雷狼月山記   作:アンディー012345

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七 炎天下の焦燥 後編

雄々しく佇む岩にこしかける。彼方に、空の青と砂の白を分ける地平線。少女の姿はない。

「どうすんのよ」

「ペイントボールを投げておいた。匂いを追って行けば……」

「そうじゃなくて」

フウカがずいと顔を近づけてきた。

「ジーナちゃん、泣いてたわよ。どう励ますの?」

「肉を……」

「呆れた」

彼女もまた、視線を地平線へとやった。

「元々がジンオウガだったかなんだか知らないけど、少なくとも今、あの娘は人間なのよ?」

「……すまん。でも、どうしようもないよなあ」

「また呑気なことを……もういいわ。あんたはここで一人で肉でも焼いてなさい。私がジーナちゃんを探しに行く」

おれの返事を聞くこともなく、フウカは駆けて行った。

人は、弱いな。全く厄介なものだ。人は……どうしたら強くなれるのだろう?おれはどうやって強くなった?そもそも強いと言えるのか?

強くなった気でいただけなのかもしれない。

分からない。何をしたらいいのか。

岩に背をはりつけるようにして仰向けになる。ダイミョウザザミに吹っ飛ばされた時も、こんなに空が青かったなあ……。

……。

朝のナンパ男たちに対する憤り、ドスジャギィと戦い交えることさえできなかった苛つき。それだけではなく、人間になったことで増えた重圧もあるかもしれない。

ジーナは人間素人なのだ。

…………。

おれは勢いよく起き上がった。

 

 

無機的な水の流れる音が、洞窟の奥で反響している。

わずかに差し込む日光の中で、無数の埃が踊っている。

「待ってよジーナちゃん!走ると危ないって!」

「うるさい、来るな!」

洞窟内にて、せわしなく動く二つの人陰。

洞窟は広い空洞になっているが足場は細く、迷路のように不規則に分かれている。その下では水脈が轟音を立てており、足を滑らせたりすればたちまち呑まれてしまうだろう。

「もう逃げられないわね……こっちに来て」

ジーナは五メートルほどもある切れ目を前にして立ち止まり、振り返って歯ぎしりした。

「あ!」

フウカが驚嘆の声をあげた。ジーナが、切れ目を飛び越えようとしたのだ。向こう岸は、ジーナのいた岸より高い位置にあり、そこまではごつごつとした岩の急斜面となっている。岩を掴めば、ジーナの身体能力なら届く距離だ。しかし背中のハンマーの重みだろう、ジーナの身体は後ろに傾ぎ、手は宙を掴んだ。

「ジーナちゃ……」

フウカの声は水音で掻き消された。ふむ、洞窟の水脈は冷たくて気持ちがいいな。おれはもがくジーナの腕を掴んだ。

「落ち着け、もう大丈夫だ」

頭を水面に出してやる。ジーナは何度も咳き込んだ。

「……アベル……?」

ジーナの目尻が光った。それは水ではなく、涙のように見えた。

 

 

「ジーナちゃん!」

フウカが駆け寄ってきた。ジーナは逃げる気力も失せたのか、髪から水を滴らせたまま座り込んでいた。

「ジーナ、お前はまだ人間であることを受け入れきれていないきらいがある。お前がジンオウガとして生きたいならおれの言うことはどうでもいいことだ。だがおれはお前を人間として強くすると決めてしまった。だから、偉そうなことを言わせてもらう」

「……」

「ジーナ。リオレウスの時といい、お前は逃げることが嫌いらしいな」

「……」

「しかしお前は今、逃げている。弱い自分から、逃げている」

ジーナの鋭い眼がこちらを射抜いた。構わず続ける。

「ドスジャギィを倒せなかったのも、そもそもはクーラードリンクを飲みすぎたお前の過失だ。それがなければ、おれは武器を取ってすらいない」

「黙れ」

「溺れかけたのも、自分の跳躍力を過信したお前の過失だ」

「黙れ!」

ジーナが飛びかかってきた。おれは頭突きで応じた。ジーナは弾き返されて、尻餅をついた。

「くっ……私は……私はっ……」

「ジーナ、人間は弱い。体躯は小さい。電気も使えない。足は遅く、体力も筋力もない」

「それでも、アベルは……」

「おれも例外じゃなく弱い。だが、それで一向に構わない。弱さは克服できるからだ」

「どうしたら……できるんだ。どうしたら……」

「認めるんだ。自分の弱さを、反省点を。そして次から改善していくだけだ」

「…………」

「ジーナ、実はおれも弱かった。お前が走り去って行った時……どうしてお前がそこまで追い詰めていたのか、考えようともしなかった。おれがテキトーなせいで、苛ついていたって言うのにな」

おれはジンオウヘルムXを取り、素顔を晒した。

「すまなかった。朝、おれを庇ってくれたんだよな。それなのにおれは狩りのことしか頭になくて、お前の優しさも、憤りもないがしろにしてた。……本当に、ごめん」

頭を地につける。泥が髪についた。しかし顔は上げたくない。上げるのが怖い。

水のせせらぎと、各々の呼吸音だけが洞窟に響いている。

頭を下げてから、どれほど時間が経っただろうか。

「……私の方を……見てくれ、アベル」

がばりと顔を上げる。ジーナの瑠璃色の瞳に、おれが映っている。

「アベルがドスジャギィを倒したのは、私を守ろうとしてくれたからだ……。それだけじゃない、アベルはいつも私を守っていた。ありがとうと言わなければなからないことだ。しかし私には、それが耐えられなかった。アベルなしでは生きられなくなるのが怖かった」

「……いいんだ、ジーナ。十分だよ、それで」

おれはジーナの頭を撫でた。ジーナは特段嫌そうな態度も見せず、じっとしていた。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。現に今、逃げずに自分の弱さと向き合うことができただろう?それができたなら、これからはいくらでも前に進める。おれがいなくてもG級ハンターになるぐらいわけない。お前は才能があるからな」

「……」

「でもやっぱりまだまだ未熟だから、しばらくはおれが面倒見てやる。まだまだ教えてないことが、たくさんあるからな」

「……うん」

その返事は、水音に掻き消されそうなほど小さな声だったが、おれの耳にはしっかり届いた。

おもむろに立ち上がる。

「よし、そんじゃあドスジャギィの巣にでも攻め込みに行くか!」

「え?でも、ドスジャギィはもう……」

「ボスが死ねば新しいボスが生まれる。もっとも、まだドスと呼べるほどの強さでもないだろうがな。だが、まあ、リベンジは欲張りすぎないことだ」

おれは洞窟の出口に向かって走り出した。

「さっさと来い二人とも!ぼさっとしてるとまたおれが倒しちまうぞ!」

「そ、それはダメだ!」

焦るジーナの声を聞いて、笑みがこぼれる。やっぱりこうでなくっちゃな。

 

 

帰りの馬車の中。ジーナは王者のエリマキを抱いたまま、すやすやと寝息を立てていた。

「どうせいつもみたいに何も考えてないのかと思ったけど、見直したわ」

フウカが言った。

「本当に何も考えてなかったよ。お前があの時、突き離してくれなかったらこうはならなかった。ありがとな」

「なっ……やめてよ、あんたにお礼言われるとか、気持ち悪い。それに私は……何もできなかったし」

「ジーナがああなったのはおれが原因だからな。原因をなんとかしないことにはどうにもならんだろう」

「そうかもしれないけど」

会話が途切れる。しかし、気まずいという感覚はなかった。むしろ心地いい。なんだか、家族みたいだな。おれとフウカが夫婦で、ジーナが娘……とか言ったら馬車から放り出されそうなので、口には出さない。

「……でもさ、しばらくは面倒みてやる。とかじゃなくて、ずっと一緒にいてやる!ぐらい言えばよかったのに」

フウカがにやにやしながらそんなことを言ってくる。

「保証をできないことは言わない主義だ、おれは」

「……保証できなくても、保証するつもりさえあれば言っときなさいよ。そういう言葉、嬉しいわよ。女の子にとって」

「……いちおう、心に留めておくよ」

フウカ的にはおれとジーナが夫婦らしい。とすると、フウカ。お前はあれか。お母さんか?……それも悪くないかもな。

おれは頭装備の下で微笑んだ。少し、保証すると言いたくなった。

 

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