黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと ~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ~ 作:茉森 晶
「こ……こんばんは! 突然、お騒がせしちゃいます!」
マイク代わりのパープルクリスタルロッドを両手で持ち、ペコッとお辞儀する。
どれもこの世界の所作ではないが、ヨウジと記憶が共有されることで、様々なアイドルの情報がアーネスの中にあった。
それを元に、なんとなく『アイドルらしい言動』を演じてみる。
「とびきりアイドル! ちょっぴり魔王? 災いよりもハッピー届ける! 『あーにゃん』こと、黒魔女アーネスです!」
一度やらされた固有挨拶を手振り付きで披露する。
と……観客から、緩やかなどよめきが起こった。
「黒魔女だって? 何か危ないことをしでかすんじゃ……」
「でも、騎士団長と話をしてたぞ? まさか騎士団がすでに魔法で操られているのか?」
予想できていたアウェイの空気。
だが、人が苦手なアーネスにとっては、いきなり心が折れそうになるくらいのストレスだった。
「あ、あの……アタシ、歌と踊りを……みんなに見て欲しくて……その……」
(もう逃げ出したい……。アタシ、弱いな。決心したはずなのに、全然ダメだ)
涙がにじみ、笑顔が消えそうになる。
が、ヨウジの顔を思い出し、なんとか口角を保つ。
(アーネス……がんばれ!)
一方のヨウジは、胸の奥にあるアーネス由来の魔力に意識を集中し、サイリウム・ネイルから放出するイメージを頭に描く。
「集まれ、自然の
小声でオリジナル
シャボン玉を飛ばすかのように優しく息を吹きかけると、それはフワフワとアーネスの頭上へ上っていき、虚空に解け消えた。
「さて……あとはアーネスと息を合わせるだけだな」
まだ慣れない魔力の
それでも、アーネスのことを応援する気持ちは心に固定し、祈るように光の爪を目の前で合わせる。
「まだまだアイドル研究生ですが……みんなに楽しんでもらえるように、心を込めて歌います! よろしくお願いします!」
アーネスは真っ赤な顔で、あらためてペコリお辞儀する。
誰も拍手などしなかったが……その場にいる者はみんな、
ひとつ頷いて、大きく深呼吸。迷いのなくなった瞳で、まっすぐに前を向く。
「聴いてください! 『月とスペシャル』」
ヨウジが両手を上げると魔法陣が現れ、そこから打ち上がった花火がパアッと夜空に咲いた。
星が降るかのように色とりどりの光球が舞い落ち、アーネスを彩っていく。
その光球は、よく見ればスピーカーのように網目模様があり、それぞれが音楽を響かせていた。
月見坂88ファーストシングルのカップリング曲『月とスペシャル』。
アニメのエンディングテーマに使われそうな、ゆったりとしたミドルテンポの優しい楽曲。
――大丈夫 暗い夜だって――
――君はスペシャル つながってる――
――同じ空――
――君はどうして涙見せてるの――
――月が綺麗な秋の星空――
――みんなおんなじ悩める詠み人――
――歌が浮かばず ひとりで叫ぶ――
――冗談っぽく君は言う 『月とナントカ』なんて――
――何も違わない この命――
――愛の有無 確かめ合うような――
――日々に疲れ 泣きそうになるなら――
――顔上げて 私を見つめていて――
――君はスペシャル 歌うよまだ Song for You――
テンポ遅め、初期の楽曲ということもあり、ダンスもそれほど難しくない。
それでも、まったく心得のない者が、ぶっつけ本番でやるのは大変なこと。
ヨウジの送った記憶情報は完璧だったが、全体的にたどたどしく、いかにも初心者というダンスになったアーネス。
だが、それは『ダンスに集中しすぎないように』『歌を疎かにしないように』 アーネス自身がバランスをとった結果だった。
(どっちかと言うなら、歌の方がまだ経験値はゼロじゃない。それに、見てる人達もきっと歌の方が……)
そんな歌声を聴くヨウジは、
「
(歌魔法……魔力が込められた歌声だからか? いや、そうは思えない。やっぱりアーネスには、心を込めて歌う才能がある。アイドルの素質が元々ある)
色々余計なことを考えていたはずだったが、全部吹っ飛んでしまうくらい心にクる歌声。
ヨウジはあらためて『アーネスでよかった』と思う。
そんな歌声が止み、曲は最後の音を奏で終える。
アーネスの周りを舞っていた光球が一度浮き上がり、スポットライトのように彼女を照らし、グラデーションで消灯。
月へと伸ばすように上げた手を下ろし、アーネスは声を出さず感謝の言葉を呟きながら一礼した。
(1stライブでは……俺が操る形で、カッチリしたパフォーマンスを見せた。けど、やっぱりデビューしたてのアイドル、初々しさは大事だ)
涙を拭いながら、ヨウジはアーネスのお辞儀に拍手を送る。
(失敗や拙さを……アーネスはマイナスだと思ってるだろうけど、ユーザーの深層心理は違う。子犬が転がるシーン、動画配信者のヘタなゲーム実況、拙いものを見て無意識に安心したい本能がある)
今はアーネスのことだけ考えていなければならない時だが、ヨウジの脳内に月見坂ライブ初参戦の思い出が一瞬よぎる。
「誰だって、拙い時がある。そして……そこから成長していく過程、そこに共感した時、涙が出るほど嬉しくなる。『結果がすべて』じゃない。『過程』というのは……とても大事なものなんだ」
アーネスのアイドルぢからを信じて、ヨウジは祈る。
どんな人にもいつか届く、そんな魅力があると――
「なんだか不思議な曲だったな。異国の歌なのか?」
「旋律が掴みにくいけど……歌自体は、なんか良かったかも」
ボソボソと
アーネスは少しホッとして、再び頭を下げる。が、その時――
「でも、黒魔女なんだろ? 終焉の魔女を崇拝する集団が出てきたし、歌で何か企んでるんじゃ?」
「そもそも、さっきの事件だって、その関連だよな? 自作自演ってことも……」
頭を下げたまま、アーネスはギュッと
(ヨウジ……こんな想いをずっと続けていくことになるの? アタシ、耐えられるのかな……)
涙が出そうになるのを必死で堪える。そんなアーネスの前に、老夫婦が歩み寄る。
そして、そのうなだれたアーネスの首に古びた銀のペンダントを掛けた。
「えっ? あ、あの……」
アーネスは顔を上げ戸惑い、老夫婦の顔をそれぞれ見比べる。
「あーにゃん、だったかね? 安物で悪いが、私たちにとっては大切なものでな。貰ってくれるかい?」
「こんなもの貰っても困るわよね。でも、あなたの歌に何か返したくて……」
「いえ、あの、アタシ、何か貰うために歌ったわけじゃないから……」
オロオロするアーネスを、おばあさんは柔らかく抱きしめた。
「ごめんなさいね、年寄りの自己満足なの。あなたの歌を聴いて……離れている孫に会いたくなったわ。それだけ心に響く歌だったのね」
「そ、そう……なの? アタシの歌が……?」
慣れない褒められ案件に、より戸惑うアーネス。その手を、おじいさんがギュッと握った。
「若い子の音楽はわからんが、一所懸命な歌と踊りは見ていて応援したくなったよ。歌い手を目指しているのなら、これからも頑張ってな。あーにゃん」
「うっ…………は、はい!」
すっかり泣き虫になったアーネスの頬に、いくつも涙が伝い落ちる。
そして、
(アーネス……頑張ったな。あらためて、ここから君のアイドル人生が始まるんだ)
ヨウジとアーネスがふたりで作る歌魔法『
それは決して精神操作魔法などではなく、パフォーマンスを一番よい状態で観客に届けるため、ヨウジの価値観で生み出された、言わばただの音響システムだった。
(この
ヨウジという人間はどこまでも特殊で、魔法に触れてむしろ『現実の
(魔法を使いこなせるようになれば、きっとアーネス国民的アイドル化計画は現実になる。やってやる……それが俺の生きる道だ!)