黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと ~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ~   作:茉森 晶

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【挿絵表示】
フライングアーネス 画:亜方逸樹


(034) 『いつか月に届いたら』

 

 

     *          *

 

 

「銀鼠寮……ここですね。確かに送り届けましたよ」

 

 ユイットに付き添われながら、アーネス&ヨウジは自分達の住処へ帰り着いた。

 変身が解けたアーネスは案の定ヘロヘロになり、ヨウジに負ぶわれて寝息を立てての帰還。

 

「わざわざどうも。まぁ、今後も騎士団の人に守ってもらうことはあるかもだけど、基本的には俺の役目だから……そんなに気を遣わなくていいですからね」

 

 ヨウジは一応の礼を述べ、使い魔としてのプライドもチラリ見せておく。

 

「よい心がけですね。何としても我々は犯人を捕らえるつもりですが、もし何か新情報がありましたら、その共有はお願いします」

 

 ユイットはそう告げ、胸に拳を当てる敬礼をし、(きびす)を返す。

 が、その背中で、最後にひとこと付け加えた。

 

「アーネスさんの歌、よかったです。『湧き出る愛』という名前にふさわしい……多くの人に愛を届けられるような歌と踊りだと思いましたよ」

 

(あ……『アーネス』の名前に込められた意味、聞いちゃったな。そんな意味だったか……確かに、最高の名前じゃないか)

 

「ありがとうございます。ユイットさんみたいな姉にしか興味なさそうな人にそう言ってもらえたら、本人も自信つくと思いますよ」

「どういう意味ですか! と、とにかくですね……昨日は何かと失礼を申しましたが、謝意を伝えておいてください」

「そんなの……直接言えばいいですよ。推してくれる人が増えるのは、いつでも歓迎ですから」

 

 そのまま振り向くことなく、ユイットは速歩きで闇に消えた。

 なんとなく見送っていたヨウジの背中から、短い溜息が聞こえてくる。

 

「何よ……散々ボロカス言ってたくせに、うん」

「アーネス? 起きてたのか?」

「だって……アイツがいたら、アンタとちゃんと話せないじゃない。ほんっと邪魔者なんだから……」

 

 背中から下りようとせず、アーネスはむしろ、おんぶポジを直すようにしがみつく。

 

(名前の意味は……触れるなってことだよな。そんな嫌がったり恥ずかしがるようなものではないと思うけど……)

 

「とりあえず……ファンをないがしろにするような発言はダメだぞ。たとえ誰も聞いてなかったとしても、理解者に感謝の気持ちを持つことだ」

「……わかったわよ。でも、アンタとライブのこと話したかったんだもん! ほら……反省会っていうの?」

「ああ、そうだな。俺も話したいと思ってたよ」

 

 アーネスの方から前向きな言葉が出て、ヨウジは少し嬉しくなる。

 

「ね、ヨウジ……屋根の上まで行ける? アタシを背負ったままじゃ無理かな」

「屋根の上? いいけど……」

 

 ヨウジはアーネスを背負ったまま、出窓などを足掛かりにスイスイと跳び移り、屋根の上まで辿り着く。

 ちょっと護身術をかじった程度の人間では不可能な身のこなし。ヨウジは何だか笑えてきた。

 

「何よ……何がおかしいの?」

「いや……まだ二日目だからさ。自分の変化になかなか慣れないのはしょうがないだろ」

 

 ちょうどいい出窓の(ひさし)に、ふたり並んで腰掛ける。

 見上げれば、少し青みがかった大きな満月が光っていた。

 

「月が……とっても綺麗」

「……だなぁ。少し色味は違うけど、月を見て感動するのは、世界が変わっても一緒だ」

 

 アーネスも、甲良陽司も、それぞれの世界で月を見るのが元々好きだった。

 孤独を感じても、辛いことがあっても、月の光を浴びていると、少し心が穏やかになった。

 

「さっきの『月とスペシャル』、月のことが入った歌よね。歌詞の中の『月とナントカ』って……何なの?」

「ああ……『月とスッポン』って言葉があってね。スッポンってのは亀の一種で『どっちもまん丸だけど、えらく差がある』って意味なんだ。月は美しいけど、スッポンはそうじゃない。距離もだけど、ふたつの存在がかけ離れてるってこと」

「ふぅん……でも、それを否定する歌なのよね。『ふたつの存在は何も違わない』って」

「そうだよ。『顔上げて、私を見つめていて』って歌詞でわかるけど、月はアイドル、スッポンはオタクのことを指してる。で、スッポンじゃなくスペシャル……『特別』なんだよ、って言ってくれてるわけだ」

 

 オタク特有の早口で、嬉しくなって解説する。いかにもな仕草。

 語ってから、ヨウジはハッとするが、アーネスは月を見つめながら、それに聴き入っていた。

 

「いい歌ね。アタシ……気に入っちゃった。自分で歌い上げた気にもなれた曲だし……」

「う、うん。アーネスの歌……本当によかったよ」

 

 月を見上げるアーネスの横顔に、思わず見とれてしまうヨウジ。

 その魅力に、あらためて底知れないアイドルぢからを感じていた。

 

「『アーネス』の意味……どう思った?」

 

 横顔のまま、アーネスは問うた。

 ヨウジは少し間を置いてから、口を開く。

 

「最高の名前だと思った。俺が推すアイドルに……ふさわしい」

「……言うと思った。ほんとアンタは……」

 

 あえて、アイドル馬鹿としてそう言ったあと、ヨウジはこうも言う。

 

「絶対に……愛されて生まれて、愛を持って付けられた名前だと思った。アーネスは……ちゃんと色んな人に愛されてるし、もっともっと愛されるよ」

「…………うん、そうかもね。うん……へへへ……」

 

 涙ぐみながら、それでも笑顔で、アーネスは答えた。

 

「ほんと……後悔しても知らないわよ? 黒魔女(アタシ)をアイドルにするなんて決めて」

「後悔なんてしないさ。むしろ、アーネスの方が嫌になったら言ってくれよ。苦しめるようなら本末転倒だから」

「うーん……愚痴とかは言っちゃうかも。だって、できないことばっかりなんだもん」

「愚痴くらい聞くよ。まぁ……厳しいことも言うかもだけど」

 

 涼しげな風を感じながら、ふたりは微笑み合う。

 

 『黒魔女と使い魔』

 『多感な少女(13)と仕事に疲れた女嫌い(25)』

 『アイドル(魔王?)候補と限界オタク』

 

 奇妙な関係性がいくつも挙げられるバディ関係だが、なかなかどうして相性はよいのかもしれない。

 

「……明日は学校かぁ。ヨウジって『やべー女に惚れられる体質』なんでしょ? いっぱい告白してくる女がいるんじゃないの?」

「や、やめてくれよ。俺はマジで、女なんて関わり合いになりたくないんだから……」

「んふふ……アンタはアタシの使い魔。ほかの女のことなんて考える必要ないのよ、うん」

 

 悪戯っぽく笑うアーネス。

 そんな笑顔を見て、あらためてヨウジは基本に立ち返る。

 

(いかん……またイイ雰囲気になってるんじゃないか? 推し(アイドル)がオタクをオタク以上と見ることなど……あってはならないのだ!)

 

「いや~、女は苦手だけど、人付き合いも大事だしな。もし使い魔契約解消でアーネスに捨てられたら、次のアイドル研究生を探さないとな~」

 

 挑発的な口ぶりに、アーネスの中の『やべー女ポテンシャル』が秒で膨らむ。

 周囲にある風の理霊元素(エレメント)が急激に活性化し、竜巻となってヨウジの体を上空に放り投げた。

 

「推し変・禁・止!!!」

 

 ゴォォォォォォォォォッ

 

 空高く舞い上げられ、ヨウジは宙に浮かんだまま、思わずクシャミする。

 二頭身(ワンコ)フォームに戻り、また違った浮遊感を味わいながら、少しだけ近くなった月をしみじみと眺める。

 

「ああ……月が綺麗だ。なんだか手が届きそうな……」

 

 世界中の人が見つめていたくなる月のような存在(アイドル)に、黒魔女アーネスはなれるのか?

 それはこの、ひとりの限界アイドルオタク次第である。

 

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