征途日本召喚   作:猫戦車

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ルバイル・ストライク

旧アルタラス王国 ルバイル平野

中央暦1640年/西暦2022年 5月22日 午前12:00

 

 海岸部への逆襲を目的とした皇国軍の攻勢に対処するため、加藤の小隊を含む戦車大隊が行動を開始したのは、この日の太陽が頂上に登る少し前の時間だった。

 目標とはすぐに相対した。上空を飛翔する無人偵察機による航空偵察情報の正確性を裏付けるが如く、加藤の小隊はいの1番に敵の大部隊と接敵したのだ。

 

「射撃開始、繰り返す、射撃開始。撃てェ!」

 

加藤がそう叫ぶのと同時に、彼の搭乗車を含む4両の07式が火を吹いた。

高貫徹力の44口径120ミリ滑腔砲から放たれた対戦車榴弾は、寸分違わない正確性で先頭を突き進む地竜に襲いかかり、象すらも凌駕する巨体をいとも容易く抉るかのように討ち倒した。

 

 地竜という最も大きな盾を失った皇国兵らに、主砲の同軸機銃から放たれた曳光弾混じりの火線が突き刺さった。一連射で一つの横隊がばらばらと倒れ、戦列歩兵達が訳も分からぬまま撃ち倒されていく。

 

 今回の戦闘に加わっていたのは、加藤ら戦車部隊のみではなかった。その性質上視界がどうしても制限される戦車をカバーするように展開した普通科部隊も、AAV-7により展開を行ったのちに手持ちの小火器、重火器を用いて熾烈な攻撃を皇国兵に浴びせていたのだ。

 

「周囲の警戒を厳となせ。敵の火砲を制圧しろ」

 

 加藤は車長潜望鏡にて車外の様子を確認しながら、指揮下の車両に叫ぶようにして命じた。

 すぐに命令はC4Iシステムの元で共有され、幾許もしないうちに返答が返ってきた。

 

「02よりアズマ01。右前方1200より火砲の展開を確認、送れ」

 

「01了解、直ちに攻撃を開始せよ」

 

 直後、隣を走行していた07式の砲口に閃光が迸り、それから数秒と経たずに爆炎が数キロ先に上がった。何かの破片が爆風と共に吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられる姿が加藤の目に映った。

 

 加藤は焦燥感に胸を苛まれながら、ひたすら戦場の推移を見ようとした。この後、海自の戦艦と戦闘機が協同して大規模な爆撃を行うと聞いている。地形が変わりかねないほどの爆弾を撃ち込み続けることで、皇国軍の一切合切を吹き飛ばしてしまおうという判断だ。

 

 銃声と轟音が鳴り響く中、加藤に中隊本部から通信が入った。無線機を手に取り、応答する。

 

「カワセよりアズマ01。5分後に大規模な砲撃が行われる。本中隊は所定位置まで後退したのち、砲撃後に逆襲へと移行する」

 

「アズマ01よりカワセ。了解した。直ちに後退を開始する」

 

 加藤の小隊は即座に後退を開始した。周囲の普通科隊員も同様だ。

 突然目の前から離れていく自衛隊の姿を見た皇国兵の反応は様々だった。安堵する者、敵に重大な問題が起こったに違いないと思った者が多かった。先程まで熾烈なまでの砲火に晒されていた以上、ある意味仕方のないことに思える。

 彼らの安心が絶望へと変化したのは、これから5分後の出来事であった。

 

 

ルバイル平野

同時刻

 

 今まで格下との戦闘経験しか体験して来なかった皇国兵らにとって、まるで想像もつかない勢いで味方が撃ち倒されていく中、アルタラス駐留皇国軍総司令官のリージャック中将は既に半数程が戦闘不能となった残存皇国軍将兵6000を懸命に指揮していた。

 

 彼は次々と最前線から上がってくる絶望的な報告に対し、己の中の恐怖心を打ち消そうとするかの如く将兵らを叱咤激励しつつ、自身の常識の範囲内で的確だろうと思われる指示を出した。

 それが実を結んだかのように見えたのが、突如として前線の自衛隊部隊が後退を開始した瞬間だった。

 

「敵の状況も苦しいに違いない。即座に追撃せよ」

 

 彼はこの後退をアルタラス島から敵を叩き出す最後のチャンスと捉え、滅多撃ちに晒されながらもかろうじて戦意を保っていた隷下の皇国軍部隊へと進撃を命じた。そして気づく。

 いつの間にか近くまで迫っていた海岸の先、アルタラス島沖合に途方もない大きさの艦船が浮かんでいると。

 

 その瞬間、彼は自身が犯した致命的な失態に気がついてしまった。敵が圧倒的なまでの航空戦力を持ちながら、この平野に我々が到達するまで碌に攻撃してこなかった理由……あの船の艦砲射撃の射程範囲内まで我々を誘き寄せ、完膚なきまで殲滅するという計画にようやく辿り着いたのだ。

 

 その事実に気付いた時、彼は無意識のうちに自身の唇の端を血が滲むまで噛んでいた。

 同時にこうも思う。畜生、俺達はどうすればよかったんだ。この島に来た時点で勝ち目なんかなかったのか?糞、糞、糞ったれが。フェン王国でしくじった連中もこうしてやられたに違いない。

 

 リージャックは目の前の現実に絶望しながら、せめてもの抵抗として部下に散開を命じた。少しでも砲撃から逃れられるようにするためだ。それを聞いた兵士達が動き始めた頃、破局はついに訪れた。

 

 沖合の巨大船から砲火が瞬いた。同時に、そこから放たれた砲弾が放物線を描いて皇国軍目掛けて飛翔する。数十秒後、リージャック中将の身体は、周囲の部下と共に粉々になってアルタラスの土に還った。

 

 

陸上自衛隊水陸機動団 ルバイル平野

同時刻

 

 加藤は目の前の魔女の大釜の中身にも似た光景からある程度距離を置いた地点で待機していた。

 双眼鏡にてその様子を監視する彼の目には、洋上の〈やまと〉からの砲弾が着弾するたび皇国軍が中隊単位で吹き飛ぶ様子が見えた。

 〈やまと〉の艦砲射撃はまったくもって熾烈という他ない。かつて艦砲射撃を経験した軍人は、「戦艦1隻は7個師団の攻撃力に相当する」という言葉を残したが、全く正しいと思わざるを得ない光景であった。

 

 加藤の瞳に艦砲射撃でまとめて吹き飛ぶ地竜の群れが映った。運悪く〈やまと〉の主砲一斉射が着弾し、なんとか残っていた残りの地竜が全て吹き飛ばされた光景だった。爆炎と轟音と共に、おそらく人体の一部だったものの破片が無数に散らばる。

 

だが、加藤の網膜に最も焼き付けられた映像は、爆発と共に宙高く舞い上がった地竜の首だった。

 

 

 

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パーパルディア皇国 皇都エストランシスト

中央暦1640年/西暦2022年 6月4日

 

「ねえカイオス、あなた、どうして私に非公式で会談したいなんて申し出たのかしら?」

 

 皇都郊外の邸宅に設けられた応接間にて、その部屋に招かれたエルト第1外務局長はソファーに座りながらそう言った。彼女の向かいにはこの邸宅の主、元第3外務局長のカイオスが座り、腕を組みながら相対している。

 カイオスが第3外務局長の座を追われて以来、2人が顔を合わせるのは久方ぶりであった。この会談の目的は一つ、皇国の今後についてだ。

 

 先のアルタラス島における皇国軍の敗北は、カイオスのみならず殆どの政府閣僚の耳に入っていた。アルタラス島陥落の報と共に入った情報では、現地司令官のリージャック中将は戦死、総数2万を超える駐留部隊は壊滅、僅かな生き残りが自衛隊に投降したというものだった。

 

 これは先のフェン王国以上の衝撃を皇国上層部に与えていた。何しろ、アルタラス島と皇国本土は目と鼻の先であり、今まで安全圏であったはずの本土までもが攻撃にさらされる危険性を孕んでいたからだ。女性皇族のレミールを筆頭とした上層部は即座に奪還命令を出していたが、肝心の皇国軍はその損害の多さから二の足を踏んでいるのが現状だ。

 

「皇国の現状について、話しておきたいことがあった」

 と、カイオスは普段より一段低い声で応えた。

 

「まあ、そう言うと思っていたわ。ここ最近、信じられないくらいに皇国軍が敗北しているんだし」

 

「ああ、予想よりもずっと悪いな。まさか、アルタラスが1日で陥落するとは俺も思わなかった」

 

「今の外務局は大荒れよ。なんせ、今までノーマークの文明圏外国にここまでやられるなんて想像もつかなかったのだから」

 

「言いたいことはそれだけじゃないだろう?」

 

「ええ、勿論」

 

 そう言うとエルトはカイオスの目の前に一枚の写真を取り出した。皇国内で使用される質の悪い魔写真ではない。総天然色の極めて鮮明なそれには、ミリシアルの天の浮船を更に洗練させたような飛行機械が写っている。

 

「これは一体?」

 

「ムー大使のムーゲ氏から渡された物よ。アルタラスからの通信で飛行機械の存在が確認されたから呼び出したら、日本はムーのよりもずっと高性能の機体を使用しているって言われたわ」

 

 カイオスの問いに対し、エルトはどこか諦めの混じった表情でそう返した。カイオスはその写真……FV-2戦闘攻撃機の写ったそれを一瞥して言った。

 

「つまり、今まで集めてきた情報は全て真実だった訳だ」

 

「そう、現実味が無さすぎてデマに思えたのだけれど、ここまで酷い差があるとは想像すら出来なかったわ。最悪よ、私たちの国はとんでもないものに喧嘩を売ってしまったのよ」

 

 2人の口から揃って溜息が漏れた。それがなんの意味も持たないのをこの2人は理解しているが、それでも口に出さずにはいられなかった。しばしの沈黙のうち、カイオスの方から口を開く。

 

「で、どうして俺に話を持ちかけてきた?今の俺には、なんの権限だって持たされてないんだぞ」

 

「あなた、秘密裏に日本とパイプを持ってるでしょう」

 

 今度はカイオスだけが口を閉じた。沈黙の後、恐る恐ると言った様子でカイオスが問いかける。

 

「……どこでそれを?」

 

「あなたなら何かしてるんじゃないかと思って調査したら、秘密裏に日本の外交官と接触している所を目撃したって証言が見つかったわ。皇女様が殲滅戦なんて布告してしまった以上、どこかで日本と接触しないと取り返しがつかなくなるわ」

 

「それは分かっている、エルト」

 

 カイオスは元の声の高さに戻して言った。

 

「正直に言って、俺はこの戦争はパーパルディアが負けると思っている。だが今の上の様子じゃあ講和なんて望むべくもない。そこでだ」

 

 そう言うとカイオスはエルトを一瞥し、再び語り出した。

 

「俺はこの戦争をより良い負けで終わらせたいと思っている。そのために協力して欲しい」

 

「……具体的には?まさかクーデターでも起こす気?」

 

 エルトは驚いたように目を見開いて問い掛けた。カイオスは淡々と話を続ける。

 

「それはあくまで最悪の時の手段だ。少なくとも今の段階でやっていいことではない。エルトは局内をまとめて日本との講和を訴えてくれればいい。弱腰と見られるかもしれんが、このままいけば属領の殆どを失うかもしれないんだ。それよりはマシだろう」

 

 エルトはカイオスの言葉にある種の納得を覚えた。確かに、このまま戦争を続ければ皇国を列強国たらしめる要素を失いかねない。そうなればこの国は瞬く間に没落するだろう。その事実を認識しつつも、エルトは額に皺を寄せながら返答した。

 

「そうは言うけどね……私の上司が誰だか、あなたもよく知っているでしょう」

 

 そう言うと今度はカイオスの方が黙った。無理も無かった。エルトの今の上司とは、カイオスが外務局長だった頃に極めて傲慢な理由で職を剥奪してきた相手であったのだから。

 万民の母となるべく皇国の拡大政策に勤しむ彼女は、カイオスやエルトのような実務を重んじる官僚にとって悪夢のような存在であった。それを否が応でも理解している2人のうち、エルトの方が口を開いた。

 

「あの御方、ムーゲ大使に日本の情報を突きつけられて以降、日が経つにつれて悪化していってるわ。やれ蛮族相手にこの体たらくはなんだとか、戦力を再編して日本を消滅させろだの、はっきり言って交渉なんて言い出したらどうなるか分かったものじゃないわ」

 

「俺が居た頃より酷くなっているじゃないか」

 

 カイオスは呆れたように呟いた。

 

 実を言えば、かの女性皇族が徹底抗戦を叫んでいるのは理解できなくもない部分があるのは2人も理解していた。現在の皇国は恐怖による植民地支配により成り立っており、逆らったら滅ぼされかねないという確信を常に与え続けなければならないという構造上の欠陥を抱えている。

 そのような状況下で属領の1つを陥落させ、殲滅戦を宣告した相手と講和を結ぼうものなら、他の属領にて燻っている火種が一気に爆発しかねない。

 日本側から殲滅戦前に提示された講和条件は、フェン王国への謝罪と賠償、他国への侵略行為の禁止という極めて簡素なものであったにも関わらず、いまだに皇国の選択肢に講和が存在しないのはそれが原因であった。

 

 だが、カイオスに言わせてみれば、これ以上の戦闘継続は無意味であり、今後の戦闘で戦力を消耗してしまえば、それこそ属領の反乱に対処できなくなるというのが本音であった。

 目の前には最悪の選択肢しか置かれていないのならば、せめて1番マシなものを選びたい……それが彼の考えだった。

 

「兎も角、なんとしても日本国と講和を結ぶ必要があるのは理解しただろう。このまま皇国軍が壊滅でもしたら一巻の終わりだ」

 

「分かってるわよ。私もなるべく努力するけど、あまり期待しないでちょうだい」

 

 この言葉を最後に会談は終了した。

 この会談を境に、皇国の官僚の一派に講和派と後の歴史書に記録される集団が形成され始め、次第にその勢力を拡大していった。

 皇国にとって不幸であったのが、彼らが政治的に力を有するまで拡大した頃には、すでに皇国はどう足掻いても没落を避けられない点まで到達してしまったことだった。

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