征途日本召喚 作:猫戦車
神聖ミリシアル帝国 マグドラ群島
中央暦1642年/西暦2024年 4月21日
神聖ミリシアル帝国海軍マグドラ群島基地では、同国の最新鋭艦隊である第零魔導艦隊が錨を降ろしている。夜間に行動している艦艇はいない。魔信探知機とサーチライトが光る下には、夜の闇を内包したような漆黒の海面が広がっていた。
その海面下を這うようにして一隻の潜水艦が進んでいた。グラ・バルカス帝国海軍シータス級潜水艦〈ミラ〉。葉巻に瘤を生やしたような船体を持つ彼女は、水深60メートルの時点で海中に静止し、攻撃の時を待っていた。
同海域には〈ミラ〉と同じシータス級が6隻、それぞれ潜航しながら展開している。目的は1つ、マグドラ群島に展開中のミリシアル海軍艦艇の殲滅だ。
「攻撃開始時刻です。潜望鏡深度まで浮上しますか?」
艦内が赤い照明に照らされる中、〈ミラ〉の副長が艦長にそう投げかけた。
艦長は淡々と言った。
「潜望鏡深度」
「了解」
副長はうなずいた。
「潜望鏡深度とします」
「通信、報告発信用意」
「作動確認。モーター始動」
「両舷全速。針路そのまま」
各所から報告が飛ぶ中、艦長は伝えた。
艦の奥底からモーターの唸りが響きはじめた。潜水艦にとって自殺行為と言える騒音を撒き散らしながら、少しの間に〈ミラ〉は潜望鏡深度まで到達した。そして、艦長は浮上したばかりの潜望鏡を覗き込んだ。
「随分とまあ、大物ばかりじゃないか」
艦長は歓喜にも似た声をあげた。彼が眺める漆黒の先に、3隻程の戦艦らしきシルエットが浮かび上がっていた。最新鋭のミスリル級魔導戦艦の〈コールブラント〉、〈クラレント〉、やや旧式ではあるが有力な戦力であるとされているゴールド級魔導戦艦〈ガラディーン〉である。
基地内にはこの3隻以外にも、重巡洋装甲艦が2、魔導艦が3、小型艦が8隻停泊していた。グラ・バルカス帝国式に直した場合、重巡洋艦2、軽巡洋艦3、駆逐艦8といった陣容となる。
これ程までに〈ミラ〉が活発に動いたにもかかわらず、依然として敵艦隊には何の動きも見られなかった。この事実を目の当たりにした艦長はほくそ笑んだ。うん、報告通りだ、この世界に潜水艦の概念が存在しないというのは事実だった訳か。
よろしい、ならば遠慮なく平らげさせて頂こう。
顔を潜望鏡のアイピースへ押しつけたまま艦長は命じた。
「魚雷発射準備!全発射管装填、深度調定5メートル 、2分以内に発射準備完成。所定の発射間隔で連続発射……1番発射用意」
「1番よろしい!」
「1番発射!」
号令と共に〈ミラ〉は次々と魚雷を発射した。合計8門の魚雷発射管から放たれた同数の魚雷は速力を上げ、停泊中の戦艦を目指し、ただひたすら直進する。ミリシアル海軍にとって不幸だったのが、その魚雷の行き先が旗艦〈コールブラント〉であった事だ。
放たれた8本の魚雷のうち、6本が〈コールブラント〉へと命中した。1本目は艦底に命中し、彼女の下腹に見事なまでに巨大な大穴を開けた。2本目は右舷艦首に命中、外板を食い破り、〈コールブラント〉の内殻を爆圧によって発生した水圧で大きく窪ませた。
水雷防御の概念すら持たないミリシアルの艦艇にしては持ち堪えていた〈コールブラント〉だったが、続く3、4本目の魚雷が直撃するにつれ、船体の金属に亀裂が発生、浸水により大きく傾斜していた。残りの魚雷が命中した直後、第2主砲塔直下の弾薬庫内の貯蔵魔石が誘爆、そのまま大きな爆発を上げ、船体を真っ二つにしながら海中へと没した。
〈コールブラント〉は同戦争におけるミリシアル海軍最初の喪失艦となったが、程なくして戦艦〈クレラント〉、〈ガラディーン〉も後に続いた。彼女らも同じように潜水艦による雷撃を受け、何の抵抗も出来ずに沈んでいたからだ。ようやく異変に気付いた小型艦の幾つかが出航しようとしていたが、港内の潜水艦の狙いは既に残りの艦へと向けられていた。
それは、目の前の戦艦の最期を見届けた〈ミラ〉とその艦長も同様だった。彼は群狼にも喩えられる潜水艦乗りの本能じみたものを滲ませながら言った。
「先任。面舵。方位75度」
「了解。面舵、75度」
〈ミラ〉はゆっくりと回頭した。艦首が慌てて港内から脱出を試みる軽巡洋艦の1隻に向けられる。
「次弾装填、目標、敵軽巡。距離1400」
数分も経たずに装填完了の報告が上がった。
「両舷停止! 1番発射!」
〈ミラ〉艦長は命じた。
「1番発射!続けて2番から4番まで発射しろ」
艦首から魚雷を押し出す圧搾空気の音が響いた。合計4本、全て正常に作動している。
〈ミラ〉艦長は時計を見た。なにもかもがうまくいけば、おおよそ1分後に魚雷が命中するだろう。
彼の予想通り、放たれた4本のうち3本が狙い通りに敵軽巡へと命中した。巨大な水柱が上がり、黒煙を上げている。船内への浸水が耐えきれなくなっているのか、敵艦はみるみると傾斜し、海の底へと沈もうとしていた。
この時点で第零魔導艦隊に所属する艦艇の殆どが轟沈、或いは大破着底するかして戦闘不能となっていた。マグドラ群島内の航空基地には少数の空軍機が展開していたものの、潜水艦の襲撃後に行われたオリオン級戦艦2隻を中核とした分遣隊の艦砲射撃により、空に飛び立つことすらままならず破壊し尽くされた。
第零魔導艦隊壊滅。本来ならばこのニュースだけでミリシアル軍を震撼させるだけで充分だった。
しかし、この奇襲によるミリシアル側の衝撃は、この数時間後にムーより上がった報告の衝撃により完全に塗りつぶされてしまったのだ。
ーーーーーーーーーーーー
グラ・バルカス帝国 レイフォル州
中央暦1642年/西暦2024年 4月21日 午前10時00分
幾つかの命令、そして合図と共に、カムフラージュがはぎとられていった。
最初に取り去られたのは、自然に包まれた材木集積所の一角に積み上げられていた樹木の枝だった。数百名の兵士たちはそれを懸命にもとあった場所からなるべく遠くへと運び去った。
彼らが枝を取り去った後に残されていたのは、迷彩の施された長大な防水シートの被せられた四本の細長い物体だった。再び号令が響き、兵士たちは先程より明らかに丁寧な動作でそのシートをめくっていった。 シートが取り去られるにつれて、その下にあるものが姿を現わしてきた。
それは、森の一部を切り開いて作られた材木集積所の一角に存在するには不似合いな、コンクリート製の傾斜路だった。
その傾斜路はそれぞれが70メートル以上にわたって地下へ掘り下げられており、その中には、何本ものパイプから様々な液体を供給されつつある葉巻型をした弾道飛行体が収められていた。
4つの傾斜路…というより、発射軌条…収められた各1発の弾道飛行体は、全てが同じ形をしていた。
それはややずんぐりした形をしており、その底部にある噴射ノズルの周囲に90度ずつの間隔を開けて四枚の尾翼がとりつけられていた。胴体の中程には、全長10メートル程の底部に外向きの噴射ノズルを持つ物体が、やはり90度間隔を開けて装着されていた。
前世界ユグドにて極秘裏に開発が進んでいた弾道兵器10号D型……コメット10D型
「発射命令に変更は?」
弾道弾初の実戦発射を監督するためにやってきていた1人の陸軍少将が、そこから1キロ近く離れた発射管制バンの中で訊ねた。
計測、通信装置で埋め尽くされているバンの通信座席に座っていた下士官が答えた。
「現在のところ指示なし。最終秒読みは予定どおり進行中」
本当にやっちまうのか、彼はそう思った。
グラ・バルカス帝国が同国内で軽視されていたロケット技術に注目するようになったのは、転移前の10年前にケイン神教国との間に勃発した運命戦争での戦訓が主な理由であった。
同戦争は終始グラ・バルカスが有利に進めていたが、国力に劣るケインが火力の劣勢を補う為に開発したロケット砲を集中的に運用し、低い命中率を圧倒的な投射量で補ったことで、グラ・バルカス帝国陸軍の砲兵が一時圧倒されかけたのである。
最終的にこのロケット砲による攻撃は、陸軍航空隊の支援の甲斐もあって阻止できたものの、戦後のグラ・バルカスはロケット技術の軍事利用価値について認めざるを得なくなっていた。そうして研究が進むうちに、幾つかの技官がロケットの新たなる可能性について考慮し出した。
高高度を飛翔し迎撃困難な超長距離兵器、後の弾道ミサイルである。
この構想は最初無謀のように思えていたが、ケイン神教国内で進められていた新たな戦略兵器計画をグラ・バルカスが察知して以降、弾道ミサイルの開発に莫大な国費が投じられるようになった。
そのケイン神教国から特殊部隊が家族諸共拉致した物理学者数名が、新たに開発が命じられた新型爆弾の研究に取り組むようになってからは、指数関数的に投じられる予算額が増加していった。
今、発射軌条に身を預けている弾道弾はこのような経緯で誕生したのだ。
「過酸化水素水、注入終わります」
下士官の報告が響いた。
陸軍少将は軽く肯き、最近になって実用品が登場したばかりのTVモニターを見つめた。それは四基あり、それぞれ別の弾道弾を映しだしていた。
(コメット10型とはいえ、ここまで変わってしまうとは)
彼は思った。
当初におけるコメット10の目標は、グラ・バルカス本土から数万キロ彼方の敵国すらも攻撃可能な
しかし、当初計画どおりのコメット10は遂に完成しなかった。技術的な困難が山積していたし、必要とされるコストがあまりにも膨大であった(新型爆弾の研究、開発費とあわせた場合、グラ・バルカス帝国海軍艦艇の4分の3を更新出来るだけの額であった)為、皇帝陛下直々に計画をより〝現実的〟レベルに縮小せよとの勅令が出された。
こうして開発されたのが、ムー大陸内での使用には充分な、射程1000キロのロケットであった。
陸軍少将の背後から、鼻にかかった声が聞こえた。
「ロケットが正確に目標へ届きさえしたら、勝利は我々のものですな」
少将は嫌な顔をして振り向いた。軍の研究所より派遣された教授が立っていた。
彼は、発射軌条に寝かされた弾道弾……その内部に組み込まれたもう1つの秘密兵器の取り扱いを指導するため、はるばるラグナからレイフォル州までやってきていた。
「
少将は言った。
「教授、あなたも科学者ならば、弾道飛行体の制御がどれほど難しいものか、充分おわかりの筈だ。何しろ、重量がこれ程重い弾頭部を搭載したロケットの実戦発射は、これが初めてなのです」
「スーパーノヴァ20が炸裂すれば、その程度の命中率など些細事に過ぎんよ」
教授はさも満悦そうに言った。実際、彼が任されているもう1つの秘密兵器の威力を考えれば自然な反応とも言えた。
発射軌条に寝かされた弾道弾の弾頭、その秘匿名称はスーパーノヴァ20であった。重量5トン、転移によって失われた植民地内の鉱山で採取されていた、レイフォル内でようやくそれらしきものが見つかったばかりの特殊な鉱石を使用して作られた大型爆弾であり、試験で使用されたものも含めて5発しか量産されていない、グラ・バルカスの切り札であった。
今回、試験で使用された1発を除いて製造された全ての弾頭が、この場の弾道弾に搭載されていた。弾道弾が2発ずつ準備されているのは、目標へ到達しなかったり、反応弾が何らかの理由で爆発しなかった場合に備えてだ。
「命令に変更無し、命令に変更無し。発射シークエンスは予定どおり進行。第1発目の発射から10分後に2発目を発射」
陸軍少将は大きくうなずいた。同時に、彼の脳裏には本土で天文学の研究をしている友人の言葉が浮かんでいた。最後に彼と会った際、その友人は奇妙な話をしていた。
転移後の星の位置を研究している際、明らかにこの星の周回軌道上に浮かんでいる人工物を発見し、しかもそれが段々と増えていると言う内容だ。
同僚に話しても信じてもらえなかったと語る友人の話が本当だとしたら、この世界には我々ですら届かない宇宙の縁に手を掛けている連中が存在することになる。もしそれと帝国が戦うことになったとするならば、おそらくは喜劇的な結末となるに違いない。少将はそう思った。
「さて、いよいよですかな」
教授がそう言った。
「いよいよです」
少将は答えた。
予定時刻に、彼の手で発射ボタンが押し込まれると、二発の弾道弾は内部の慣性誘導システム……ジャイロに誘導されながら、ムー首都オタハイトと防衛拠点キールセキ攻撃へと旅立つ事になっていた。
彼は思った。
畜生、きっと俺の名は、余り良くない意味で世界史に残ってしまうのだろうな。もちろん、グラ・バルカスの書く世界史ではない方で。
ーーーーーーーーーーー
神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス 国際会議場
同日 午前12時30分
例年、先進11ヵ国会議の会場としてはミリシアルの権威を象徴するかのような意匠が凝らされた帝国文化館が選定されている。この場所は内部に国際会議場を有するほどに巨大であり、同会議を含む国際交流の中核として機能している。
今日、日本人として初めてその国際会議場に足を踏み入れていたのは、日本国外務省より派遣された近藤と井上という外交官であった。この他にも外務大臣が派遣されていたが、少なくともこの場には居ない。今回の先進11ヵ国会議は数日に分けて開催され、外務大臣級の実務者による会議はその後半に予定されていたからだ。
近藤は指定された席に着席して以降、しきりに自身の腕時計の時刻を確認していた。未だ会議開始時間には猶予がある。転移後初の国際会議実務者協議への出席という事実が、彼に否応無しのプレッシャーを与えていたのだ。
「大変なことになりましたね」
近藤に隣の席に座った井上が話しかけてきた。
「まさか、会議の開始すら待たずに侵攻を開始するなんて」
「予兆は確認できていたが、まさかここまで早いとは」
近藤もそれに同調した。日が変わると同時に開始されたグラ・バルカスのムーへの侵攻はすでに2人の元へと届けられていた。
「会議が始まるまでは時間があります。ここにはグラ・バルカス側の人間も来ていますから、相手側の主張を待ちましょう」
「ああ、そうしよう。後はとにかく、現地邦人の無事を祈る事しか出来ん」
2人が今後について話し合っているとき、突如として会議場のドアが乱暴に開かれ、黒のスーツ姿の男が慌てた様子で駆け込んできた。会議場の外で待機していた日本外務省の職員の1人だ。
「おい、どうしたんだ。そんなに慌てて」
近藤は酷く狼狽した様子の職員に話しかけた。職員は失礼しますと言うと、近藤の耳に口を寄せて囁いた。直後、近藤の顔色が変わった。
「近藤さん、一体何があったんです?」
只事ではない雰囲気を感じ取った井上は尋ねた。それに対し、近藤は深刻そうな表情を貼り付けたまま答えた。
「井上君、どうやらとんでもない事になったそうだ。防衛省とNASDAの衛星画像、それと現地から報告があった」
「と、言うと?」
「確定的な情報だ。グラ・バルカスが、ムー国内で反応兵器を使用した」
コメット10D→いわばグ帝版A10D弾道ミサイル。原作グ帝はロケット技術が全く進んでいない設定なので、ケイン神教国が開発を進めていたロケット兵器の威力を目の当たりにして開発が進んだという設定にした。これと反応弾の開発に予算が割かれ過ぎていて海軍の大型艦艇の更新が遅れ気味になっている。
スーパーノヴァ20→要するに反応弾。