征途日本召喚 作:猫戦車
市ヶ谷 防衛省
中央暦1641年/西暦2023年 10月21日
東京の市ヶ谷に置かれた防衛省庁舎は地上19階、6棟の建物が敷地内にぎっしりと敷き詰められており、かつて防衛庁と呼ばれていた頃よりもやや過密に見える外観をしている。
統一以降、平たくいえば北海道の防衛のみを考えていればよかった時期から、国際航路の護衛から東アジア地域の秩序維持までも考慮に入れねばならなくなった事もあり、その規模は増えることはあっても減ることは無い。
そんな、ともすれば蜂の巣のような印象を与える省舎の正門を抜け、1両の黒塗りのセダンが停車した。フロントガラス付近に青の桜星2個が掲げられている。
車から降りてきたのは中背小太りの海将補だった。いかにも切れ者という空気を漂わせた1等海尉をともなっている。周囲の隊員らがすばやく敬礼し、相手もとぼけた表情のまま答礼し、通りすぎた。
「まったく、今にも戦争が始まりそうな騒ぎじゃないか、ええ?」
その小太りの幹部……日本国海上自衛隊・真田忠道海将補が短躯を揺らし、冗談めかした口調で言った。
「横須賀から市ヶ谷まで引っ張り出されるとはな。矢沢君、海幕は本気だな。これで待たされるようなことがあれば、俺は怒るぞ」
「古い軍隊のことわざでは“急いで待て”と言うそうですから」
矢沢と呼ばれた、いかにも真面目そうといった顔をした1等海尉が宥めるように応じた。同時に、この世が世なら提督と呼ばれておかしくのに微塵も提督らしさを感じない男について、まるでお猿の太閤さんだなと、半ば失礼にも思える印象を抱いた。
それは、矢沢が真田という男に出会い、半ば強引な形で彼の下で働くことになって以降、少しも変わることなく抱き続けてきた印象であった。傲岸不遜、沈着冷静、色々と始末に負えない小太りの醜男。それが真田という男と相対した者にとって共通した認識である。
2人は事前に控えていた者に案内され、省舎のある一室に通された。海上幕僚長の執務室である。
「で、私は何をやればいいのです?」
真田海将補は部屋に通されて開口一番に尋ねた。室内には彼と、海上幕僚長の2人しかいない。副官の矢沢は執務室の外で控えている。おおかた、他の幕僚と雑談でもしているだろう。
「まあ、まずはこれを見たまえ」
海上幕僚長はあまり乗ったようには思えない発音で答えた。ある意味、真田を前にした人間として当然の反応かもしれなかった。
同時に、真田の座るソファの前の机に数枚の写真を並べる。真田はそのうち一枚を手に取り、しげしげと眺めたのちに言った。
「これは……陸軍の兵站基地?随分と近代的な軍隊のものですね。少なくともこの世界のものじゃあない」
真田が眺めていた写真には、一般的に兵站基地と呼ばれるであろう施設の航空写真が写っていた。整備された広場に無数に並べられたトラック、等間隔に設置された燃料タンク、そして建設途中に思える航空設備、少なくとも軍団単位の物資を賄えるだけの規模があった。
この世界の軍事について少しでも齧っている軍人なら、真田の手にしている写真に写された光景について違和感を覚えるだろう。なぜなら、中世に毛が生えた程度のロジスティックしか有さないこの世界の軍隊の基準から見て、異様に思えるほどに発展しているからだ。
比較的日本に近い科学文明を有するムーでさえ、このように近代化された軍備は保有していない(厳密に言えば導入段階であり、写真のような大規模運用は現時点で不可能だった)のだから、その差は歴然であった。
「で、これは何処の国のものなのです?」
真田は新たに尋ねた。彼の記憶の中には、この世界でこれだけの近代的な兵站設備を有する国はムー以外に存在しなかった。無論、真田はこの写真がムーのものであるとは毛頭も考えていない。
わざわざ海の向こうから現代兵器について教えを乞いに来たムー軍が日本に敵対するとは(少なくとも現段階では)思えなかったし、ならばこうして写真を見せる理由は存在しないからだ。
「グラ・バルカス帝国のものだ」
海上幕僚長は淡々と答えた。
「ムー南方、国境から10キロ地点に建設されているものだ。1ヶ月前に我が国の偵察衛星が発見して、以来監視を続けている。君に見せたのは1週間前に撮られた写真だ。最新情報では新たにレーダーサイトが建設されている」
「まさか、私にグラ・バルカスとかの動向を探れと?」
「それもあるが、今日はそれが本題ではない」
真田の質問に対し、海上幕僚長は平然と答えた。
「具体的に言えば、このグラ・バルカスを仮想敵国としてムー周辺での有事計画を練って欲しい。わざわざ君を呼んだのはこの為だ」
室内に沈黙が訪れる。真田は何処か納得した様に押し黙り、再び口を開いた。
「成る程、道理で海外基地の拡大の話があちこちで聞こえてくる訳だ」
実際の所、この会談の前よりムー近辺への自衛隊派遣に関しては、真田の耳にちらほらと入る程には議論されていた事案であった。なにせ、前世界と比べて表面積が6倍近い惑星へと転移してしまったのだから、それに比例して警戒せねばならない地域も増大することは自明の理だったからだ。
前世界に比べて倫理観や価値観での遅れが目立つ新世界において、商船の拿捕を目的とする海賊の跋扈や、極めて帝国主義的な価値観を持って通商路を脅かしかねない軍事勢力の存在は、転移時における全通商国の喪失という莫大なダメージから立ち直り、国内のみならず海外へと進出を始めている日本の経済界にとっては深刻な脅威である。
故に、これらの存在に対する抑止力としての自衛隊派遣、それに伴う活動領域の拡大を容認する声が国民の間から上がる様になっていたのだ。
真田は一瞬なにかを考える様に押し黙り、再び目の前の上官に向き合った。
「それで、どうして私にその話を?」
「今の海自は保管艦艇の現役復帰やら警戒海域の拡大やらでてんてこ舞いだ。その中で、将来の可能性に対して自由な立場に立てる奴は少ない。君ぐらいだろう、こういった任務を請け負う気になる様な人間は。どうだ、やってくれるか?」
「成る程、暇人は私1人というわけで」
「だから訊いている」
「ならば」
急ぎの発注を持ち込んだ客に対する悪徳企業業者にそっくりな表情で真田は言った。
「幾らで買ってくれますか?」
海上幕僚長は溜息をついた。
「万が一戦争でも起こった場合、可能な限り我が国が優位に持ち込めると確約するのならば、少なくとも海将までには昇進させてやる。とりあえず、海上幕僚監部附だ。よろしく頼む」
「いいでしょう。引き受けます」
真田はあっさりと応じた。
「しかし正直なところ、あんな遠く離れた大陸で戦争しようなんて、私にもこれと言った策はありませんよ」
「既に陸空も互いに人員を送り込んでくる予定だ。詳しいことはそこで考えればいい。少なくとも、君が余計な一言を挟まないなら直ぐに解決するだろう」
「それだといいのですがね」
真田は傲岸と無思慮の境界線にある態度で応じた。
「これは簡単な憶測ですがね、ムーとそのグラバルカスとかいう国の技術力を鑑みるに、少なくとも半年以内に自衛隊を送り込まなければならんでしょう。それも数千とかの規模じゃあない。陸自の機甲師団を丸ごと持って行かねばならんでしょうな。まったく、行って帰るだけでどれ程の人命と金が費やされるのやら。長期戦になれば成る程、世論は戦争に懐疑的になりますよ」
「戦争は情だけで動くものでは無い」
「あなたの戦争はそうでしょうな」
真田は言った。
「まあ、ムーとグラバルカスが一戦交えた場合、どの様な結果に転ぶとしても大規模なものになると思いますがね。言うなれば、新世界大戦とでも例える程の」
「まったく、この世界に転移してから面倒事続きだ」
海上幕僚長は嫌な微笑を浮かべ、最後にこう締め括った。疲れた笑みで言う。
「もういい。真田君、あとは好きにやれ。次に来るかもしれん戦争で――〝間をとって〟戦う手順を考えろ。必要な人材と資源は手配する。それからもうひとつ。報告は必ず文書で提出しろ。君とはあまり顔を合わせたくない」
執務室を退室した真田は扉をしめると何度か肩を浮かした。部屋の外で補佐官との雑談して暇を潰していた彼の副官、矢沢1尉が立ち上がり、期待と不安の入り交じった眼差しを持ってたずねてきた。
「また、戦争ですか?」
真田は丸い顔に皮肉な笑みを浮かべて言った。
「喜べ、矢沢君。これからどんどん面白くなってくるぞ」
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グラ・バルカス帝国 レイフォル州 レイフォリア
中央暦1641年/西暦2023年 10月29日
グラ・バルカス帝国レイフォル州レイフォリアは、かつて一度灰燼と化したにも関わらず、以前の街並みよりも発展した装いを見せていた。同国がレイフォル州を重要な植民地として位置づけたことから、官民問わず投資が集中した結果として復興が意図せず進んだのだ。
既に市街には帝国式の建造物の完成が進み、ある程度の大きさを誇るレイフォル州の中枢として充分な程の機能を兼ね備える程に至っていた。かつてのレイフォリアを知る者が見るならば、まず間違いなくその違いに驚愕するだろう。
しかし、今日この日にレイフォリアを訪れていた神聖ミリシアル帝国西部担当外交部長のシワルフにとっては、周囲の光景に対して驚愕する暇は無かった。彼を筆頭とした使節団はこの日、グラ・バルカス帝国に対して重大な伝達事項……来年の4月に開催される先進11ヶ国会議に関する知らせを伝えねばならなかったからだ。
現在、シワルフを含めて4人の外交官によって構成されているミリシアル使節団は、かつての王城跡地に建設されたレイフォル統治府の応接室に通されていた。この施設こそが、未だ本土の位置を明かしていない帝国の唯一の窓口だった。
応接室のドアが開き、1人の若い外交官が入ってきた。
「あなた方現地人の技術でここまで来るのはさぞや大変だったでしょう。それで、ご用件は如何程に?」
ダラス・クレイモンドと名乗ったその外交官は、軽い挨拶の後から口も乾かぬうちに、言葉の節々に侮蔑を滲ませながら言い放った。通常ならば考えられない程に失礼な態度であったが、シワルフは軽く受け流して答える。
「今回、我々は貴国への先進11ヶ国会議に際し、列強国レイフォルの代わりに招待することを正式に決定致しました。開催の要綱は、その書類のとおりです」
ダラスの口から失笑が漏れた。最早侮蔑的な態度を隠そうともしなかった。
「おっと、これは失礼。しかし、あの様な弱小国を列強の地位に置いてるのが本当だったとは、随分とまあ牧歌的な世を過ごしてきた様で。現地人の高が知れますな」
「お言葉ですが」
皮肉混じりに語るダラスに対し、シワルフは重たく口を開いた。
「貴方方はどうやら列強について誤解が有るらしい。貴国が降したのは所詮最弱のレイフォル。我が国やムーの足元にすら及ばない弱小国です。その程度の国を滅ぼしたからといって、勇み足に過ぎると痛い目に遭うでしょう」
「貴国こそ、我が国に対して誤解が有るようだ」
ダラスは毅然とした口調で答えた。
「どうやら我が国を辺境の新興国程度にお考えのようだが、今すぐにその考えを改めておく事をお勧めしたい。そうでなければ、まともに現実を直視せずに我が帝国へ喧嘩を吹っかけてきたレイフォルと同じ運命を辿るのみでしょう。貴国も平和を望んでいるのでしょう?」
「ムー国境付近で軍隊を散々集結させておいて、どの口で平和を語りますか」
「勘違いしないで欲しいのですが、我が帝国軍の行動はレイフォル州における治安維持と演習に過ぎません。最近、旧政府勢力の残党共が勢いを増していましてね、それの鎮圧をしたまでですよ」
シワルフはダラスの言葉を信用しなかった。ムーからミリシアルに伝えられた情報からは、明らかに治安維持任務としては大規模に過ぎる規模の部隊が国境付近に張り付いていると報告されていたからだ。ムーもそれに呼応して南部方面に他方面から幾つかの部隊を集結させているが、それでも数に開きがある。
「まあ兎に角、我が国も先進11ヶ国会議に参加する予定ではあります」
シワルフが反論を述べようとしたが、それに蓋をするようにダラスは言った。
「我が国の正式な意思に関してはその場でお伝えします。生憎、私はここの局長のゲスタ氏と共にムーへと出張するので会議には出れませんがね。いずれ貴国が我が国について充分に理解する日が来るのを楽しみにしていますよ」
以上の言葉を持って、初のミリシアルとグラ・バルカス同士の会談は終了した。ミリシアル使節団が部屋を後にしてすぐ、情報局員のザマスがシワルフへと話しかけてきた。
「まったく、なんて失礼な連中でしょうか」
「同じ転移国家の筈なのに、日本とは大違いだ」
シワルフは落胆した様子でそう返した。
実際、今日訪れたグラ・バルカス帝国の態度は、数ヶ月前に使節団派遣を果たした日本のそれとは随分と差があるように見えた。シワルフはあくまで報告書や伝聞でしか日本に対する情報を得ていなかったが、それでも真摯に対応された事実は正確に把握は出来ていた。
報告書では複数の分野においてミリシアルの魔法技術を上回ると推測される科学技術の存在や、それに呼応するような経済、文明の著しい発展、そして幾つもの新概念と超技術で構成された強大な軍事力が推測も含めて記されていた。
初会談の場でミリシアル側が最新の演算装置をプレゼントしたところ、日本側からスマートフォンという圧倒的に高性能な機械を提示され、それが一般人でも買える値段で販売されているという事、そして日本にはそれを遥かに超える高性能演算装置が存在すると言った記録まで記載されていたのだから、この報告書を書いた人間の衝撃が伺えるだろう。
シワルフも報告書による衝撃に無縁ではなかったが、同時にある種の納得感も感じていた。
これが事実だとするなら、パーパルディアがあそこまで酷い負け方をしたのにも、ムーがやけに日本へ接近している理由にも説明がつく。
ザマスがシワルフを肯定するように言った。
「本当ですよ。同じ転移国家同士、見習って欲しいくらいです」
「ああ。しかし、問題なのはこの国が嫌に技術力が高い点だな」
シワルフは溜息をついた。そのまま、使節団の面々は沈黙した。グラ・バルカスの技術力に関しては、このレイフォリアを訪れて以降に否が応でも見る羽目になったからだ。
付近の飛行場からはミリシアルの主力戦闘機であるエルぺシオ3を超える速度のプロペラ機が飛び交い、道には洗練された自動車が幾つか走っていた。これらの事実を目の当たりにして尚、盲目的に自国が安泰だと思えるような人間は、少なくともこの場にはいなかった。
彼には嫌な確信があった。突如として現れた2つの転移国家、そのどちらもがミリシアルよりも総合的に優っていると言えるだろう。今はまだ良いが、もしこの2ヶ国が戦争でも起こそうものなら、間違いなくミリシアルは世界の盟主の椅子を追われるに違いない。仮にグラ・バルカスがその座に就こうものなら、それこそ悪夢でしかない。
同時に、シワルフはこの転移国家に対して悪寒めいたものを感じていた。なんの根拠もないが、この転移国家はいずれとんでもないことをしでかすのではないだろうか?ただ悪戯に侵略するのではない、もっと恐ろしい事をするかもしれないという確信があった。
その確信が事実へと変わるのに、そう時間は掛からなかった。
真田忠道→レッドサンブラッククロス、侵攻作戦パシフィック・ストームといった佐藤大輔作品に登場する海軍少将(本作では海将補の設定)。佐藤大輔作品の主人公って良くも悪くも一癖ある有能って感じだけど、正にその典型例って感じの人。
ミリシアル→原作よりプライドは低め。ぶっちゃけ出番はあんま無い。