征途日本召喚 作:猫戦車
パーパルディア皇国 パラディス城
中央暦1639年/西暦2021年 12月4日
その私室と呼べる場所は、中世から近世への過渡期における豪華絢爛の忰を集めたような装飾に溢れていた。
西暦世界におけるバロック調を彷彿とさせる装いに溢れ、全盛期の帝政フランスもかくやの大宮殿の、最も偉大で高貴な主人が一人詩想に耽る為の空間であったことから、その場所は他の何処よりも凝った装飾が張り巡らされている。
そして、その場所の玉座とも言える場所に腰を下ろしていたのが、今年で齢27に差し掛かった青年とも取れる顔付きをした成人男性であった。
名をルディアス。このパラディス城の主人であり、足元に広がるパーパルディア皇国、その7000万の臣民を従える皇帝と称す他のない人物であった。
その彼のために用意された空間に、気まぐれな飼い猫でも紛れ込むように1人の成人女性が側に仕えていた。歳は同じぐらいで、極めて高圧的な印象を感じる彼女は、その鋭利さをおくびにも出さないような笑みを浮かべ、自らの主に子犬のような瞳を向けていた。
「レミール」
ルディアスが目の前の女性の名を呼んだ。それを耳にした彼女は、次に放たれる言葉を期待して、恋に恋するうら若き乙女のような表情をみせた。
それに気をよくしたルディアスは、独裁者が自らの支持者を奮い立たせるかのような口振りで語り出した。
「レミールよ、余はこの世界のあり方に案じておるのだ」
「それは……一体、どのようにお考えなのですか?」
「やはり、恐怖こそ全てを統べるに適したものはないということだよ」
レミールは高名な歌手によるオペラでも聴いているような表情で耳を傾け続けた。
「決して逆らえぬと思わせる程の恐怖こそ平和の鍵である。そう思わせることの出来たなら、そもそも争いなど起きんのだ。ミリシアルやムーのような融和主義など愚策に過ぎん。我が皇国が、恐怖によって世界の全てを支配することで平和が訪れるのだ」
「なんと先進的なお考えでしょうか。陛下が世界の民のことすら考えておられるなんて」
「勿論だ。いずれ全ての民が皇国の旗の元で暮らしていける世を作らねばならん。多くの臣民の血が流れるかもしれん。しかし、大義の前には尊い犠牲にすぎない。これを実現するにもだ、レミール。そなたには期待している」
彼女は歓喜に満ち溢れていた。それは、御伽話を現実のものと捉えるような女性の夢が実現したかのような心境であった。
自分にとっての理想的な男性が、白馬から降りて手を取るようなものだった。故に、彼女はルディアスの申し出に快く応じた。
「はい!陛下。1人の女に過ぎない私めですが、どうか陛下の御役に立てるよう努めてまいります!」
「良い心がけだ、レミール。そのためには、皇国の障害となるものは排除していかなければならない。そういえば、フェン王国の懲罰についてはどうなっている?」
ルディアスは、自らを慕う女の反応を楽しんだのち、彼女に極めて実務的な話題を求めた。それは、つい数ヶ月前に彼女が自ら請け負っていた話題であり、先程の自論において障壁となる存在の排除につながるものであった。
「はい。陛下のご指示通り、皇国海軍の部隊と陸戦隊、いずれも準備が整っております。監察軍などという二戦級の部隊と違い、いずれも精鋭無比の強兵であり、フェン王国相手に敗北などあり得ません。アルタラスよりも軽く捻って終わるでしょう」
彼女の述べた通り、パーパルディア皇国軍はこの当時の第三文明圏に於いて比類無き戦力であった。その作戦能力は、到底不可能な要求を突きつけられて国交を断絶したアルタラス王国に対しての侵攻作戦に於いて、僅か3日での全土の占領という結果にて存分に発揮されていたものだった。
その事実を充分に理解していたルディアスは、レミールに対して命じた。
「よろしい。先の監察軍の敗北、余としては決して看過出来ん。二度と皇国に逆らおうなどと考える国家の生まれぬよう、徹底的にやれ」
レミールは自らに告げられた命令を至上のものとして受け取った後、何かを思い出したかのように付け加えた。
「それとですが、先程のフェン王国の件に、日本などという新興国が関与しているとの情報が入っています。これもフェンのようにしてもよろしいので?」
「日本か、報告には確か……」
「特に特筆する必要のない島国。人口のみが過大で、大した軍備も持っていない国だそうです。多少の文明圏外国と繋がりがあるそうですが、まあ大したことのない国でしょう」
「そうか。フェン王国攻略の次はそこを懲罰する。我が皇国の障害は排除されなければならない」
彼は一国の皇帝たる凛とした装いでそう告げた。
ーーこの時点で、ルディアスは大変な間違いを犯していた。日本国という国家はトカゲのように弱小な存在ではなく、極めて強大な龍のような強国であったことだ。
しかし、その事実を彼が確認する手段はこの宮殿の内部にいる限り存在しなかった。彼の国に対する正しい情報は、極めて傲慢で偏った価値観を持つ、彼のそばで感激している成人女性によって、その殆どがデマとして握りつぶされていたからだ。
彼は決して無能ではなかった。寧ろ、その年と地位にいる者としては極めて優秀な部類に入る人間であった。
極めて増長し切った価値観こそ有していたものの、少なくとも現実を見る瞳を曇らせたことはないと言って良いだろう。
そんな彼がこれ程までに誤った判断を下してしまったのか……彼が玉座に座り、与えられた情報のみで判断せざるを得ない立場に就いていた事、そしてその情報が致命的なまでに現実と齟齬をきたしていたからだ。
特に、その情報を持ってきたのがレミールであったことが、彼の視野を大いに狭める結果となった。
暗君と歴史書に名を刻む人間は、時に奸婦と呼ばれる女性により破滅の道を歩むことになるが、ルディアスにとってのレミールとは正にその奸婦と称されるべき存在だったのだ。
日本国 横須賀基地
中央暦1639年/西暦2021年 12月10日
浮かべる城ぞ頼みなるとはこのことを言うんだなと、埠頭に停泊する〈やまと〉の姿を眺めながら、藤堂未来2等海尉は漠然とそう思った。
彼がつい数日前まで乗艦していた艦の勇姿は、今彼が艦を離れて足を伸ばしているこの自衛艦隊司令部の一角からでも容易に確認が取れた。
フェン王国からの航海を終え、この司令部にて行われた定例会議にて報告をする為に陸に上がった彼からしてみれば、目の前で数多の護衛艦と共に羽を休める〈やまと〉の光景は見慣れたものであった。ここを母港とする無数の護衛艦に、新鋭の反応動力空母である〈ペルシャ・ガルフ〉を筆頭とした在日合衆国海軍艦艇が居並ぶ横須賀という空間に於いても、彼女は城塞の如き存在感を発揮している。
未来は視線を逸らし、口に咥えた煙草に火をつけた。彼はただ1人、近年の禁煙ブームによって日々存在を隅に追いやられている喫煙所に足を運んでいた。あくまで嗜む程度にしか吸わない彼であったが、今日のこの瞬間は隊内で煙缶の愛称で呼ばれるこの場所に、たまたま足を運びたくなったのだ。
深く肺の奥まで吸い込んで、ゆっくりと紫煙を吐き出す。喫煙所の壁にもたれ掛かるようにした彼の胸中に懐かしさが込み上げる。無論、この場所から見える〈やまと〉に対してである。
それは、彼が幼年期から少年期のうちから特別なものとして位置付けていた光景の延長線上に存在した。
嘉手納のNASDA施設内に設けられた子妻帯者用住宅にて幼年期の殆どを過ごした彼にとって、盆と正月に父方の祖父……藤堂進の家に里帰りした際に見える、港を埋め尽くすように停泊する大艦隊、そしてその中心に聳える大戦艦の存在は余りにも強烈であったのだ。
彼が一本目を完全に吸い終えた時、喫煙所に同じ海自の制服を着た男が入室してきた。階級章は彼と同じ2等海尉、縁の薄い眼鏡をかけた中背中肉の男であった。
その幹部自衛官の顔を見た未来は、火の消えた煙草の吸殻を灰皿に捨てて、目の前の男に向かって海軍式敬礼を交わした。
「お久しぶりです。清水2尉」
「ああ、久しぶりだな。藤堂2尉」
未来の挨拶に対し、そう言われた張本人……清水貞樹2等海尉は、懐かしい知人に再会したように眉を上げたのち、簡潔に海軍式敬礼を交わした。
彼と藤堂未来の関係は、未来が〈あきづき〉に着任した直後からであった。
素人に毛の生えて『いない』存在である新任の幹部であった未来は、度々この一期上に江田島を卒業した先輩である清水にいくつも世話になったことがある。それから、彼らが〈あきづき〉を乗艦としているうちは交流が続いていた。
ただ、未来が海自の新米幹部の常として船務科から〈やまと〉の砲雷科に配属へ転換されたのを機に、めっきり疎遠とも言える状態になっていたのが昨日までの状況だった。
配属前に聞いたところによると、どうにも〈あたご〉級ミサイル護衛艦4番艦である〈ほだか〉の補給長として着任することが決まったらしい。故に、こうして顔を合わせるのは相当に久しぶりの時間だったのだ。
「どうも、フェン王国じゃあえらい目にあったそうじゃないか。見る限り、無事でよかったよ」
「正直、今思い返してみても肝が冷える思いですよ」
未来は煙草を取り出し始めた先輩に対してそう答えた。会話は続く。
「どうにも、その様子じゃああまり気にしていない様子だな。誰に似たのやら」
「
「確かお前の祖父さんは元海将補だったな。それも、あの藤堂進海将補の」
「よくぞご存じで。もしかして、『海の家系』を読まれた事がお有りで?」
未来は自身の血族と戦後史について書かれた小説の名前を上げた。かつて北海道戦争で1個戦車中隊にて1個連隊を食い止め、ベトナムにて陸海空の協働で倍近い敵兵を殲滅した元陸将補の、統一戦争後に書かれた遺作と呼ぶべき作品の影響にて、海自という身内社会のみに伝播していた海軍の家系の存在が世間一般に周知される原因となった作品の名であった。
彼の質問を聞いた清水は、それが周知の事実であると言わんばかりに答えた。
「当たり前だろ。俺は福田定一の小説は粗方読破しているんだ。それに、今の幹部に藤堂家の人間を知らない奴はおらんだろう。俺が新任だった頃でさえ、お前さんの噂が流れてきたぐらいだからな」
「そうだったのですか……」
未来はどこか気分の悪そうに答えた。自分の預かり知らぬところで、誰ともわからないものに話の種にされるのはそう気分の良いものではない。
数秒の沈黙ののち、そう言えばという言葉と共に清水が切り出した。
「お前さんの妹さんも海自に入ったそうじゃないか。なんでも、呉の輸送隊に配属されたと」
「ああ、
彼は自身と2つしか年の離れていない妹……藤堂雪江3等海尉を思い浮かべた。
母の藤堂美咲の面影を強く残した長女の舞子、父の血を色濃く受け継いだ未来と違い、彼女は祖母の形相と祖父の進の内面的な部分を強く残した人間であった。つまり、実務において極めて優秀な能力を持ちつつも、その実、私生活において怠惰である。
まあ、あいつならなんとかやっているだろう。未来はそう思うことにした。
ROTC出身の自分に比べ、自身の母親と同じく優秀な成績で防衛大学校を卒業した彼女の方が出世にも困らないはずだ。最近はめっきり顔を合わせる機会が無くなってしまったが、きっとうまくやれるだろう。
「そうか」
未来の返答に対し、清水はただ一言短く返した。そして、指で挟んだ火のついた煙草を吸う。短時間で吸殻と化したそれの火を消した清水は、この短い雑談の終わりを告げるが如く言った。
「まあ、なんだ。何も問題がないならいいんだ。何も変わっていないのなら」
そう言うと清水は喫煙所を後にした。既に外は日が落ち、街灯の灯りが灯っていた。
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日本国 東京都 霞ヶ関
中央暦1639年/西暦2021年 12月26日
トウキョウ・フーチ。
かつて英国の特殊な小説を専門とする小説家達と、世界各国の同業者を運営する各国政府によって名付けられた、公安調査情報庁(SRI)に対する畏敬と恐怖と得体の知れなさを象徴するニックネームである。
もっとも、そこに勤務する者は決してその愛称を用いない。彼らが自らの職場について語る際は(それ自体、大変に珍しいことなのだが)常に“うち”であった。
英語の文章で表す場合はSRIまたはSRIAである。霞ヶ関のいささか古ぼけた5階建てビルの内に、日本が持つ最大の国家情報機関が設けられていた。
この年、SRIの長官を務めていたのは鹿内という男であった。
小ぶりな、知性が勝ったような顔立ちをしている還暦間際の彼は、80年代より当時のSRI長官の右腕として抜擢され、向こう側の日本における高級将校とその家族の脱出において重要な任を果たし、この日本が伝統ある方と向こう側に分かれたのが一つになる要因を創った男であった。
この日、彼は総理官邸より強固な防諜設備を施された長官室にいた。特殊な加工の施されたカーテンにより遮られた部屋は薄暗かった。照明は、歴代のSRI長官が使用し続けてきた木製の大型デスクの上に置かれたデスクライトだけであった。
鹿内は、部下から提出されたある書類に目を通していた。齢を重ねてすっかり銀色に染まった髪に、デスクライトの光が反射した。彼は、その書類を読み終えた後に掛けていた丸眼鏡を外し、呆れたように呟いた。
「つまるところ、1ヶ月以内にパーパルディアが軍事的行動を起こすと言う確信が強まったわけだ」
彼が目にしていた書類には、ここ数ヶ月の期間にて異例の間隔にて打ち上げが実施された偵察衛星により、軌道上から撮影されたパーパルディア皇国内の写真であった。無数の戦列艦と思わしき艦艇に、多数の物資集積の痕跡が確認されている。
「ええ。我々が事前に収集していた情報とも一致します。もしこのままなんの手も打たないのであれば、まず間違いなく、彼の国はフェンへと侵攻するでしょう」
薄暗がりの中に立っていた秘書官は答えた。
「彼の国は極端なまでの拡大主義を取っております。となれば、我が国に食指が伸びるのも時間の問題と見るべきです。我々は、この異世界においては新参者に等しいのですから」
「外務省から突如外交担当者が更迭されたと話は聞いていたな。これも関連してくるのだろうな」
「それに関しましては今後も調査を進めます。長官には、内閣の方に話を通して頂けると」
「そうか、わかった」
彼は丸眼鏡の奥の細い目をさらに細めて呟いた。
「内閣には俺の方から伝えておく。君達は、引き続き情報収集を怠るな。頼んだぞ」
「了解しました」
秘書官はそう言ったのち、薄暗い執務室から立ち去っていった。
たった一つの灯りしかない部屋に、再び鹿内は1人になった。
(これが杞憂で済めばいいが、どうも確実に一戦交える結果となりそうだ)
かつて各国の同業者から最も警戒されていた男の勘は、この時ある種の警報を鳴らしていた。
そして、その予想は見事なまでに的中した。意思決定に極めて慎重な日本政府が、フェン王国内から観光客の引き揚げを決定したその日、フェン王国を侵略せしめんとする大艦隊がパーパルディアの港を離れたのだった。
清水貞樹2等海尉→征途の作者様である佐藤大輔氏の作品である仮想戦記『レッドサンブラッククロス』の登場人物。レッドサンブラッククロスにおける実質的な主人公。本作では海自に二等海尉として所属している。
護衛艦〈ほだか〉→〈あたご〉級ミサイル護衛艦の4番艦。
本作における〈あたご〉級は10-4-10-10艦隊構想の改訂に伴って建造されたイージスシステム搭載護衛艦で、同型艦は8隻。
〈あたご〉
〈あしがら〉
〈たかちほ〉
〈ほだか〉
〈まや〉
〈はぐろ〉
〈ふるたか〉
〈あおば〉
この8隻に加え、〈こんごう〉級ミサイル護衛艦に〈やまと〉の5隻、さらに〈あきづき〉級4隻を加えた17隻分のイージス艦を海上自衛隊は保有している。
〈ペルシャ・ガルフ〉→アメリカ合衆国海軍第7艦隊所属の最新鋭反応動力空母(佐藤大輔作品において原子力、核兵器は反応動力、反応兵器として言い換えられるため本作でも標記を反応動力、反応兵器に統一している)
ペルシャ湾にて空母ミッドウェイを撃沈された合衆国海軍が戒めの意味も含めて名付けた空母。姉妹艦に〈オホーツク・シー〉(これも統一戦争時に反応弾攻撃を受けて壊滅した空母打撃群に対する反省を込めて名付けられた)がある。ちなみに、〈ペルシャ・ガルフ〉の名前の空母としては二代目。本編に一切出ない情報として本艦の就役において名称を〈ミッドウェイ〉にする案が合衆国議会で出たが、同盟国の国民感情を考慮して〈ペルシャ・ガルフ〉へと決定した。
藤堂雪江→本作の(一応の)主人公である藤堂未来の妹。元ネタははるかリセットの藤堂ゆきえ一等海尉。(元々はるかリセットが征途のパロディで出したキャラなので、どうせだったら入れてみようと思った。後悔はしていない)
鹿内→征途の登場人物。本作ではSRIの長官まで登り詰めている。
公安調査情報庁/SRI→通称トウキョウ・フーチ。要するに日本版CIA。征途において登場する架空の組織