征途日本召喚 作:猫戦車
グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ
中央暦1641年/西暦2023年 11月15日
この日の帝都ラグナはどんよりとした曇天に覆われていた。環境保護という概念に些かも興味を示さない国家と企業がもたらした繁栄の副作用として、無数に垂れ流された煤煙により空が覆われている為だ。
しかし、多くのグラ・バルカス人はこの様子を繁栄の印として信じてやまなかった。市民の間に健康被害等の症状に対する理解は広まっていなかったし、元々低い人権意識も相まって声を上げようと考える者すら存在しなかった。結果、帝都ラグナは自国の中心と思えない程に空気が澱んでいたのだ。
「駄目だ、駄目だ、駄目だ。余はそれを認めることは出来ん」
その帝都ラグナにおける国家機能の中心たるニブルス城、その会議室で皇帝は首を横に振った。
「参謀総長、貴官はこれ以上、何を求めるというのか?これまで、貴官が要求してきたものは全て与えてきた筈だが」
グラ・バルカス帝国の皇族の居城内にしては簡素な装飾が施された室内で皇帝は立ち上がり、両手を後ろに組んで足早に歩きだした。
室内に居るのは、彼に直談判するために統合参謀本部より足を運んできたサンド・パスタル参謀総長だった。
皇帝に対し忠実で、それにより非常に重宝されている男であったが、今日の彼はいかにも物申したいといった様子であった。
「皇帝陛下」
パスタルは高い鼻の脇を右手の人差し指で軽くこすった。
「ムーは、レイフォルとは違います。あなたは、最大で100万人の近代的な銃火器で武装した軍隊を、戦車と航空機の支援があるとはいえ50万に満たない兵力で攻略しろと言っておられるのですぞ!レイフォルのような、精々が戦列歩兵しか持たぬような劣等国相手とは違うのです。ムーが50万足らずの兵力でどうにかなるとお考えならば、その根拠を小官に御教授いただきたい」
「初歩的な戦術の問題ではないか」
皇帝は厚い口髭の下の口元を愉快そうに歪めて言った。
「諜報部からの報告を鑑みるに、ムーは我が軍よりも四半世紀程度遅れた軍備を有しているではないか。これならば短期的には我が軍の優位は絶対であると言えるだろう。それに、その100万人の軍隊というのも予備役の動員後の話だろう?常備軍に関しては、向こうは我が軍に質量共に劣っている。既に兵力の大半はレイフォルへと移動しているのだろう?物資に関しても万全だ。
海軍に至っては絶対的な優勢が期待できる。まともに艦隊行動すらさせずに制海権を確保するだろう。なんせ、潜水艦の概念すら無いそうなのだからな。空軍に至っては既に一個航空艦隊がレイフォルへと移動して、追加で二個航空艦隊が送られる。
わかっておるかね、参謀総長。1000機以上の航空機がだぞ!海軍のを足せばこの数は倍にまで膨れ上がる。ムーにはこれに対抗可能な航空戦力は存在しない!ああ、パスタル、君にこれ以上何を与えればいいというのだ!」
「確かに、ムーに勝つことだけならば現有戦力でも可能でしょう」
パスタルはやや感情的になった皇帝に対し、あくまでも冷静に返答した。
「しかし、問題はその後です。我が軍がムーに勝利した後、帝国は膨大な占領地を抱えることとなります。銃火器を抱えた、反乱分子が詰まった土地をです。それに、我が軍の敵はムーのみではありません。ミリシアル等の他の列強国との決戦を考えれば、ここで戦力を出し惜しむより一気にケリをつけるべきです」
「成る程、それは憂慮せねばならん」
皇帝は一度納得するような素振りを見せ、パスタルへ投げかけた。
「それで、どの程度の援軍を望む?」
「陸軍から3個師団、それと幾つかの支援部隊を。歩兵師団か機甲師団かは問いません。できれば、全ての師団をオックスⅡ戦車で固めたいところです(できれば全てワイルダー系列で固めたいところですが)。空軍の方は、現状を維持出来るだけの増援を受け続けられるならば、航空優勢の保持は可能と思われます」
「どうしてそう考えた?」
「3個師団という数字は、敵の現在のレイフォル派遣軍に於ける予備兵力として必要とされる最低限の戦力です。現在の状態では、戦線の拡大につれて予備そのものが枯渇してしまいます。敵の後方撹乱を阻止できるなら、帝国陸軍は半年以内にムー大陸を支配して見せるでしょう」
「それが統合参謀本部の出した結論か」
「そうです。陛下、どうかお願いします」
皇帝はしばし悩んだ後、重く口を開いた。
「よかろう。本土から3個師団の増援を約束する。そのうち1個は近衛師団だ。練度も装備も申し分無いだろう?」
「ええ、これ以上望むべくも有りません」
パスタルは目の前の君主に対して感謝しながら言った。同時に、現在の帝国陸軍において無茶とも言える要求が通った事に安堵する。後はなんとしても最善を尽くす他ない。
「そう気に病むことは無いぞ、参謀総長」
皇帝はパスタルを労うように語りかけてきた。
「我が帝国軍は精強だ。兵器の質も兵の技量も世界一、この地上に於いては無敵だろう。それに、我々には切り札が存在する」
「例の新型兵器ですか」
パスタルはどこか疑念が疑えない様子で言った。数年前、隣国のケイン神教国より各種手段で引き抜いてきた科学者達を中心に、1個方面艦隊が整備できる程の費用を投じて始められたプロジェクトの成果を、彼は半ば疑問視していたからだ。
「あれが実際に有効なのか、小官には判断しかねますな」
「パスタル。君は昨今の発展著しい物理学について、興味を抱いておるかね?」
「浅学にして、存じませんな」
「それはいかんな」
皇帝は暗質の笑いを浮かべて言った。
「余のごとく、世界の全てに注意を払い続けた方が良いぞ」
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ムー アイナンク空港
中央暦1641年/西暦2023年 11月17日
ムー空軍は商業都市マイカルの窓口であるアイナンク空港に大規模な基地を有していた。それに隣接して多くの教育・研究施設も設けられている。
その中でも特に大規模なものは、ここ10年の間の著しい航空技術の発展を加味して設置が急がれた航空開発実験団であった。
名前からも分かる通り、主に航空機の開発、実験を主体とする機関で有り、軍の各試作機は全てこの場所でのデータ測定を終えてから初めて量産が開始される。そうして得られたデータから、その航空機の課題点や改善点を洗い出し、次世代機の開発へと繋げる役割を担っていた。
この日、アイナンク空港上空では、空軍が急速に開発を進めていた次世代主力戦闘機、スーパーマリン試作戦闘機の機動試験が行われていた。正式採用後は、空軍のマリン戦闘機を全て入れ替える予定の戦闘機だった。
レシプロエンジンの轟音が鳴り響き、周囲の空気を震わせながら機体が上空から降り立ってきた。そのまま主翼内に仕舞われていた引き込み脚を展開し、滑走路へと着陸する。
空は晴れ、昼下がりの太陽はかなり高い位置にあったこともあり、機体の塗装に光が反射して大変眩しく見えた。
それは従来のマリンと比べて相当な変化を見せていた。機体の規模はマリンより拡大され、従来の固定脚から引き込み脚へと変更されている。
最大の相違点は、同機の機首に搭載された空冷複列星型14気筒レシプロエンジンであり、これは従来の星形9気筒600馬力エンジンより400馬力程高出力である。同機はこの高出力のエンジンにより、最高時速500キロを達成することを目標とされており、そしてその目標は先程の試験において既に達成されていた。
その様子を地上の観測所より飛行の様子を眺めていた技術士官がいた。マイラス・ルクレール大尉、このスーパーマリンの開発主任であり、現在のムー軍近代化計画に携わっている張本人である。彼は地上に着陸した試験機を一瞥し、横の空軍将校に言った。
「とりあえず問題はなさそうですね」
「ええ、これはマリン以上の傑作ですよ」
「ある意味で当然かもしれません」
マイラスは答えた。
「なんせ、この機体は日本の旧式戦闘機を基に設計したのですから」
彼の言っていることは正しかった。このスーパーマリンはマイラスが日本の協力の元入手した旧日本陸軍の一式戦闘機の設計図を基に製作された機体であり、細部を除くほとんどが原型機と酷似している。設計から配備までにかかる時間を圧縮し、可能な限り失敗を避ける為だ。
わざわざ一式戦闘機が選ばれた理由は、これがムー空軍の要求する性能を満たし、尚且つムーの持つ運用基盤の元で可能な限り負荷無く量産、運用できるとの試算が、統括軍内にて出されていた為だった。
無論、この機体のみでは推定2000馬力級の戦闘機を保有してるとされるグラ・バルカス帝国の空軍戦力に対抗可能とは考えてはいない。故に、ムーは並行して日本から戦闘機の供与を受けていた。
︎︎それがFT-4M戦闘攻撃機である。
しかし、同機はムーにとってあまりにも先進的過ぎた。ムーにジェットエンジンの運用実績は皆無であったし、同機を整備、維持可能な拠点は、日本からの旅客機受け入れに向けて改修の進んでいたアイナンク空港のみだったこともあり、少なくとも統括軍は同機を数的主力として運用することを端から諦めていた。
故に、このスーパーマリンを数的主力、FT-4Mを質的主力とする案が採用された。前者は3ヶ月以内に120機以上を、最終的には1000機以上の量産、部隊配備を目指し、後者は来年3月までに42機、最終的に200機以上の導入を目指す予定である。
実際、この目論見は成功しているように見えた。ハ115をモデルにした新型エンジンはアイアンク空港より南のオロセンガ工業地帯の工廠にて量産の用意が整っており、スーパーマリンの試験が終了した今後において、直ちに機体とともに生産が開始される見込みであった。
日本との技術交流が進んだ現在、幾つかの技術的障壁を考慮しつつも、1000馬力級の主力戦闘機を量産することは、ムーにとって不可能では無かったのだ。
「しかし、これはあくまで繋ぎでしかありません」
マイラスは何処か感情のこもった様子で言った。何かを感じ取ったのか、先程の空軍将校を含む数人が耳を傾けている。その様子を知ってか知らずか、彼は続けた。
「あくまでこの機体はコピーに過ぎません。ゆくゆくは、今の日本が運用しているような機体を自らの手で作らなければならないのです。そうでなければ、我が国が生き残ることはないでしょう」
マイラスの発言を聞いていた何人かが小さく頷いた。事実、彼の発言は正論と呼ぶべきものだったからだ。
技術の停滞は国力の衰退を意味し、やがてそれは国家の死へと繋がる。その一点を、転移以降一万年にもなる周辺諸国との軋轢の歴史を持つ国家の軍人である彼らは十二分に理解していたのだ。
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市ヶ谷 防衛省
中央暦1641年/西暦2023年 12月18日
真田海将補は周囲の者たちの期待(あるいは悪い予感)を裏切らなかった。海上幕僚監部からの命令が公式のものとなる前に防衛省内に与えられた部屋へと入り、陸海空から呼び寄せたスタッフたちと共に、必要と判断したすべての書類に目を通している。
「なんだ、これは」
情報本部から送られてきた書類を読んでいた真田がつぶやいた。室内に置かれた応接セットで書類をよりわけていた矢沢1尉は顔をあげた。
「問題がありましたか」
「見てみろ」
真田は書類を矢沢へ手渡した。衛星写真が印刷された書類だった。
「なんですか」
矢沢は言った。
「どこかの島の衛星写真ですか?」
矢沢が見たのは、直径数キロ程度の小さな無人島を写した衛星写真だった。幾つかの桟橋と集落らしきものが建っているだけで、なんの変哲も無い様子にしか見えなかった。
「もう一枚、添付してある写真を見ろ」
真田はもう一枚を矢沢の前に突き出した。矢沢はそれを先程のと交互に見つめ、少し黙ったのち口を開いた。
「この衛星写真、同じ場所ですよね?島の表面が抉れているように見えるのですが」
もう一枚の写真には変わり果てた島の姿が映っていた。より具体的に言うならば、島の表面構造物が軒並み薙ぎ倒され、何かが爆発したかのような有様となっていたのだ。さらによく見れば、島の中央の地面が少しばかり抉れている。
仮に爆発で欠けたとしても余程大量の爆薬でも抱えてないと、こうはならないだろう。
「どうやら、連中は想像以上に厄介な存在らしい」
真田は忌々しげに呟いた。
「まったく、手間のかかる」
「おおよその察しはつきました」
矢沢は何かを察した様子で言った。
「奴ら、厄介なものを持っています」
スーパーマリン→要するに隼のコピー。性能的には一式戦闘機二型相当。
新型兵器?察して下さい。