黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと ~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ~   作:茉森 晶

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(033) 『月とスペシャル』

 

 

「こ……こんばんは! 突然、お騒がせしちゃいます!」

 

 マイク代わりのパープルクリスタルロッドを両手で持ち、ペコッとお辞儀する。

 どれもこの世界の所作ではないが、ヨウジと記憶が共有されることで、様々なアイドルの情報がアーネスの中にあった。

 それを元に、なんとなく『アイドルらしい言動』を演じてみる。

 

「とびきりアイドル! ちょっぴり魔王? 災いよりもハッピー届ける! 『あーにゃん』こと、黒魔女アーネスです!」

 

 一度やらされた固有挨拶を手振り付きで披露する。

 と……観客から、緩やかなどよめきが起こった。

 

「黒魔女だって? 何か危ないことをしでかすんじゃ……」

「でも、騎士団長と話をしてたぞ? まさか騎士団がすでに魔法で操られているのか?」

 

 予想できていたアウェイの空気。

 だが、人が苦手なアーネスにとっては、いきなり心が折れそうになるくらいのストレスだった。

 

「あ、あの……アタシ、歌と踊りを……みんなに見て欲しくて……その……」

 

(もう逃げ出したい……。アタシ、弱いな。決心したはずなのに、全然ダメだ)

 

 涙がにじみ、笑顔が消えそうになる。

 が、ヨウジの顔を思い出し、なんとか口角を保つ。

 

(アーネス……がんばれ!)

 

 一方のヨウジは、胸の奥にあるアーネス由来の魔力に意識を集中し、サイリウム・ネイルから放出するイメージを頭に描く。

 

「集まれ、自然の理霊元素(エレメント)! 推しの歌声聴くために!! 俺の記憶を譜面とし!!! あの曲奏でさせてくれ!!!!」

 

 小声でオリジナル法詞(フレーズ)を詠唱すると、ヨウジの手と手の間に高音を発するエネルギー球が現れる。

 シャボン玉を飛ばすかのように優しく息を吹きかけると、それはフワフワとアーネスの頭上へ上っていき、虚空に解け消えた。

 

「さて……あとはアーネスと息を合わせるだけだな」

 

 まだ慣れない魔力の同期(リンク)で任意の記憶を共有させることは、ヨウジにとって難しく、すでに余計な通信はできなくなっていた。

 それでも、アーネスのことを応援する気持ちは心に固定し、祈るように光の爪を目の前で合わせる。

 

「まだまだアイドル研究生ですが……みんなに楽しんでもらえるように、心を込めて歌います! よろしくお願いします!」

 

 アーネスは真っ赤な顔で、あらためてペコリお辞儀する。

 誰も拍手などしなかったが……その場にいる者はみんな、アイドル(アーネス)に注目していた。

 ひとつ頷いて、大きく深呼吸。迷いのなくなった瞳で、まっすぐに前を向く。

 

「聴いてください! 『月とスペシャル』」

 

 

 ヨウジが両手を上げると魔法陣が現れ、そこから打ち上がった花火がパアッと夜空に咲いた。

 星が降るかのように色とりどりの光球が舞い落ち、アーネスを彩っていく。

 その光球は、よく見ればスピーカーのように網目模様があり、それぞれが音楽を響かせていた。

 

 月見坂88ファーストシングルのカップリング曲『月とスペシャル』。

 アニメのエンディングテーマに使われそうな、ゆったりとしたミドルテンポの優しい楽曲。

 

 

――大丈夫 暗い夜だって――

――君はスペシャル つながってる――

――同じ空――

 

――君はどうして涙見せてるの――

――月が綺麗な秋の星空――

――みんなおんなじ悩める詠み人――

――歌が浮かばず ひとりで叫ぶ――

 

――冗談っぽく君は言う 『月とナントカ』なんて――

――何も違わない この命――

 

――愛の有無 確かめ合うような――

――日々に疲れ 泣きそうになるなら――

――顔上げて 私を見つめていて――

――君はスペシャル 歌うよまだ Song for You――

 

 

 テンポ遅め、初期の楽曲ということもあり、ダンスもそれほど難しくない。

 それでも、まったく心得のない者が、ぶっつけ本番でやるのは大変なこと。

 ヨウジの送った記憶情報は完璧だったが、全体的にたどたどしく、いかにも初心者というダンスになったアーネス。

 だが、それは『ダンスに集中しすぎないように』『歌を疎かにしないように』 アーネス自身がバランスをとった結果だった。

 

(どっちかと言うなら、歌の方がまだ経験値はゼロじゃない。それに、見てる人達もきっと歌の方が……)

 

 そんな歌声を聴くヨウジは、光の爪(ペンライト)を振りながら、頬に涙を伝わせていた。

 

(とうと)…………ぐすっ……」

 

(歌魔法……魔力が込められた歌声だからか? いや、そうは思えない。やっぱりアーネスには、心を込めて歌う才能がある。アイドルの素質が元々ある)

 

 色々余計なことを考えていたはずだったが、全部吹っ飛んでしまうくらい心にクる歌声。

 ヨウジはあらためて『アーネスでよかった』と思う。

 

 そんな歌声が止み、曲は最後の音を奏で終える。

 アーネスの周りを舞っていた光球が一度浮き上がり、スポットライトのように彼女を照らし、グラデーションで消灯。

 月へと伸ばすように上げた手を下ろし、アーネスは声を出さず感謝の言葉を呟きながら一礼した。

 

(1stライブでは……俺が操る形で、カッチリしたパフォーマンスを見せた。けど、やっぱりデビューしたてのアイドル、初々しさは大事だ)

 

 涙を拭いながら、ヨウジはアーネスのお辞儀に拍手を送る。

 

(失敗や拙さを……アーネスはマイナスだと思ってるだろうけど、ユーザーの深層心理は違う。子犬が転がるシーン、動画配信者のヘタなゲーム実況、拙いものを見て無意識に安心したい本能がある)

 

 今はアーネスのことだけ考えていなければならない時だが、ヨウジの脳内に月見坂ライブ初参戦の思い出が一瞬よぎる。

 

「誰だって、拙い時がある。そして……そこから成長していく過程、そこに共感した時、涙が出るほど嬉しくなる。『結果がすべて』じゃない。『過程』というのは……とても大事なものなんだ」

 

 アーネスのアイドルぢからを信じて、ヨウジは祈る。

 どんな人にもいつか届く、そんな魅力があると――

 

「なんだか不思議な曲だったな。異国の歌なのか?」

「旋律が掴みにくいけど……歌自体は、なんか良かったかも」

 

 ボソボソと観客(ギャラリー)の中から感想が湧き、まばらな拍手も聞こえてきた。

 アーネスは少しホッとして、再び頭を下げる。が、その時――

 

「でも、黒魔女なんだろ? 終焉の魔女を崇拝する集団が出てきたし、歌で何か企んでるんじゃ?」

「そもそも、さっきの事件だって、その関連だよな? 自作自演ってことも……」

 

 頭を下げたまま、アーネスはギュッと(まぶた)を閉じる。

 

(ヨウジ……こんな想いをずっと続けていくことになるの? アタシ、耐えられるのかな……)

 

 涙が出そうになるのを必死で堪える。そんなアーネスの前に、老夫婦が歩み寄る。

 そして、そのうなだれたアーネスの首に古びた銀のペンダントを掛けた。

 

「えっ? あ、あの……」

 

 アーネスは顔を上げ戸惑い、老夫婦の顔をそれぞれ見比べる。

 

「あーにゃん、だったかね? 安物で悪いが、私たちにとっては大切なものでな。貰ってくれるかい?」

「こんなもの貰っても困るわよね。でも、あなたの歌に何か返したくて……」

「いえ、あの、アタシ、何か貰うために歌ったわけじゃないから……」

 

 オロオロするアーネスを、おばあさんは柔らかく抱きしめた。

 

「ごめんなさいね、年寄りの自己満足なの。あなたの歌を聴いて……離れている孫に会いたくなったわ。それだけ心に響く歌だったのね」

「そ、そう……なの? アタシの歌が……?」

 

 慣れない褒められ案件に、より戸惑うアーネス。その手を、おじいさんがギュッと握った。

 

「若い子の音楽はわからんが、一所懸命な歌と踊りは見ていて応援したくなったよ。歌い手を目指しているのなら、これからも頑張ってな。あーにゃん」

「うっ…………は、はい!」

 

 すっかり泣き虫になったアーネスの頬に、いくつも涙が伝い落ちる。

 そして、同期(リンク)しているヨウジも同じように感情を揺さぶられ、腕組みのまま号泣していた。

 

(アーネス……頑張ったな。あらためて、ここから君のアイドル人生が始まるんだ)

 

 ヨウジとアーネスがふたりで作る歌魔法『魔装転凛(アイドライズ)』。

 それは決して精神操作魔法などではなく、パフォーマンスを一番よい状態で観客に届けるため、ヨウジの価値観で生み出された、言わばただの音響システムだった。

 

(この(トーカティア)では現在こういう魔法の使い方をすることがなかっただけ、かもしれない。それってつまり、現実世界での音楽や映像……娯楽(エンタメ)を作るすべての要素が、本当は魔法のように特別なものだったんだって……あらためて思い知らされるな)

 

 ヨウジという人間はどこまでも特殊で、魔法に触れてむしろ『現実の娯楽(エンタメ)を作っていた技術』を再評価するおかしな奴だった。

 

(魔法を使いこなせるようになれば、きっとアーネス国民的アイドル化計画は現実になる。やってやる……それが俺の生きる道だ!)

 

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