征途日本召喚 作:猫戦車
ムー国 首都オタハイト
中央暦1642年/西暦2024年 4月21日 午前10時00分
ジャイロによって取るべき姿勢を指示されたコメット10D弾道弾は、その後端から5つの火炎を吐き出しつつ予定弾着点に向けて飛行した。1つはエチル・アルコールと液体酸素、他の4つは固体燃料だ。
固体燃料の炎……弾道弾本体の周囲に取り付けられていた4本のロケット発射から35秒でその燃料全てを燃焼し尽くした。
事前の機械的プログラミングに従って弾道弾本体のアナログ・コンピュータが電気信号を発し、本体と補助固体ロケットを繋いでいる取り付け部の爆発ボルトを作動させる。
4本の燃え殻が切り放され、発射から僅かな時間で音速を突破していた弾道弾は、その速度をさらに高めつつ、彼が昇るべき最高高度に向けての飛翔を続けた。
搭載されている液体燃料はその段階までに殆ど消費し尽くされ、最高高度到達以前に切り放される事になっている。予定された弾道に乗って目的地へ到達するのは、コメット10Dの発射重量、その10パーセントに満たない値でしかない。
4月21日朝、ムー国に対し宣戦布告通知を行えとの訓令は、ラグナからの最高機密通信によってもたらされたものだった。この日、ムー国首都オタハイトに派遣されていたグラ・バルカス帝国外交官、ゲスタがこの日の午前8時にムー外務省を部下のダラスと共に訪れたのもそれが理由であった。送られてきた訓令の中には、他にも奇妙な指示が含まれている。
外務大臣室に呼び出されたゲスタは言った。
「先程もお伝えした通り、本日より我が帝国は貴国に対して宣戦布告致します。既に国境で交戦状態にあることは、貴方もご存知でしょう?」
「やってくれたな」
ゲスタに相対していたムー国外務大臣は、端正な顔立ちに焦燥と屈辱を苦虫を噛み潰したような表情で応じた。その反応を見てゲスタは下卑た笑みを浮かべた。排他的な傾向の強いグラ・バルカス帝国人の中でも特別に酷い差別意識を持つ彼からしてみれば、目の前の相手をやり込めている様は愉悦を感じる情景だった。
隠しきれない笑みを口元に浮かべながら、ダラスは鼻を軽く鳴らせてから言った。
「私と致しましては、即座に我が帝国の軍門に降ることが最良の選択肢だと考えておりますが、すぐにでもお考えになりましたか?」
「断る。我が国はお前らには屈しない」
外務大臣は動揺を隠しつつも毅然とした態度を保つようにして答えた。途端に、今まで軽薄な印象を与えていたゲスタの表情が険しくなった。
「劣等人種共が」
ゲスタは吐き捨てた。そのままの様子で言葉を続ける。
「やはりこの世界の現地人共は脳に欠陥があるらしい。せっかく我が国が与えてやった寛大な慈悲を理解しないばかりか、愚かにも抵抗を選ぶとは」
「貴殿のその言葉、全てそっくりそのまま返したいところだよ」
外務大臣は反論した。
「貴国が敵に回したのは我が国だけでは無い。文字通り世界中に喧嘩を売ったのだ。まさか、この広い世界全てを相手して勝てるとでも思っているのか」
「愚問だな」
ゲスタは嘲笑うように言った。ちょうどその時、外務大臣室のドアが開かれ、外から1人の若い外交官が飛び込んできた。ムー国の人間ではない。ゲスタと同行していた外交官のダラスだった。
この時、上層部からゲスタらに伝達されていた機密事項は、なんとしてでも午前10時半までにラグナから電話回線を繋げ、それだけだった。ムーとの国交樹立時に連絡用に開通させた電話回線、それを用いよとのことだった。
「ゲスタさん、帝都ラグナへの通信が繋がりました」
ダラスはゲスタに対してそう伝えた。それを聞いてゲスタは笑みを浮かべた。正に勝利の優越を信じているかの如き表情だった。そしてその表情を浮かべたまま、ゲスタは勝ち誇ったかのように言い放った。
「さて、今から帝王府に貴国の意思をお伝えしなければなりませんな。精々、自国を地獄の苦しみに陥れたことを後悔することを願っています」
ムー国に対する反応兵器攻撃を行う際に問題となったのは、その効果がどの程度のものかを確認する手段についてだった。航空機、潜入工作員に確認させるという手段も考えられたが、それについても現実的方法でないと判断された。
ムー国境で交戦が開始された状況で航空機をキールセキ、オタハイト付近に送り込む事は全く危険だったし、同様に工作員に無線で報告を送らせる事も危険だった。
ムー国の対外諜報機関はこの世界の国家としてはそれなりに優秀な防諜工作能力を持っており、オタハイトやキールセキ付近に配置した工作員がどの程度信用できるものか、帝都ラグナから眺める限りでは誰も自信がもてなかった。それは一部の工作員が時折荒唐無稽な報告書を送ってくることにより真実味を帯びていった。
例を挙げるとするならば、ある1人の諜報員がマッハ25で飛翔する極超音速機の存在を仄めかす報告を提出して処分された事例がある。なお、その諜報員はナグアノという名前だった。
結果、一時期、ムーに対する攻撃中止が真剣に議論されるまでになった。弾道弾の信頼性はさして高いものでは無かったし、その半数必中界はキロ単位だった。 明確な戦果確認……特に、それが完璧に作動したかどうかを確認出来ない様では、使用を躊躇せざるを得ないのも無理はなかった。 なんといっても、長距離弾道弾と反応弾という組み合わせは秘密兵器でありすぎる。
対ムー国戦争計画〈ブルー〉反応兵器の先制使用はその大きな成功要件をなしていたから、この戦果確認の難しさという問題は、〈ブルー〉そのものを中止するかどうか、という議論にまで発展していった。
そうした問題を一挙に解決したのは、中央暦1640年、占領した旧パガンダ領内のある離島にて同国が初めて実施した〈スーパーノヴァ20〉の第一次実験結果の研究報告に帝国軍参謀本部のある中佐が目を通した事が原因だった。
液体燃料の残量が3パーセントになった段階で、コメット10Dに備えられたベルディエンチェ社製アナログ・コンピュータは2度目の爆発ボルト作動信号を発した。
1秒も立たずうちに葉巻型の弾頭前半部で小さな爆発が起こり、弾頭とメイン・ブースターを繋いでいた金具が吹き飛んだ。弾頭はただの重荷へと変化した静止推力35トンのブースターを捨て去り、鋭角的なノーズコーンを摩擦熱で白く焦がしながら、目標への突入コースへと入った。
内部では高度計が動作を開始し、あらかじめ定められていた起爆高度へと到達する瞬間を待ち受けていた。
空の彼方など知る由もない室内に、外部通信用の電話のベルが鳴り響いた。帝都ラグナからの通信だった。意外と時間がかかったのは、回線がパンクしかけているためらしい。
ゲスタは躊躇なく受話器を手に取った。電話の向こうには沈黙があった。
「もしもし?」
ゲスタは尋ねた。全く訳が分からない。
「ゲスタ異界担当部長」
永遠にも思われる一瞬の後、電話の向こうから低い声が聞こえてきた。ゲスタには聞き覚えがあった。皇帝陛下だ。
「貴公の祖国に対する献身は今後1000年にわたって讃え続けられるであろう」
電話の向こうの皇帝は言った。
「受話器を机の上に置き、窓の外を見たまえ」
「え?」
ゲスタは理解しかねると言った表情と声でそう尋ね、一瞬の間体が硬直した。不思議そうにこちらを見つめるダラスと目があった。
1000年?
どういう事だ。
現地人達が作り上げた近代文明の威容。空は青く澄み渡り……次の瞬間、上空から轟音が聞こえ、彼の視界は閃光に包まれた。
解答は意外なところにあった。
帝国参謀本部所属の中佐が目を通したレポートの内容の一部に、回線を他の地域に接続されている状態の電話が反応弾攻撃の影響を受けた場合、それがどのような影響をもたらすのかについて記載されていたのだ。
その調査結果は、帝国軍が願ってやまないものだった。通信中に高熱を受けた電話機は、それが溶ける瞬間に通信先へと高音を送りつけることが予想されたのだ。
先進11ヵ国会議で世界各国に宣戦布告するにもかかわらず、わざわざゲスタらがムーに出向いてまで宣戦布告を通達するのがその理由だった。優秀だが些か過激な言動が目立つ彼ら2人は、正に生贄の羊として最適だったのである。
弾頭は技術的課題を考えるのならば奇跡的とも思える精度で起爆した。最終的な着弾点はオタハイト中央部の省庁街、その中心に位置するオタハイト駅の直上で起爆することになっていた。実際の爆発位置はそれより400メートル程度ずれたが、当初の想定に比べれば誤差ですらない範囲だった。
コメット10Dに搭載されていた〈スーパーノヴァ20〉、実戦用20キロトン反応弾頭は、その上空600メートルの位置で起爆した。信管がエネルギーがその直前にあった起爆薬を作動させ、さらにその前部に置かれていたウラン235の発射体を砲身のような頑丈さを持ったパイプ内で弾頭前部へ前進させた。発射されたウラン235はそこで臨界量に僅かに足りない量……約1キロの別のウラン235と出会い、激突を起こした。
その僅か1秒以内で、エネルギーの解放は頂点に達した。弾頭であったそれは約30万度の火球へと変化し、熱と衝撃波は、互いに競い合うようにして周囲へと広がっていった。
閃光を目撃すると同時に、ゲスタの視界が歪み、黒点のような何かが網膜に焼き付いた。それから数秒の間に、彼の肉体にありとあらゆるエネルギーの奔流が襲いかかった。輻射線が身体と被服を焼き、衝撃波が全身を粉砕させる。
ゲスタが絶命するまでの一瞬、彼は全身が松明のように燃えるダラスの姿を目撃した。もっとも、それについてはゲスタも同じだったのだが。
同日 グラ・バルカス帝国 帝王府内
帝都ラグナの帝王府内の受話器から耳の痛くなる程の高音が響き、突然沈黙した。
「成功したのだね?」
グラ・バルカス帝国皇帝、グラ・ルクースは尋ねた。口元に、隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「詳細については調査をしなければ分かりませんが」
同時に付き添っていた高官の1人がそう言った。計画の初期段階から反応弾製造に関与していた人物だった。
「今の高音は、向こうの受話器が高熱で溶け出した際に流れるものです。反応弾が正常に作動し、オタハイトで起爆したのは間違いありません」
実際のところ、オタハイトが反応弾攻撃で被った被害は尋常ならざるものがあった。
反応弾の破壊効果は強烈なものだった。放射線、熱、衝撃波により、爆心地から半径800メートル圏内にいた者は即死し、その数百メートル外にいた人間の大半も短時間での死を約束された。爆心地から1.5キロ以内の建物は、そのほとんどが頑丈な石造りや鉄筋コンクリート製を問わず倒壊し、殆ど瓦礫の山と化した。
ある意味で、この時点で致死量の放射線を浴びるか、超高温で蒸発するかした者は幸福だったかもしれない。拡散した熱や放射線、それらが合わさった爆風に襲われた者には、更に過酷な運命が待ち構えていたからである。
まず生き残った者の中で、奇怪な症状をあげて絶命する者が現れた。放射線により肉体の内部から破壊されることにより起こった現象だった。当時のムーは放射能についての理解は乏しかったため、これに対する有効策は何一つとして打てなかった。
更に、反応弾の炸裂は市街地に対する焼夷効果をも齎した。あちこちで火災が発生し、時にそれは火災旋風をも引き起こした。特に酷い事例を上げるとするならば、3万人強の避難者が都市区画整備用に空けてあった空き地に大勢押し寄せ、その殆どが発生した火炎旋風により焼死したものが挙げられる。
警察、消防、軍に病院は死力を尽くしたものの、その膨大な数の被災者を捌き切ることはできず、それどころか次々と放射線を原因とする不調により命を落としていった。
結果として、オタハイトに対する反応弾攻撃による初日の死者数は20万人を超えた。その翌日には30万人にまで増えていた。かろうじて生きながらえていた負傷者が、すでに飽和状態となっていた医療の手に掛かることないままこと切れてしまったからである。
そのなかでも、ほとんど直上で反応弾が炸裂したオタハイト駅の周辺3キロには、通勤者を含む約10万人が存在した。その3割が反応弾の炸裂直後に即死し、6割が3日以内に死亡した。問題だったのが、この10万人の中に無数の政府関係者、いわば国家の頭脳たる面々がいたことである。
これらの事象が意味することは、本来ならば国家の指揮統制を担うべき指揮システムが完全な機能不全に陥ってしまったことである。殆どの都市と軍部隊は無事であったが、それらを動かす頭脳が死んでしまったらどうしようもなかった。
なお、同じく反応弾攻撃を受けたキールセキも相当な惨状だった。いや、短期的な視点で言うならばオタハイトのそれより酷いかもしれない。何故なら、キールセキへの反応弾攻撃で吹き飛んだのは、最前線でグラ・バルカス帝国陸軍と対峙する南部方面軍司令部と、その将兵4万であったからだ(この他にも民間人10万人が死傷していた)。
「皆の者、此度はよくやってくれた」
皇帝はひどく上機嫌な様子で周囲に言った。
「これで〈アステリズム〉、いや〈ブルー〉までの全ての作戦の成功はほぼ確実になった。我々は確実に歴史に名を刻む存在になるだろう」
彼が喜ぶのも無理はなかった。人類が開発した叡智の炎、その成果が自身の野望に決定打を当てた瞬間を目の当たりにして、興奮を抑えれないのは人間の性だからだ。
成功に湧く室内に新たな報告が入ってきた。
「キールセキ付近を観測中の部隊より連絡です。成功です。我が軍は、オタハイトに続きキールセキへの反応弾攻撃を成功させました」
「よくやったそれで、どのぐらいの戦果を与えたと見るべきだね?」
「それに関してなのですが」
皇帝の疑問に対し、先程の政府高官が答えた。
「おそらく、強固な抵抗が予想されていた南部方面の敵軍は大きく抵抗力を削がれるでしょう。より楽観的に考えれば、おそらく統制が崩壊している筈です。少なくとも、敵司令部を吹き飛ばせてさえいれば」
「成る程な」
皇帝は満足したように頷き、その直後に勅令を言い放った。
「この偉大な戦果を全世界に向けて公表しろ。全ての人類に我が帝国の力を示すのだ。この偉大な成果を」
確かに偉大な成果であった。2発の反応弾によって、作戦計画〈ブルー〉において想定されていたムーの抵抗力は大きく削がれることとなった。ムー国内に限れば、帝国陸軍は確実な勝利を収めれるであろう。
しかし、彼らはある一点を見落としていた。彼らが戦っている相手はムー一国ではなく、ミリシアルや日本を中心とした全世界であった点だ。ミリシアルにはすでに先制攻撃を実施したものの、日本にはなんの打撃も与えていない(これは日本の軍事力が帝国軍内で相当に過小評価されていた点に起因する)。
この時点で彼らが犯した致命的な失敗の代償を支払う事となるのに、そう長い年月はかからなかった。
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神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス 国際会議場
同日 16:00
先進11ヵ国会議は紛糾していた。突如としてグラ・バルカス帝国のシエリアと名乗る外交官が全世界に対して宣戦布告し、その直後にムーに対しての反応弾攻撃の速報が伝えられたためである。
世界は驚愕した。ムー国を襲ったその災禍は、まさに古の魔法帝国のコア反応魔法によるものと非常に酷似していたからだ。
特に、ミリシアルとエモール王国の狼狽が凄まじかった。ミリシアルは10数時間前に第零魔道艦隊を壊滅させられ、更に自国で開発のできていないコア反応魔法じみたものを見せられたのだから、当然の反応と言えた。
エモールはかつてインフィドラグーンと呼ばれていた時代に魔法帝国からコア反応魔法攻撃を受けていたから、この場に居るどの国よりも激烈に反応した。今すぐにでもグラ・バルカスを滅ぼせと言い始めかねない気迫があった。
更に凶報は続いた。マグドラ群島にてミリシアルの地方艦隊(実際は第零魔導艦隊であったが、あえて伏せて公表された)を殲滅したグラ・バルカス帝国軍艦艇が、ここカルトアルパスを攻撃する可能性があるとミリシアルが発表したためだ。現在、会議の場では各国が連れてきた海軍艦艇による迎撃作戦が立案されていたが、その進行は芳しくなかった。
「官邸からの返答はまだか?」
遅々として進まない会議の最中、近藤は部下の井上に尋ねた。
「もうすぐ連絡が来る筈です。こなければおかしい」
井上は答えた。その顔には脂汗が滲んでいた。あまりにも衝撃的な出来事であるからか、日本政府もいくらか混乱している様子だった。
「そうだといいのだがな」
近藤は焦燥を抑えながら答えた。今の俺たちに何ができる、一体どうすればいいんだ、脳内はそれで一杯だった。
彼らに官邸からの連絡が届いたのは午後5時丁度だった。正午過ぎに反応弾攻撃を伝えられた時と同じく、会議場の外から外交官の1人が慌てた様子で近藤達に近づいてきた。
「何か連絡はあったか?」
近藤はなるべく落ち着いた様子で尋ねた。
「日本政府は今回の事案を重く受け止め、自衛隊による介入を決断しました」
急いで走ってきたのか、息が上がった様子の外交官は続けた。
「ここカルトアルパスに派遣されてる護衛艦隊にも命令が降りました。ありとあらゆる手段を用いて、ここカルトアルパスから脱出しろとのことです」