六 炎天下の焦燥 前編
金属のこすれる音で、おれは目が覚めた。音はギルド側の戸の方へ、そして戸が開いた。
ジーナか。おれは静かに、慎重に布団から這い出て、後を追った。
外に出る。庭で、少女がガンランスを振り回していた。月の光が、少女を照らしている。少女は時折振るのをやめて、がちゃがちゃと持ち手をいじっている。その時おれに気付いたのか、こちらを向いた。
「あ……ごめん。起こしてしまったか」
「弾を撃ちたいのか?」
「……」
俯くジーナから銃槍を奪う。
「ここを押すんだ。そしてこことここを同時に押せば、竜撃砲を放てる」
「りゅう、げき……」
「近所迷惑だが撃ってみるか。近づくなよ」
おれはジーナから離れた所へ行き、竜撃砲のボタンを押した。槍の先端が紅く光り、夜の空気を燃やす。数秒の溜めの後、竜火の如き火炎が吹き出した。こちらまで熱くなり、反動でおれは後ずさった。
「と、こんなところだ……ジーナ?」
ジーナは両手で耳を塞ぎ、うずくまって震えていた。
おれが名前を呼ぶと、片目を開けた。
「あ……べ、別に怖いわけではない……ただ、びっくり……いや、びっくりもしていない!」
「怖いんだな」
「怖くない!」
おれはジーナの、右目の下にある傷を、指先でそっと触れた。
「この傷だけ治らないんだな。……女の子になるって分かってたら、竜撃砲なんて撃たなかったのになあ」
「アベル……私がガンランスが怖いせいで、アベルはガンランスを使わない。ガンランスを持っているアベルが一番強かったんだ」
「だから克服しようとしていたのか。偉いぞ」
おれはジーナの頭を撫でた。
「偉くない……。結局、怖いままなのだから」
「焦らなくていいさ。おれがガンランス以外も使いこなせることは知っているだろう?」
「でも、私が一番交尾したいのはガンランスを使うアベルだ。アベル、明日からはガンランスを使ってくれ。でも、もしかしたら、私がちょっとだけ驚くかもしれないから、竜撃砲の時は言ってくれ」
「オーケイ。さ、部屋に戻るぞ。早く寝ないと、明日に支障が出るからな」
「……うん。なあ、アベル」
「ん?」
「……アベルは……いや、何でもない」
「そうか」
ジーナは才能がある。リオレウスに負けたのは、彼女の実力が足りなかったからではない。おれが撃った竜撃砲に恐怖し、竦んだせいなのだ。
ジンオウガ時代も強かったと言っていたが、それも真実だろう。モンスターの強さは、時にギルドで定めた階級を逸する。下位で上位クラスのモンスターが、上位でG級クラスのモンスターが、時には現れる。ジーナもその類だった。
その卓越した才能を磨く上で、竜撃砲への恐怖は避けなければならない道なのだろうか。
翌朝。
ジーナと並んで酒場に入る。奥の壁際にフウカが立っていた。フウカはおれたちに気付いたが、すぐに目をそらした。誰かと話しているようだ。
ハンターの男が三人、フウカを取り囲むように、また受付や他のハンターたちの注目を浴びない位置を陣取っている。
「嬢ちゃん、おれらと一狩り行こうやあ」
「さっきも言いましたが、先約があるので」
「とか言っていつまで経っても来ないじゃねえかよ。本当は一人身なんだろう?オレたちが手伝ってやるって」
「結構です」
フウカほどの容姿ともなればこの手のナンパも日常茶飯事だろう。フウカは今のところ敬語を使っているが、あまりにしつこいと爆発すると予想する。
「アベル、何だあいつらは」
敵意のはらんだ声で、ジーナが言った。
「ヒトの雄の遠回しな求愛行動だ。だがあれにかかる雌はほとんどいない」
「なるほど、それもそうだ。雄数匹で一匹の雌を狙おうとしている時点で、奴らの弱さが窺い知れる。フウカには相応しくない」
その時、ボーン装備の男がフウカの腕を掴んだ。
「いいから行こうぜ?優しくしてやるから」
「……離してくれませんか?」
フウカの声には刺々しさがあった。おれは少々懐かしい心地がした。
「いいから行こうぜ?」
男の方も、語気が強まる。おれが止めようとした時、
「雑魚ども、汚らしい手を離せ!」
ジーナが叫んでいた。男たちの、訝しげな視線が彼女に集まる。
「なんだァ?てめェ。お、よく見りゃ可愛い……」
「雑魚に答える名などない。さっさと失せろ。目障りだ。鬱陶しいぞ、カス。ゴミ。うんこ」
「……はははっ、面白えこと言うなあ。チビの嬢ちゃん」
ボーン装備の男は、表面でこそ笑ってはいるが、頬が引きつっている。残り二人も、かなりキレているのだが、ダントツでキレているのは……。
「貴様、今何と言った」
「ん?もしかして怒っちゃった?チビの嬢ちゃん?」
「貴様あああああああ!」
ジーナは背中のハンマーを掴み、振りかぶった。おれはそれを掴んだ。
「アベル、何故止める!」
「申し訳ありません」
おれは答えず、男たちに頭を下げた。
「何が……申し訳ありませんだ!」
頭に水をかけられた。ジーナが暴れ出す。
「貴様、アベルに何をする!」
頭を下げたままジーナを制す。
「馬鹿にしやがって!責任とれ!」
今度は殴られた。ジーナが怒りに震えているのが、掴んだ肩から伝わってくる。
「おい、待て、そいつの装備……」
ジャギィ装備の男がそう言うと、ボーン装備の男は二度目の拳を引いた。
「ジンオウガXに……その武器は……おい、行くぞ」
男たちはすごすごと退却していった。ジーナは声を張り上げた。
「アベル……ヒトは、ヒトを傷つけてならないと言った。でも、奴らはアベルを傷つけた!暴力による制裁が必要だ!」
「確かに、おれがあいつらを殴っても正当防衛として許される」
「では何故反撃しない!あんな雑魚どもに舐められて悔しくないのか!?」
「ああ。それよりおれは今日のドスジャギィ討伐のことで頭が一杯なんだっつうの。フウカ、さっさと受注しに行くぞ」
「あ、うん。にしても、あんたはほんと狩りしか脳がないわよね!」
「ほっとけ」
フウカはわざとらしく明るく振る舞っていたが、ジーナは男たちの去って行った方をいつまでも睨んでいた。
「あ、暑い……」
おれらを狩り場である砂漠へいざなう馬車の中で、ジーナはのびきっていた。ギルドでの一件を引きずって氷のように無言だった彼女が、馬車に乗ってから初めて発した一言だった。
「そろそろ、あれ飲んどいた方がいいな」
「そうね」
「あ、あれとは……?」
おれとフウカは、ポーチからクーラードリンクを取り出した。
「お前にも持たせておいただろう?」
「あ……」
ジーナはしまったと言わんばかりの顔をした。
「……飲んでしまった」
「まだあるだろ」
「……ぜんぶ、飲んだ」
「え?三本もか?」
ジーナは頷いた。馬鹿な、いつの間に飲んだんだ……。本当は五本まで持てるところを、ケチって二本減らしたおれもおれだが。
「美味しくて、つい……」
「仕方ない、おれのをやるよ。次からは気を付けろよ」
「ありがとう、アベル」
ジーナはクーラードリンクをごくりと一気飲みした。
「おお……身体が、涼しい!」
おれとフウカも続く。
「やっぱ限界まで暑さに耐えてから飲むクーラードリンクは格別よね!」
フウカが核心をついた。暑さに耐え抜いてクーラードリンクを口にしたハンターは、減っていた体力が時間の経過と共に回復していくような快感を得られるのである。
砂漠に到着した。ジーナは砂漠に初めて来たためか、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回している。
「何だこの棘のついた生殖器のような形をした植物は!」
「ジーナちゃん、女の子がそんな言葉使っちゃダメ!それはサボテンって言うのよ」
おれは、馬車の中とは打って変わってはしゃぐジーナを見て、安心した。
ドスジャギィを見つけるには、まず手下であるジャギィを見つける必要がある。彼らに傷を負わせ、逃げた先がドスジャギィの潜む巣穴だ。おれらはジャギィを探して砂漠を歩いた。
そしてジャギィの群れを発見した。運の良いことに、ドスジャギィがいる。群れを率いて、狩りの真っ最中のようだ。前衛のジャギィたちがリノプロスと戦っている。
「よし、奴らは狩りに夢中だ。狩り終えたところを突くぞ」
「待ってアベル。ジーナちゃんの様子が……」
「わ、私がどうかしたか?な、何も我慢していないぞ」
ジーナは脚装備の短パンをしきりに持ち上げ、もじもじと膝をすり合わせていた。
迂闊だった……。クーラードリンクを四本も一気飲みすれぱ、催すに決まっている。ジーナもジーナだが、どうしておれも気付けなかったのだろう。
「ど、どうするのよ、この場合」
「この距離での野ションは、モンスターに襲われると危険だから、我慢しながら戦うのが定石だが……」
ジーナはおれの視線に気づくと、股を押さえようとして向かわせた手を引っ込めた。
「ど、どうした。戦わないのか?は、早く戦おう。でないと、も、もう、とにかく早く!」
「フウカ……おれはここで奴らを見張ってるから、ジーナに付き添ってやってくれ」
「了解……。行くわよ、ジーナちゃん」
「い、行くってどこへ。敵が目の前にいるんだぞ!?」
「ジーナちゃん、でもこのままじゃまたおもらししちゃうよ?」
「うぁ……」
ジーナの顔がみるみる赤くなる。フウカ、もっと言葉は選べなかったものか。
「しかしトイレがない……」
「その辺でしちゃうしかないわね」
「は、排泄はトイレではないと駄目だと、アベルが……」
そんなこと言ったっけ……。言ったとしたら、緊急事態の時はトイレ以外の場所でもよいと付け加えておくべきだった。妙な忠実さがいじらしい。
「アベルは後で殴るとして、漏らしちゃうよりはマシでしょ?ほら、行くわよ」
「うっ……引っ張るなっ」
「ご、ごめんごめん。ゆっくりでいいわよ、ほら、こっち」
二人がなんやかんや話している間に、ジャギィたちの狩りは終了していた。ドスジャギィがリノプロスの死骸をくわえた。巣に持ち帰るつもりだ。本来ならすぐにでも追わなければならないのだが、今気付かれるとジーナが危ない。ここは諦めるしかないか。
「わっ、あっ、やっ、ふ、フウカ、見ないでくれえっ!」
「ジーナちゃん!?」
おれの背後で、ベルトが外され、布がこすれ、そして水が砂を穿つ音が響いた。失禁はまぬがれたようだ。
ほっとしたのも束の間、一匹のジャギィがこちらを向いた。呼応するように、他のジャギィたちもこちらを向く。まさか、尿の匂いを嗅ぎつけたのだろうか。
「気付かれた!応戦する!」
「ま、待てアベル!」
ジーナが叫んだ。
「私のおしっ……ごほん、えーと、とにかくだ、終わるまで、時間稼ぎをしていてくれ!」
「任せろ」
おれは走り寄る三匹のジャギィを薙ぎ払った。後から二匹続いたが、同様に蹴散らした。
全てのジャギィが行動不能になった。残されたリーダー、ドスジャギィは距離を置いたまま唸っていたが、天に向かって吠えた。仲間を呼ぶ合図だ。
「ジーナ、まだ終わらないか?」
「まだだ。倒すなよ!傷もつけてはだめだ!」
「分かった分かった」
ドスジャギィが飛びかかってきた。それを盾で受け止め、後ろを確認する。
岩を隔てて、フウカの頭だけが見える。下にジーナがいるのだろう。その時、おれは二人の向こうから、ジャギィが走り寄って来るのを見た。
「後ろだ!」
おれが叫ぶより早く、フウカが抜刀していた。ジーナが気付いて伝えたのだろう。
おれは再度ドスジャギィと向かい合ったが、奴はするりとおれの横を通り過ぎた。仲間との合流を計ったか?それとも一人でいるジーナを狙って……。畜生、おれとしたことが!
おれはドスジャギィの腱を切り裂いていた。ドスジャギィは身体を支えられなくなり、頭から崩れ落ちる。しかし、浅かった。
ずるり、と動ける方の脚で立ち上がろうとしてきた。おれはそいつの頭に槍を突き刺し、引き金を引いた。
爆発。その向こうで、ジーナがハンマーを構えていた。茫然とした表情でドスジャギィの屍を見つめている。
「……倒すなよって……任せろって、言ったのに……」
「わ、悪い。つい、な。それよりも、まだ後ろに残党が……」
「もう倒されている」
ジーナの背後で、飛竜刀で切り刻まれたジャギィたちが宙を舞った。
「よし、リノプロスの肉でも食って帰るか?特別に焼いてやるぞ。こんがり肉Gの美味さを教えてやる」
「……アベルのバカっ!何で戦わない!何で戦う!私は……私はアベルが分からない!」
ジーナはそう叫んで、砂漠の彼方へ走り出した。