」

うまくまとめることができた。

ジーナが問うたのは愛の意味だったが、フウカは、愛の巣の意味を訊かれたと思ったのだろう、罰が悪そうな顔をしている。ジーナの前で不純な言葉を使ったことを反省してくれたようだ。

ところで、ジーナが愛を理解するにはどれほどの時間がかかるのだろうか?

いつになるにせよ、それよりも先に低俗なことを覚えないでほしいと思う。

……娘ができた父親ってこんな気分なんだろうな。

「そう言えばアベル、郵便受けがすごいことになってたわよ」

ギルド側の戸から家を出る時、フウカが言った。たしか外側の郵便受けは手紙がはちきれんばかりに詰め込まれている。

「どうせ同じことしか書いてないさ」

「ふーん。ところで今日は大剣なのね」

「おれはもともと大剣使いだからな」

「え、そうなの!?生粋のガンランスオタクかと思ってた」

「お前こそ太刀しか使わねえだろ」

「いいでしょ、強いんだから。ジーナちゃんはハンマーなのね。重いけど、使いこなせるの?」

「もちろん。アベルに使い方を教えてもらったんだ!」

「へっ?アベル、ハンマーも使えたの?」

「おれは何でも使えるっつーの。笛を除いて」

「あれは私も無理。そもそも楽器を武器にするという考えから共感しかねるわ」

「ふえ?がっき?」

「人間が造ったものだよ」

「あ、そっか。ジーナちゃんはジンオウガだもんね!楽器とか分かんないわよね!」

からかうように笑うフウカ。やはり信じていないように見える。

 

 

フィールドは渓流。昨日のキノコ狩りと同じ狩場だが、今回はアオアシラに会うためより奥を目指す。

三人で森を歩いていると、ジーナがいきなり木の前でしゃがみこんだ。

「ふむ、これはアオアシラの爪の跡だな。近くに生息している」

「詳しいわねジーナちゃん!勉強してきたの?」

「そう、おれが教えたんだ!」

フウカがジーナの告白を冗談と受け止めている以上、誤魔化す必要はないのだが、つい癖でまた適当なことを言ってしまった。

「あんたには訊いてないわよ。ほんと黙っててくんない?」

今日のフウカはおれに対してのみ機嫌が悪い。朝からおれの醜悪な裸体を見たのだ、不快にもなるだろう。しかし人の家に勝手に入ってきた結果なのだから、もう少し己を省みてほしいものだ。

彼女はいつもと同じく、全身をG級レウス装備でかためている。背中に帯刀しているのは飛竜刀椿。これもまたG級武器だ。下位のアオアシラにそこまでするか、と言いたくなるが、初心者のジーナもいるわけだし、万全を期すに越したことはないだろう。

「匂いがする。そこの茂みの向こうだ」

ジーナはハンマーを構えた。

「えっと……ジーナちゃん、ジーナちゃんはまだ初心者だから私たちが戦うのを見ててね?」

「何を言っている。私も戦うに決まっているだろう」

フウカは真面目な顔になった。

「ジーナちゃん、アオアシラはハンター始めてから一日や二日で相手できるモンスターじゃないわ」

「私は特別だ。アオアシラごときに負けることはない」

「駄目!死んでからじゃ遅いのよ!」

あのフウカがここまで真剣に説教してくれるとは、ありがたい限りだ。しかしその大声でアオアシラをこちらから呼び寄せてしまうのはいかがなものか。

「来るぞ。二人とも、集中しろ」

「くっ……ジーナちゃん、絶対に突っ込まないで。私とアベルだけで倒すから」

フウカは剣を抜いた。あの構えは鬼神斬りの構えだ。速攻で終わらせるつもりらしい。

アオアシラが、茂みから姿を現した。

「やああっ!」

始めに飛び出したのはジーナだった。フウカは彼女が飛び出したこと、そして彼女が自分よりも速かったことの両方に驚いているように見えた。

遠心力の乗った鉄塊が、アオアシラの鼻を砕く。怯んだアオアシラに、更に殴打を重ねる。耐えかねたアオアシラが爪で払おうとするが、横転で避ける。

フウカも慌てて後に続いた。怒涛の勢いで鬼神斬りを放ち、大回転斬りでアオアシラの喉元を裂いた。

アオアシラは倒れ伏した。

おれ、何もせずにクエスト達成。

「もう終わりか!フウカ、中々やるじゃないか。私がとどめをさしたかったのだがな」

上から目線のジーナ。

フウカは大回転斬りのポーズのまま、固まっている。

「ジーナちゃん……ハンター登録したのっていつだっけ……?」

「昨日だ」

「アベルうううう!どういうことよ!」

「おれに訊いてるんじゃないんじゃありませんでしたっけ?」

「さっきの話引っ張ってくんな!いいから説明しなさいよ!」

「だってジンオウガだし」

「真面目に答えなさいよ!」

「ジーナ、アオアシラの剥ぎ取りについて教えてやる」

「無視すんな!……あーもう!ジーナちゃん、貴方は強いわ!」

「ふふん、当然だ」

「でも私の言うことを聞かなかったことには変わりないわ!罰として、今日から私の部屋に泊まること!」

「え……嫌だ!アベルのへやがいい!」

「いいんじゃないか?」

十六の少女とあの狭い部屋で夜を共にしているとなれば、風評がよろしくない。フウカになら安心して預けられるから、丁度良い。

「え……」

ジーナは泣きそうな顔になっていた。そんな目で見ないでくれ……。

「……じゃあ、一日限りで!」

おれも甘いな。なんだかんだ言って、彼女が惜しいのかもしれない。

「むう……分かった。一日だけなら」

「やった!ジーナちゃん、今日はたくさん話そうね!」

「いやだ」

「つ、冷たい……」

そう言うフウカの雰囲気は、おれには温かく見えた。

「本当にいいのか?」

「当たり前でしょ」

「……変わったな、お前」

「……そうかもね」

フウカは花のように笑った。例えるなら、桜。

 

 

剥ぎ取りを終え、帰路につく。森から出ると、開けた野原が目に入る。

おれはふと、フウカに全てを話そうという気になった。

「なあ」

「何?」

おれはジーナの話をした。彼女との出会いや、彼女の目的と、かなり事細かに話したが、意外にもフウカは笑わなかった。

「なるほどね。貴方達二人の関係は、一通り分かったわ」

「信じるのか」

「昨日、ジーナちゃんと風呂で話してみて……薄々ね。でも、ジーナちゃんがジンオウガであるという、明確な証拠はないわけよね」

「ああ。だが……嘘にしては手がこみすぎているだろう?」

「そうね。でも、一つ面白い推論があるわ」

「何だ」

「どこかでアベルに一目惚れしちゃった女の子が、貴方に近づくために嘘をついた……とかねっ」

「だとすると……凄まじい執念だな。全裸で外を出歩いたりもしてるんだぞ」

フウカはジーナを見た。

「ねえ、ジーナちゃんは、ぶっちゃけ、どう?アベルのこと、どう思ってる?」

ジーナはフウカから視線をおれに移し、しばらくじっと見つめていた。

「……強くて、ニンゲンになった私の世話をしてくれて、あと、肉をくれたり、肉の焼き方を教えてくれたり、武器とか買ってくれたり、色々教えてくれたり……色々、ある」

「アベルがジーナちゃんのために尽くしていることに対して、ジーナちゃん自身はどう思っているの?」

フウカは道脇の枝を踏んだ。ぱきりと乾いた音がした。

「ニンゲンの気持ちは、よくわからない。上手く言葉にできない。でも、アベルは、いた方がいい、気がする」

「そっか」

フウカは顔にまとまりついた黒髪をはらい、山の峰の方を眺めた。

「ジーナちゃん、私の部屋に泊まる件だけど、やっぱりいいわ。今日もアベルの部屋にいなさい」

「え、いいのか?やった!」

ジーナは無邪気に両手を広げた。フウカはどこか切なげに彼女を見つめていた。何かが、おれとフウカとの間ですれ違っている。そんな気がして不安になったが、それが何かは分からなかったし、そもそもそれの存在自体がおれの杞憂に過ぎないかもしれない。

「ジーナちゃん!」

フウカはポーチから黒色のカードを取り出し、ジーナに渡した。

「あ、これは……うむ、覚えているぞ」

ジーナはポーチをごそごそとあさった。そして同じ形のカードを取り出し、フウカに渡した。

「ハンターカードの交換は、狩り仲間の証……アベルから教わったかしら?」

「うむ。これでフウカは私のなかまと言うわけだな。フウカは別にいなくてもいいのだが、強いからいた方がいいから、なかまと認めてやってもいい!」

「あははっ、ジンオウガに認められるなんてさっすが私ね!」

ジーナはフウカのハンターカードを持ち上げたまま角度を変えた。黒色のメッキが光を反射し、高貴な輝きを放った。

「アベルのとは色が違うんだな」

「クエストをたくさんこなすと色が変わるのよ。私も……そのうち、アベルと同じ色に……なるわ」

「私もアベルと同じ色にするぞ!よし、明日はリオレウスだ!」

「そ、それはジーナちゃんと言えど厳しいんじゃないかな?」

「リオレウスリオレウス!」

「ドスジャギィでも狩りに行くか」

「そうね。雑魚がわくから、ちゃんとアベルにも仕事があるし!」

「おい、今日は仕方ないだろ。お前らが瞬殺しちまうんだから」

「アベル、どんな強者にも失敗はあるぞ」

「何でおれはジーナに励まされてるの?だから今日は仕方ないじゃん!」

「あはははは!」

なんてことを話しながら、おれたちは渓流を後にした。太陽はまさに山の陰に隠れようとして、空を荘厳な橙に染めていた。

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