何故、彼の正体を突き止めることが出来ないのか。
インタビューを介して、俺は彼の正体を知った。
野獣先輩。
誰もが知る呼称でありながら、その正体を知る者は誰一人としていない。
どこにでもいて、どこにもいない。
俺は、その幽玄的な存在である彼に興味を持った。
何故、彼の存在を知る者がいないのか?
——答えは簡単だった。
彼の存在を知った者は、皆この世に存在しないからだ。
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薄暗い、辺り一面が漆喰で覆われた部屋。
閉ざされた緑色のブラインドの前に配置された、シワの伸びきったソファの上に彼は腰掛けていた。
がっしりした、日焼けした色黒の肌がシャツの隙間から覗く。
彫りの深い双眸を携えた顔つきは、どこか敵意のない穏やかな表情を浮かべていた。
(これが、噂の……)
思わず生唾を飲み込む。伝説と思われていた存在が目の前にいることに興奮が鳴り止まない。
だが、俺は全ての感情を押し殺して目の前にいる成人男性に静かに問いかける。
「……じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」
「24歳です」
年相応の見た目、と言ったところか。
「じゃあもう働いてんの?」
「学生です」
「学生、あっ、ふーん……」
24歳というと、社会に出ていてもおかしくない年齢だ。しかし、それでも学生ということは恐らく留年しているのだろう。
——留年生と言うのならばより一層目立ちそうなものだが。
(いや、だまされるな。相手はあの”野獣先輩”だぞ?)
彼の言う事は信じてはならない。
そう思考を切り替えて、質問を続ける。
「え、身長と体重はどれぐらいあるの?」
「えー、身長は170cmで体重が74kgです」
「ふーん」
BMIにしておおよそ25.6。
改めて、その筋肉質の体に視線を送る。
「スポーツとかやってるの?すごいガッチリしてるけど」
「特にはやってないんすけど、トレーニングは……やってます」
……トレーニング、か。
更にその話を突き詰めたい想いを堪え、俺は話を切り替えることにした。
「彼女とかいるの?」
「今はいないです」
「今は?うーん……いつまでいたの?」
「こ……去年ですね。はい」
その彼女とは、ただ価値観の違いで分かれただけだろうか?それとも、彼女が「いなくなった」のだろうか?
そろそろ、話の核心に迫っても良いのかもしれない。
覚悟を決めて、俺は慎重に話題を切り替えることにした。
「裏闘技場とかは言ったことあるの?」
「行ったことありますよ」
否定することもなく、彼はあっさりと認めた。
心がざわつくのを覚える。
気づけば、野獣先輩と名乗る彼の目に狂気が宿っているのを感じ取る。
ここからは質問を間違えるわけには行かない。
「どういう系統が好きなの?」
「そうですねえ……やっぱり僕は王道を往く総合格闘技ですねえ」
「あっ総合格闘技?でも手強いでしょ総合格闘技」
無法地帯である裏闘技場に身を移す者達は皆、表舞台でも相応の実力を持つ者達であるはずだ。
だが、彼は表情を一切崩すことなく言葉を返す。
「ピンキリですよね。でもね」
(ピンキリ、だって?)
目の前に座っている男は、本当に人間なのだろうか。
手に汗が滲み出る。
どうして、彼が野獣先輩と呼ばれるのか——理解できた気がした。
「じゃあ、ステゴロとかってのは……」
「やりますねえ!!」
食い気味に答えた野獣先輩。
次の瞬間には、ソファが爆発したようにはじけ飛んだ。
狂乱したように立ち上がり、駆け出した野獣先輩が生み出したソニックブームによって。
「っ!ああ、やるんだ……っ!?」
俺は両手を交差させ、顔面と心臓を守るべく防御の構えを取る。
だが、狂気に満ちた野獣先輩は、防御の構えなど気にせずに半身を後方に引いた。
「殺ります、殺りますぅ」
次の瞬間。
世界が、真っ白になった。
野獣先輩が放つ右ストレートが、防御する俺の身体もろとも遠くに弾き飛ばしたのだ。
やがて、俺の身体は漆喰の壁に叩きつけられた。抉れた漆喰の中から、アスファルトが姿を覗かせる。
「……っ」
体勢を立て直すことすら出来ず、投げ出された人形のように無様に転がる。そんな俺を野獣先輩はニヤリと見下ろした。
せめてもの反抗を、と俺は恨めがましく見上げる。
「……ふぅーん……じゃあ、一日に何回くらい殺ってんの?」
野獣先輩は腕を組んで首を傾げた後に、たどたどしくも言葉を紡ぐ。
「何回ってわけじゃないですけど……まあ、頻繁には……やってますねぇ……」
意識が遠のく。
なるほど、これが彼の存在が表に出ない理由だったのか。
彼の存在を知った者は、生きて帰れないから。
本能の如く戦い抜く彼は、まさしく野獣そのものだ——。