征途日本召喚 作:猫戦車
クワトイネ公国沖
中央暦1639年/西暦2021年 4月14日
「間もなく着艦いたします。ご注意ください」
操縦席に座るパイロットから、後部の貨物室に設けられた座席に座る海上自衛官、そして今回観戦武官として派遣されたクワトイネ公国海軍軍人のブルーアイが、少しばかり飛行によって疲れたかのような表情を見せたのち、これから身に来るであろう衝撃に備えた。
熟練のパイロットであるこの機の機長の手によって、適切な操作と減速ののちに両翼のエンジンを垂直に傾けたCMV-22Jオスプレイーー原型機のV-22のエンジンを国産のものに換装して推力向上を図った機体ーーは、後部甲板に設けられた広大なヘリ甲板へと極めて安全な着艦を果たした。
古くからFV-1JやFV-2等の垂直離着陸機を運用してきた海自にとって、これらの着艦は極めて日常的かつ安全に行われる行為であり、本土の活動家が言うような事故や欠陥は微塵も想起し得ない程の優秀さで任務を遂行した。
後部のハッチが開かれ、同席した海上自衛官らの案内と共にブルーアイは今しがた着艦した艦船ーー日本国
まず彼が目にしたのは、ヘリ甲板の後方スペースに設けられた無数の蓋のような装置と、艦尾に堂々とはためく
「艦内へとご案内します。足元にお気を付けて」
ヘリ甲板にてブルーアイを出迎えに来ていた三等海尉が彼に注意を促し、ブルーアイもそれに応えて艦内へと足を進めた。
途中、彼は甲板上に鎮座する巨大な物体に驚愕していたものの、これまでの移動による疲労もあって、あまり大きなリアクションができたとは言い難かった。
しかしまあ、よくもまあこんな大きな鉄の塊を海に浮かせられるものだと上空からこのクワトイネ沖にて待機している海自護衛艦群を眺めた時からブルーアイは思った。
この第三文明圏外に位置するクワトイネ公国にて生まれ育ってきた彼にとって、このような巨大船が浮いていること自体が俄に信じ難いものであった。
来るべきロウリア海軍との決戦に備え、愛すべき家族と別れを告げたのち、圧倒的な劣勢下に置かれる我らクワトイネ海軍において、せめて死兵となりて海の藻屑として散った事実だけは残しておきたいと半ば自棄に似た覚悟を決めた彼にとって、今回の観戦武官派遣とは死と同義であり、他の将兵を無駄死にさせるならいっそ自分が、そう思っていた。
何せ日本から援軍として派遣されると聞かされていたのは僅か10隻の艦船のみであり、対するロウリア王国海軍は4400隻である。クワトイネの50隻を付け加えたとしても、到底戦力として換算可能とは思えなかった。
だがこうして実際に派遣されてみると、彼はその考えを改めざるを得なくなっていた。
最も小さい艦でさえ、公国海軍のガレー船を遥かに凌駕する船体を有し、中には二つの船体を組み合わせたような、異様なまでに広く平坦な甲板を持つ艦船すら、ブルーアイが確認できる場所にて待機していたのだ。
極め付けは今彼が乗艦しているこの艦、〈やまと〉である。平坦な甲板を持つ船以外が小舟に見える程の威圧感と巨大さを兼ね備えたこの船は、おおよそ言葉で形容し難いなにかをブルーアイに感じ取らせていた。
それが1941年の就役以来80年もの月日が経過したことによる年季によるものなのか、それとも、前世界において最強の戦艦と称えられる程の多大な戦果を挙げた史上最高の武勲艦であることが原因かは彼にも分からない。
ただ、この〈やまと〉の存在に圧倒されたことのみが事実であった。
統一戦争の後、日本初の宇宙往還機帰還の見送りを最後の花道としてその艦暦を終える筈であった彼女が、こうして20世紀が終わり、世界的軍縮の中もその存在を海原へと浮かべていたのには、彼女が持つ戦艦としての存在感に加えた無数の政治的意図が絡み合った結果である。
統一戦争以降、北方地域並びに空母機動部隊に対する反応弾攻撃よって空母4隻と多数の護衛艦艇、海兵隊の一個師団を始めとした陸上部隊が壊滅に追い込まれた合衆国海軍は、その極東における軍事的プレゼンスを一時的に低下せざるを得なくなった。
これに気を良くしたのがかつて台湾島に国民党を追いやった大陸中国であり、地球上に残った唯一の超大国の弱体化を契機として、祖国統一を目的とした軍事行動を台湾海峡にて活発化させた。第三次台湾海峡危機である。
この際、合衆国海軍に代わって国際航路の安全保障並びに戦争抑止の任を与えられたのが海上自衛隊であり、その海自が台湾海峡に派遣したのが一個機動任務群と〈やまと〉であった。
当時の人民解放軍にとってこの恐るべき老嬢に対する対抗手段は無いにも等しく、たとえ海軍の総力を持ってしても、あの精鋭無比と称えられた赤衛艦隊を完封した海自相手に手傷を負わせられるかすら怪しかった。
第三次台湾海峡危機に対して十分な軍事的プレゼンスを発揮した海自であったが、大陸中国の暴走はそれで止まることはなかった。
彼の国はウクライナから空母〈ウリヤノスク〉並びにロシアからソビエツキー・ソユーズ級戦艦〈ソヴィエツカヤ・ルーシ〉を買い上げ、それぞれ〈遼寧〉、〈遼東〉と命名して配備したのを皮切りに、旧北日本亡命航空技術者からの技術協力によって性能の強化された殲撃11型、殲撃16型を始めとする中華フランカーの大量配備に各種艦艇の大量建造を開始、既存の国際秩序に対する挑戦へと着々と準備を進めているのは明らかであった。
結果、海上自衛隊は〈やまと〉を退役させる機会を完全に失ってしまったと言えるだろう。ここでこの戦艦を退役させるなどしてみれば、レッドチームに対して間違ったメッセージを与えかねない。
幸いにして旧北日本軍人の雇用確保を目的として陸海空自衛隊の人員は増強されていたため、なんとか人員の目処がついていたのは幸いであった。
〈やまと〉 は艦齢延長並びに各種電子機器更新の為に80年代以来の大規模改修が実施された。
機関は従来のガスタービンの改良型を採用。新戦術情報処理装置としてQYQ-10 新戦闘指揮システムが施された上に、古いベースラインのイージスシステムを最新のベースライン9へと更新。
不安定に思える程に高い位置に搭載されていたSPY-1Aを下ろした後、艦橋基部に日米共同開発のSPY-4を搭載した。また同時対処目標の強化を図り国産のFCS-5A射撃管制装置を旧SPY-1A搭載箇所に設置。
間欠連続波照射を備えたFCS-5Aの搭載によって同時対処数が3倍にまで増加した上、搭載する艦対空誘導弾も従来のSM-2に加え、対弾道弾用のSM-3blockⅡAに国産のRIM-4艦対空誘導弾までの運用能力を得た。
結果として彼女は湾岸戦争の時にそうであったように、世界に類を見ない強力な防空艦として生まれ変わった。
統一戦争後の艦隊整備計画変更によって4隻で打ち切られた〈あきづき級〉の一部任務代替を兼ねて、大型巡洋艦とも称される〈こんごう〉級に対して省人化並びに小型化に成功した〈あたご〉級、多数建造された〈はつゆき〉、〈あさぎり〉級汎用護衛艦の更新として建造された〈むらさめ〉級汎用護衛艦に、一部ミサイル護衛艦の能力代替として計画、建造された〈ながつき〉級汎用護衛艦らと共に2021年の今日までこの弧状列島に対する盾であり続けた。
無論、この艦の来歴などブルーアイが知ることは無い。
しかし、彼は同じ船乗りの勘とも言うべき感覚によって、これがロウリア海軍すら一蹴する程の力を有しているという事実を、室内とは思えない程に明るい艦内へと入った瞬間に理解した。
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ロデニウス大陸沖 ロウリア王国東方征伐海軍
中央暦1639年/西暦2021年 4月15日
ロウリア王国海軍にとって、現在クワトイネ公国ハイマーク港へと向けて進撃中の4400隻もの軍船は、数多の国民に課した重税と幾多もの苦渋と屈辱の末に獲得した切り札であった。
現在のハーク・ロウリア34世の治世となって以降、このロデニウス大陸にて最大の人口を誇る王国は爆発的に軍備を拡張し続けていた。
理由は1つ、この大陸の全てを統一し、地上から汚らわしい亜人を絶滅させ、いずれは列強国に匹敵するだけの戦力を保持し、第三文明圏に覇を唱えることであった。
その夢物語に近い計画の為に、いずれ敵対する予定のパーパルディア皇国から数多の軍事支援を受けているのだから、ある意味では最初から一連の計画は破綻しているように見える。
しかし、かの皇国からワイバーン等の供与が無いままクワトイネ並びにクイラに武を唱えたとしても完勝は難しく、少なくとも第三文明圏への侵出はもう一つ世代を跨ぐこととなるだろう。
故に、こうして見ると牛刀で鶏を捌くかの如き戦力を整備したのも自然であり、それが目の当たり前の4400隻に現れているのだ。ロウリア王国東方征伐海軍海将シャクーンはそう思った。
負ける筈の無い、素人が指揮しても勝てるであろう戦力。ならば自分の果たす役割は、一連の戦闘で流れる味方の血を少しでも減らすことであった。
勿論気がかりな事は1つだけ存在した。本来船団に与えられる筈であったワイバーンの航空支援が、陸上での侵攻停滞に伴ってそちらに大多数が振り分けられ、こちらには1騎もまわって来ないというのだ。
陸戦において数的劣勢の側が大軍を退ける事例は数え切れないほど存在しており、クワトイネ側がワイバーンの集中運用にて航空優勢を維持しているとすれば、侵攻より数日程度しか経ていない我々の進軍速度が低下してもなんら不思議では無い。シャクーンはある意味で楽観視していた。
彼は決して無能な将軍とは言えないが、それでも尚、これからの海戦にて勝利を絶対視する程の戦力差が両国の間に存在していた。
ロウリアの4400隻に対し、クワトイネ側は50隻。例えパーパルディアが相手であったとしても、これ程の物量を相手したらまず勝てないと予想される程の物量であった。
「見張員より報告、本艦右舷より謎の飛行物体が接近中とのことです」
数時間後には確実に手元に転がり込んでくるであろう勝利に思慮を巡らすのと時を同じくして、部下の水兵からの報告が入ってきた。
言われた方角へと目を向けると、そこには空気を叩く様な音と共に飛翔する羽虫の様に奇妙な飛行機械が此方へと向かってきていた。
「対空戦闘、本艦隊に近寄らせるな」
唐突な事態に一気に現実へと引き戻されたシャクーンは、すぐさま水兵らに命令を下した後に、それを余すことなく隷下の軍船へと通知していった。
何やら大声で退避しろと喚いているその羽虫に向けて、端の方に展開するロウリア海軍のガレー船の群れから一様に火矢が放たれる。突然の攻撃に驚いたのか、その羽虫は一気に高度を上げてそくさくとその空域を離脱していった。
「なんだ、口程にも無い」
シャクーンは逃げ帰った羽虫に対して、周囲に聞こえるか否かの小声で嘲笑した。
あれ程の兵器をクワトイネ側ーー確か向こうはカイジョウジエイタイとか言っていたがーーが保持しているのは驚愕に値するが、わざわざ攻撃せずに退避勧告だけ出すというのは弱腰の表れ以外の何者でも無いだろう。
新たに現れた不安要素でこそあるものの、自軍の勝利は揺るぎないだろう。少なくともこの時のシャクーンはそう思っていた。
「ほ、報告!本艦隊前方より、なにやら島らしき巨大な物体が3つ接近中!」
「なんだと?」
突如として慌てた様子の見張り員は彼の元へ駆け込んできて、シャクーンはその見張り員が伝えた内容を確認し、怪訝そうに示された方角を眺めた。
虚偽の報告と思い込んで自分を恥じることになるとは、実際に目を通すまでのシャクーンにとっては思いもしなかった。
「なんだ……あれは……!?」
単縦陣を組んで進むその姿は、正に鋼の城と呼称する他ない威容であった。親鴨に引っ付きながら泳ぐ小鴨の様な光景に見えなくもない。
しかし、少なくともこの場のロウリア軍将兵にとっては、あまりにも巨大なそれに対して完全に圧倒されており、その様な牧歌的な感想を抱く余裕など何処にも無かった。
先頭を滑る様にして進む彼女。世界最大の艦砲として60口径18インチ砲を3基9門搭載し、分厚い装甲をバイタルパートに施した挙句、針鼠のように対空火器を無数に並べたその姿は、かつてのソ連の北海道侵攻を頓挫せしめて、第二次、第三次日本海沖海戦を勝利に導いた魔女。
地球世界の海軍において〈やまと〉と呼称される戦艦は、およそ数十年ぶりとなる実戦においてその長大な主砲を旋回させ、本来想定した相手ではない、しかし同じ軍艦に変わり無い敵に向けて、その用いる暴力の全てを叩きつけた。
CMV-22J→V-22の改造機。原型機より若干速度が向上している。
FCS-5A→史実でのFCS-3A。征途世界では先に〈やまと〉の火器管制装置としてFCS-4が登場しているので若干ズレた名称となっている。
〈ながつき〉級→史実のあきづき型。詳細は後日記載。