Badass Wizard 作:ウィッドリィ
その報せを受けて、少女はそのオッドアイの瞳を大きく見開いた。
「…………どういう事?」
「そのままの意味です。私はアビドス並びにカイザーより手を引かせてもらう、そう言っているんです」
「ッ、信じられるとでも?」
「如何様にでも」
日差しが一筋だけ差し込む室内で、デスクに両肘をついて手を組み口元を隠すようにして異形は告げる。
ダークスーツに身を包み、人型ではあるがその肉体は宛ら黒曜石のように黒く無機質で、生物としての生命力とも呼ぶべき要素を一切感じられない。
一応の顔のように見えるのは、目鼻口などのパーツではなく亀裂とそこから漏れる白を内包した黒の靄のようなもの。
悪い大人は、その口とも言えない亀裂の口から言葉を紡ぐ。
「ハッキリ言いましょう。私としては、“彼”と敵対する事は望ましくない。いや、そもそも敵対出来る領域にないんです」
「彼?……先生の事?」
「違います。先生は、この世界において唯一の役割を持ち、そして我々と歩調を共にする事が出来るかもしれない存在です。しかし、
大人は語る。
「彼、かの魔王と敵対する事は、即ち破滅を意味します」
「だから、それって誰なのさ!!」
「クックック……小鳥遊ホシノさん。情報を得るためのアンテナは張っておくべきだと言っておきましょう」
「…………」
「つい先日の事です、矯正局の囚人が数名脱獄を果たしました。ご存知ですか?」
「…………噂程度には、ね。七囚人でしょ」
「ええ。ですが、表向きには流れなかった情報が一つあります。それが、特別房に収監されていた彼の存在でしょう」
「それで?」
「彼の罪状、ソレは二年前に行われた大規模なテロの主犯。その中身は、連邦生徒会の転覆を狙ったものでした」
「でも、捕まってるんでしょ。矯正局に居たんだし」
「彼の捕縛には、連邦生徒会長、ゲヘナの雷帝、トリニティの熾天使、ミレニアムの全知全能。そして彼女らの麾下に位置する精鋭を組み合わせた連合軍で辛うじて行われたものなのですよ」
「は……?」
少女は、怨敵を前にしているにも拘らず唖然と口を開く。
キヴォトス三大校の元トップ三名にその部下と超人麾下の連合軍。そんな物をぶつけられれば、まず間違いなく大抵の相手は塵も残らない。
だが、
「結果として、連合軍の六割が壊滅。各トップも小さくない手傷を負い、更に捕縛できたのは彼とそれからその周囲に居た幹部数名のみ。残りは雲隠れした者が大多数です」
「ッ、そんな相手なら何で情報が出回らないのさ」
「簡単な話ですよ。連邦生徒会にとって、彼は正しく不倶戴天の怨敵。その一方で、超人である連邦生徒会長を欠いた自分達ではどう足掻いても敵わないとも理解しているんです」
大人が語る、事実。
残念ながら大半のリソースをすでに吐き出し、先生の登場によって辛うじて持ち直した連邦生徒会だがその有様は未だに青息吐息の満身創痍。オマケに、獅子身中の虫を飼っている上にそれを処断する力もない。
加えて、そもそも共通の敵を前にして呉越同舟のような状態であった三校も再度纏まる事は難しいだろう。
カリスマの強い連邦生徒会長は居らず、三校共に学校全てを引っ張るような剛腕のカリスマを有するトップが居ないのだから。
もし仮に二年前と同じ状況に陥れば、まず間違いなく連邦生徒会は倒れるだろう。
だが、ここで冒頭の話に繋がる。
「何故だか彼の狙いはカイザーのようでしてね。既に、カイザーPMCの幾つかある支部は潰されているんですよ」
規模はデカいが質は低い。実の所、カイザーの軍事力はそんなものだ。
最大の武器は、数。兵装を自分達で製造している為、装備を行き渡らせる事は出来るのだ。他所から買う訳ではない為、その必要な軍事費は通常に比べて安く済む。
大部隊が同一規格の高火力兵器を手に蹂躙する。単純ながらも、強力な戦法だ。
もっとも、ソレは数の暴力が意味を成す相手に限るが。
「彼の力は、私も把握できていません。調査が出来るのであれば良いのですが…………今は言っても詮無き事ですね。とにかく、これからの貴女は自由の身です」
「…………」
少女は、未だに事態を飲み込めていなかった。
僅かずつではあったが良い方向へと進んでいた実状が、唐突に壁の一つを取り払われたかのような事態なのだから。
同時に、件の脱獄囚を調べよう。彼女はそう決めるのだった。
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狡猾な大人が手を引いていた頃、時を同じくしてカイザーPMCの数ある支部の内の一つが襲撃を受けていた。
「ふぅ……私、随分と鈍っていますわね」
アンニュイな溜息と共に憂いの表情を浮かべるのは一人の少女。
ただ、その姿は異様だ。
少女と称したが、彼女はそこらの男性よりも遥かに背が高く、オマケに隆々とした屈強な肉体を有しているのだから。
栗浜アケミ。上半身は胸に晒しを巻くだけで、後は惜しげもなくその肉体美を表しており、下は赤いロングスカート。ただでさえ高い身長を嵩増しするハイヒールブーツといういで立ち。
彼女の周りでは粉砕されたパワードスーツ。岩にでもぶつかったのか車体前部が圧壊した軍用車。そしてひっくり返された重戦車等々。
その全てが、アケミの手によるもの。
彼女が信奉するのは、力。純粋な腕力。
成人男性よりも遥かに強い力を持つヘイロー持ちの生徒たちですら、彼女にとっては実に貧弱。張り合える者など片手で足りるのではなかろうか。
「こんな事では、ボスのお役に立てませんわね。もう少し、歯応えのある相手で錆落としをしたいものなのですけれど」
呟きながら、アケミは右の拳を握って振り被った。
踏み込むのは、一歩。その一歩で彼女の巨体は十数メートルの距離を詰めていく。
「なっ、速――――」
「貧弱」
大盾を構えたオートマタが、盾ごと粉砕される。
「脆弱」
迫っていた戦車に肉薄し、砲身を脇に抱えて砲塔を引っこ抜き即席のハンマーとして車体と周囲を薙ぎ払う。
「惰弱」
支部の壁面に拳が叩きつけられ、円筒形の巨塔はくの字に折れ曲がり崩落していった。
崩れ落ちる塔をバックに、アケミは両手を腰に当ててため息を一つ。
「ふぅ……やっぱり、ボスにサンドバッグを用意していただきましょう。拳のキレも鈍っている事ですし」
怠惰は宜しくない、と彼女は首を振る。
栗浜アケミは力の信奉者だ。銃撃戦よりも、肌と肌をぶつけ合う殴り合いを信条とするタイプ。
そんな彼女が、あの男に付き従うのは自分とはまた違う圧倒的な力の存在を目の当たりにしたからだった。
杖の一振りで、千に迫る部隊が壊滅する。空から襲った列車砲による砲撃は押さえ込まれ、全周の飽和射撃は一発も掠る事無く、神秘の籠った銃撃すらほぼ通らないロボットを一瞬でスクラップに変える。
正しく、怪物。そして化物と称しても相違ない所業。
同時に彼は、
キヴォトス史上、屈指のテロリスト。その評価は決して間違いではないが、彼のテロリズムは単純な社会的不平不満を吐き出す為のものではない。
自分よりも上の暴力性を有しながら、その暴力を青臭い理想の為に振るった魔王。
だからこそ、栗浜アケミはその軍門に降る事を選んだ。人としての強さを見たからだ。
「姐様!お疲れ様です!タオルをどうぞ!」
「ええ、ありがとう」
舎弟の一人であるスケバンから濡れタオルを受け取り、頬に着いた土埃を拭い落とす。
仕事は終えた。カイザーPMCの支部は壊滅し、残された兵器類は徴収済み。相手残存兵力はゼロだ。
アケミだけではない。既に、彼の下に着いた者たちによるカイザー落しは推し進められている状態だ。
皇帝は既に詰んでいる。