征途日本召喚 作:猫戦車
ムー国 空洞山脈以東50キロ
中央暦1642年/西暦2023年 4月24日
雲量は少ない。機体は低空を這うように飛んでいたが、それでも遥か遠くまで見渡すことができた。おおよそ航空機を飛ばすのには最適と言っていい天候だろう。
どうせだったら、もっと身軽な状態で飛べたら良かったのに。
グラ・バルカス帝国空軍第9航空団所属の戦闘爆撃機パイロット、リースク・トラウト中尉は癖のある2機の僚機を気にしつつ、一瞬だけそんなことを思った。
だが、リークスが置かれている現状は、そんな呑気に思考する贅沢をいつまでも許している訳では無かった。
彼の編隊はグラ・バルカス帝国空軍の中でも比較的新しい機体であるデネブ戦闘爆撃機を操っていた。それも、胴体の下に250キロ爆弾を1発、両翼下に対地/対空両用のロケット弾を12発も搭載しているのだ。いくらデネブが高性能だとしても、これでは、まともに空戦なんて出来やしない。
グラ・バルカス帝国空軍が陸軍より独立、発展して以来、以前のように陸海空で共通の戦闘機を導入することは無くなっていた。航空技術の発展……それに伴う航空脅威の多様化、任務の増大により、もはや単一機種の装備では立ち行かなくなることは明白だったからだ。
こうして空軍は新型戦闘機の試作開発を求め、完成した機体はシグナス戦闘機と呼ばれた。
この機体は高出力液冷発動機に加え、二速二段型過給機や境界層対策といった先進的要素の織り込まれた冒険的な機体であった。高度7400で最高時速720キロという高性能は、レシプロ戦闘機の完成系とまで称する人間が現れるほどに凄まじかった。
しかし、ある意味でシグナスは不運な機体であった。この機体が初飛行を終えた直後、空軍が抱えていた別のビッグ・プロジェクト……ジェットエンジンの開発が成功したことがその要因だった。
空海軍はどちらも次期戦闘機にジェットエンジン搭載機を内定、海軍は艦上ジェット機の開発遅延もあって、今までアクラブ戦闘機が最新鋭のままとなっている状況だが、空軍では既に迎撃戦闘機としてカプノース改戦闘機が量産体制に入っていた。
その結果、シグナスの調達は最初の発注を除いて中止された。最強の単発レシプロ戦闘機として誕生したシグナスは、この時既に陳腐化していたのだった。
また、反応弾開発による予算の削減と陸軍の急速拡大もシグナスの不幸に追い討ちをかけた。
反応兵器開発も陸軍拡大も皇帝直々の命令であったし、最新鋭戦車のワイルダーのエンジンはシグナスのエンジンのマイナー・チェンジモデルであった為、優先的に陸軍に回されることになってしまった。
結果、シグナス用のエンジンは初期発注分すらも不足する有様となり、工場には
これの解決策として、数的主力であるアンタレスの改良用に開発されていた空冷エンジンを搭載し、戦闘爆撃機として再設計が施されたのがデネブ戦闘爆撃機だった。性能的にはあくまでもジェットの繋ぎとしか言いようがなかったが、それでもレシプロ機としては高性能だった。
彼らの任務は、空洞山脈から東に50キロに位置するキールセキで戦闘中の友軍への対地支援だった。反応兵器の炸裂により司令部と大半の兵員が壊滅したムー国陸軍南部方面軍、その僅かな生き残り(それでも約2万人弱が戦闘を継続していた)が、同地域に無数の陣地を構築し、着々と前進を続けるグラ・バルカス帝国陸軍を阻止せしめんと画策しているのがわかったからだ。
リークスの編隊に割り振られていたのは、敵陣地の中でも重要度の高い砲兵陣地だった。妙に上手く擬装が施されていたのか、事前の航空偵察で発見されずに偵察隊が損害を出してようやく位置が判明した場所で、ここを潰せば敵軍の火力は大幅に減衰する。ほとんど敗残兵の寄せ集めと言って差し支えない状態のムー国南部方面軍の砲兵の中で、唯一と言っていいほど組織的な抵抗が出来ているのは、この地点に展開している部隊のみだったからだ。
前方の地上に、幾つかの黒煙が立ち昇るのが見えた。リークスは目標である陣地の位置を慌ただしく首から上を動かして探し、確信した。間違いない、あれが目標だ。敵も此方に気付いたのか、ちらほらと対空火器らしき火線が地上から放たれていった。
「各機、爆撃進路につけ」
リークスは飛行帽のレシーバーを使い、後続の両機に指示を出した。地上から打ち上げられる対空砲火はますます勢いを増している。もっとも、その勢いと威力はグラ・バルカスのそれに遠く及ばないが。
「投下!投下!」
彼は命令と同時に投下レバーを引いた。突然、重い物体を失った機体は浮き上がろうとした。リークスがそれを抑えつつ背後を確認する。弾薬庫に誘爆したのか、敵陣地のど真ん中から大きな爆煙が立ち昇っていた。
嬉しさから機体を軽くバンクさせたリークスとその編隊は、低空侵入してきたコースから逆方向から入り、いまだに生き残っていた敵の野砲や補給所へと機銃掃射を加えた。翼下から無数の火線が放たれ、着弾のたびに地上の人間に死を撒き散らしていった。
ほとんど殲滅されたと思っていた敵戦闘機編隊が、リークスらに襲いかかってきたのはこの直後だった。
「編隊長、北西より敵機、機数4。目視で確認しました」
最初に報告してきたのは部下のアルベーシ少尉だった。レシーバーより響く彼の声にはどこか喜色めいたものが含まれていた。ある意味で当然かもしれなかった。この方面のムー空軍はとっくに壊滅したと思い込んでいた為、これ以上増えないだろうと思われた戦果数をまた増やせると喜んでいるのだ。
「了解、応戦する。各機続け」
リークスはそう言って機体を上昇させ、敵編隊の方角へと操縦桿を傾けた。程なくして彼の目に敵機の様子が映る。同時に肩の緊張が抜ける。報告通りに機数は4、確かマリンとか言った旧式の複葉機だ。このデネブ戦闘爆撃機の敵ではない。
彼の編隊は真正面から敵に突っ込む形となった。目標が照準器に捉える程近くなった時、リークスは機銃のトリガーを引いた。両翼に搭載された4基の20ミリ機銃は曳光弾を光らせながら敵機に命中、その機体を切り裂いた。
一機撃墜。見れば、両機も同じく一機ずつ叩き落としたようだ。最後の1機は果敢に挑もうとしてきたが、反転してきたアルベーシ機の20ミリ機銃に羽をもがれ、堕ちていった。
やった、仕留めたぞ。リークスは目の前の戦果に高揚感を覚えるとともに、いつのまにか自分の機が高度を随分と上げていたことに気付いた。とりあえず、機体を正常な位置に戻すべく操縦桿を傾けると、彼の目に遠くのキールセキ市街地が見えた。
キールセキの街並みは完全に崩壊していた。かつて駐屯地があった地点から数キロまでの建物が放射状に崩壊し、それ以外の場所からも火災と爆炎が相次いでいる。開戦初日に放たれた反応弾……その戦果の有様だった。
いつの間にか、彼の胸中から高揚感が消え失せていた。
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同日 キールセキ正面
後方から轟音が鳴り響いた。腹の底から響くような重低音……師団砲兵の重砲だ。乾いた、それでいて脊髄に寒気を感じさせるような音。その直後、何キロ先かで炸裂音が鳴り響く。直撃を狙った射撃ではない、試射だ。
数分後、後方から再び重低音が沸き起こった。先程とはスケールが違う。効力射……戦線突破のために邪魔な敵前衛部隊を吹き飛ばすための砲撃だった。
グラ・バルカス帝国第4機甲師団第41戦車連隊第2大隊所属の戦車小隊長、モント・セラト中尉は落ち着かぬ様子で事態の推移を見守っていた。彼が乗っているのはⅣ戦車ワイルダー、正面130ミリの傾斜装甲と強力な100ミリ砲を搭載した、帝国陸軍の誇る最新鋭戦車だ。
彼の所属する大隊は、このワイルダーを68両装備していた。師団全体では400両を超える。帝国最精鋭の機甲部隊として知らる第8軍団、その隷下部隊たる第4機甲師団と第3歩兵師団隷下の戦車連隊は、全ての戦車をワイルダーへと更新していたのだ。
彼らは、ムー侵攻に際して最も重要な役割……初期段階での戦線突破を任されていた。並の師団では、敵の強固な抵抗に遭遇した場合に手間取る可能性が存在する。しかし、殆どの部隊が装甲化された第8軍団ならば、そのような事を気にせず戦線を突破し、戦果拡張を行うことができる訳だ。グラ・バルカス帝国の各師団が作戦単位の増設のため4単位師団から3単位師団への改編を余儀なくされる中、同じように2個旅団4個戦車連隊制から3個戦車連隊へ改編されつつもその規模を拡大されていたのには、このような理由があったのだ。
実際、この考えは上手く行っているように見えた。同軍団は初日のアルー攻略戦で同地の守備隊兵力をあっさりと打ち砕き、僅か5時間で市街地までの完全制圧を成し遂げてしまったのだ。
その後、空洞山脈を2日かけて通過してからのキールセキ攻略においても、第8軍団の勢いは止まる所を知らなかった。たった今、モントが直面している戦闘は、キールセキの戦いにおける総仕上げ……最後まで生き残った歩兵1個大隊と1個戦車中隊の撃滅だった。
モントはしきりに腕時計を確認していた。顎を冷や汗が伝わる感触が煩わしく感じたのか、しきりに汗を拭うように手を動かす。ちょうどその時、大隊長の命令が無線機より伝えられた。
「戦車前進、前へ」
やっとか。モントはハッチから出していた上半身を砲塔内に引っ込め、車内の運転手に言った。
「ジブラ、とっとと前進しろ」
彼の乗るワイルダーはガソリン・エンジンの轟音を響かせて前進を開始した。彼の行動に小隊の戦車長らが注目しているのを確認すると、手を大きく二度振り下ろし、叫んだ。
「戦車前進!」
彼の命令と共に、4両の戦車が彼のワイルダーの後ろに続いた。鳴り響くエンジンの轟音、その音の中に、師団隷下の第21歩兵連隊所属のアウル改装甲兵員輸送車が続いた。
この他にも様々な部隊が加わっている。第8軍団の中でさらに独立した細かい戦闘単位を作り、相互に支援しながら前進するためだった。歩兵がいなければ陣地の制圧は不可能であり、また戦車がいなければ戦線の突破は困難である。諸兵科連合、まさに現代の戦闘の基本だ。
最初の戦闘は、大隊が敵陣地とされる場所まで2キロに迫ったところで発生した。制圧済みと思われた集落の南端の森、ムー軍はそこに少数の戦車を送り込んでいたのだ。
ハッチから上半身を乗り出していたモントの視界に、左手の森からいくつかの光がきらめく光景が飛び込んできた。最前列の戦車の周囲で爆発と閃光が木霊する。
彼は中隊から下達された命令を無線で伝えた。
「アンティル1より小隊各車、ただちに散開、左手の森を制圧せよ。各車榴弾を使用、以上」
続々と小隊のワイルダーが散開し、森に最も分厚い正面装甲を向ける。戦車支援のために歩兵も装甲兵員輸送車からの下車を開始した。130ミリを超える分厚い傾斜装甲を持つワイルダーは、歩兵にとって最高の盾としても機能するのだ。
「撃てェ!」
モントが叫ぶと同時に、彼の小隊は一斉に射撃を開始した。100ミリ砲の乾いた射撃音に、同軸機銃と砲塔上の重機関銃の連続した破裂音も加わる。森の中で砲弾の爆発が発生し、枝や幹が千切れ飛ぶ光景が彼の網膜に映った。
やったか?そう思った直後、彼の小隊のワイルダーの正面に敵の砲弾が命中……甲高い音を立てて明後日の方向へ飛び去った。分厚い正面装甲に弾かれたのだ。
それを見てモントは反射的に上半身を車内に引っ込めた。いくらワイルダーが強力でも、それを操る人間は銃弾の1発で死ぬ。その本能的な恐怖は中々抗うことができない。
だが、モントはすぐにまた体をハッチより上に乗り出した。恐怖が消え去ったわけではない。勇猛果敢に戦うのを恐れる指揮官など、必ず出世出来ないという原則を理解していた為だ。
昇進が出来なければ、色々と無茶を重ねて士官学校を出た意味が無くなる。それはモントにとって何よりも恐るべき事象だったのだ。
「次弾、徹甲弾装填。糞、相手は戦車だ」
彼は車内へ命令を飛ばしつつ、砲弾の飛んできた森の方角を見た。森の中で枝葉の折れる音が響き、グラ・バルカスのそれより数段と小柄な車体が露わになった。
彼は双眼鏡を取り出し、その戦車を確認した。確か、あれはイレール軽戦車とかいう戦車だっただろうか?別の中隊がアルーで捻り潰したやつだ。陣地転換のために動いたのか?どちらにせよ、ワイルダーの敵ではない。
「小隊、目標、敵戦車、撃て!」
モントの決断は早かった。彼の号令と共に、小隊のワイルダーは一斉に射撃を集中させた。そのうちの1発が敵戦車の車体前面に着弾し……爆発、小さな砲塔が吹き飛んだ。
飛来音、爆発音。他の中隊も射撃を開始したらしい。敵の抵抗は急速に衰えていった。相手の放った砲弾はワイルダーの分厚い装甲に阻まれ、逆にワイルダーの砲弾は榴弾だろうが41型イレール軽戦車の正面を易々と貫通し、ブリキの玩具に喩えられる車体を見るも無惨な状態へと変化させていった。
戦闘が終了したのは、最初の接敵から僅か5分後のことだった。生き残った敵兵が歩兵に銃を突きつけられて投降するのを横目に、彼の下に損害報告が集まってくる。もっとも、精々がワイルダーの装甲の一部が焦げ付いた程度なのだが。
まずまずの結果と言ってよかった。損害はゼロ、戦果も少ないながらも、ちゃんと欠かす事なく挙げれている。少なくとも、俺の評価に傷が付くことは無い。
彼の小隊は再び前進を開始した。キールセキが陥落したのは、その翌日の出来事だった。
デネブ戦闘爆撃機→RSBCの五式戦闘爆撃機。開発経緯もRSBCの飛燕→五式と史実のごちゃ混ぜに近い形となっている。
シグナス戦闘機→RSBCの三式戦闘機〈飛燕〉。ジェットやら反応兵器やらに椅子と予算を奪われた悲しき機体。強力な機体ではあるものの配備数は少ない。
カプノース改戦闘機→RSBCの震電改。現在量産中。なお海軍の方のジェットはエンジンの信頼性の問題と反応兵器に予算吸われたことにより開発遅延中。
ムー→オタハイト、キールセキ方面はボロボロ。ただ新型や日本からの供与装備の部隊はマイカル近辺に集結しているので今は無傷のまま。次回更新ではその辺を詳しく書きます。