征途日本召喚 作:猫戦車
パーパルディア皇国 パラディス城
中央暦1640年/西暦2022年 8月18日
かつて、第3文明圏随一の栄華を誇ったパラディス城には暗惨たる空気が立ち込めていた。
皇国がこの数ヶ月間においての戦争で負った損害が、最早列強国の座を維持することすら危ぶまれる程に累積していってしまったからだ。
フェン王国から始まり、アルタラス、エストシラント沖と続いたそれは、極めて皇国に都合の良い情報が取捨選択されやすい宮中においても同様だった。首都沖にて海軍主力が壊滅した事実など隠しようが無く、これまで積み上げてきたものが崩される様を目撃して、少なくとも良い気分になる者は存在しない。
そして、このような関わる者全ての胃がきりきりと締め上げられるような空気は、皇国の盟主であるルディアス皇帝の御前においても重苦しく立ち込めていた。いや、最早その場の空気を支配されていたと言っても過言では無い。自国の絶対君主である存在に自らの失態を平然と報告出来る人間などそうそうは居ないからだ。
ルディアスの御前には錚々たる面子が揃っていた。第一外務局長のエルトに皇国軍総司令官のアルデ、その他各部署のトップが勢揃い。これだけの高官が集められたのは、今日この場にて皇国の進退を左右する重大な会議が行われる為であった。
尚、この場にはレミールの姿は無かった。彼女はエストシラント沖海戦での破滅的な報告の後、心を閉ざして自邸に引き篭もってしまっていたからだ。一部の人間は、極めて癇癪的な彼女の存在が居ない事に安堵していたが、皇帝の御前である以上、それをおくびにも出さなかった。
「単刀直入に問う」
会議の冒頭、誰よりも早くルディアスが問い掛けた。顔には少しの疲労が滲んでいた。度重なる皇国の劣勢に対して、流石の彼も疲弊していたのだ。そのまま、何かに縋るようにも感じられる口調で続く。
「どうすればよいのだ?」
正に切実な問いであった。このままでは皇国の敗北……いや、滅亡は必至であり、それの解決策を臣下に求めるのも当然だ。
皇国軍総司令官のアルデが恐縮しながら答えた。
「現在、海軍の残存艦艇数は開戦前の10分の1以下に低下しております。皇都防衛隊基地も先の爆撃で殆ど壊滅状態です。この穴を埋めるために属領統治軍を引き上げさせましたが…… 」
そう言うと、アルデは顔を蒼白させている臣民統治機構長官のパーラスへと向けた。皇都防衛のための属領統治機構軍の引き上げに際し、最も強く反発した人間の1人だった。
あまりにも顔色の悪いパーラスから視線を戻し、アルデは話を続けた。
「結果、属領では大規模な暴動が発生しております。なんとか引き返せるだけの属領統治機構軍は現地に戻しましたが、このまま全ての属領に拡大していけば、いずれ長くは持ちますまい。既に、我が国は列強国の座を転落していると言っていいでしょう」
最悪な事に、パーパルディア皇国は外敵と戦いながら内側から崩壊しようとしていた。
今まで属領における治安維持を担当していた属領統治機構軍……その全てを皇都防衛の為に引き抜いた後、つい最近本国を取り戻したアルタラス王国のルミエス王女が魔信にて支配からの解放を属領の各地に扇動したのだ。
これにより属領の各地で蜂起が相次いだ。日和見的な態度を隠そうともしないリーム王国が、独立を取り戻した国々に密かな支援を行なったのもそれに拍車をかけた。結果、皇国は列強国でいられるであろう要素の殆どを失いかけていた。
室内を沈黙が支配した。属領の喪失、それは資源等の大半を属領に依存している皇国経済にとって致命的な事態であり、それがどれだけ皇国に悪影響をもたらすのかについて容易に想像がついたのだ。
「軍の再建に関しましてもそうです。デュロにて兵器関連の増産を図っておりましたが、そのデュロの工廠も昨日の空爆にて壊滅、最早再建は絶望的です」
アルデが口にしたのは、昨日に渡って自衛隊が実施したデュロへの空爆についてだった。
エストシラント沖での壊滅的損害の後、パーパルディア皇国海軍は起死回生の手を打つべく、同戦争における最後の作戦を敢行した。デュロ防衛艦隊44隻による日本本土への攻撃である。
これは日本が戦力の大多数をアルタラス周辺に派遣しているという楽観的観測を基に計画されたもので、日本を打ち滅ぼすというよりは、日本本土に打撃を与えて敵の戦力を分断させ、それによって戦力再建の時間稼ぎをしようというものだった。
この計画は、結果的に皇国軍の再建を不可能なものとしてしまう結果となった。44隻の戦列艦が早々に海上自衛隊に捕捉されて地方隊の護衛艦により全滅の憂き目にあった後、その翌日に報復攻撃としてデュロの工廠設備が空自の精密誘導爆撃によって破壊されてしまったのだ。
つまり、もう皇国には戦力を回復する力も、敵の侵攻を防ぐ力も残されていない事になる。
一呼吸置いた後に、アルデはこう言った。
「率直に言います。勝てません」
誰もが望む望まないに関わらず口をつぐんでいた。当然かもしれなかった。この場に居る誰もが、現実を直視せざるを得なくなっていた。精強を誇った皇軍は壊滅し、再建の目処すら立たないまま。数ヶ月前まで第3文明圏随一の強国であったと言う事実が、今ではまるで嘘だったのかとすら思えた。
沈黙に室内が包まれる中、1人手を上げる者がいた。第一外務局長のエルトだった。
「外務局のエルトです。アルデ殿の仰った通り、我が国は最早日本に対抗し得ない事は自明の理と理解されたかと思われます。そこで我々がなさねばならない事は……」
エルトは一旦言葉を区切った後、続けた。
「日本との講和です。このまま戦争が長引けば、いずれは本土すら失陥する事態すら起こりかねません。最悪の場合、属領と日本との挟み撃ちになって国そのものが消滅してしまいます。そうなる前に講和するべきです」
エルトの発言の直後、室内が俄にざわついた。その内容はある者にとっては到底受け入れ難いものであり、またある者にとっては言い出したくても言い出せないものだったからだ。いわば、彼女の出した提案とはある種の禁忌に近いものであり、故にこれまで出てこなかったのだ。
「しかし、既に日本には殲滅戦を布告しているのだぞ」
彼女の提言に納得していない様子のルディアスがそう言った。僅か20代にして一国の皇帝として君臨する男に、僅かばかりの葛藤が滲んでいた。
「それを取り下げて、向こうが応じると思っているのか」
「しかし、それ以外に皇国が生き延びる術は無いのです」
エルトは断言した。
「今のままでは皇国は消滅します。皇国が皇国のままでいられるにはこうするしか無いのです。ご決断を」
返答は中々返ってこなかった。彼は暫し額をつまんで、胸の内側にて様々なものを天秤にかけた。無数の後悔が襲いかかってくるが、きっともう遅いのだろう。ならば、せめてより良い未来となる様に努めねばならない。
「……分かった」
数分後、ルディアスは何かを決心した様に言い放った。室内の人間全員が彼に注視する。その一挙手一投足へと視線が向けられる中、彼は意を決して言った。
「日本への殲滅戦を撤回し、講和の用意があると伝えろ」
異を唱える者は居なかった。それが皇帝の勅命であり、皇国に仕える者ならば逆らえる筈の無いものだったからだ。反応は様々で、安堵する者、取り乱す者、中には床にへたり込んだまま涙を流す者すら存在した。だが、皇帝を裏切ろうとする者は誰1人として存在しなかった。
エルトは、自国が滅亡の一歩手前でなんとか制止することが出来た事実に胸を撫で下ろした。
同時にまだ残っている課題に気付いた。レミールについてである。
恐らく、率先して開戦と殲滅戦を主導した彼女は、講和に際して確実にその責任を問われるだろう。あのプライドの高い皇女がそれを認められるかどうか。下手すれば逃亡だってあり得る。
しかし、彼女の心配は予想外の形で杞憂として終わることとなった。
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同日 レミール邸宅
レミールは自邸のベッドの上に仰向けになっていた。頭からブランケットを被り、完全に外界の音を遮断している。そうでもしなければ、彼女は目の前の現実に押しつぶされてしまうのだ。
(震えが止まらない……あの日からずっとそうだ)
レミールはそのままベッドの上で膝をか抱え、胎児の如く丸くなった。最近はまともな食事も取れず、日に日に衰弱している。エストランシスト近郊の皇国軍基地が奇襲されたあの日以降、彼女はこうしていなければ冷静を保てぬ程に弱っていたのだ。
あの日、彼女が今まで盲信してきた物が全て崩れ去ったと言っても過言では無い。目の前で皇国軍がなす術も無く打ち倒され、先日まで港湾にひしめき合っていた戦列艦の群れも、その全てが帰ってこなかった。世界最強の航空戦力と信じていたワイバーンオーバーロードすら、何も成せないままに撃墜されていた。
正に悪夢。皇国の圧倒的な国力を信じ、それの更なる拡大を願って職務を遂行してきたレミールにとって、彼女が取るに足らないと思っていた蛮族相手に一方的に叩き潰されるのは、正に正真正銘の悪夢と言って差し支えないものだった。
彼女が自邸に篭りがちになって以降も、戦局は日に日に悪化していると耳に入ってくる。つい先日にはデュロが壊滅したとの報告が、彼女の侍従から伝えられていた。
(思えば……最初から私は間違えていたのだ)
彼女は堪えた様に目を瞑った。目を瞑れば、それまでの後悔が一気に押し寄せてくる。
ただ感情に任せて殲滅戦なんぞを宣戦してしまった時か、日本に対する報告書をデマと一蹴し、まともな情報が入らなくしてしまった時だろうか。あの時は有り得ない偽情報と思っていたものが、まさか全て真実だったとは考えもしなかった。
私のせいだ。私のせいで、皇国をこの様な目に遭わせてしまったのだ。ムーゲ大使に事実を突きつけられ、それでも皇国軍は勝つと信じて祖国を悪夢へと引き込み続けてしまった。どれだけ詫びてももう遅いのだろう。最早レミールにはどうしようもなかった。
「レミール様!」
突如として部屋に1人のメイドが飛び込んできた。とりわけレミールと仲の良いメイドの1人だった。彼女は肩で息をしながらベッドに横たわるレミールに伝えた。
「大変です。皇帝陛下が停戦と同時に、レミール様を城内へと引っ立ててこいとの御命令を出しました!ここにいては危険です。今すぐお逃げください!」
長年付き添ったメイドの必死の提言を、レミールは何処か醒めた様子で耳を傾けていた。そうか、ルディアス陛下はこの国の未来を取ったのか。思い返せば、あの聡明な殿下を私は裏切ってしまったのだ。
「もうよい」
レミール自身も驚く程に掠れた声が喉から漏れた。訳のわからずにいるメイドに対し、彼女は続けた。
「私はもう疲れた。ここに残ろうと思う。そうしなければいけない気がする」
きっと私の末路はろくでもないのだろうな、レミールはそう心の中で自嘲した。故国を衰退に導いた奸婦、きっと歴史書にはそう刻まれるのだろう。思い返してみれば、過去の自分は随分とまあ愚かなことをしたものだ。
ならば、今の私に出来ることなど一つしか無い。大人しく責任を取ることだ。もしここで逃げたとしても破滅の先延ばしに過ぎず、逃げ出す気も起きない。
彼女はメイドを下がらせ、そのままベッドの上で力を抜いたまま横たわっていた。レミールの邸宅に彼女を捕縛しに来た兵士が突入したのが、その僅か1時間後の出来事だった。
かくしてパーパルディア皇国と日本の間に勃発した戦争は終わりを迎えた。皇国は軍事力の大半と属領の全てを消失し、その列強国の座を追われることとなった。皇国が今まで周辺諸国に行ってきた事の報いとしては、些か穏当なものだった。
日本との講和条約の締結後、皇帝ルディアスは最早皇室による専制政治に限界を感じ、此度の戦争責任を取るとの名目で皇国を立憲君主制に移行するとの宣誓を出し、そのまま皇帝の椅子を降りたのだ。後の皇帝には皇族のルパーサが即位したが、その頃になると政治の実権はカイオスが首相として実権を握り、外務大臣として就任したエルトらと共に戦後復興に乗り出していた。
一方のレミールであるが、彼女は一時パーパルディア側に拘束された後、日本へと重要参考人として移送された。処遇については両国の間で検討中であるが、それまで東京の拘置所にて身柄を拘束されることとなった。
皇国との戦争は終わったが、日本がこの世界にて経験する大規模対外戦争はこれで終わらなかった。彼らを待ち受けているのは、太古より変わらない闘争であり、その歴史の渦は否応なしに日本を巻き込んでいった。
それが 日本と新世界の歴史書における沸点の一つとして歴史に記録されるかどうかは、これより為されるであろう無数の賢くも愚かしい全てによって定められることとなる。
なんというか本来だったらもっとレミールを暴れさせる予定だったのですが、流石に本作では日本人虐殺をしてない(しようとはした)ので原作より酷い目に合わせるのは不憫に思えたので、ほんの少しだけ末路をいじってみました。色々と期待されていた皆様には大変申し訳無く思っております。
続くグ帝編ではこの様な事を起こさない様にして執筆してまいりますので今後ともよろしくお願いします。