黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと ~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ~   作:茉森 晶

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(022) 『セクハラやめなさい!』

 

 

     *          *

 

 

 早朝、トーカティア王城内、作戦指令部の会議室の一室。

 ふたりの騎士が会談していた。

 

 ひとりは、王命騎士団第二師団『白夜』団長リファナ・マーヴェンライト。

 その服装は、騎士としての鎧姿ではなく、私服。

 と言っても、もちろんシンプルでビジネスライクなモノトーンスーツのコーディネイト。

 

 もうひとりは、第零師団『白虹(はっこう)』の団長ジーグ・サワーデン。

 第零師団は、各騎士団をまとめる役割にあり、軍事面の要。そのトップがこのサワーデンである。

 齢64歳ながら、体力・魔力ともに衰え知らず。

 立場上それを行使する機会は今や少ないが、王の信頼も厚い『ザ・ロイヤルナイト』。

 

「……ふむ。昨日の報告は、これで全部かね?」

「はい。私が前後不覚であった時間のさらに正確な情報が必要でしたら、ユイット……いえ、現場にいた他の団員に話させますが」

 

 身内としてユイットの名前を口に出してしまい、自分を殴りたくなるリファナ。

 だが、余計なことは付け加えず、サワーデンの言葉を待つ。

 

「必要ない。ユイット・マーヴェンライト含め、その場にいた者には他言せぬよう指示してある。君自身、自責の念に駆られすぎて、他人に話したりすることのないように」

「は……はい」

 

 辞職する覚悟でその場に立っていたリファナは、予想外の言葉に困惑しながら返事をする。

 

「黒魔女アーネスの件についても任務失敗とはせず、リファナ・マーヴェンライトの責任は不問とする。こちらの件も、他言無用を徹底するように」

「は、はい。あの、始末書などの作成は……」

「必要ない。いや……君は不器用だからな。こう言っておこう」

 

 あごひげを触っていた手を止め、リファナの胸の中心を指差し告げる。

 

「昨日のことは、君の胸中だけに留めたまえ。その禁を破った時、あらためて罰を受けるといい」

「…………はい」

 

(なぜだ……始末書などでは済まない大失態、処罰もなく、私は今まで通り団を指揮するのか? ユイット含め、団員達は今後どんな思いで私の指示を聞くのか……)

 

 言われた通りの不器用姉さんは、動揺を顔に出さずともグルグルと思考の滝壺へ落ちていく。

 彼女を長く見てきているサワーデンは、もちろんそれを承知の上、より厳しい口調で指示を伝える。

 

「黒魔女アーネスは、ファイネル家の支援を受け、王立学園の生徒として受け入れられる。ヨウジなる者も、異種族の移民として国民登録され、同じ生活をすることとなる。もし、彼女ら一般市民が魔法による事件に巻き込まれることがあれば、第二師団(きみら)の出番だ」

 

(使い魔ヨウジも我が国の民に……。あの時、彼らと話したことが、こんなにも早く現実となるのか? 確かに、不当な疑いをかけられるのはどうかと思っていたが、これまで受けていた指示と正反対……何を信じればよいのか……)

 

「黒魔女監視の任は解除。当面は、黒い指輪事件に全力で当たってもらう。君自身が被害者となり、複雑な思いもあるだろうが……そんなくだらない迷いは一切捨てろ。むしろ、当事者となった経験を活かし、成果を挙げてもらう。よいな」

「……はい」

 

 

 

「ふぅ…………切り替えねばな」

 

 廊下に出て会議室のドアを閉めた途端、小さく独り言を言った自分に、リファナは驚いた。

 

(独り言など……言うのだな、私は。頭の中だけで整理し切れていない、ということか)

 

 リファナの中で、常に優先されるのは『国』。

 それは『国民』であり、『(それ)を守るシステム』であり、『秩序を保つ象徴たる王』であり。

 そのどれもが欠けてはいけない要素であり、逆に言えば、それを壊すものが『悪』である。

 

(私は……常に国を守る行動をとる。国に混乱をもたらそうという者達を全力で追うことこそ、今すべきこと。あの天使による影響で国が動くことに疑念があっても、それをサワーデン様に確認する資格は、今の私にはない……)

 

 これまで同様、騎士団として動くしかないことは少し考えれば判るのだが、何せ彼女は『不器用姉さん』だった。

 

(仕事に戻るとしよう。仕事さえあれば、自然と考えも整理されるだろう。ま、事件など起こらないに越したことはないのだがな)

 

 

     *          *

 

 

「!!アッ!ネッ!!ヨウッ!!あ、あなた達!!こら――――――――――――ッ!!」

 

 ユーオリアの金切り声が部屋に響き渡り、ヨウジは慌てて上半身を起こした。

 

「な、何だ何だ? ユ、ユーオリア嬢……?」

 

 ドアを開けたその場で、ユーオリアは真っ赤な頬&怒り心頭に発するという顔。

 

「あれだけ言いましたのに……ふ、不潔ですわッ!! まさか、アーネスさんに何かしたのではないでしょうね!?」

「アーネス……に……?」

 

 ヨウジがベッドに目線を落とすと……いつの間にか人間態に戻った自分の腕にアーネスがくっついて、いまだ寝息を立てていた。

 

「ちょわ……ち、違う! これは、その……」

「ヨウジさん、お外へ出なさい! 骨まで燃やし尽くして、煩悩と罪業を浄化して差し上げますわ!!」

 

 ユーオリアの指がワナワナと動き、そこから花が咲くように赤い理霊元素(エレメント)が揺らめく。

 一瞬ゾッとするが、わざわざ『お外へ出なさい』と言うくらいの理性があるのだと思い直し、ヨウジは説得を試みる。

 

「アーネスが部屋に来て……俺をぬいぐるみ代わりにしたんだよ! まだ子供だから、しょうがないだろ?」

「それで……寝ているうちにクシャミで変身していた、というわけですか。あらためて確認ですが……アーネスさんの体を触ったりしていないでしょうね?」

「してないしてない!」

 

 ようやく怒りの炎が鎮火するが、ユーオリアはその指を顎に当て、しばし考える。

 

「わたくしも……明日から銀鼠寮(ここ)に入りますわ。アーネスさんと相部屋で、淑女としての観念をみっちり身につけてもらいます」

「あ、ああ……ユーオリア嬢なら護衛としても十分戦力だし、それがいいんじゃないかな。君の家が許してくれるようなら……」

「現在、お父様と交渉中なのですよね。まぁ、学校の件もありますし、大丈夫だと思いますが……って、それより、アーネスさんはどうしてまだ寝てますの!?」

 

 散々ふたりが自分(アーネス)のことで大騒ぎしているというのに、アーネスは微動だにせず、ヨウジの腕にしがみついたままスースー言っていた。

 

「アーネスさん、起きなさい! もう朝ですわよ!」

 

 そう言って、アーネスのふくらはぎをペチペチと叩く。と……ようやくアーネスはわずらわしそうに寝返りを打つ。

 

「んぅ…………ん~……」

 

 そのままノールックで指ジェスチャーすると、魔法陣が一瞬現れ、青と黒の(オーラ)が編み込まれるように混ざり合う。

 その魔力の集合体がフッと消えたかと思うと、ユーオリアを取り囲むように液状の黒いヘビが現れた。

 

「ちょ、アーネ……ふむっ! んんんんッ!!」

 

 黒ヘビは対象(ユーオリア)の口をふさぎ、腕を縛り、胸に、脚に巻き付き……その全身を縛り上げた。

 そのまま、バランスを崩したユーオリアはスッテン床に転がされてしまう。

 

「ふむぅッ!! んう――――――ッ!!」

 

 いつの間にか、ヘビはロープに変わっており、ユーオリアはただただ身代金目当てで誘拐された貴族令嬢のように見え――

 

「アーネス、やりすぎだ! セクハラやめなさい!」

 

 ペチン! 

 

 ほぼ父親の気分で、ヨウジはアーネスの太もも辺りを平手打ちした。

 

「んきゃッ!?」

 

 ビクンとアーネスの体が跳ねた。上半身を起こし、しばし半分開いた目で固まる。

 何が起きたのか、しばらく考えていたが、10秒ほど経ってやっとハッとする。

 

「やッ……ヨ、ヨウジ! お尻触った!?」

「お、お尻じゃない! 太ももら辺だ!」

「やっぱ淫獣! アタシの体……欲しくてたまらないんでしょ!」

「だ、だから! そんなことはな……」

 

 言い切る寸前、自分の嗅覚を攻め続けたアーネスの体臭が心地よかったことを思い出す。

 

(俺はニオイフェチじゃない、はずだ。が、そうなってしまったのか? いや、それ以前の問題……アーネスは『13歳』で『推し』で『ご主人様』なんだ。そんな風に見るわけ……)

 

「んう――――ッ! むぅう!」

 

 ユーオリアの声にならない抗議に、ヨウジはハッと我に返る。

 

「アーネス、とりあえずアレ、解除してあげようか……」

「ん……ユーオリア? 何やってんの……貴族令嬢誘拐ごっこ?」

「むふぅ――――ッ! ふんぐぅ――――――――――ッ!!」

 

 

 

 何とか拘束が解かれ、ユーオリアは四つん這いのまま、ハァハァワナワナと体を震わせていた。

 その横で、アーネスはあくびしたあと唇を尖らせる。

 

「何よ……しょうがないじゃない、憶えてないんだから。悪かったわよ、うん」

 

 そういう趣味の人にはたまらない、ギッチギチの緊縛姿を晒していたユーオリアは、屈辱を噛みしめながらも何とか切り替え、立ち上がる。

 

「無闇に魔法を使ってはいけません! 王都で暮らすと決めた以上、今まで通り好き放題やっていてはダメなのですよ」

「何よ! 今までだって、アンタが来なきゃ静かに隠れ住んでたのよ。暴れてたのはアンタでしょ?」

「わ、わたくしはあなたを保護するために仕方なくやっていたのですわ!」

「あーあー、偽善者は自分に都合よく言うわよね。村の損害をお金で解決しても、迷惑には違いないんだからね!」

 

 『姉妹ゲンカ』というよりは『親子ゲンカ』とも感じるような言い合いが始まり、ヨウジは苦笑いする。

 

(仲は悪いけど……家族のような信頼感が、実はもうあるのかもな)

 

「とにかく……あなたは潜在魔力が大きすぎて、すべてを制御できていないはずです。その魔力バランスを穏やかに安定させる魔法薬を持って来ました。これを今日から飲んでいただき……」

 

 ポーチの中から、薬が入っているらしい小瓶を取り出すユーオリア。

 『魔法薬なんてものもあるんだ』とヨウジはぼんやり考えていたが、アーネスは露骨に眉根を寄せた。

 

「何それ、そんな怪しいもの飲むわけないでしょ!」

「怪しくありません! ファイネルの魔法薬研究部門で開発した(もの)で、体に影響が少ないよう考えられています。これは、あなたのためなのですよ!」

「イヤよ! そんなの無理に飲ませようとするなら、また縛り上げてや……あれっ?」

 

 指を少し交差させたあと、アーネスは自分の手をじっと見る。

 

「魔力が……回復してない?」

 

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