Badass Wizard 作:ウィッドリィ
凡そ二年前の事だ。数千の学園が集まり都市を形成したキヴォトスに置いて、大規模なテロが行われたのは。
首謀者は、
ブロンドの癖っ毛を後ろに流すようにして撫でつけ、小金の瞳に宿ったのは強い意志の光。
黒いコートを翻し、革靴を鳴らしてシルクハットを被った紳士然とした彼は、銃社会であるキヴォトスでありながらピストルの一丁も持ち合わせてはいなかった。
代わりに、彼が振るったのは長さ40センチ弱の一本の棒きれ。
彼はその棒切れを宛ら指揮棒のように振るいながら、不良や破落戸を率いてキヴォトスの現体制を担う連邦生徒会を転覆させようと暴れ回った。
だが、彼は膝をつく。
連邦生徒会だけではなく、当時のキヴォトス三大校のトップであった、“雷帝”“熾天使”“全知全能”の三名がそれぞれに率いた連合軍によってだ。
これほどの戦力が一致団結して事に当たるなど、史上初とまで言われた事件を経て彼は矯正局の最奥に存在する特別監視室に収監される事となるのだった。
***
「――――あー……暇だな」
日の光も届かない完全密室の特別房。
四方を分厚いコンクリートと鋼板の壁、そして天井と床に囲まれた正方形のその部屋は中央に一つの椅子が置かれる形を取っていた。
座るのは、一人の少年。だが、その格好は実に酷いものだ。
首から下はミノムシのように袋状の拘束具に包まれ、更にその上から黒いベルトと鎖によって雁字搦めに椅子に縛り付けられているのだから。露出した頭にしても、首の辺りがベルトで椅子に固定されている。
更に目元は、こちらもバイザーによって完全に視界が絶たれており永遠の暗闇だけが広がっていた。
「いい加減飽きたな……でも、負けた身としては脱獄するのもなァ」
どうしたものか、と独り言が虚しく房内に響いた。
この二年間、身動ぎの一つも真面に出来ない生活。毎日、微妙に時間をずらして与えられる食事は一応飽きない程度にはメニューが変えられていたがそれ位。後は、昼も夜も分からない無味乾燥だけがその場にはあった。
確かな満足をもって打倒された彼だが、それはそれとして退屈と言うものは付いて回る。
それでも脱獄などに消極的なのは、偏に彼自身が自分自身の敗北を受け入れているが故の事。裏を返せば、彼の気持ち一つでこの特別房も容易く破られる事になるだろう。
今日も今日とて虚無の一日。その情報も入って来ない以上、出来る事もない。
バイザーの下で彼は目を閉じた。
だが、今日は違う。
「…………んん?」
目を閉じていた彼は、首を傾げる。といっても拘束されている為、鎖が僅かに揺れただけだが。
彼が感じ取ったのは振動。視界が遮断されているからか、自然と鋭敏となった触覚や聴覚が異変を感じ取ったのだ。
「揺れてるなぁ……でも、地震じゃない。コレは、火薬の揺れか」
ニヤリと彼の口元が弧を描いた。
どこぞの誰とも知れないが、矯正局ひいてはここを管理するヴァルキューレ警察学校とその上の連邦生徒会に喧嘩を売った馬鹿が居るらしい。最奥にあるこの特別房は、僅かな揺れを伝えてくるばかりだが外は争乱に包まれているのだろう。
気にはなる。だが同時に、自分は蚊帳の外だろうという思いが彼にはあった。
二年だ。短くとも、学園都市であるキヴォトスではその勢力図を大きく変えるに難しくない時間だ。
既に、彼を捕らえる際に力を振るった者達は卒業してしまった事だろう。それが、僅かな心のしこりとなって残っている位。
改めて、彼は目を閉じた。最早外から響く揺れも興味はなし。
自発的に出る気のない彼がこの場から動く事は無い。
動かせるとすれば、ソレは第三者の介入があってこそのモノ。
不意に特別房に唯一通じる金属製の扉が軋む音が、房の中に響いた。同時に、入って来るのは複数の足音。
「ああ、遂に。ついにこの時が来たのですね」
「うふふ……そう逸らなくとも彼は何処にも行けやしませんわ。文字通りに」
「お嬢さん方、時間的余裕はあまり無いんですから手早く行きましょう」
聞こえてきた少女たちの声。彼は、目を開けた。
「その声は……久しぶりだな、お前たち」
「ええ、お迎えに上がりました貴方様」
「へぇ?迎え、ねぇ……でも、俺にはこの檻を出る理由がないんだがな」
「そうも言っていられない状況のようですよ。詳しくは、彼女からどうぞ」
『お久しぶりですね、ミスター。Mrグリム』
「んん?おー、教授じゃないか。久しぶりだな。元気してるか?」
『もちろん。旧交を温めたい所ですが、今は先に問題を片付けましょう。Mrグリム、貴方には脱獄していただきます』
「理由は?」
『キヴォトスに混沌を――――という訳ではありません。連邦生徒会長が失踪しました』
「何……?」
『理由は不明です。ですが、現在のキヴォトスは加速度的に治安を悪化させています。まるで、ゲヘナがキヴォトス中に広がる様に』
「それで?俺が出る必要性は何だ?」
『混沌だけなら、良いんです。ですが、今のキヴォトスには彼らが居る。支配者を気取る無法者たちが』
「成程……良いだろう」
彼はそう言うと周りに居るであろう来訪者たちに少し離れているように伝える。
気配が遠のいた事を確認し、彼は行動を開始した。
「――――フッ」
鎖とベルトが何か見えない力に引き千切られるようにして破壊される。拘束衣は布地が縦に裂ける。
目隠しが飛び、首のベルトが引き千切れた。
わずか数秒で、凡そ二年間彼を拘束し続けていた戒めたちは至極あっさりとその役目を終える事となる。同時に、彼は立ち上がった。
「~~~~~ッ、はぁぁぁぁ………体がバキバキだな。運動不足も甚だしい」
大きく伸びをすれば、凝り固まった全身が鈍い音を立てた。
そして、改めて房へと入ってきた者たちへと目を向ける。
「久しぶりだなワカモ、アケミ、アキラ。教授は、タブレットか」
『私は頭脳労働専門ですから。
「呼べば来るさ」
タブレットの画面に映る少女の問いに答えて、彼は指のスナップを鳴らす。
瞬間、彼の右手に一瞬のうちに現れるのは一本の棒きれ。
40センチ弱の長さであり、持ち手部分には複雑な紋様が彫り込まれ反対側の先端に行くにつれて細くなっていくシンプルなデザイン。
彼は杖を一振りする。たったそれだけで、その姿は大きく変わった。
黒のダブルスーツに、黒のネクタイ、白いシャツ。足元はダークブラウンの革靴へと変わり、伸びていた髭は綺麗サッパリ消えて、伸びていた髪は程よい長さに切り飛ばされた。
黒のロングコートを羽織り、頭にかぶるのは黒に紅い布が巻かれたシルクハット。
「やはり、貴方様にはその格好が似合います」
「だろ?そう言えば、他の奴らは居るのか?」
「私たちを含めて、七名ですわね。ボスを入れて八名。とはいえ、前と同じで宜しいんでしょう?」
「そうだな。好きに暴れて、好きに過ごせば良い。お前らを抑圧するもの何てないからな」
筋肉質で大柄な彼女の言葉に返しながら、彼は歩き出す。
この日、最悪にして災厄の魔法使いがシャバへと解き放たれた。
「あ、俺って今一文無しじゃね?あっちゃー、どうすんべ衣食住」
「貴方様のご命令でしたら、何処からでも盗ってまいりますよ」
「栗浜の家から援助する事も可能ですわね」
「ヒモみてぇだな」
「そうは言っても、前もそうではありませんでしたか?」
「いやいやいやいや、ちゃんと稼いでたから。具体的には、ブラックマーケットを締めてたし。献上品あったし」
締まらない男だ。