雷狼月山記   作:アンディー012345

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三章 風花
八 風呂上がり凍土


「あ、ジーナさん!ジーナさんに緊急クエストが出ていますよ!」

受付嬢のコノハが言った。

「緊急クエスト……って、何だっけ」

「ギルドが昇格に値すると認めたハンターに与える特別なクエストです。要は、成功するとハンターランクが上がるクエストってことです」

ジーナの眼が光った。

「私のハンターランクが二に上がるのか!」

「そういうことです!」

「やった!」

ジーナは両腕を高らかに上げ、喜びをあらわにした。

「四日で一ランク昇格……ということは四たす四たす四たす四たす四たす四たす四たす四で……あと三十二日で、わたしはハンターランク九になるということだな!」

「それは無理だ」

おれはあえて水を差すようなことを言った。ジーナが目で何故だと訴える。

「ランクが上がるにつれて昇格に必要なクエストが難しくなってくる。いくらおれやフウカがサポートするにしても、時間をかけて装備を整え、経験を積まなければ勝てないぞ」

ジーナはふんと鼻をならした。

「経験に関しては十分に豊富だ。すぐにアベルに追いついて見せるさ。というわけでアベル、早速そのきんきゅークエストとやらを受注してくれ!」

「お前が受注しないとランクは上がらないぞ」

「む、そんなルールがあったか。よしよし、私に任せろ」

ジーナはコノハから筆ペンを受け取り、用紙にクエスト受注の表明であるサインをした。バランスこそ崩壊している力強い字だ。簡単な読み書きを早めに教えていて正解だったな。

それにしても、ここまで早く緊急クエストが出るとは予想していなかった。

おれは受付の端にいるギルドマスターの方を見た。竜人族の彼はこの集会所のトップであり、緊急クエストの出すタイミングを決めている。

朝っぱらから酒をあおったりしているので、真面目に仕事をしているのか甚だ疑問であったが、ジーナに対して早期に緊急クエストを出したことから、大なり小なり彼女の実力を見抜いていると思われる。

そういえば、おれに対しても適当な評価をしてくれていたな。その慧眼は流石と言うべきか。

 

 

おれとジーナは浴場へ向かった。クエスト前に温泉に浸かるというのは、ユクモ村のハンターにとっての常識である。理由として、温泉の効能によって体がついたりするというものがあるが、単純に風呂を満喫したいという理由の方が、どちらかというと強い気がする。

「アベル、早く入ろう!」

湯あみ姿になったジーナがのれんをかき分け現れて、急かしてきた。どうせ混浴なのだから、彼女が男子更衣室に入って来たところで大して問題がないように思える。しかし規範から脱しているのは事実なために、というかそれ以前にその美貌と露出度から、彼女は周囲にいた男性客の注目を一斉に浴びる羽目になった。

「さっきも言ったが、先に入っていてくれよ」

おれは壁にかけられた時計をちらと見上げた。

「やだ。アベルと入る」

「そんなにおれと入って楽しいか?いつも一緒にいるだろう……」

「だって」

どうやら言葉が思いつかなかったらしく、ジーナは黙って唇を噛んだ。

「ひどいな、アベル」

「ジーナちゃんの要求を拒むとか、何様のつもりだ」

「イチャイチャしやがって、畜生畜生……」

知人の男たちがジーナを庇う。

「……分かった、一緒に行こう」

「やたっ!」

おれは苦笑して、意気揚々と浴場へ向かうジーナに続いた。

入り口の戸をスライドすると、ちょうど風呂から上がってきた女性と目が合った。

「な……」

女は驚きに満ちた表情をした。

「おはようフウカ!朝に風呂で会うのは初めてだな!」

「おはようございまーす……」

おれとジーナでそいつに挨拶する。

フウカは、タオルで隠してもなお張り出す胸を両腕で押さえていた。ぽたぽたと、肌に付着した雫が落ちる。風呂上がりだからだろう、顔が仄かな桜色に染まっている。いつもは隠れているうなじが髪を結ったことであらわになっており、色っぽい。

「お、おはよう」

おれはビンタでも来るかと身構えていたが、来たのは意外にも儚げな挨拶だった。そしてそそくさと女子更衣室に駆け込んで行った。

「待て、フウカも一緒に入ろう」

ジーナがフウカのタオルの端を掴んだ。

ぱらり。水を吸ったタオルが落下した。

豊満で、かつ張りのある胸。うっすらと割れた腹筋。そしてその下の……。

慌てて目をそらす。一瞬、ほんの一瞬だが、魅入ってしまっていた。

おれがジーナの後ろではなく、隣か前を歩いていれば、こうまではっきりとお目にかかることはできなかっただろう。

再度身構える。ビンタか?パンチか?それとも虚をついてローキックが飛んでくるか?

「じ、じろじろ見んな、変態!」

フウカは素早くタオルを拾い上げ、体に巻き直した。

「ま……ジーナちゃんのお願いなら、断れないわよね」

「は!?」

しまった。思わず「は!?」とか言ってしまった。

「は!?て何よ、は!?って」

ジト目で睨みつけられる。

「いや、だってお前……」

「そうと決まれば、早く入るぞ!」

ジーナは、おれとフウカを湯船に放り投げた。

凄まじい力だな……。水面から首を出し、顔を拭う。すぐ隣でフウカが同じことをしている。

「フウカ、お前、おれと……」

ざっぱーん。ジーナがダイブした音で、おれの声はかき消された。

「ちょ、ジーナちゃん!飛び込んじゃダメ!」

「そうだぞ。周りに迷惑がかかるだけでなく、お前の身体にも多大な負担がかかるぞ」

「なに、こんなことでか!?いくら人間とはいえ、脆すぎるだろう!アベル、でたらめを言うな!」

そうして、いつもの調子で三人の会話が始まった。

はて、何かを忘れている気がするが……。ああそうだ、湯を体にかけるのを忘れていた!

いや、そうじゃない。それもあるが、何故フウカがおれと一緒に風呂に入っているのか訊こうとしていたのだ。

おれはこの村に来て、フウカと出会ってからというもの、ずっと入浴時間の制限をされていた。

どうやら、おれみたいなブ男に裸を見られたくないらしい。腹は立つが腑に落ちる理由ではある。

今日だって、おれが入っていいのは五分後だったはずだ。さらにあろうことか、彼女が危惧していたことが最悪(おれにとっては最高)の形で起きてしまった。

それなのにフウカはその件に触れないどころか、楽しげにおれと談笑する始末。

胸の奥にもやもやとしたものを覚えつつも、一時の安寧を手放したくなかったおれは、彼女の変化を指摘することをやめた。

ひょっとしたら、二人きりになった瞬間にぶっ飛ばされるかもしれない。いちおう注意しておこう。

 

 

風呂上がり。レウスX装備のフウカと、ハンター装備のジーナが更衣室から姿を見せた。

「で、アベル。緊急クエストの内容は?」

フウカが尋ねた。

「ギギネブラ一頭の狩猟だ」

「となると、凍土か。湯冷めしそうね」

「初めての狩場だな。砂原ほど暑くなければいいが……」

ジーナが不安げに言った。

暑くないどころか極寒だ。通常のジンオウガの目撃例はないが、ジンオウガ亜種ならいる。ジンオウガは、どちらかというと涼しい気候に適しているのかもしれない。

おれはジーナに、心配することはないと言っておいた。

 

 

「さ、さ、さささ、さむううううい!なんだこの寒さはあああああ!」

凍土行きの馬車の中。雪が積もっているのがちらほらと見えてきた頃、ジーナが絶叫した。

「怒っているわけでもないのに息が白くなってるし……なんだここは!」

「そろそろあれ飲むか」

「そうね」

「あれ、とは?」

「これだ」

おれとフウカはポーチから赤い液体の入った瓶を取り出し、一気飲みした。体の芯から、燃えるように温かくなった。

「ホットドリンクだ。クーラードリンクとは逆に、寒い時に飲むと体が温まる。お前にも持たせたはずだ。まさか、全部飲んではいないよな?」

かつての失敗を煽るように言う。

「いや……今回はちゃんと残している」

ジーナがポーチからホットドリンクを出すのを見て、ほっとする。

「しかし……」

ジーナは瓶を持ったまま静止していた。

「どうした?早く飲めよ、凍え死ぬぞ」

「さっき味見をしてみたのだが……これは飲み物とは言えない。リオレウスの吐く火球とか、そういう類だ。二人とも、どうして飲めるんだ?」

「ああ、ちょっと辛いからな。だが大丈夫、飲んでも身体に悪影響はない」

「でも……」

ぐずぐずするジーナからホットドリンクを奪い取り、蓋を開け、口に近づける。

「や、やめろ!」

「凍え死んでいいのか?」

「焼け死ぬかもしれないだろう!」

「死ぬわけねーだろ!」

「凍え死ぬわけもないー!」

散々押し問答が続いた挙句、折れたのはおれだった。

「限界になったら飲めよ」

「う、動けば大丈夫だ」

冷たい風が馬車の中をするりと通り過ぎ、ジーナはぶるっと肩を震わせた。

 

 

凍土のベースキャンプに到着した。目指すのはギギネブラの住処である洞窟だ。

ジーナは初めて見る雪を踏み荒らして回っていた。

新しい環境に慣れておくことも必要だと思ったので、おれはあえて何も言わなかった。

「あ!あれがポポとかいうやつだな!」

ジーナは遠くにいる毛深い草食獣を指した。

「美味と聞いたんだが、食って……いや、ダメだダメだ……ギギネブラが先だったな」

「終わったら食おうな」

「うん!」

屈託のない笑みを浮かべるジーナ。今のところ、寒がる様子はない。

 

 

洞窟に入る。大型の飛竜が住処にするだけあって、かなり広い。

入り口から漏れる光を頼りに、先へ進む。

ジーナの歩みが止まった。目を閉じ、鼻をひくつかせている。

「巨大な何かがいる……この先だ」

彼女の察知能力はなかなかに優秀だ。

おれはペイントボールを握りしめ、先頭を歩く。

突き当たりの角を曲がると、暗がりの中を、白い塊が蠢いていた。

ギギネブラだ。

「行くぞ」

ペイントボールを投げつける。翼に命中し、ギギネブラがこちらに気付く。おれは盾を構えた。

「後ろに隠れろ!」

ジーナとフウカがおれの背中にはりつく。刹那、ギギネブラの咆哮が洞窟に響き渡る。盾越しにびりびりとした衝撃。

おれがそれを受けきると、後ろで隠れていた二人が左右から飛び出す。まずジーナのウォーハンマーがギギネブラの頭部に直撃し、続いてフウカの飛竜刀が喉元を切り裂く。

ギギネブラは怯まず、頭をゴムのように伸縮させ、ジーナに頭突きした。

ジーナは横転し、危なげなく避けた。

ギギネブラの頭が収縮し、再び伸ばされる。その先にいたフウカは跳躍し、軽やかにかわした。

おれはギギネブラの首を突っついた。たまらず後退しようとしたところを、更に突っつく。それはもう、執拗に。

するとギギネブラの白い体が黒く変色した。顔と尾の模様が、妖しい紫を湛える。

ギギネブラは再び吠えた。

おれは音波を盾で受け止めるなり、ガンランスを背中に差して、一目散に逃げ出した。

「ジーナ、ここからはお前がメインでやれ!」

「任せておけ!」

両手で耳を塞いでいたジーナは再びハンマーを手にし、怒れるギギネブラに向かって行った。

 

 

クエストが始まってから五分ほどが経った。おれとフウカはジーナとギギネブラの戦いを傍観していた。

ジーナは傷こそ負っていないものの、決定打を与えられずいらいらしている。

ギギネブラの、収縮性があり、通常時と怒り時に変化する肉質は、なかなか思い通りに打ち壊せないものだ。

それに武器もよろしくない。彼女の武器は購入してから一切手を加えていないウォーハンマー。

大型モンスターを一人で倒しきるには威力がなさすぎる。

しかしまあ、いい訓練にはなるだろう。

ちなみにおれとフウカが少しだけ交戦したのは、単に勘を鈍らせないためである。とはいえ……。

「やっぱり鈍るな」

「そうね」

はっきり言って、下位のモンスターでは相手にするには力不足すぎる。今の感覚でG級イビルジョーにでも挑んだ日には、気づかぬうちにパックリ捕食されてしまうかもしれない。

「お前には迷惑をかけちまってるな」

「そんなこと気にする仲でもないじゃない」

「そうなのか?そりゃどうも。しかしそろそろ、ジーナばかりに構ってられなくなる」

感覚の問題だけではない。

G級であるおれとフウカが下位のクエストを受けることは許される。G級を受けなければならないという義務はない。しかしだからと言って、G級のクエストを受けないというのは責任の放棄というものだ。

「じゃあ、どうするつもりなの?」

フウカが低い声で言った。

「訓練所の教習生で、ちょうどよさげな奴がいてな。近いうちにそいつを紹介するつもりだよ。つってもジーナのコミュニケーション能力にはまだ若干の不安がな……」

「じゃあ私は」

「ああ、お前は狩りに行っていてくれていいぞ。それとも、お前も来るか?」

「そうね……私、あそこの教官、ちょっと苦手だから……」

「そうか」

そのとき、天井にぶら下がったギギネブラがジーナに吸い付いた。ジーナの身体が宙に浮く。

「うわあ、離せ、この!」

ジーナは逃れようと懸命にもがいた。手を、脚に力をこめて、全身をくねらせる。それを見ておれは不安を覚えた。念のため、彼女の落下地点に近づく。

「うわっ」

無理のある体勢でギギネブラの拘束を解いたジーナは、頭から真っ逆さまに落下した。

余計なお世話かとは思いつつも、受け止めてやる。防具を身につけていてもなお軽い少女の身体は、ギギネブラの涎まみれになっていた。糸を引いているそれが目にかかっていたので、拭ってやる。

「よ、余計なことを……今のは自分で着地できた」

ジーナはずるりとおれの腕から抜け出して、天井で揺れているギギネブラを見上げた。

……そうだな、これきりにしよう。昨日の砂漠での諍いが、どうもおれを臆病にしたようだ。

ジーナを想う方向が、本来目指していたものと異なっている。

おれ自身がもっと強くならなければな。

フウカは文句を言うような目でこちらを見つめていた。やっぱりお前もそう思うか?

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