天賦の才を有する魔術師が闇堕ちして魔王になるのを防ぎたいだけの人生だった   作:門崎タッタ

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第1話

 

 ゆっくりと、歩みを進める。

 尖ったアーチ、ステンドグラスの窓、豪華な装飾は悉く破壊されている。

 荒れ果てた城の内部は、静寂に包まれていた。

 コツコツと靴が床を叩く音だけが響くのみ。

 俺と、もう一人以外、存在しない空間。

 自らが必要とする物以外、消し去りたいと願った彼女の理想を体現したかのような場所。

 その最奥に位置する、玉座にて。

 

「久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

 

 魔物を統べる王が、君臨していた。

 外観は、人間だった頃と相違ない。

 小柄な背丈、華奢な体躯、黒い長髪、赤い瞳。

 長い年月を経て、俺は変わり果てたというのに、彼女は何も変わっていない。

 全てが、あの頃と同じ。

 魔術の真理を追求する同好の士として切磋琢磨していた……学徒の頃のまま、時が止まっていた。

 

「貴方なら、来てくれると信じていました。我が同志、エドヴィンよ……なんてね」

 

 くつくつと、少女は笑う。

 どうやら、口に手を当てて、笑顔を見せないようにする癖も変わらないようで。

 外見も、言動も、思想も、夢や理想も。

 何一つ変化する事なく、探究心の赴くままに、真理を追い求めて突き進む。

 法も秩序も、禁忌でさえも。

 彼女が止まる理由にはなり得ない。

 当然ながら、いくつもの障害があった。

 けれど、天賦の才を有する彼女にとって、それらの障害は乗り越えられる壁に過ぎない。

 不幸にも、世人には太刀打ちできぬ壁を越えられる力があったから。

 自らの理想を実現しうる能力があったからこそ、行き着くところまで行ってしまった。

 異形の化け物たる魔物を操り、世界中の人間を恐怖のどん底に陥れる非道が為せてしまったのだ。

 魔術の真理に辿り着き、魔術を極める。

 その目的を果たすためだけに。

 

「エドヴィンさん。聖剣に選ばれし勇者も、神の加護を受けし聖女も、禁断の力を得し魔術師も、私の敵ではありませんでした。どんなに優れた肩書きを持っていようが、運命とやらに好かれていようが、そこらの塵芥と何も変わらない俗物に過ぎない。私の顔を拝む事すら出来ずに息絶えてゆきました」

 

「…………」

 

「今よりずっと昔から、そうでした。学院で初めて出会った時から、そうだったんです。この世界で、貴方だけなんですよ? 下らない連中に貶されようと、忌避され、見下されようとも。同じ理想を追い続けた貴方だけが、私と並び立つ資格を持っている。……魔術の真理へと辿り着き、あらゆる生物を超越した私を殺す権利を持っているんです。恵まれた境遇を享受しただけの愚者共に、私を殺せる道理が無いんですよ」

 

 少女は狂気に呑まれている。

 執着心が見え隠れする言葉の裏には、歪みきった愛情が込められているようにも思えた。

 俺は、無言のまま剣を構える。

 彼女がどんな感情を抱いていようと、全くもって関係なかった。

 同情して憐れむような感傷に浸る段階は、とうの昔に通り過ぎている。

 今の俺には、魔王の息の根を止めること。

 彼女を変える事が可能な唯一の人間だったにも関わらず、最後の最後まで目を背けてしまった者として、彼女を殺す事しか頭に無かった。

 

「……では、始めましょうか。勝利するのは誰なのか、分かりきっている戦いを」

 

 彼女の言う通りだった。

 運命に選ばれた訳でもなければ、天賦の才を有する訳でもない。

 何処にでもいるような凡人が、魔王の命を奪う可能性は微塵もなかった。

 それでも、走り出す。

 彼女が放出する深淵の闇の中へと、突入する。

 

 間も無く訪れる死を前にしても尚、俺が戦う理由はなんだろうか。

 前述したような責任感か、同志の凶行を止められなかった後悔の念か。

 或いは、既に消え失せた筈の淡い恋心に、終止符を打つためか。

 きっと、考えても答えは出ない。

 ただ、一つだけ、断言できるのは。

 もしも、あの頃に戻れるのなら。

 彼女と過ごした三年間。

 人生で最も有意義で濃密だった日々。

 ルシルと出逢う事ができた、学徒時代に戻れるのならば、俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 メイレージ王国立魔術学院。

 魔術の真理に辿り着き、魔術学の礎を作った魔術師の始祖『ヴィザード・ケイン』が設立した本校は、魔術師を志す者ならば誰もが憧れる学舎だ。

 入学試験にさえ合格すれば、年齢や身分に関わらず、魔法の実技や理論を学べる。

 3年制の教育機関で、全寮制。

 俗に言う単位制であり、自分が興味のある分野の講義を選んで受けるシステムになっていて。

 学院に入学したばかりで、右も左も分からない俺のような一回生には、気になる講義を自由に受けられる時間が与えられていた。

 

「次は、属性魔術概論か……」

 

 目ぼしい講義を書き留めたリストを手に、講義室へと向かう。

 そんな俺の視界の端に映るのは、如何にも高価そうな装飾品を身につける学徒達の姿だった。

 高貴な家柄に生まれた彼らと比較すると、俺の出で立ちは貧乏臭いにも程がある。

 実際、制服に着られている上に、人目を引く外見をしている俺は悪目立ちしているようで、周囲の注目を集めていた。

 だが、恥ずかしいなんて言ってられない。

 周りからどう思われようが、俺は自分の目的を果たすために、勉学に励む。

 奨学金による援助を受けているとは言えど、農民の身で高額な学費を捻出してくれた両親の期待に応えるために、努力せねばならんのだ。

 

 そんなこんなで講義室に辿り着くと、席は半分近く埋まっていた。

 後方の席に空きはなく、前方の席はスカスカ。

 いつ見ても酷い偏りだ。

 無論、俺が座るのは最前列の席。

 この選択は、自らを戒めるため。

 先生の目の前で講義を受ける事により、学習への意欲を高める策なのである。

 時計を確認したところ、講義が始まるまで幾分か時間があるのが分かった。

 僅かな時間すら有効活用するため、自主学習をしようと鞄から本を取り出そうとした時。

 

「少し、宜しいですか」

 

 不意に話しかけられる。

 反射的に声の主を確認しようとすると……柔和な微笑みを浮かべているのは、見知った少女だった。

 幼さが残るものの整った顔立ち、濡れ羽色の艶やかな長髪、宝石のような赤い瞳。

 いや、決して面識はない。

 なのにも関わらず、初めて会った気がしないような、奇妙な感覚を覚えて。

 

「何故……泣いているのですか?」

 

「……え?」

 

 自然と涙がこぼれ落ちていた。

 理由は分からない。

 けど、どうしようもなく嬉しかった。

 目の前に立つ少女と会えた事実を、狂おしいほど喜ばしく思う自分がいたのだ。

 これが、初対面だというのに。

 我ながら、意味不明である。

 

「す、すみません。なんか、目にゴミが入っちゃったみたいで……」

 

「……そう、ですか。まぁ、そういうこともありますよね。差し出がましいようで恐縮ですが、隣に座っても?」

 

「ええ。空いてるので、どうぞ」

 

 俺の同意を得た少女は、隣の席に座る。

 とても不思議な感覚だった。

 彼女が隣にいると、変に落ち着く。

 言うなれば、元鞘に戻ったような感覚がしてならないのだ。

 そうやって、ありもしない懐かしさに浸っていると、突然少女がこちらを見据える。

 

「一つ、質問したい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

 

「は、はい。なんでしょう」

 

「失礼を承知でお尋ねしますが、貴方は本当に学徒なのですか? 貴方の外見は魔術師というよりも、戦士らしく見えます」

 

 次いで、率直な質問を投げかけられた。

 少女は失礼を承知で、という前置きをつけていたが、至極真っ当な疑問だと思う。

 なんといっても、俺の背丈は平均より高い上に体格も良く、あまつさえ筋肉量も凄まじい。

 我ながら、一般的な魔術師像とはかけ離れた外見だと自負しているくらいだからな。

 

「れっきとした学徒ですよ。体を鍛えているのは、学びたい分野の魔術に関係しているから、ですね」

 

「……続きをお聞かせ願えませんでしょうか」

 

「私は身体強化魔術に興味がありまして。その中でも、人間の体格や筋力を総合した身体的な能力値と、魔術による身体強化キャパシティの相関関係について、深掘りしていきたいと考えているんです。あくまで、私個人の仮説になりますが、身体強化魔術は、対象の身体的な能力値が高ければ高いほど、効力を発揮すると考えていて……」

 

「なるほど。その仮説が正しいか否かを検証するために、自らの肉体を用いて、データを集めていると」

 

「はい。そうなりますね。まぁ、私一人のデータを集めても比較対象が無いので、現時点では何も分かりませんが、私の体を用いた実験結果を記録しておけば、後々行いたい対照実験の参考になり得ると思うので全く無駄ではないかなと」

 

「……まずは、先程の無礼な発言を謝罪させてください。心からお詫び申し上げます。その上で貴方の話は……とても興味深いですね。選民意識が強い傾向がある魔術師にとって、身体強化魔術は術式を持たない弱者の魔術と呼ばれ、忌避されています。だからこそ、属性魔術と比較すると、研究は進められていない故に……」

 

 初対面とは思えないほど、会話が弾む。

 俺の故郷の村では、魔術を学ぶ同世代の子供は一人もいない。

 それどころか、魔術に関する話ができるのは、俺に魔術を教えてくれた近所のお爺ちゃんくらい。

 だからこそ、彼女と意見を交換する時間が、心の底から楽しいと感じる。

 貴族が集まる魔術学院に、平民の身である自分が入って、適応できるか不安だった。

 しかし、自分よりも魔術の造形が深い同世代の人間と話せただけで、入学して良かったと思えているのだから、俺と言う人間は単純だ。

 

「基礎的な理論から考えると、身体強化魔術の効力に個体差があるのは明白ですが……」

 

「明確に検証はされていません。やるべき事はシンプルなので、可能ならば実験して欲しいと具申したいところですよね。魔術師という生き物は、往々にして頭が固いものです。特に、権力を有する上層部の方々は」

 

「あー、ごほん」

 

 俺と少女が言葉を交わすのを遮るように、大袈裟な咳払いをする人物。

 もしかして、と思いながら、顔を上げると……講義を行う先生がじっとこちらを見ていた。

 俺達が座る席は、最前列のど真ん中。

 言うまでもなく、先生の目の前だった。

 

「盛り上がっているところに水を差すようですまないが、講義を始めても良いかね?」

 

「す、すみませんっ!」

「……申し訳ありません」

 

 講義室内に、どっと笑い声が起きる。

 情けない事に、話に熱中しすぎて、時計を全然確認していなかった。

 周囲の目を一身に集めた俺と少女は、顔を赤らめながら講義を受ける。

 先生の自己紹介、講義の概要、出欠の取り方や、試験の形式、使用する教材などなど。

 魔術とは何ら関わりのない説明がなされて、淡々と時間が過ぎていく。

 今日が、初日で本当に良かった。

 何故なら、恥ずかしさのあまり、それらの内容が全然頭に入らなかったから。

 

「こうして出逢えたのも何かの縁という事で……貴方さえ良ければ、名前を教えて頂けませんか? 魔術への造詣が深い貴方となら、とても有意義な時間を過ごせそうです」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ……エドヴィンだ。平民だから、姓は無い」

 

「エドヴィンさん、ですね。私の名前は、ルシルフェルト・レプトハイム。気軽にルシルと呼んでください。それにしても、平民の出で学院の試験に合格するとは。エドヴィンさんは素晴らしい素質の持ち主ですね。幼少期から魔術に触れておきながら、入学できない無能は山ほどいるのに」

 

「実際問題、死ぬほど大変だったよ。でも、近所に魔術師のお爺さんが住んでてさ。懇切丁寧に魔術のイロハを伝授してくれたから、何とかなった。その人が居なければ、俺はここに居なかっただろうな」

 

 社交的な性格だったルシルのお陰で、俺達はすぐに仲良くなれた。

 共に講義を回っていき、暇さえあれば魔術に関する会話を交わす。

 初めこそ、堅苦しい一人称を用いたり、敬語で話していた俺も、あっという間に素になってしまう。

 意図的か、無意識か。

 どちらかは不明だが、人を惹きつける魅力のようなものが、彼女には備わっていたのだ。

 

「君達、新入生だよね。良ければ、俺らと一緒に飯食いにいかない?」

 

「新入生の歓迎会をやってるんだ。交友関係を広げるチャンスだよ」

 

 二人の男性が、声をかけてきた。

 綺麗な身なりをしている彼らの振る舞いには、何処か落ち着きがあって。

 一変した環境に適応しようとする一回生が持ち得ない、余裕が感じられた。

 何よりも、胸元に付けられたバッジは赤色であるため、彼らは上級生なのだろう。

 

「こういう場に参加してさ。上級生と仲良くなれれば、色々と楽だよ」

 

「楽に取れる講義とか教えられるし、過去問を渡したりもできる。ね、いい事ずくめでしょ?」

 

「…………」

 

 歓迎会、交友関係を広げるチャンスという言葉だけ聞けば、多少の興味が湧くものの。

 明らかに、上級生達の目には俺の存在が映っていない。

 先程から、彼らが積極的に話しかけているのは、ルシルであった。

 なるほど、あくまで俺は添え物で。

 端正な容姿を持つ、ルシルが本命という訳か。

 

 魔術を教えてくれたお爺さんから、学院には彼らのような輩もいると教えられていたものの。

 こうも露骨に可愛い女の子狙いだと、良い気分では無いな。

 交流会というのも、新入生の女子と近づくための方便では無いかと疑ってしまう。

 少なくとも、俺は行く気にはなれない。

 だが、ルシルがどうするかは自由だ。

 行こうが行かまいが、俺には関係ない。

 だからこそ、さっさと返事をしてしまおうと、考えた時だった。

 

「黙って話を聞いていれば。自らの低脳さをひけらかして、恥ずかしくないのですか?」

 

「……え?」

 

「楽な講義だとか、過去問だとか。志の低い愚図は、この学院にも一定数存在するのですね。これ以上喋ると脳が腐るので、私とエドヴィンさんに話しかけないでください」

 

 先程までの明るさが嘘のように。

 飄々とした態度で、ルシルは言葉を紡ぐ。

 辛辣な暴言を吐き捨てられた上級生達は、唖然としていた。

 それも、そうなるだろう。

 単なる傍観者である俺でさえも、空いた口が塞がっていないから。

 ルシルが言いたい事は分かる。

 けれど、ここまで率直に物申してしまうとは。

 彼女には、物怖じする心がないのだろうか。

 

「エドヴィンさん、行きましょう?」

 

「あ、ああ……」

 

 反応が遅れた俺の手を引いて、ルシルはこの場から離れようとする。

 こちらに微笑みを向ける彼女には、少し前の明るさが戻っていた。

 まるで、先程の冷徹な振る舞いが嘘のように。

 ……俺は人を惹きつける魅力のようなものが、ルシルには備わっていると述べた。

 意図的か、無意識か、分からないとも。

 だが、今ならば断言できる。

 ルシルは、意図的に人を惹きつける言動ができる人間であると。

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