黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと ~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ~ 作:茉森 晶
* *
ユーオリアがいないのをいいことに、結局アーネスは自室へ戻らず、ヨウジの部屋にいた。
行儀悪く、椅子の上に三角座りで、黒の魔本を確認しブツブツ言うその姿。
彼女の女子力のためにも『パンツ見えるぞ』と言ってやりたいヨウジだが、アーネスの悲愴感ある表情を見て、空気を読んでいた。
(終焉の魔女の話、フルードの話、明日は学校で試験。暗い話ばかりだもんな。こういう時、なんて声かければいいんだろうか)
年上とはいえ、
(それができたのは……唯一、
ヨウジのガチオタ度の指標になるかは判らないが、考えすぎた時期の彼の解答は
『
というものだった(結局、我慢できずイベントには参加するのだが)。
(いや、今は握手会じゃない。アーネスも
「アーネス、何かして欲しいことはない?」
「ん……何よ、急に」
アーネスは魔本を眺めたまま、ぼんやりと聞き返す。
「何か元気になるようなこと言おうと考えたんだけど……直接訊くのが一番かなって」
「……何それ。そういうのは、アンタなりに精いっぱい考えた上での言葉の方が聞きたいわね、アタシなら」
「うっ……そ、そうか。えーと……ごめん」
期待通りの困り顔に、アーネスはプフッと吹き出す。
「ごめん、ウソ。ほんとは……嬉しいわ。ありがと」
「あれ? そ、そうなのか? なら、いいんだけど……」
予想外に、素直な可愛らしい言葉がやって来て、ヨウジはドキッとする。
『チョロい』と思われそうなワンシーンだが、アーネスはまったく意図せず自然にやっていた一連の仕草であり、それは確かにアイドルの才能の片鱗でもあった。
「そろそろ暗くなるわね。街は……少し違う雰囲気になるのかしら」
「ああ……そうだな。きっとコッチの世界でも、仕事が終わった大人達が酒場で現実逃避したりするんだろう」
「……夜の街、行ってみたいわ。次は、ふたりで」
「ええ? いや、えっと……」
(『して欲しいことを言え』と言っておいて、また大人ぶって否定したら、今度こそ機嫌を損ねそうな気がするな……いや、でも……)
長く悩む仕草自体も、ひとつの答え。なんとか言葉を捻り出そうとするが、魔力がフル充填していないアーネスの身を案じてしまう。
それは、使い魔としてご主人様の危険を回避する意識なのか、それとも、アイドルを守るためなのか、それとも――
「みんなが拒絶してるんじゃないかと思うから、人の多い場所なんて行きたくない。けど……ヨウジがいてくれれば、ふたりなら、大丈夫な気がするの。人に慣れるために……付き合ってよ」
「……そうだな、わかったよ」
* *
朱色の夕焼けから紺の闇へグラデーションする空の下、街は多くの人々で賑わっていた。
酒場ではない飲食店でもアルコールを出すようで、テラス席で楽しそうに談笑する者達が大勢いる。
その中には、人間態ヨウジと同じような獣人と思われる者もひとりふたり見え、ユーオリアが言っていた異種族の設定がそれほど特殊ではないのだと納得する。
(とはいえ、耳やシッポを出して歩くには、ちゃんと設定を固めないとな……)
「わあ……すごい!」
たくさんの人に怯えながらも目をキラキラさせるアーネスの視線の先には、広場に集まる何組かの
パントマイムのようなダンスのような、オリジナルの動きを見せる者。ギターに似た楽器を弾き、歌う者。トークを聞かせる三人組は、ラジオ感覚だろうか。
ヨウジが一番驚いたのは、アーネスとユーオリアが繰り広げた召喚霊バトルを見せているひと組。
それはもちろん彼女らレベルの大物ではなく、言ってしまえば昭和の子供達がカブトムシ同士を戦わせたのに近いか。
文化の違いはもちろんだが、テレビやスマホがなければ、娯楽を求めてこうなっていくのも必然。
「思ってた以上に賑やかだなぁ。まるでお祭りでもやってるみたいだ」
「村でも、休みの日の午後はみんな騒いでたわ。まぁ、アタシはこっそり見てるだけだったけど……」
寂しいことを言いつつも、ワクワクが勝っている目。ヨウジは、あらためてアーネスにアイドルの素質があると感じていた。
「よし、まずは服を買いに行こう。若い子向けの服屋は……どこだ? パッとスマホで調べられないの、やっぱ不便だな」
「服って……これでいいわよ。無駄遣いできないでしょ」
「いやいや、アイドルは私服も可愛くないと。芸能人オーラを消しつつ、適度に可愛さを漏らすコーディネイト。好みのものがあったら言ってくれ」
恥ずかしがるアーネスの手を引き、ヨウジは商店街へ向かう。
ヨウジのアイドル馬鹿は相変わらずだが、なんとなく望んでいた散策にもなりそうで、アーネスはまた少しワクワクが膨らんでいた。
* *
「ど、どう……かな」
できるだけ目立たないものを選ぼうとするアーネス。
服屋の中でふたりの攻防が繰り広げられていたが、ようやく決着がついた。
ブラウスの上からマント代わりのケープを羽織るような上半身。
下は、かなり頑張って、太もものホルスターが見える丈のミニスカート。
色味こそ黒多めで代わり映えしないが、アーネスからすれば、かなり思い切った可愛らしい見た目になっていた。
「
「へ? な、なんて?」
「あ、いや……うん、かわいいな! 似合ってる!」
店先に出て、通行人もいる中、ヨウジは強く頷きながらイイ声で断言した。
アーネスは少しビックリし、スカートの裾を掴み、気持ちで脚を隠そうとする。
「ちょ……なんでためらいなく、そういうこと言えるの?」
「推しが可愛いことをそのまま言葉にする……これもオタクの義務であり、呼吸みたいなものだな。言葉にしなきゃ、推し本人も喜ぶことができないし、新規ファン獲得のチャンスも生まれない」
「……なーんか、そういうのが出ると、嬉しさも半減するのよねぇ」
アーネスは呆れの溜息をつき、二日目にして慣れてしまったオタクの論調に抗議する。
「う、それはすまない。素直に喋ってると、こうなってしまうな。余計な言葉が付属しすぎかもしれないけど、可愛いと思ってるのは本当だよ」
「わかった、わかったわよ! 何度も言わないで! 恥ずかしいな……」
嬉しい。が、いつでも『アイドルとして』がついて回ることに不満が募る。
『そういう人間を自分が
「お菓子が食べたいわ! あそこのお店の……アレ、買ってきて!」
「いいけど……晩ごはん食べられないぞ? お昼もいっぱい食べたのに」
「大丈夫よ! いいから買ってきて!」
『ワガママでイヤな子になってる』と自分でも思いながら、アーネスは頬を膨らませ、広場のベンチに座る。
(なんでアタシ……こんなにイヤな性格なんだろう。こんな奴……アイドルになんか向いてないわよ。下がるぅ……)
そう思いながらも、イヤな態度をとる理由は、自分でもなんとなく気づき始めていた。
「そっか……アタシ、ヨウジを試してるんだ。アイドルとしてダメでも、同じように褒めてくれるのか……って」
(『生きてるだけで価値がある』って、ヨウジは言ってくれたじゃない。泣くほど嬉しかったくせに……心の底からは信用してないのね、アタシ)